「東京裁判史観(自虐史観)を廃して本来の日本を取り戻そう!」
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する。
( 心が臨界質量を超えるとは → http://tinyurl.com/5kr6f )
( 東京裁判史観とは → https://tinyurl.com/ugz9qah )
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《 いま注目の論点 》
★中国VS.米国、そして日本――中西輝政さん
★出入国制限緩和 なぜ台湾を含めないのか――産経新聞
★対中対決戦略を説く「Y論文」――湯浅博さん
★台湾 中国の浸透阻止に効果――矢板明夫さん
★北の金正恩政権への幻想は禁物――李相哲さん
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「国家の守護神」思想を再考する――小堀桂一郎・東京大学名誉教授
【「正論」産経新聞 R02(2020).06.29 】
◆靖国神社の御創建記念日に
6月29日は靖国神社御創建記念日である。明治2年の此の日(当時旧暦)に東京招魂社として発足した神社は、太陽暦採用に際してその日付をそのまま新暦に移して創立記念日とした。爾来(じらい)昨年めでたく創立百五十年の記念祭を迎へるまで、国民の篤(あつ)い崇敬に支へられ国家の守護神としての揺るぎない存在を全うしてきた。
昨年の記念祭に際しては本欄でお伝へしたが、全国47の都道府県産出の陶土を以(もっ)て作製したさくら陶板を外苑に設置するといふ斬新な着想を実現し、境内の景観も面目を一新して記念事業は一段落した。あとは神社の祭祀(さいし)の直接の支持層である御祭神の遺族数の自然の減少といふ不可避の趨勢(すうせい)に対処して、どの様に祭祀事業の護持を図つてゆくかといふ当面の課題に専念すべき段階に入つたのだ、と思はれた。
ところが改めて言ふまでもない事だが、新年が明けて早々、我が国は武漢肺炎の猖獗(しょうけつ)といふ予想もつかなかつた新しい性格の国難に襲はれる破目となつた。神社は間もなく新暦での盂蘭盆(うらぼん)行事と日付を合せた恒例のみたま祭を迎へるわけであるが、疫病への感染を避けるために必須とされる三条件のうち、開かれた空間での人寄せであるから密閉という禁忌は避けられるが、密集・密接の禁制を守る事は現実に不可能である。本年のみたま祭は中止といふ神社当局の決断も実に已(や)むを得ない。
而(しこう)して祭典の中止は神社の歴史上での大きな事件である。みたま祭は昭和21年の米軍占領下といふ非常の逆境の中で、長野県遺族会有志による「盆踊り」といふ口実の下に斎行した慰霊祭が幸ひに米軍の監視規制を免れたのを機縁として、翌昭和22年から神社主宰の形で恒例化したものであるから、本年で優に73年の歴史を刻む事になる。既に立派な伝統的行事である。現に「光の祭典」の㈺名のもとになつてゐる一万基を超える大型の提灯(ちょうちん)の照明の下での盆踊りや民族的な祭祀儀礼の数々は、戦争の直接的記憶を持たない戦後生まれの世代の人々にとつて、戦歿(せんぼつ)者の慰霊といふ行事の意味自体を認識し、考へてみる何よりの宜(よ)い機会となつてゐる事は慥(たし)かである。
◆コロナ禍でみたま祭も中止に
戦後の発祥ではあるものの70余年を一度の緩怠もなく続いてきた公的な行事が、本年初めて全面中止の憂目を見るといふのはやはり容易ならぬ一大変事である。本年の我が国は戦後初めて、諸種の夏祭や恒例行事の中断乃至(ないし)大幅の期日変更を経験したわけであるが、それらの諸例と同様、みたま祭も今回その欠如態に於(お)いてこそ、本来の在り様と意味について、一歩立ち停まつて考へてみる宜い機会を得たといふべきかもしれない。
靖国神社が祀(まつ)る所の御祭神は、本欄でも一度ならず論及した如く嘉永6年以降国事に身を奉じて落命した二百四十六万余柱の英霊で此(これ)を国家の守護神と見做(みな)す。この場合の国家といふ語は、国に帰属する国民の全てとその宗家たる皇室、国の領土・領海、不可侵の国家主権といふ概念を内包する。
