アスカ・スタジオ

2011/9/1以降の映画記事は「八十路STUDIO」=(同一人管理blog)とリンクしました。

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シューマン交響曲第1番「春」

2013-04-22 20:53:56 |  ♪交響曲
 昨日は地元の大学管弦楽団のスプリングコンサートに赴く。
 メインプログラムは、シューマンの交響曲第1番「春」

 それは、華やかにトランペットとホルンで奏でる、第1楽章「春のはじまり」で始まった。
 一転して、第2楽章「春のたそがれ」からは、夢見るような優しさを感じた。
 休み無く、第3楽章「楽しい遊び」が、それを受け継ぎ、やがて 第4楽章「春のたけなわ」で力強く終わる。

 聴いていて、映画「クララ・シューマン 愛の協奏曲」=2008年(独/仏/ハンガリー)を思い出す自分が居た。
 クララ夫人に寄せるシューマンの心根を感じた。
 それは両者に共通するものであったから。

 なお、他のプログラム、チャイコフスキーの3大バレエ・コレクションは、如何にもスプリングコンサートらしい、機知に富んだ楽しいひとときであった。
 特に「眠れる森の美女」の中より「バラのアダージョ」。ハープのカデンツァが夢心地を誘った。

 来春イタリア公演に旅立つ楽団に、精一杯の応援カンパをして帰途につく。
 本番の「春」は、サクラ(9日前撮影)

から、
ハナミズキやラン(本日撮影)

や。
ラン(本日撮影)

などが引き継いでいる。
 百花繚乱の「春」は、まだまだ続く。
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ベートーヴェン交響曲第1~5番を聴く(その2)

2013-02-09 15:19:28 |  ♪交響曲
♪~~♪~~♪~~♪~~♪~~

【3】交響曲第1番

 映画の世界に於いても、どちらかと言えば、黒澤映画は男性的。木下映画は女性的である。もしかしたら極論かもしれぬが。 でも当たらずとも遠からじと思ったりする。

 このことはクラシック音楽界にも当てはまるのではなかろうか。どちらかと言えば、モーツァルトは女性的。ベートーヴェンは男性的と、、。
 ベートーヴェンがティーンエイジャーの頃、年齢差14歳の先輩モーツァルトに会いに行ったエピソードを思い起こす。

 モーツァルトの前で弾いた即興曲。通り一遍の誉め言葉に憤慨したベートーヴェン。即座に絢爛な変奏曲を付けて弾き、帰ったという。
 そんな彼の後ろ姿を見詰めていたモーツァルト。「今に彼の名は世界に轟くだろう」と友人に語ったとか。

 モーツァルトは音楽で世界を制したと言われる。
 同じことがベートーヴェンにも当てはめられないだろうか。
 その強い個性から、ベートーヴェン嫌いの方も居られるかもしれぬ。

 が、見方を変えれば、二人は、「あ・うん」の呼吸で相対し鎮座する狛犬さん。
 柔のモーツァルトに対する剛のベートーヴェン。といえば誇張か。

 この第1番からも、ベートーヴェン特有の男性的な力強さを感じる私である。
 1800年に完成したと言われる第1番。
 ハイドンが完成した4楽章形式を採用している。

 彼特有の力強い音の響きを感じる。
 ベートーヴェン30歳の時。
 油漲る時だった。

 が、既に聴力に支障が出始めていた。
 にも拘わらず、死力を振り絞り九つの交響曲を始め、夥しい音楽を創っていった楽聖。
 驚異と敬意の念しかない。

 力強く、激しく、若々しく、そんな中にも優美絢爛にして、エネルギッシュな雰囲気の中で、演奏終わる。


♪~~♪~~♪~~♪~~♪~~

【4】交響曲第2番

 明るく軽やかな第2番は、第1番の約2年後に発表されたという。ベートーヴェンが遺書を書いた年である。

 ところが第1楽章が演奏されるや、実に明るい旋律に驚く。
 その裏に、音楽に命を賭けるベートーヴェンを垣間見る。
 総てを悟り、開き直った決意のような眼差し。
 そのようなものを、旋律の根底に感じとれるからだ。

 第2楽章に入る。
 麗しくも清々しい。
 美しくてメリハリがある。
 そして、ここでも男性的な表情が。
 そのよううな雰囲気が伺われ、伝わってくる。

 第3楽章のスケルツォ。
 演奏は軽やかだ。

 いよいよ第4楽章。
 波打つリズムが、高潮しては退き歯切れ良し。
 美しくて優雅な主題旋律。
 弦の音が強く震う。
 ベートーヴェンの心意気を伝えるような堂々たるコーダで終わる。

 ベートーヴェンの音のスタイルとでも言おうか。
 そのような基礎が確立されたような印象を受ける交響曲第2番であった。


♪~~♪~~♪~~♪~~♪~~

【5】交響曲第5番「運命」

 第1楽章冒頭の運命動機、タタタターンを、「運命はかく扉を叩く」と、ベートーヴェンが説明したと伝えられていることから来ているのは周知の通り。
 異説もあるようだけど、そのようなことは私はどうでもいい。英雄には伝説が付きものだから。

