巨大化したROMを追っていた円光は、目の前に信じがたい相手が現れたのを見て足を止めた。
夢魔だ。
だがそれは、聖美神女学園やフランケンシュタイン公国で対峙したものとは全く違う。
あの時の夢魔は、この世に迷い出た妖気の塊に過ぎなかった。だが、こいつらはまるで肉体を持つかのように獣じみたうなり声を上げ、爛々と狂気の光で目を輝かせながら円光の前に立ちはだかっているのだ。
「これは面妖な……」
円光は錫杖を手に取り直すと、破邪の真言を口誦さんだ。たちまち体に力が漲り、錫杖がほのかな光に包まれる。その光に怒りを覚えたのか、夢魔が突然円光に飛びかかった。熊のそれを思わせる漆黒の巨体が、その図体からは考えられないほど俊敏に飛び、鋭い鍵爪を生やした丸太のような腕で、円光目がけて殴りかかる。
円光はその直線的な攻撃を軽くかがんで空振りさせるや、不動明王真言を錫杖の先一点に集中し、夢魔の懐に叩き込んだ。伸びきった夢魔の体が途端に九の字に折れ曲がり、牙を植え並べた大きな口から、泡と共に真っ赤な血を吹き出す。円光渾身の一撃を喰らった夢魔は、そのままどうと横倒しになり、たちまち全身から白い泡を吹いて、地面に溶けていった。
円光はそのしっかりした手応えに確信した。
間違いない。
明らかに、この夢魔は肉体を持っている。
(まさか、ROMの肉体を元に、夢魔が体を手に入れてきているのか……)
やっかいなことになった、と円光は思った。
少なくとも妖気のままなら、例えば円光必殺の秘法を使えば、一網打尽に消滅させることが出来る。だが相手が肉体を持つとなれば、直接その体に呪を撃ち込まないと効き目は薄いかも知れない。
さてどうしたものか、と考えている余裕は円光にはなかった。円光の耳に、絹裂く女の悲鳴が届いたからである。
大急ぎで駆け付けると、十人ほどの浴衣姿の少女の群が一所にかたまり、その周囲に一目20匹は下らない夢魔達が、うなり声を上げて蟠っている。
「おのれ!」
円光は新たに真言を口に含むと、一気に跳躍して手近な夢魔の背後を襲った。夢魔が振り返る間もなく錫杖で首筋を突き、退魔滅妖の真言を叩き込む。たちまちその一体が絶叫を上げて倒れ、周りの夢魔が驚く間に、円光は少女達の前へと躍り出た。まっすぐ錫杖を自分の前の地面に突き立て、手に印を結んで念を凝らす。たちまち円光を中心に半円球の結界が生じ、外界と中とを遮断した。そこに夢魔達がしゃにむに取り付いてきたが、円光の結界の力は強く、夢魔達は触れた瞬間感電したようにびくっと手を引き、大きくうなり声を上げて周りを取り囲んだ。
(さて、どうしたものか)
夢魔達が諦めて去ってくれれば言うことはないが、さすがにそれを望むのは無理だろう。一体一体はさほど恐ろしいとは思わないが、数を束ねてこられてはちとやっかいである。それにこの少女等を守りながらとなると、余程考えないと難しい。何とか少女等の安全を保ちつつ、奴らを倒す法はあるまいか。
その時、円光の耳に、どこかで聞いたことのある騒音が、きゅるきゅると囁いた。思わずそちらに目をやると、5匹の巨大なカブトムシが、角を振り上げながらこちらに向かって疾走してくる。
(あれはまさか?!)
