かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

06リセットハンマー その5

2010-08-08 12:00:00 | 麗夢小説『夢の匣』
「動くな死夢羅!」
 榊は、一人勝手に戦いを始めようとするルシフェルを制止した。既に両手で愛用の拳銃を突き出し、その背中に狙いを定めている。この怪物にそんなモノが通用しそうにないことは榊自身も重々承知していることではあるが、これまでの自分のスタイルとして、そうそう簡単に止められるものでもない。要は気迫だ、とばかりに、榊は腹の底から声を上げた。
「たとえ事情がどうあれ、その子達に手を出すことは私が許さない!」
「許さない、だと?」
 ルシフェルの足が止まった。ルシフェルは、振り回していた大鎌を肩に担ぐと、左肩越しに榊を睨みつけた。白骨化した眼窩から漏れ出す妖しい魔眼の光が、洞窟内の気温を急降下させたかのように榊の背筋を冷たく撫でる。だが、それも一瞬の出来事に過ぎなかった。榊の背筋が震え上がる前に、輪環の打ち合う涼やかな音色がその冷気を打ち払ったからである。
「榊殿、助太刀いたす」
 愛用の錫杖を構え、円光が一歩前に出た。
「やれやれ、出来る限りのことはしてみましょうか」
 鬼童も、一見スキーゴーグルな装置を頭にセットし、点滅するLEDや液晶表示を見やりつつ、持参してきた巨大拡声器のような装置を手に榊に並んだ。
「貴様ら、あの餓鬼共に散々な目に遭わされておきながら、このわしの邪魔をしようというのか?」
 ルシフェルの発する不穏な気が急激に膨れ上がるのを、円光は肌で、鬼童は装置の測定値で知った。榊も、髭がピリピリと震えるような、一種異様な雰囲気に緊張を高めた。
「それとこれとは話が別だ。貴様を野放しにするわけにはいかない!」
「では死ね!」
 はっと気づいた瞬間、榊の目の前にルシフェルの大鎌が迫っていた。あまりの速度になすすべなく固まった榊は、ほんの鼻先で、突然鎌が異音を発し、天井高く跳ね上がるのを唖然として見送った。鋭い切っ先に刈り取られた髭がフワっと宙を舞い、かすった額から、つ、と鮮血がにじんで小さな流れを頬に刻む。こわばった目が鎌を追うと、鎖で連結された鎌がまっすぐルシフェルの手元に戻るのが見えた。
「ふふふ、よくしのいだな。貴様も腕を上げていると見える」
「死神、これ以上の狼藉はこの円光が許さん!」
 榊は、今の一瞬に、死夢羅が突然振り返って鎌の先端を飛ばして斬りかかり、危うく首を持って行かれるところだったこと、そしてその切っ先を円光が錫杖で跳ね上げて助けてくれたことを、ようやくにして理解した。榊自身、警視庁では相当腕を鳴らした武道の達人ではあるが、このまさに尋常ならざる超人達の身のこなしは、目で追うのがやっとである。
「あ、ありがとう、円光さん」
「なんのこれしき」
 額に脂汗を浮かべつつ榊がなんとか円光に軽く会釈すると、円光はじっとルシフェルを睨み据えたまま言葉を返した。
「ここは拙僧が引き受け申す。榊殿は鬼童殿とあの子たちを」
「わ、判った」
 榊の返事に、円光はぐいと錫杖を握り直すと、突如脱兎の如くルシフェルめがけて走り寄った。
「死神、参る!」
「危ないっ円光さん!」
 死神の懐めがけ円光が飛び込んだ瞬間。
 ケタ違いのエネルギーを探知した鬼童のセンサーが、ゴーグルの表示を真っ赤に染めた。鬼童の叫びにぎょっとした榊は、漆黒の衣装で固める死神の姿が、瞬間的に3倍ほどに膨らんだのを見た。
「な、なんだ?」
 榊が驚き眼を見張るうちにも、ルシフェルの身体が急激に膨らみ、漆黒の球体へと変化していく。脅威的な反射神経で急ブレーキをかけた円光は、トンボ返りに後退し、改めて錫杖を構え直した。