 あまりにも有名なこの曲を語る言葉に、何時も私は困窮する。
 これだけは言える。
 「何度聴いても世界に冠たる名曲である」と。

 それは、自分に与えられた運命の許、生き抜こうと決意させてくれる。
 私はやはりベートーヴェン大好き人間らしい。
 ベートーヴェンの曲は、一口に言えば、感動の度合いが並外れるのだ。

 聴いていて涙の出るような音楽に出くわすことがある。
 ベートーヴェンの音楽は、その涙を超えた音楽だ。
 彼岸から響いてくるような。

 何度聴いても感動する。
 元気が湧く。
 そしてやる気が起こる。


 音楽の都ウィーン。
 中央墓地楽聖特別区に眠る楽聖ベートーヴェン。
 永遠なれ。
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ベートーヴェン交響曲第1~5番を聴く(その1)

2013-02-08 15:37:48 |  ♪交響曲
 硝子体に注射後、施されていた眼帯を外したばかり。丸一日ぼーっとしていた一昨日、今春大学に入学する孫が送ってくれたCD(画像)を聴いた後、かねて録画して置いた標記の5曲も立て続けに聴いた。
 2012/11/26サントリーホールに於ける、マリス・ヤンソンス指揮。バイエルン放送交響楽団の演奏をNHKBSで放映されたものである。
 放映は、第4番.第3番。第1番.第2番.第5番の順だった。その感想を2回に分けて少しばかり書いてみたい。

【1】/交響曲第4番変ロ長調作品60

| 英雄と運命に挟まれたこの曲は1806年に創られている。耳疾に悩めるベートーヴェンが、ピアノの弾奏を断念して2~3年経った頃だろう。
 それにしては、何とまぁ、詩情豊かなこと。殊に緩徐楽章アダージョの美しさは正に、ロマンティック・ワールドだった。

 どちらかといえば、第1番や第2番に近い曲とも言われているようだ。
 シューマンが、「二人の北国の巨人(英雄と運命)に挟まれたギリシャ娘」と評したと漏れ聞く。流石、シューマンならでは表現し得ぬ言葉だと、妙に感心してしまう。

 曲はやがて、スケルツォの第3楽章を経て、軽やかであり、華やかでもある終楽章に入る。
 曲はやがて狂乱する如くに終わりを告げた。


【2】交響曲第3番.変ホ長調.作品55「英雄」

 この曲を捧げようとした相手、ナポレオンが皇帝になったのをベートーヴェンは怒ったと漏れ聞く。
 「エロイカ(英雄)はナポレオン一個人に終わらない」と叫びつつ、、。

 そのような曲ではあるが、個人的には特別な思い入れがある曲でもある。
 19年前の秋、一輪挿しのコスモス香る病床の枕元で、携帯ラジオから偶然聞こえてきたのがこの曲だった。
 クラシック音楽に飢えていた私は、ラジオのイヤホーンから聞えてくる小さな音に齧り付いて聴いた。

 いきなり、ffの和音が叩付ける第1楽章の冒頭からベートーヴェンの激しさを感じる。
 絶えぬ耳鳴りと、聞こえなくなる高音部。ベートーヴェンは、この曲完成の2年前に自殺を図っている。
 その死を思い留まらしめたもの。それは、迸るような創作意欲にほかならない。

 彼の有名な第2楽章の葬送行進曲に入る。
 「もしかしたら自分も死ぬかもしれない」というような不安が襲ってきた頃だった。なのに、それが不思議に湧いては来なかったあの日だった。
 葬送の行進は、やがて遠ざかり、静かに、静かに、湧いてくる感動の彼方に去っていった。

 曲は、軽やかなスケルツォの第3楽章から、続いて終楽章の変奏曲へ。
 短い導入の後、提示されたピチカートの低音主題を、七つの変奏曲が奏でて終わった。

 「生きよう!」と自分自身に誓い、イヤホーンを置いた病床のあの日が思い出される。
 そして秋になると思い出す。家庭菜園の一隅からコスモスを摘んできてくれた妻の心を。
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阪神金本選手引退宣言に思う。

2012-09-14 15:33:18 | ◆スポーツ
 一ヶ月ほど前から、ベンチに座る貴兄の尊顔を拝見していて、この日の来る事は分かっていました。
 とはいうものの、寂しい限りです。でも貴兄らしく、昨夜も一死満塁で四球を選び、勝利を不動にしたプレーが光りました。
 連日ただ練習あるのみ。努力無くして実力は得られず。を身を以て範を示された貴兄。僅かとなった残り試合も全力でプレーされることでしょう。
 今不振の阪神タイガースを眺める時、二度の優勝に貢献され、眠れる虎を甦らせた貴兄を思います。
 願わくば今後も、何らかの形で阪神タイガース再見に助力を願うや切です。
 まだ、ちょっと早いですけど、長い間、本当にご苦労さまでした。併せて、今後のご健勝をお祈り致します。
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奇跡が起こった。

2012-08-29 21:13:34 | ■読書・自由記述
この二つ下の記事、
(註)
タイトル=当家排水口の蓋に…
登校日 =2012-07-19 10:19:
の記事。

で書いた胡瓜が、その後も生育を続けた。
毎日、当家の前を歩く人の中にも「楽しみ」と仰って居られた方もあった。
が、「このままでは持たない」と判断して、家庭菜園に移植した。
それが今朝、画像のように生育したので、収穫。夕食の食卓にのぼった。
奇跡は起こる。
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