かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

さあ月も変ったところで、ぼちぼちエンジンをかけるといたしましょうか。

2007-06-01 22:59:51 | Weblog
 ついに月が革まって6月になりました。試練の5月はかなたに去り、気持ちを新たにがしがし参ろう、と思っておりますが、風邪だけは5月に置いてくることができませんでした。薬を再開して鼻は比較的マシになって来ましたが、今度は咳が出るようになり、今も喉がむずむずしてなんとも落ち着きません、と言う尻から咳ごんでしまって、手が止まってしまいました。あせっても仕方ないのは判っているのですが、こういつまでも長引くと、いい加減じれてしまいます。多少痛くてもいいので、炎症なんて一発で治るようなそんな治療法なり薬なりできないものでしょうか。

 さて、6月は夏コミ準備の月でもあります。明後日には当落がわかるようになる予定ですが、なぜか、初めて応募したときに落ちて以来、以後落ちる、と言うことがありませんので、今回もまず通ることを前提に準備を進めておいて損は無いとは思います。そう思ってここ数回かなり前から小説の準備を考えるのですが、なぜか決まって、ぎりぎりにならないと、つまり当落発表があったくらいからでないと、小説を書くことができません。昨年は、たまたま「記念誌」の取りまとめ編集を担当していたこともあって、早めに自分の分を書いてしまおうと、今時分にはもう原稿用紙換算で50枚くらい、小説全体のおよそ2割強を書いていたという例外はありますが、一昨年は今日から書き始めてましたし、その前は冬参加でしたが、やっぱりぎりぎりになって書き始めていたと思います。まあ大体1ヶ月で小説一本、原稿用紙換算300枚くらいを書き上げてしまうのでこんな遅い始まりでも間に合うのですが、いつももっと楽に書きたいと思うくせに、いまだにぎりぎりで何とかする、という癖がどうしても治りません。それは普段の仕事や子供のころの宿題でも同じで、面倒な書類やドリルなどを締め切りぎりぎりまで放置し、後になって、「あの時やっとけば楽だったのに」と過去の自分を呪いつつ無理矢理仕上げてしまう、と言うことの繰り返しでした。その一方、春休みなど暇を持て余すようなときに小説を書こうとしても碌なものが書けないのです。昔々、地方のごく小さな文学賞を取ったときも、投稿作品を仕上げたのは大学の卒論を書いている最中で、指導教官からは「よくそんな暇があったな」とあきれられるような状態でしたし、ちゃんとしたものを書こうとすると、時間が無い方がいいという、気分的には大変矛盾した、追い込まれた状態にならないと駄目みたいなのです。まあ忙しいときにより忙しくしてしまうのはもうそれが性分だと思って半ばあきらめているのですが、それよりも、時間のある暇なときにまともなことが何もできない、と言うのだけでも何とかしたいです。コミケ以外のイベント参加、と言うには結構そういう意味では有意義なことなのかもしれませんが、これって結局ただ単に四六時中忙しくしているだけ、なのかも知れません。

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