電脳筆写『 心超臨界 』

心地よいサマーレインのよう
ユーモアは一瞬にして
大地と空気とあなたを洗い清めてくれる
( L・ヒューズ )

自分を鍛える! 《 自分という大理石に“のみ”をどう振りおろすか――ジョン・トッド 》

2024-08-09 | 03-自己・信念・努力
電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。

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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『世界政治の崩壊過程に蘇れ日本政治の根幹とは』
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■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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あらゆる人間の頭脳が生れつき同質かという問題は別として、誰しも生まれつき何か一つは抜きん出た才能をそなえているということは間違いないのではないか。あなたは、数学においては、あるいは作家や演説家としては秀でていないかもしれない。しかし、あなた方の一人ひとりには何らかの分野で秀でる能力があり、もし素直に自分自身の力を引き出せば必ず伸びることができると、私は心から信じている。


『自分を鍛える!』
( ジョン・トッド、三笠書房(2002/02)、p15 )
第1章 ものを「考える頭には」限界がない!

◆自分という大理石に“のみ”をどう振りおろすか

現在、何かを学んでいる人は大勢いるだろう。しかし、それらの人すべてが優秀な成績をおさめるとは限らない。何人かはいくら努力しても無駄だろう。が、たいていの人の場合には、できないことはない。それにたぶん、これを読んでいるほとんどの諸君は、程度の差こそあれ、尊敬に値する有能な人間になりたいという願望を抱いていることだろうから、

ただ、いかにしたらよいか、その方法がわからない。まわりは誘惑や危険でいっぱいである。ややもすると勇気はくじけてしまう。そして心は、希望と不安、決断と落胆の間を揺れ動いている。

誰でもいいから話を聞いてみたまえ。どんなに抜きん出た学識の持ち主でも、勤勉そのものの人でも、あるいは自らの知識をうまく応用する才のある人であっても、過去を振り返ってため息まじりに言うことだろう。これまで、なんと多くの時間を無駄にしてしまったことか、二度と再びめぐってこないチャンスをなんと多くむざむざつぶしてしまったことか、と。

完全に自分の思い通りに、あるいは然るべき通りにものごとを成し遂げられる者はまずいないだろう。それは、一つには、われわれが必要な経験を身につけるには膨大な時間がかかるからだ。

私自身を振り返ってみても、ある時は道を間違え、ある時は選択を誤まったことがわかる。ある時は絶好のチャンスを逃し、ある時は悪しき習慣に染まった。偏見にとらわれたこともある。やりなおせるものなら、現在身につけているこの経験をもとに、もう一度人生をやりなおしてみたいものだと、つくづく嘆息しているようなしだいである。

もしめぐりめぐってきたチャンスをしっかりとつかんで自分のものとし、きれぎれの時間も無駄にせず利用していたら、自分の研究を新しい分野にまでおしひろげ、不朽の名声を博したベーコンのように、膨大な量の知識を蓄積していたかもしれない。すでに過去の人となった偉人たちは、われわれへの遺産として「知識」という宝物を残してくれた。しかし、その中でも最も貴重な知識は、金塊同様、自らの手で掘り出さなければ手に入れることはできないのだ。

頭に飾りとしてつけた一本の新しい羽根がうれしくて小躍りしている裸のインディアンと、ニュートンやボイル(1627-91。英国の化学者、物理学者)などの頭脳では、雲泥の差がある。では、その違いは、いったい何から生じるのか。

未開人にも頭脳はある。が、それは大理石の石柱みたいなものだ。美しい彫像が刻めるのに、彫刻家の手によって一度ものみがふりおろされたことのない石柱なのだ。未開人の頭脳はいまだかつて勉学によって耕されたことがない。したがって、たとえて言えば、草原にいる荒々しい野牛のようなもので、たくましさと獰猛さだけが目立つのである。

あらゆる人間の頭脳が生れつき同質かという問題は別として、誰しも生まれつき何か一つは抜きん出た才能をそなえているということは間違いないのではないか。

あなたは、数学においては、あるいは作家や演説家としては秀でていないかもしれない。しかし、あなた方の一人ひとりには何らかの分野で秀でる能力があり、もし素直に自分自身の力を引き出せば必ず伸びることができると、私は心から信じている。

幼い時にイエズス会の修道士のもとにあずけられたクラヴィウス少年は、その当時、馬鹿だと思われていた。彼の教師たちはあれやこれやいろいろ教え込もうとやってみたが、何一つうまくいかなかった。彼の教師であったということが、後年、自分たちの修道会の名を世界的に高める名誉となろうとは、つゆほども考えなかった。ようやく一人の神父が彼に幾何学を教えてみたところ、彼の才能にぴったり適合し、それで彼は、ついに当代一流の数学者の一人となったのである。
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