おてんきぷらぷら

ホームタウンは三鷹。気ままな旅・街散策にFC東京。

vs 松本山雅FC〔J.League Division1 2ndステージ第12節〕

2015年09月27日 | FC TOKYO
9月26日『FC東京 vs 松本山雅FC〔J.League Division1 2ndステージ第12節〕』
霞がかった雲に中秋の名月が見え隠れする味の素スタジアムに、リスペクトすべき“ONE SOUL”サメ[ターを有する松本山雅FCを迎えました。この日も秀人が出場停止で4-3-1-2のアンカーには米本が入り、サンダサが初のスタメンの布陣。ゲーム序盤はJ1残留に後の無い松本山雅が猛攻を見せます。防戦に追われるFC東京でしたが、前半20分CKからクリアされたボールを宏介が再びセンタリング。ニアにはった前田が、狙いすましたヘッドで先制ゴール!。絶妙な首振りでボールコントロールし、ここしかないコースにボールを運びました。スローモーションのように目の焼き付くファンタスティックなヘッディングシュートはお見事のひと言。千両役者前田の覚醒でしょう。結局これが決勝ゴールとなってウノゼロ勝利。ゲームをとおして派手さの少ないゲーム展開には物足りなさも感じましたが、J1リーグ年間3位をキープです。天皇杯シードもあり、10月は広島・湘南・浦和の3試合のみ。いよいよマッシモトーキョーの集大成!時は今!“Bello e Aggressivo! ~すべては勝利のために~”。









No.21 サンダサ 初スタメン




前半20分 No.20前田遼一、CKの流れから宏介のクロスにニアであわせて決勝ゴール!











徳永悠平  FC東京一筋 祝!J1リーグ戦通算300試合出場!




スカパー! JFK 注目の選手は→秘蔵っ子アンカー米本だって






新ユニお披露目








2015 東京ドロンパ Birthday Party

2015年09月26日 | FC TOKYO
9月26日『FC東京 vs 松本山雅FC〔J.League Division1 2ndステージ第12節〕』
味の素スタジアム南側広場「青赤横丁」にて、“2015 東京ドロンパ Birthday Party”が開催されました。ダンスショーでは、新たなダンス仲間の‘ゴリラッキーズ’が登場したり、いつもながらの素敵なダンスパフォーマンスを堪能することができ、我がチームのマスコットの愛らしさを再実感。松本山雅FC緑ユニのちびっ子も喜んでいるようで何だか誇らしい限り。10月1日がお誕生日のドロンパへ、ユニフォームオフィシャルサプライヤー「アンブロ」より、新たな衣装・靴がプレゼント。ドロンパグッツへの新ユニヴァージョン展開もあるのでしょうねえ~楽しみです。

愛称「東京ドロンパ」・・・(FC東京公式HPより)
1998年10月1日、港区麻布狸穴町(まみあなちょう)で生まれる。六本木と東京タワーのほぼ真ん中に位置する狸穴町、いわゆる生粋の都会っ子である。遊び場はもちろん噴水の素敵な狸穴公園。
知らぬ間にパッと現れ、ドロンといなくなることから、いつしか仲間から「東京ドロンパ」と呼ばれるようになった。東京タワーのそばに棲んでいるドロンパだから、「東京ドロンパ」というわけである。
狸の世界では誰もが認める東京ファンである。そんな彼にオフィシャルマスコット招聘のオファーが届き、チームマスコットとなった。


































武者小路実篤記念館・実篤公園

2015年09月23日 | Museum
9月23日調布市『武者小路実篤記念館・実篤公園』へ自宅からウォーキングで。
シルバーウィークほとんどのんびり過ごしてしまいましたが、心地の良い気候に誘われ自宅からウォーキングにて調布市『武者小路実篤記念館・実篤公園』まで足を延ばしました。三鷹市は山本雄三や太宰治が住み作品想像の地ですが、お隣の調布市には武者小路実篤の晩年の邸宅があり現在は『武者小路実篤記念館・実篤公園』となっています。
詳しくは、以下、記念館のリーフレットより。
“武者小路実篤は、その生涯を通じて、文学はもとより、美術、演劇、思想と幅広い分野で活動し、語りつくせぬ業績を残しました。実篤の死後、数々の愛憎品、遺品、邸宅などが、ご遺族より調布市に寄贈され、これらを武者小路実篤記念館、実篤公園で保存・公開しています。武者小路実篤記念館は、晩年の20年間を過ごした邸宅(現:実篤公園)の隣接地に昭和60(1985)年に開館し、実篤の原稿や手紙、画や書、著作をはじめ、愛蔵の美術品や交友のあった人々の作品や資料などを収蔵しています。多彩な実篤の活動をご紹介するため、様々なテーマで展覧会を開催し、閲覧室では実篤の著作、雑誌『白樺』、近代文学や美術の本を読むことができます。また、知りたい情報、作品や資料を検索できる情報提供システムもあります。隣接する実篤公園は、約5,000平方メートルの園内に、旧実篤邸のほか、湧水を水源とした大小の池、コブシ、サクラ、ツバキなどの花木があり、武蔵野の野草が花咲き、秋には木々が鮮やかに紅葉して、四季折々の風情を感じることができます。”
武者小路実篤の作品に触れ、その温かさに感服。お気に入りの作品の絵葉書を買い求めました。残念ながら、近年有名になった『ヒカリゴケ』は見ることができませんでしたが、武蔵野の佇まいを感じる庭園は懐かしい感じ。昭和の時代を思うウォーキングとなりました。
(17,411歩 13.1km)

