頭の中は魑魅魍魎

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『国宝』吉田修一

2018-10-06 | days
長崎の暴力団、立花組の組長権五郎は絶頂期を迎えていた。新年会には金をかけ、九州一帯の組長や家族を招き、料亭を貸し切って行なっていた。人気歌舞伎役者の二代目花井半二郎も招いていた。しかし当日対抗する組織が組長を殺しに来た・・・組長の息子は中学生の喜久雄。荒れた時代を経て、半二郎に預かってもらうことになった。半二郎の息子は、俊介。芸事のライバルとなっていった。二人のライバル、歌舞伎の世界を鮮やかに描く長編・・・

国宝というタイトルなので、人間国宝になるまでを描くのかなー、と思いつつ読んでしまうのだけれど、そういう「邪念」が特に読者を邪魔しない。こうなるだろうという予想にはあまり意味がないぐらい波乱万丈な展開をしていく。

歌舞伎には全く詳しくなく、「本朝廿四孝」とか「阿古屋」とか言われても何のことだか分からない。ということはほとんど関係ないというか、知らなくても十分楽しめる。最低限のことは説明してくれているので。

特に「女形」の演技が主題になるのだけれど、

簡単に口では立女形に必要な絶対的な威厳などと申しましたが、では実際にはどのようなものなのか、もちろん喜久雄自身もそれをきちんと言葉にすることはできません。ただ、たとえばこの武士が楽屋の廊下に立っているのいたしましょう。先輩役者に呼ばれるのをただ待っているのか、それとも単に暇を持て余しているのかわとにかく壁に寄りかかって退屈しのぎに足を揺らし、その目は汚れた床に向けられております。言ってみれば、からっぽでございます。何かを見ているわけでもなく、何かを考えているわけでもないからっぽの体。しかしそのからっの底が、そんじょそこらのからっぽの底とは違い、恐ろしく深いことが誰の目にも明らかなのでございます。生前、先代の白虎はよく言っておりました。女形というのは男が女を真似るのではなく、男がいったん女に化けて、その女をも脱ぎ去ったあとに残る形であると。

こんな風に、優しい語り口で説明してくれる。このナレーションがあるからこそ、歌舞伎の世界が柔らかく伝わってくる。

何でこんなスゴイ話を吉田修一が書けたんだろうと驚きつつ、歌舞伎の世界のスゴさと深さを存分に浴びつつ、物語の芳醇さをこれでもかも味わった。歌舞伎なんて興味ないという人こそ、読むべき。(興味のない私が、ぜひ歌舞伎を観たくなったぐらいだから)


国宝 (上) 青春篇
吉田修一
朝日新聞出版

国宝 (下) 花道篇
クリエーター情報なし
朝日新聞出版



今日の一曲

CHVRCHESで、"Do I Wanna Know?"



では、また。
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