神社の発祥当時は御祭神の祭祀を司る主体は国の官府であつたが昭和20年の対外戦争での敗北から生じた政変を機としてそれは民間に移り、爾来国民による護持といふ形になつた。政変の度に祭祀伝統に悪影響が及ぶ恐れのある国家護持よりも、現在の国民護持といふ体制の方が将来とも望ましい。
敗戦時の政変は昭和21年に制度上、社格の変更を強ひはしたが、それは祭祀伝統の変質には及ぶ事なく、祀る国民と祀られてある御祭神との関係は御創建当初そのままの姿を今も正しく保つてゐる。
◆祈願する心は努力の誓い
折から我が国は現に未だ曽(かつ)て経験した事のない国難に直面してゐる。国民・国土の守護神に向けての崇敬のあり方を再考してみるにはよい機縁であるが、くれぐれも注意しておきたいのは、それが〈苦しい時の神頼み〉という俚諺(りげん)の通俗的解釈に穢(けが)される様であつてはならない、その事である。
元来日本人が神の加護を祈願するといふ心は、商賈(しょうこ)が福禄を祈るの類とは全く違つたもので、むしろ努力の誓ひであり、己が念願への熱意のほどを神々も照覧あれと祈るのである。戦士が国家の守護神に加護を祈る心機も、国土国民の安寧のために、己の一身を捧(ささ)げて力を尽す事の誓約である。
教育勅語の中の〈一旦緩急あれば義勇公に奉じ〉の定言は、敗戦と被占領の騒擾(そうじょう)の中で愚かにも国民の倫理教育の綱領から排除されてしまつたが、多くの国民の胸裡(きょうり)には今も立派に生きてゐる。何しろその言葉は7世紀の初頭に聖徳太子が十七条の憲法の中で説かれた〈背私向公は臣の道なり〉のお訓(さと)し以来、千四百年に亙(わた)り日本人の国家意識の骨髄を形成する理念になり果(おお)せてゐたからである。
唯(ただ)、この普遍的理念が現になほ生きてゐる事を保証し、国民がその念願を行動に表す真心を照鑑し賜(たま)ふ神明といふ存在が、限りある人間の身としてやはり欲しい。靖国神社に鎮まる国の守護神達こそ実はその超越的存在なのである。
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する。
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★中国VS.米国、そして日本――中西輝政さん
★出入国制限緩和 なぜ台湾を含めないのか――産経新聞
★対中対決戦略を説く「Y論文」――湯浅博さん
★台湾 中国の浸透阻止に効果――矢板明夫さん
★北の金正恩政権への幻想は禁物――李相哲さん
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「国家の守護神」思想を再考する――小堀桂一郎・東京大学名誉教授
【「正論」産経新聞 R02(2020).06.29 】
◆靖国神社の御創建記念日に
6月29日は靖国神社御創建記念日である。明治2年の此の日(当時旧暦)に東京招魂社として発足した神社は、太陽暦採用に際してその日付をそのまま新暦に移して創立記念日とした。爾来(じらい)昨年めでたく創立百五十年の記念祭を迎へるまで、国民の篤(あつ)い崇敬に支へられ国家の守護神としての揺るぎない存在を全うしてきた。
昨年の記念祭に際しては本欄でお伝へしたが、全国47の都道府県産出の陶土を以(もっ)て作製したさくら陶板を外苑に設置するといふ斬新な着想を実現し、境内の景観も面目を一新して記念事業は一段落した。あとは神社の祭祀(さいし)の直接の支持層である御祭神の遺族数の自然の減少といふ不可避の趨勢(すうせい)に対処して、どの様に祭祀事業の護持を図つてゆくかといふ当面の課題に専念すべき段階に入つたのだ、と思はれた。
