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電脳筆写『 心超臨界 』

強みは物理的な能力がもたらすものではない
それは不屈の信念がもたらすものである
( マハトマ・ガンディー )

日本史 古代編 《 天と地の中間の国・日本――渡部昇一 》

2025-02-19 | 04-歴史・文化・社会
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天の意識があること、ついで黄泉国が出てくることから考えると、原義として、垂直的に考えての中国(なかつくに)という宇宙観から出ていると考えるのが至当である。天孫降臨が九州の高千穂という、国の中心からうんとずれたところに起こったという神話も、中国(なかつくに)が水平的な地理感覚での真ん中という意味でないことを暗示しているようである。


『日本史から見た日本人 古代編』
( 渡部昇一、祥伝社 (2000/04)、p32 )
1章 神話に見る「日本らしさ」の原点
――古代から現代まで、わが国に脈々と受け継がれたもの
(3) 「日本の神」と「ゲルマンの神」の同質性

◆天と地の中間の国・日本

日本人はどこから来たのか。

高天原(たかまがはら)から高千穂(たかちほ)に降臨したという『古事記』の記事を昔の人は垂直(編集部注・空間における上下関係)に考えて、日本を「中国(なかつくに)」つまり、高天原と地下の黄泉国(よみのくに)との中間にあると考えていた。要するに日本人の先祖も自分の国を一種の「中国」と考えていたのである。

ただ、シナ人が自分の国を中国と言うときは、この世の中の真ん中の国で、その東西南北の周辺の諸族を東夷(とうい)・西戎(せいじゅう)・北狄(ほくてき)・南蛮(なんばん)と蔑視していたのである。すなわち、シナ人の中国は水平的な面での真ん中ということであったらしい。

古代において自分の国を地球の中心、つまり中国と考えていた民族は東洋に限らない。近代においては、どの国でも自国出版の世界の地図では自分の国が「中国」になっている。つまり世界の真ん中に自分の国が書いてある。これは水平的な中国で、シナの意味での中国である。

古代ギリシャでは、全世界の周囲をオケアノスという大きな川が流れていると考えていた。これが英語で言う「大洋(オーシャン)」の語源であるが、これに対して、この地の真ん中の海は地中海(メディテラネウス)であった。地中海の「中」は「中国」の中と同じく水平概念である。したがって、古代のシナ人やギリシャ人やローマ人の持っていたそれぞれの中華思想は、水平的中華思想と言いうると思う。

古代の日本を「葦原(あしはら)の中国(なかつくに)」と言ったとき、この中国(なかつくに)の意味については古来いろいろな論議がある。山鹿素行(やまがそこう)などは、この「中」の字は陰陽の中(ちゅう)、気候の中などを意味し、暑からず寒からず、温暖にして、万事において中庸を得ているからだと主張した。

しかしこの場合は、周囲の国々という意識がないこと、それに反して天の意識があること、ついで黄泉国が出てくることから考えると、原義として、垂直的に考えての中国(なかつくに)という宇宙観から出ていると考えるのが至当である。天孫降臨が九州の高千穂という、国の中心からうんとずれたところに起こったという神話も、中国(なかつくに)が水平的な地理感覚での真ん中という意味でないことを暗示しているようである。
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