大人の自由と子どもの自由は違う

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今、うちのサロン「些々羅」には、９歳の女の子が２週間に１度、パステルアートを習いに来ています。
彼女、仮にAちゃんとしましょうか、Aちゃんは、将来画家になりたいんだそうです。
それを応援すべく、お母さんとしては好きなことを習わせてあげようとしていたところ、たまたま私と出会ったというわけでした。



パステルアートは自由な絵です。
正解も間違いもありません。
絵を描いていくプロセスやパステルの特性からいって、一度描いてしまえば「あ、しまった、これ失敗・・」と思うことなく、「あ、これも味があっていいな。これを活かそう」という考え方をして、そのままそこから広げて行こうよ、というように描いていくことが多いものです。
「３歳の子どもから描ける」
というのが触れ込みの絵ですから、９歳の子を受け容れるのに何の躊躇もありませんでした。
これまでにも体験ワークショップというかたちではお子さんに描いていただいたこともありますし。



しかし、２、３回やっていくうちに私は考え込んでしまいました。
「今、嗅いだ香りを絵にしてみようか。」
「今、口の中で味わった味覚を絵にしてみようか。」
「今、聴いた音楽を絵にしてみようか。」
こうした五感をフルに活躍させて身体で感じたことを最終的に絵にしてみよう、ということをパステルアートではよくやります。（表現アートセラピーの手法でもあります）
こう言うと、これまで大人だったらたいていの方が驚かれました。
「え～！　香りを絵にするんですか・・・！　そんなことやったことな～い。」
「味覚を絵にする・・　ひゃあ、難しい課題ですね。」
「音楽を絵にするって、人生で初めての体験かも」
いろんなことをおっしゃって、最初は皆さん戸惑われます。
けれど、四苦八苦なんとか絵にしてみるとたいていは皆さん、自分の絵に満足され、そしてその絵から何かしらの気付きを得、感慨深く、
「あ～、楽しかったぁ。こんなの初めて。」
「なんか無心で童心に帰った感じになれたなぁ。」
「意外にも夢中になって、時間が経つのを忘れちゃった。」
などとおっしゃいます。
帰っていくときには何だか表情が違うのがわかります。



しかし、Aちゃんの場合は違いました。
「今、嗅いだ香りを絵にしてみようか。」
「今、口の中で味わった味覚を絵にしてみようか。」
「今、聴いた音楽を絵にしてみようか。」
と言っても、驚くこともなければワクワクすることもなさそうです。
そう言うと、こくりとうなずいてすぐに描きはじめます。
そこにはなんのためらいもありません。
「楽しい？」
と聞くと、またこくりとうなずいてはくれますが、「わぁ～、そうきたかぁ」という意表を突かれた面白さは感じていない様子です。
絵はすみやかに出来上がります。
「どれどれ、見せて。」
と言って見せてもらいます。
それぞれが感じたことを絵にするのですから、そこに何が描かれていても「これは違うんじゃない？」なんて言うシロモノでないことはわかっていますが、私はう～ん、と考え込んでしまいます。



そこには、例えば「香り」を絵にするんだとしたら、「桃」の絵が描かれています。
確かに私はAちゃんに桃の風味のするグミを目をつぶって食べさせました。
で、「桃」が描いてある。
なんら間違ってはいない。
むしろ、正解かどうかということでいえば、お、目をつぶってもちゃんと味覚を集中させたね、ってことです。
しかし・・
Aちゃんは「香り」を「これは何の香りだ？」と思考で転換させ、「桃だ」という答えを得たから「桃」の絵を描いたに過ぎないわけです。
そこには「桃」に対するAちゃんの“好き嫌い”や“思い出”などの「感情」は何も表されていません。
いったい、これをして子どものほうがオトナより自由だ、とかいや、未完成なだけで何にも解放されていない、とかどう捉えたらいいんでしょう？
いや、何もそこに結論づける意味など必要ないことはわかっています。
けれど、私は考えさせられてしまいました。



