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『シークレット・レース ツール・ド・フランスの知られざる内幕』タイラー・ハミルトン&ダイエル・コイル

2013-08-20 | books
LINKツール・ド・フランスというスポーツ・イベントをご存じだろうか。優勝することは世界のどのスポーツよりも困難な自転車レース。3週間で3000キロ以上走る。自転車で登れるとは思えないような坂をずっと登り続け(坂を登ると言うより山に登っているよう)、急すぎて下るのが怖いような坂を時速100キロ(下ると言うより落ちているよう)で下る。ちょっと何かあれば落車、転倒、怪我。走りながら栄養を摂らないといけないのに、運動している最中に食うのは、胃が疲れていてなかなか厳しい。でも食わないといけない。人間の限界とはいったいどこにあるのだろうか。今年のツールはスカパーでは観てない(今年NHKで毎晩放送していたダイジェスト版は編集のせいなのかちっとも面白くなかったので数回しか観なかった)のだが、スカパーのJ-SPORTSで全ステージの放送がある。観ていた年でも全ての放送を毎晩長時間観ることはできなかったのだが、夜1時間ぐらいゴール前の放送を観るだけで、人間の限界が繰り広げるドラマを堪能できた。アメフト、水球、ラグビー、バスケットを観るのが大好きだが、ツールには負ける。私の夢は、いつか車を買うか借りるかして、ツールがフランス中を移動するのに合わせて一緒に移動しながら沿道で観戦すること。ヘリコプターからの映像が、いつも感心するほど美しい。


そのツールで1度勝つどころか、7連覇してしまった男、ランス・アームストロング。人類史上最高のアスリート。自伝「ただマイヨジョーヌのためでなく」を読んで、震えた。癌を克服するなんてスゴイと思った。

しかし以前からドーピング疑惑があったものの、どういうわけか検査では陰性だったりした。他の有力選手が陽性反応とともに選手資格を失ったりしているのにもかかわらず。

本書はランスの元チームメイトで著名な選手ハミルトンが語って、作家が書くという形式で作られたもの。プロサイクルスポーツの裏側、ランスのドーピングについてこれでもかと詳しく暴露している。

具体的な描写が多く、自転車競技やツール好きには絶対読み逃せないMUST本だ。

しかししかし。1月にランスがテレビでドーピングを告白して以来、7連覇について私の頭の中でどう処理すればいいのかいまだにうまくできていない。頭ではランスの勝利などなかったものにすればよいのだが、彼の走る姿、特に山岳ステージでの驚異的なアタックと逃げ切りが脳の底から離れない。消そうとしてもなかなか消せない。しかし、ランスより後にツールで優勝したのに、その後にドーピングで取り消されたアルベルト・コンタドールの姿はすぐに消えてしまった。なんでだ?彼のライバル、アンディ・シュレックを応援していたからだろう。つまり公平にランスやコンタドール、シュレックを観ているわけじゃなくて、バイアスに満ちた見方にすぎないわけだ。私のものの見方なんて所詮そんなもん… 脱線したのを戻そう。

本書は、単なる暴露本じゃないということは言っておかないといけない。タイラー・ハミルトンというアスリートの、挫折と栄光と挫折の歴史、自分の中の正義と悪と闘う話、ランス・アームストロングと人間の栄光の影に隠れた人格、プロスポーツ選手全てが自問自答する深遠なテーマ…そして何よりも、人類の立つ最も高いステージ、ツールで勝つということはどういう事なのか、そんなことが書かれた、極上の、いやこれ以上のものは読んだことがないスポーツドキュメントだった。

ドーピングは本人の健康を損なうからいけないのではなく、使う者と使わない者の差があまりにも不公平なほど大きい。だから、スポーツという「公平じゃないのなら観ても仕方ない」と思われてしまう場には持ち込んではいけないのだ。とあらためて思った。

ツールは、一部のドーピングする金があるチームが勝つという時代から、どのチームが勝つかどの選手が勝つか分からないという「スター不在」だけれど「戦国時代のように面白い」時代に移行しているようだ。ファンの信頼を回復して、全世界で生中継されるようなスポーツになって欲しい。

一度も観たことのない人は、来年ツールが開催されるときだけスカパーに加入するとかして、中継を観てみると世界観が変わるぐらいの頭を衝撃が襲うかもしれない。(私も知り合いもそうだった)(元TBSの小島慶子さんもそうだと言ってた)解説陣の話がすごく面白く、栗村修さんの話は特に面白いのも大きい。

余談が終わりそうにないので、この辺で。

では、また。

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