おてんきぷらぷら

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平泉:世界遺産散策〔達谷窟毘沙門堂〕

2013年04月17日 | World Heritage in Japan
4月13日『ベガルタ仙台vsFC東京〔J.League Division1第6節〕』ユアテックスタジアム仙台へ。
翌14日は、在阪時代に奈良・京都の世界遺産巡りの延長で平泉へ足を延ばします。世界遺産『平泉の文化遺産』関連史跡“達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)”を探訪散策です。平安時代の初めに、この地の主領・悪路王らが立てこもったと伝わる岩窟で、坂上田村麻呂が蝦夷討伐の戦勝記念に仏の加護への感謝を込めて108体の毘沙門天を祀り、京都清水寺の舞台を模して造営したと伝えられています。
東北の地で生きる蝦夷(えみし)は、まつろわぬ民と呼ばれました。まつろわぬとは服従しないこと。朝廷は律令制による中央集権国家をめざし、かつ、陸奥国の黄金の産出を知ると、蝦夷征伐にのりだします。対するは蝦夷の英雄:アテルイ。田村麻呂との激戦の末、アテルイは盟友モレとともに仏教に帰依する田村麻呂の人徳を見込み、戦乱で疲弊し傷ついた蝦夷のために和平を訴え投降します。田村麻呂は2人を京へ連れていきますが、田村麻呂の嘆願もかなわず2人は朝廷に斬首されてしまいます。陸奥(みちのく)の窮地を和平の道を望み救ったアテルイは今なお多くの伝説に彩られながら、古代東北の英雄として語り継がれています。
はるか昔の蝦夷の英雄の大河ドラマが、この岩窟には宿っています。その歴史の目撃者であるこの岩窟が目の前に実在することに感無量。ドキュメンタリーのストーリーだからこそ文化遺産なのでしょう。
さて帰り道、近隣の一関「厳美渓」へ足をのばしました。「厳美渓」は伊達政宗が‘松島と厳美はわが領地の二大景勝地なり’賛美し、度々訪れたとのこと。ここの名物は「厳美渓の団子」。もちろんたいへん美味しくいただきました。




一の鳥居


二の鳥居


三の鳥居



毘沙門堂





岩面大仏




弁天堂


本堂


不動堂


鐘楼





名勝・天然記念物『厳美渓』