おてんきぷらぷら

ホームタウンは三鷹。気ままな旅・街散策にFC東京。

久能山東照宮

2017年06月06日 | NON
6月4日、清水エスパルス戦、日本平遠征で、家康公を祀る『国宝〝久能山東照宮〟』を参拝。
〝三保松原〟〝登呂遺跡〟を巡り、一路、日本平山頂へ。「日本平ロープウェイ」にて、国宝〝久能山東照宮〟を訪れました。〝久能山東照宮〟は、"日光東照宮"同様、徳川家康公を東照大神として祀る全国の東照宮の中で最初に創建された神社です。家康公が75歳で亡くなると、遺言により久能山に埋葬され、二代将軍秀忠公の命により1年7ヶ月という期間で神社が造営されました。金泊や漆をふんだんに使った豪華絢爛な権現造りの社殿は、江戸時代を代表する大工頭・中井大和守正清の作。日光東照宮より19年前に作られたこともあって、日光東照宮より地味ではあるものの、彫刻、模様、組物等に桃山時代の技法を取り入れた江戸初期の代表的建物として、平成22年12月に"国宝"に指定されています。"東照宮"と云えば、その位置関係に都市伝説あり。有名なのは、"江戸城"と"日光東照宮"を結ぶ南北線の延長線には不動の"北極星"、江戸から見た時、"陽明門"の真上に北極星が光り輝くというもの。日光に負けじと、ここ〝久能山東照宮〟にも聖なる伝説ラインが存在します。"御前崎"から〝久能山東照宮〟を線で結んだ延長線上には名峰"富士山"、さらに延長上に群馬県の"世良田東照宮(徳川氏祖先の地)"、さらに延長すれば"日光東照宮"が一直線上に。また、〝久能山東照宮〟から真西には"駿府城"、さらに延長すると"鳳来山東照宮"(松平広忠公夫婦が鳳来寺に祈願して誕生したのが家康公)、さらに延長上に、家康公が生まれた"岡崎城"が、さらに延長すれば"京都"へ至るというもの。天下人の遺言に基づく安住の地〝久能山東照宮〟を巡る聖なるラインの話、スケールが大きく興味はつきません。今となっては、徳川家康公のみぞ知るといったところでしょうか。個人的には、大将軍様にアウェイチームの勝利祈願を清々と参拝。さて、御利益は如何に・・・。
 
 〔東照公御遺訓〕 “人はただ身の程を知れ 草の葉の露も 重きは落つるものかな”


"楼門"





"神厩"



"鼓楼"



"五重塔跡"



"神楽殿"





"唐門"





"神庫"



"日枝神社"





"拝殿"





"本殿"





"廟門"



"神廟"





"金のなる木"








"日本平ロープウェイ"