おてんきぷらぷら

ホームタウンは三鷹。気ままな旅・街散策にFC東京。

vs 大宮アルディージャ〔J.League Division1 1stステージ第1節〕 

2016年02月27日 | FC TOKYO
2月27日『FC東京 vs 大宮アルディージャ〔J.League Division1 1stステージ第1節〕』
2016年J1リーグホーム味スタ開幕戦は、J2から昇格した大宮アルディージャ戦。さあ、いよいよ新しいシーズンの開幕に高鳴る期待に気分も上々で味の素スタジアムへ乗り込んだのですが・・・。引いて守る大宮にャ[ッションのFC東京ですが、相手を崩すに至らず我慢比べの様相が続きます。ゲームが動いたのは後半24分、塩田からのカウンターに一瞬のスキをつかれ重たい重たい失点。結局、これが決勝点となり、なんだかなぁのウノゼロ敗戦。いつか見た光景にフラストレーションの貯まる、全く醍醐味無き、おもろないゲームでした。サッカーがボール支配ゲームではなく、ゴールを獲る守るの攻防戦であること忘れてはいけません。今シーズンは結果がすべてと臨む城福トーキョーだからこそ、あえて辛口に云えば、結果論ですが選手起用にも疑問を感じましたし、残念ながらJ2降格した“ムービング・フットボール”から、頂きを目指す“アクション・フットボール”への進化は見ることができませんでした。ケガ人続出に早くもスクランブル発進なのでしょうが、まだまだやれるはず。間髪無くACLへと続きますが、城福監督の腕の見せ所。スッキリとした勝利を見せて欲しいものですね。












“RIP SLYME”Special LIVE










今シーズン、正GK定着、益々のご活躍をお祈り申し上げます







飛騨高山まつりの森

2016年02月24日 | NON
2月21日、『白川郷』からの帰り道「飛騨高山まつりの森」に休憩を兼ね立ち寄りました。
偶然の訪問でしたが「高山祭りミュージアム」が併設させていたので、せっかくだからと覗いてみました。日本三大祭に数えられる絢爛豪華な『高山祭』。本ミュージアムでは、その祭り屋台を平成の匠の技で再現され、祭り屋台のレプリカが飾られていました。以前、高山を訪れた際、高山祭屋台会館で祭り屋台は見ていましたが、ここでは、からくり人形の上演も見ることができ、思いもかけず興味深いものでした。
そもそも高山祭とは、春の山王祭と秋の八幡祭を合わせて高山祭といいます。日本三大祭りのひとつに数えられるこの祭りの起源は16世紀後半から17世紀と言われています。
〔山王祭〕毎年4月14日・15日 夜祭14日
 春の山王祭は、旧高山城下町の南半分の氏神さまとして崇められる日枝神社(山王様)の例祭で、毎年4月14日・15日、うららかな春の訪れとともに安川通りの南側・上町を舞台に繰り広げられます。祭りの華は、やはり絢爛豪華な屋台。山王祭の屋台組が誇る12台の屋台が曳き揃えられ「動く陽明門」とも言われる見事な姿を披露してくれます。また、3台の屋台で行われるからくり奉納、伝統衣装をまとって古い町並みを歩く御巡幸、提灯を灯した屋台が、屋台囃子を奏でながら町を一巡する夜祭など、はるかな歴史を感じさせる祭り絵巻が人々の心を魅了します。
〔八幡祭〕毎年10月9日・10日 宵祭9日
 秋の八幡祭は、旧高山城下町の北半分の氏神さまとして崇められる桜山八幡宮(八幡様)の例祭で、毎年10月9日・10日、安川通りの北側・下町を舞台に繰り広げられます。人々のお目当ては、飛騨の匠の技を伝える八幡祭の11台の屋台。その威風堂々たる曳き廻し・曳き揃えの様子は、まるで江戸時代の高山へ迷い込んだような華やかさです。また、古式ゆかしい御神幸、からくり奉納、幻想的な宵祭などの伝統行事も披露され、時を忘れる感動につつまれます。





































飛騨高山(散策)