ちなみに私は子どもを育てたことがないので、これがAちゃんに見られる特有なことなのか、子ども全般がこういうものなのか知りたくて、知り合いの同じ年頃の子どもを持っている知人に尋ねてみました。
「ねぇ、おたくのお子さんってたまには絵を描いたりすることあるでしょう？」
「うん、もちろん。好きみたいだよ。よく描いてる。」
「そのときにさ、あなたがなんかお題を出すとするじゃない、『今の感覚を絵にしてみたら？』みたいな。そのとき、それ、どういうこと？とか戸惑ったりする？　それとも全然困らずにすぐに描く？」
と聞いてみました。
すると知人は、
「あぁ、そういえば子どもはすぐに何のためらいもなく描くね。それで、え～、それじゃあ描けない、と言うことはないね。」
と言いました。



やっぱり、そうか。
子どもって自由なんだな。
９歳ぐらいだとまだ社会的に何の制限もこれまで受けたことがない、ほんとに無垢で自由な存在なんだな。
そしてその自由のありがたみをまだ知らないんだな。
それが「自由」ってことを知らないんだな。
だから「自由」を味あわせてあげたくて感情を解放させてあげるようなつもりのことを言っても、解放されるべき鬱屈していた感情というもの自体がないから、すっと描けるし、感情が表現されていないようなのっぺらぼうな絵にもなるんだな、と思いました。



大人は自由じゃない。
っていうか、これまでの人生のなかでイヤと言うほど「制限」を味わって来ている。
自分を押し殺してきたものがあることを自分でも自覚している。
だからこそ、パステルアートを描きましょう、というこの空間、この時間のなかだけにおいては思いっきり自由になっていいんだよ、守られた空間だからね、というところでは自分を解放できるのでしょう。
そしてそのことが本当はいかに大切で宝物みたいなことなんだ、ってわかってるから愛おしく思える。
自由が必要なのは大人であって、子どもはすでにはじめから自由なんだ。
だから自由を味わってね～みたいに持って行こう、というこちらのイヤらしいたくらみなんかはすっとスルーしちゃうんだろうな。



私はAちゃんに、
「Aちゃんは、どういう絵をおうちでは描いたりしてるの？　どういう絵を描くのが好き？」
と聞いてみました。
するとAちゃんは、
「う～ん、好きな絵を描く画家さんの絵をマネして描いたりする。結構、似てるなって感じに描けたときはとっても嬉しい。」
と言いました。
なるほど、なるほど！
学びとは真似なり。
何でも最初は「これがもっとうまくなりたい」と思ったら、そうなりたいと思った作品をマネするのが確かに１番だよね。
ということは、最初から「わたしの描くものは誰にも似ていない」というオリジナルを追究するというよりは、「これが描けるようになった」という達成感のほうが嬉しいわけだ。
「自由」を思う存分感じてもらおう、と思っていた私のやり方は良くなかったわけか。
それよりは、「これを描くにはどうしたら描けるようになるんだろう？」というものに答えてあげることができる“手法”“ワザ”“テクニック”を１つ１つ教えてあげて、それができるようになったらそのテクニックを駆使して後は自分の好きなように描いてごらん、と言ってあげたほうがAちゃんは喜ぶわけか。



人間が「自由」を尊いものだ、と思うのは「不自由さ」を味わってしまったから。
だから今一度「自由」を味わうと心から嬉しい。
「自由」や「解放」が尊いものなんだよ、と感じてもらうためにはあえて最初は「不自由さ」（＝規制、ルール）を教えてあげる必要がある、ってことか。
このままただただ無垢で自由なままの子どもの心をそのままに伸ばしてあげることはできないんだろうか？
この件に関しての模索はまだもう少し続きそうです。
子どもってほんとに大人の教師だわ、とつくづく思うのでした。



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