ところが改めて言ふまでもない事だが、新年が明けて早々、我が国は武漢肺炎の猖獗(しょうけつ)といふ予想もつかなかつた新しい性格の国難に襲はれる破目となつた。神社は間もなく新暦での盂蘭盆(うらぼん)行事と日付を合せた恒例のみたま祭を迎へるわけであるが、疫病への感染を避けるために必須とされる三条件のうち、開かれた空間での人寄せであるから密閉という禁忌は避けられるが、密集・密接の禁制を守る事は現実に不可能である。本年のみたま祭は中止といふ神社当局の決断も実に已(や)むを得ない。
而(しこう)して祭典の中止は神社の歴史上での大きな事件である。みたま祭は昭和21年の米軍占領下といふ非常の逆境の中で、長野県遺族会有志による「盆踊り」といふ口実の下に斎行した慰霊祭が幸ひに米軍の監視規制を免れたのを機縁として、翌昭和22年から神社主宰の形で恒例化したものであるから、本年で優に73年の歴史を刻む事になる。既に立派な伝統的行事である。現に「光の祭典」の㈺名のもとになつてゐる一万基を超える大型の提灯(ちょうちん)の照明の下での盆踊りや民族的な祭祀儀礼の数々は、戦争の直接的記憶を持たない戦後生まれの世代の人々にとつて、戦歿(せんぼつ)者の慰霊といふ行事の意味自体を認識し、考へてみる何よりの宜(よ)い機会となつてゐる事は慥(たし)かである。
◆コロナ禍でみたま祭も中止に
戦後の発祥ではあるものの70余年を一度の緩怠もなく続いてきた公的な行事が、本年初めて全面中止の憂目を見るといふのはやはり容易ならぬ一大変事である。本年の我が国は戦後初めて、諸種の夏祭や恒例行事の中断乃至(ないし)大幅の期日変更を経験したわけであるが、それらの諸例と同様、みたま祭も今回その欠如態に於(お)いてこそ、本来の在り様と意味について、一歩立ち停まつて考へてみる宜い機会を得たといふべきかもしれない。
靖国神社が祀(まつ)る所の御祭神は、本欄でも一度ならず論及した如く嘉永6年以降国事に身を奉じて落命した二百四十六万余柱の英霊で此(これ)を国家の守護神と見做(みな)す。この場合の国家といふ語は、国に帰属する国民の全てとその宗家たる皇室、国の領土・領海、不可侵の国家主権といふ概念を内包する。
神社の発祥当時は御祭神の祭祀を司る主体は国の官府であつたが昭和20年の対外戦争での敗北から生じた政変を機としてそれは民間に移り、爾来国民による護持といふ形になつた。政変の度に祭祀伝統に悪影響が及ぶ恐れのある国家護持よりも、現在の国民護持といふ体制の方が将来とも望ましい。
敗戦時の政変は昭和21年に制度上、社格の変更を強ひはしたが、それは祭祀伝統の変質には及ぶ事なく、祀る国民と祀られてある御祭神との関係は御創建当初そのままの姿を今も正しく保つてゐる。
◆祈願する心は努力の誓い
折から我が国は現に未だ曽(かつ)て経験した事のない国難に直面してゐる。国民・国土の守護神に向けての崇敬のあり方を再考してみるにはよい機縁であるが、くれぐれも注意しておきたいのは、それが〈苦しい時の神頼み〉という俚諺(りげん)の通俗的解釈に穢(けが)される様であつてはならない、その事である。
元来日本人が神の加護を祈願するといふ心は、商賈(しょうこ)が福禄を祈るの類とは全く違つたもので、むしろ努力の誓ひであり、己が念願への熱意のほどを神々も照覧あれと祈るのである。戦士が国家の守護神に加護を祈る心機も、国土国民の安寧のために、己の一身を捧(ささ)げて力を尽す事の誓約である。
教育勅語の中の〈一旦緩急あれば義勇公に奉じ〉の定言は、敗戦と被占領の騒擾(そうじょう)の中で愚かにも国民の倫理教育の綱領から排除されてしまつたが、多くの国民の胸裡(きょうり)には今も立派に生きてゐる。何しろその言葉は7世紀の初頭に聖徳太子が十七条の憲法の中で説かれた〈背私向公は臣の道なり〉のお訓(さと)し以来、千四百年に亙(わた)り日本人の国家意識の骨髄を形成する理念になり果(おお)せてゐたからである。
唯(ただ)、この普遍的理念が現になほ生きてゐる事を保証し、国民がその念願を行動に表す真心を照鑑し賜(たま)ふ神明といふ存在が、限りある人間の身としてやはり欲しい。靖国神社に鎮まる国の守護神達こそ実はその超越的存在なのである。