2016年02月23日 | NON
2月21日、世界遺産『白川郷・五箇山の合掌造り集落』へ、途中、飛騨高山に立ち寄りました。
勤務先の保養寮が平湯にあったこともあり幾度となく訪れ馴染のある飛騨高山。帰途の予定では散策する予定はなかったのですが、ようやく雨・風・吹雪から晴れ間が見えたので、上三之町を中心とする三町伝統的建造物群保存地区を時間の許す限り、食べ歩きの散策となりました。まずは高山陣屋へ。昼過ぎだったため既に陣屋前朝市は終了していました。朱塗りの中橋を渡れば、城下町の中心として栄えた情緒たっぷりな古い町並みの上三之町周辺。造り酒屋、和カフェ、お土産屋、レストラン、雑貨店など風情ある町並みを眺めながらの食べ歩き散歩は、みたらしだんごからスタートです。ほっかほかの飛騨牛まんに、サクサクの飛騨牛メンチカツ、行列の先の飛騨牛にぎりは納得の味で飛騨牛尽くし。造り酒屋では、お猪口を購入し、麹の香り漂う酒蔵で地酒・新酒の試飲にほろ酔い加減。赤かぶの漬物とほうば味噌がお酒に合うんだよなぁ。日本酒チーズケーキに大吟醸カステラも味見して。はたまた焼き醤油の香りがたまらない焼き立て熱々手焼き煎餅も。止めのデザートは、舌の上でとろける食感のわらび餅。すべてまるっと大変美味しゅういただきました。今回は時間の関係で、桜山八幡宮、高山祭屋台会館周辺まで足を延ばせなかったですが、魅力満載の飛騨高山をひと時五感を駆使して満喫。次回は、飛騨高山の風物詩、春の山王祭、秋の八幡祭の高山祭に訪れられたらと思います。


高山陣屋














中橋




日枝神社



高山市政記念会館




三町伝統的建造物群保存地区(上三之町)


























冬の白川郷・神田家〔世界遺産〕

2016年02月22日 | World Heritage in Japan
2月21日世界遺産『白川郷・五箇山の合掌造り集落』岐阜県白川郷合掌造集落を雪中散策。
屋根の形が合掌した時の手の形に似ていることから合掌造りと呼ばれる家屋。屋根の角度は60度の急勾配で雪が降っても自重で落ちるように工夫されています。茅葺屋根の葺き替えは30年~40年に1度、結(ゆい)と呼ばれる地域住民の共同作業で行われるとのこと。そんな合掌造りですが、家屋内を見学できるのは、長瀬家、神田家、和田家になります。和田家は国の重要文化財で有名ですし何度か見学したことがあるため、今回は神田家にお邪魔しました。神田家の合掌造りは江戸後期に石川県の宮大工により十年の歳月をかけて建造されたのだそう。それまでの合掌造りの構造を受け継ぎながらも、新しい技術を取り入れ改良し、完成度の高いつくりと評されています。合掌造り民家では主に「養蚕」が行われていましたが、さらに神田家の床下では火薬の原料となる「煙硝づくり」も行われていたとのこと。合掌造りは家族が生活する場でありつつ、養蚕業・煙硝づくりといった労働集約業務をこなすに適した場でもあったことがわかります。1935年(昭和10年)に来村したドイツ人建築家ブルーノ・タウトが“これらの家屋は、その構造が合理的であり論理的であるという点においては、日本全国を通じてまったく独特の存在である”と合掌造りを高く評価しています。後に日本政府が世界遺産に推薦する際に、合掌造り集落が持つ顕著な価値の証明としてそのまま引用しています。雪の重みで根元が曲がって育った丈夫な木を利用した梁「チェンナバリ」や、合掌屋根を支える材で強風や地震の時に屋根にかかる力を分散させる耐震木組「駒尻」など、そのつくりには時間と生活の中から学び得た知恵を見ることができました。白川郷は今なお、継承と保存と暮らしが同居しています。










稲架倉(はさぐら)


竜神さま




チョンバリ(曲梁)


駒尻


















冬の白川郷〔世界遺産〕

2016年02月21日 | World Heritage in Japan
2月21日世界遺産『白川郷・五箇山の合掌造り集落』岐阜県白川郷合掌造集落を雪中散策。
岐阜県北部、庄川の源流部に位置する白川村の合掌造り集落の中にあって、114軒と最も多くの合掌造りの残る白川郷(荻町集落)。その原型は、中世初頭にはすでに形成され、1460年(寛正元年)内ヶ島氏家臣の萩町城主、山下氏勝の入郷によって発展したと伝えられています。現在は、完全に観光地化されていますが、今なお600人を越える人の生活が息づいています。雪深いこの地域では60度の角度ある屋根の雪を溶かす目的で棟が南北を向いているのが特徴です。駐車場のある「せせらぎ公園」から庄川にかかる「であい橋」を渡り萩町集落へ。猛吹雪の中の散策でしたが、やはり白川郷には雪がよく似合います。岐阜県重要文化財『明善寺』の鐘楼門も吹雪に霞みます。荻町の合掌造り集落は妻を南北に向けて整然と並び、家ごとの塀がないことや、電線を地中に埋設することなどの景観保護も相俟って独特の景観を見せてくれます。一方、観光地としての商業化も進んだこともありましょうが、一部外国からのお客さまの傍若無人なマナー違反も散見され、日本の古き良き伝統の承継の郷を土足で荒らされているようで、ちょっと複雑なな気持になりました。できることならば、秘境のひっそりとした佇まいを保存してもらえたらなあとなどと思うのでありました。