シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

ハンナアーレント

2013-12-06 | シネマ は行

1960年、イスラエルの諜報部モサドがアルゼンチンでナチス親衛隊だったアドルフアイヒマンを逮捕する。エルサレムで行われる裁判を傍聴しようと、ニューヨーク在住の哲学者ハンナアーレントバルバラスコヴァはザ・ニューヨーカー誌に記事を書くことを申し出る。

ハンナアーレントはユダヤ人で戦時中フランスで収容所から脱出しアメリカに亡命した哲学者だった。ナチスの被害者であった彼女が強制収容所移送の責任者だったアイヒマンの裁判をどのように見つめるのか世間は注目した。

彼女はまずイスラエルがアイヒマンを裁くこと、モサドがアルゼンチンでナチスを逮捕する権利があるのかなど、根本的な問題を指摘したが、ナチス親衛隊憎しの世間ではその指摘さえもおかしいとされた。

裁判を傍聴した彼女はアイヒマンを冷酷なモンスターではなく、ごく普通の小役人で上官の命令に従っただけに過ぎないと発表する。そして、それだけではなく、ユダヤ人大量虐殺の裏側にはユダヤ人指導者たちのナチスへの協力もあったということを指摘して世間から相当の批判を浴びる。

「アイヒマン実験」と言われるイェール大学のミルグラム実験やそれと同種のスタンフォード大学の監獄実験などが有名であるが、彼女が「悪の凡庸さ」と表現したこの一般の市民がある一定の条件下においては残虐行為を行うという概念はいまでこそある一定の理解を持って受け入れられているが、彼女がこれを発表したときの世間の驚きと言ったら現在では想像もつかないものだっただろう。

ユダヤ人社会にとってナチスは極悪非道のモンスターでなければならなかったし、ユダヤ人はイノセントな被害者でなければならなかったのだ。それを彼女はひっくり返した。彼女は当然ナチスの所業を憎んでいるし、アイヒマンを擁護するつもりは毛頭なかった。彼女は哲学者としての思想をストレートに世間に発表したに過ぎない。でも彼女はユダヤ人でありながら、ナチスの擁護者でユダヤ人を憎んでいると評されてしまい、世間一般からだけではなく、ユダヤ人の親友たちからもそっぽを向かれ大学も追われることになってしまう。

ハンナ自身、ナチスのユダヤ人迫害の被害者なのだ。そういう人がこういう発表をするというのは、非常に勇気がいることだろう。アイヒマンがモンスターではなくただの一般市民だという主張よりも、ユダヤ人指導者たちがホロコーストの一端を担ったという主張のほうが強烈にユダヤ人社会から非難を受けたようだ。しかし、彼女は自分の信念に従って誰も言わなかった本当のことを書いた。さきほど非常に勇気がいったことと書いたが、彼女はそこには勇気など必要なくただただ真実と自分が思考した結果を書き記したまでだとこともなげに言ってみせるだろう。それほどまでの信念の人という感じが画面からとても伝わってきた。バルバラスコヴァの演技はそれを伝えるに十分な骨太なもので素晴らしかった。

ハンナアーレントという哲学者はおそらく非常に有名な方なんだろうけど、ワタクシはこの作品を知るまで恥ずかしながら彼女のことを知らなかったので、この作品の中で語られる彼女の周囲の人間関係についてはちょっと分かりずらいところがあった。彼女の過去が時折挿入され、彼女の師匠である哲学者マルティンハイデッカーとの関係が語られ、その師弟関係と恋愛関係がおそらく後々の彼女に多大な影響を与えたのだろうなぁということくらいは分かったけれど、ハイデッカーについても名前を聞いたことがある程度なので本質的なところは分からなかった。

その点少し事前に調べておく必要があるかもしれない。他にもアイヒマンのことやモサドのナチハンターのことなど何も知らない人は少し調べてから見たほうが分かりやすいかもしれないですね。



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