円光は咄嗟に相手の意図を読みとると、結界の力を最大限に高めた。その瞬間、カブト虫たちの角の先から真っ赤な閃光が走った。直後に巨大な火が5体の夢魔を同時に包み込み、凄まじい爆風が夢魔達をなぎ倒した。更に次々と浴びせられる火線が、一発も誤ることなく夢魔達を爆砕し、炎に包み込んだ。20体を数えた夢魔はたちどころに掃討され、その死骸が泡立ちながら消えていった。
円光が久しぶりで見るその戦車は、結界を解いた円光の前でぴたりと停止した。
『君だったのか。久しぶりだな』
やや生硬な日本語に、円光の記憶が刺激された。
「お助けいただいて忝ない。そのお声、ケンプ将軍とお見受けいたすが」
『ああ。それにしても君は相変わらず大したものだ。こちらのセンサーでも君の力が一番強く反応していたよ』
スピーカー越しにケンプの弾んだ声が、円光の耳に届く聞く。久々の戦場で血が騒いでいるのだろうか。円光は更にその後ろに連なる残り4両の戦車を見た。かつて円光は、死神によって狂わされたドラコニアンを棒一本で行動停止させた事がある。だが、今目の前にあるそれは、外観上はさほど変わったようには見えないのに、様子が明らかに違って見えた。人で言うオーラに似た雰囲気を、円光はその戦車群に読みとった。
「シェリー殿のこと、全く面目次第もない。拙僧、この身に代えても必ずや救出いたす故、しばしの猶予を頂きたい」
ケンプは円光が謝る理由が判らなかったが、その悲壮な決意表明に、思わず涙しそうになった。
『また、シェリーを助けてくれるのかね』
円光が力強く頷いた。
『……ありがとう。では君も一緒に来てくれ給え。共に戦おう』
「承知した」
円光はひらりとケンプの座乗するドラコニアンIIに飛び乗った。
脅威の東洋人を味方に付けたケンプは、勇気百倍して新たな命令を下した。
「モーリッツとヨハンはこの市民を後方の安全地帯まで誘導せよ。ハイネマン、シュナイダーは私に続け。では行くぞ!」
『ヤーッ!』
複数の威勢の良い返事がスピーカーから流れ出る。一拍おいてケンプのドラコニアンが再び前方に動き出し、すぐ後ろの二両が相次いでその後を追った。残された二両のドラコニアンIIから片言の日本語が流れ、少女達を挟んで、ゆっくりと後方へと動き出した。
夢魔だ。
だがそれは、聖美神女学園やフランケンシュタイン公国で対峙したものとは全く違う。
あの時の夢魔は、この世に迷い出た妖気の塊に過ぎなかった。だが、こいつらはまるで肉体を持つかのように獣じみたうなり声を上げ、爛々と狂気の光で目を輝かせながら円光の前に立ちはだかっているのだ。
「これは面妖な……」
円光は錫杖を手に取り直すと、破邪の真言を口誦さんだ。たちまち体に力が漲り、錫杖がほのかな光に包まれる。その光に怒りを覚えたのか、夢魔が突然円光に飛びかかった。熊のそれを思わせる漆黒の巨体が、その図体からは考えられないほど俊敏に飛び、鋭い鍵爪を生やした丸太のような腕で、円光目がけて殴りかかる。
円光はその直線的な攻撃を軽くかがんで空振りさせるや、不動明王真言を錫杖の先一点に集中し、夢魔の懐に叩き込んだ。伸びきった夢魔の体が途端に九の字に折れ曲がり、牙を植え並べた大きな口から、泡と共に真っ赤な血を吹き出す。円光渾身の一撃を喰らった夢魔は、そのままどうと横倒しになり、たちまち全身から白い泡を吹いて、地面に溶けていった。
円光はそのしっかりした手応えに確信した。
間違いない。
明らかに、この夢魔は肉体を持っている。
(まさか、ROMの肉体を元に、夢魔が体を手に入れてきているのか……)
やっかいなことになった、と円光は思った。
少なくとも妖気のままなら、例えば円光必殺の秘法を使えば、一網打尽に消滅させることが出来る。だが相手が肉体を持つとなれば、直接その体に呪を撃ち込まないと効き目は薄いかも知れない。
