「本格小説」水村美苗 新潮社(初出「新潮」2001年1月号~2002年1月号 単行本2002年に加筆修正して文庫2005年)
「日本語が滅びるとき」で爽やかに私の前に現れた著者。「日本語で書くということ」、「日本語で読むということ」 以降全く読んでいなかった。本屋で見かけたときになぜか、ぴぴっと来たので読んでみた。
水村が12歳で渡米して、NY郊外のロングアイランドに家族と暮らしていた。その時に父親の知り合いのアメリカ人が日本人のお抱え運転手(東太郎)を雇ったという。ひたすら真面目な東と水村の関わり。それから長く時間が経過して、彼女がスタンフォード大学で教えていたとき、東太郎のことを知っているという祐介に、東の過去についてきく。
祐介は、軽井沢の別荘にいたときに、偶然知り合った不思議な男女の女の方から不思議な話を聞かされた。それは、金持ちと別荘と、使用人と… 愛憎が大きく絡み合う物語…
おお。これは意外な収穫だった。「嵐が丘」の翻案(西洋の話を、日本語で日本の話として書く)のような作品らしいのだが、そちらを読んでいないので分からない。文庫上下で1000頁もあるのに一気に読ませる。
テーマは「歪んだ愛」と「ロングラスティング・ジェラシイ」 なんでカタカナやねん。
金持ちの女たちが甘ったるいことを言う小説ではあるのだが、そしてワタシはそういうのが嫌いなのだが、水村の筆が彼女たちに対して冷たいので、その甘さに常に辛みがあって結局中和されて読みやすい。
序章「本格小説の始まる前の長い長い話」が長い。233頁もある。しかし、これ自体が面白いし、これがなくていきなり物語に入っても分かることは分かるけれど、面白みが半減する。この珍奇な作りは成功していると思う。
東太郎という人物が実在するかについて、嫁が気になる、いや夜目が、いや読めば気になる。
「中卒の組立工、NYの億万長者になる。」の著者が東太郎のモデルになっているようだが、水村は彼からヒントを得て別の人物を作り上げたらしい。
基本的にはたぶん、女性が好んで読む小説なんだろうと思うが、しかしワタシの性別が最近あいまいになっているせいか、思う存分堪能させてもらった。
日本人が、軽薄を通り越して、希薄になっている、という東太郎の言葉が身に染みる。
では、また。
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