「ものすごいエネルギーの瘴気ですね。さすが死神だ」
 鬼童がほとほと感心したように、今や直径3m程に達した闇の球体に目を凝らした。
「感心している場合じゃないぞ鬼童君! 奴は、何をするつもりなんだ?」
 拳銃を構えつつも、思わぬ展開に戸惑う榊に、鬼童は言った。
「さて、単に防御のためとも思えませんが、あ? これはひょっとして……」
 肉眼ではさっぱり判らないが、特殊なセンサーが捉えたデータをゴーグルに表示している鬼童には、より詳しい状況が見えているようだ。榊は焦りを募らせながら、鬼童に尋ねた。
「ひょっとして? 何だ?」
「それはですね……」
 ルシフェルを包み込んだ球体は、鬼童の答えを待つこと無く、今度は急激に縮小して、野球ボールほどの大きさになったかと思うと、撃ち出された砲弾のように3人の少女達の頭上を走り去った。
「しまった、行っちゃったよう」
「親衛隊も不甲斐ない。あっさり取り逃すとは」
 眞脇紫と斑鳩星夜が困惑と怒りを顕にすると、真ん中に立つ纏向琴音が、ややうつむき加減になって、珍しく声を震わせた。
「……また皐月に怒られる……」
「はあぁぁあぁ……」
 琴音の言葉に、原日本人巫女の後継者3人はがっくり肩を落としてため息をついた。
 その様子に、円光はようやく構えを解いて言った。
「きゃつめ、最初からこれを狙っていたのだな」
「やはり、脱出のタイミングを図っていたんですね」
 鬼童は円光の元に駆け寄ると、互いに考えが一致したことに頷きあった。当面の危機は去ったと言って差し支えない。だがその安堵も一歩遅れて合流した榊の問いに、あっさりと吹き飛んだ。
「で、奴はどこに行ったんだ?」
 驚きに顔を見合わせた円光と鬼童は、すぐにその危険な状況を理解した。 
「多分あの娘の所に相違ない」
「そうだ! 麗夢さんも一緒だ!」
 こうしてはいられない、と出口に足を向けた円光と鬼童は、物静かな少女が一人、両手を広げて通せんぼしているのを見て、足を止めた。
「教頭先生は取り逃がしてしまったが、親衛隊の諸君はその場で待機していてもらおうか」
「君達まで逃がしたら、今度こそ皐月に殺されちゃうよ」
「…………」
「馬鹿な! そこをどきなさい! 君達の仲間が危ないんだぞ?」
 しかし、思わず怒声を上げた榊に、紫と星夜はニッコリと笑みを返して言った。
「皐月なら大丈夫だ。心配ない」
「それより自分達の心配をしたら? 逃げる気なら、ね」
 鬼童のゴーグルが、小さな警告音を鳴らして、チカチカと新たな表示を映しだした。円光も、3人から立ち上る不穏な気を感じたらしい。錫杖を握り直して、榊に言った。
「どうやら冗談ではなさそうですぞ、榊殿」
 鬼童も、ゴーグルに手をやって細かくセンサーの調整を付けると、その表示にひゅうと口笛を一つ吹いて2人に言った。
「油断大敵、ですね。外見に惑わされたら駄目みたいですよ」
「なんだって?」
 榊はまじまじと目の前の3人の小学生を見つめた。どう見ても可愛らしいとしか形容のしようのない子供たちだ。だが榊は、この子達が死神と相対していた時も、まるで恐れもしていなかった事を思い出した。
「さぁどうする? 無駄な抵抗って奴をみせてくれるのかな?」
「できたらそのままおとなしくしていて欲しいけど、やる気なら暇だし付き合ってあげてもいいよ」
 星夜と紫の挑発に、榊もなるほど、と納得せざるを得なかった。
「仕方ありませんな。円光さん、鬼童君」
「うむ」
「ええ。早く麗夢さんのところに行きませんとね」
 榊は拳銃をホルスターにしまうと、指を鳴らしながら足を踏み出した。円光、鬼童も、榊を挟むようにそれぞれの獲物を手に前に出た。

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