さてどうしたものか、と考えている余裕は円光にはなかった。円光の耳に、絹裂く女の悲鳴が届いたからである。
大急ぎで駆け付けると、十人ほどの浴衣姿の少女の群が一所にかたまり、その周囲に一目20匹は下らない夢魔達が、うなり声を上げて蟠っている。
「おのれ!」
円光は新たに真言を口に含むと、一気に跳躍して手近な夢魔の背後を襲った。夢魔が振り返る間もなく錫杖で首筋を突き、退魔滅妖の真言を叩き込む。たちまちその一体が絶叫を上げて倒れ、周りの夢魔が驚く間に、円光は少女達の前へと躍り出た。まっすぐ錫杖を自分の前の地面に突き立て、手に印を結んで念を凝らす。たちまち円光を中心に半円球の結界が生じ、外界と中とを遮断した。そこに夢魔達がしゃにむに取り付いてきたが、円光の結界の力は強く、夢魔達は触れた瞬間感電したようにびくっと手を引き、大きくうなり声を上げて周りを取り囲んだ。
(さて、どうしたものか)
夢魔達が諦めて去ってくれれば言うことはないが、さすがにそれを望むのは無理だろう。一体一体はさほど恐ろしいとは思わないが、数を束ねてこられてはちとやっかいである。それにこの少女等を守りながらとなると、余程考えないと難しい。何とか少女等の安全を保ちつつ、奴らを倒す法はあるまいか。
その時、円光の耳に、どこかで聞いたことのある騒音が、きゅるきゅると囁いた。思わずそちらに目をやると、5匹の巨大なカブトムシが、角を振り上げながらこちらに向かって疾走してくる。
(あれはまさか?!)
円光は咄嗟に相手の意図を読みとると、結界の力を最大限に高めた。その瞬間、カブト虫たちの角の先から真っ赤な閃光が走った。直後に巨大な火が5体の夢魔を同時に包み込み、凄まじい爆風が夢魔達をなぎ倒した。更に次々と浴びせられる火線が、一発も誤ることなく夢魔達を爆砕し、炎に包み込んだ。20体を数えた夢魔はたちどころに掃討され、その死骸が泡立ちながら消えていった。
円光が久しぶりで見るその戦車は、結界を解いた円光の前でぴたりと停止した。
『君だったのか。久しぶりだな』
やや生硬な日本語に、円光の記憶が刺激された。
「お助けいただいて忝ない。そのお声、ケンプ将軍とお見受けいたすが」
『ああ。それにしても君は相変わらず大したものだ。こちらのセンサーでも君の力が一番強く反応していたよ』
スピーカー越しにケンプの弾んだ声が、円光の耳に届く聞く。久々の戦場で血が騒いでいるのだろうか。円光は更にその後ろに連なる残り4両の戦車を見た。かつて円光は、死神によって狂わされたドラコニアンを棒一本で行動停止させた事がある。だが、今目の前にあるそれは、外観上はさほど変わったようには見えないのに、様子が明らかに違って見えた。人で言うオーラに似た雰囲気を、円光はその戦車群に読みとった。
「シェリー殿のこと、全く面目次第もない。拙僧、この身に代えても必ずや救出いたす故、しばしの猶予を頂きたい」
ケンプは円光が謝る理由が判らなかったが、その悲壮な決意表明に、思わず涙しそうになった。
『また、シェリーを助けてくれるのかね』
円光が力強く頷いた。
『……ありがとう。では君も一緒に来てくれ給え。共に戦おう』
「承知した」
円光はひらりとケンプの座乗するドラコニアンIIに飛び乗った。
脅威の東洋人を味方に付けたケンプは、勇気百倍して新たな命令を下した。
「モーリッツとヨハンはこの市民を後方の安全地帯まで誘導せよ。ハイネマン、シュナイダーは私に続け。では行くぞ!」
『ヤーッ!』
複数の威勢の良い返事がスピーカーから流れ出る。一拍おいてケンプのドラコニアンが再び前方に動き出し、すぐ後ろの二両が相次いでその後を追った。残された二両のドラコニアンIIから片言の日本語が流れ、少女達を挟んで、ゆっくりと後方へと動き出した。
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