 【武者小路実篤】 明治18年(1885) ~ 昭和51年(1976)

 明治43(1910)年 志賀直哉らと雑誌『白樺』創刊
  代表作:「友情」「愛と死」「人生論」「真理先生」等
 
 大正7(1918)年 理想社会の実現に向けて『新しき村』創設
 
 昭和30年12月(70歳) 調布市入間町荻野(現:若葉町)に移住
  緑豊かな自然に囲まれ、後半生の自伝「一人の男」を始め
  随筆や詩を執筆、野菜や花などに短い言葉を添える独特
  の作風で多くの人から親しまれる書画を作製しました。




























小平日和

2015年09月22日 | FC TOKYO
9月22日、「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように、すがすがしい気候の良いこの日、「小平グランド」を訪れました。午前の練習は、全員でのランニングでスタート。メ[ルを利用した縦横の動きからのダッシュ。宏介は別メニューだったでしょうか。GK陣は権ちゃんも交えてジャンプからのキャッチングなど。最期は3人4人がからんでのシュート練習。スピードが求められ、阿吽の呼吸が必要とされ、シュートの力強さ、ゴールへの執念が協調されていました。するどいシュートがゴールネットを揺らすのは、頼もしい限り。J1リーグ2ndステージは残り5ゲーム。天皇杯は4回戦から出場で決勝まで4ゲーム。Jリーグチャンピオンシップも含めればここからが正念場。選手諸君の真剣で輝く眼に、躍動するフィジカルに、勇気をもらい、個々人の成長とチームの進化に、あらためて期待感が増しました。最後の最後まで不断の応援を続ける決意を確認した小平詣でとなりました。
































慶應義塾大学ユニコーンズvs中央大学ラクーンズ

2015年09月20日 | Sports
9月20日、関東学生アメリカンフットボール連盟Ⅰ部リーグ“TOP8”第2節『慶應義塾大学UNICORNS vs 中央大学RACCOONS』富士通スタジアム川崎へ。
久しぶりの我が中央大学ラクーンズの応援です。9月スタートの関東大学1部リーグは、TOP8(1位~8位)とBIG8(9位~16位)に分けてリーグ戦を行っています。TOP8は、日本大学フェニックス、法政大学トマホークス、慶応義塾大学ユニコーンズ、早稲田大学ビックベアーズ、中央大学ラクーンズ、明治大学グリフィンズ、日本体育大学ザ・トライアンファント・ライオン、専修大学グリーンマシーンで構成され、TOP8の優勝校は東日本代表校決定戦そしてその先の甲子園ボウルをめざし、準優勝校は関西の強豪校を招待してのTOKYO・BOWLに出場。7、8位佼は、BIG8の1、2位佼の入替チャレンジマッチになります。
この日、中央大学ラクーンズは、第1節9月6日早稲田大学ビックベアーズ戦の敗戦を受けての第2節でしたが、残念ながら「39≠Q0」にて連敗。終わってみれば、2Q「10≠U」4点ビハインドから残り1ヤードの攻撃でタッチダウンパスをインターセプトされたのがキーャCントでした。フィールドゴールで先制後、タッチダウンで逆転されたものの、この2Qのミスでみすみす再逆転がかなわず、点差を広げられ、その後は双方肝心な場面でのミスも目立ち、どちらに転んでもよい展開。先行され常に追いかけることになったラクーンズは、プレイに余裕がなく痛む選手も続出し、4Qはバタバタで止めを刺され「39≠Q0」のリザルト。スコアほどユニコーンズとの力の差はないと思われますが、もったいないゲームを落とした感じでした。
                      1Q  2Q  3Q  4Q  TOTAL
  慶應義塾大学ユニコーンズ   10   7   6   16   39
  中央大学ラクーンズ        3  10   7   0    20
返す返すも残念の一言ですが、やはりスタジアムで大声で母校応援歌、校歌を歌うと血潮がうずきます。スケジュールがあえば再びスタジアムへ足を運ぶことになりそうです。