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映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

外事警察

2012年07月05日 | 邦画(12年)
 『外事警察―その男に騙されるな』を渋谷TOEIで見ました。

(1)本作は、NHKTVドラマの劇場版であり、以前『セカンドバージン』で懲りていますから二の足を踏んでいたものの(なおかつ、TVドラマも見てはおりませんし)、評判がよさそうなので遅ればせながら見てきました。

 国際テロを未然に防ぐ目的で警視庁に作られたのが外事警察(公安部外事4課)。そこに所属する住本渡部篤郎)は、任務遂行のためには何でもやってしまうため「公安の魔物」と呼ばれています。



 その彼が、やり過ぎを恐れる警察から追放されていたところ、北朝鮮にあった濃縮ウランが行方不明になったという情報がもたらされたことから、呼び戻されます〔彼の下に、松沢尾野真千子)らの専従班が付きます(注1)〕。



 他方で、軍事機密のレーザー点火装置も、東北の大学から盗まれます(3.11の被災による混乱の中で)。
 これらを組み合わせると、広島・長崎に落とされたものを越える核爆弾が製造可能となり大規模なテロが引き起こされるおそれがあるということで、住本は韓国に渡り、その研究の第一人者である朝鮮人科学者・田中泯)の身柄を確保し日本に連れて帰ります(徐は、日本で研究活動に従事した後、祖国の北朝鮮に戻っていたところ、同じ時期に韓国に連れ去られていました)。
 盗まれたレーザー点火装置が韓国に運ばれたことがわかり、また身柄を確保していた徐も、再び何者かに韓国に連れ去られてしまいます。盗まれた濃縮ウランも韓国内にあるようですから、どうやら韓国のどこかでこれらの3つが一緒になるようです。なんとか核爆弾の製造を阻止しないと大変なことになります、いったい住本たちはどのような手を打つのでしょうか、……?

 米ソ対立が解消された後、シビアなスパイ物はなかなか成立し難かった感じですが(注2)、北朝鮮という国家の存在が、リアリティのあるスパイ物を日本で蘇らせたというのは随分と皮肉なことです(注3)。
 ただ、ノーテンキな日本vs北朝鮮ではまだ不十分だとして、間に韓国を介在させたことが〔韓国のNIS(国家情報院)の潜入捜査官安民鉄キム・ガンウ)が絡んできます〕、本作にかなりの迫真性をもたらしている理由なのかもしれません(注4)。

 「公安の魔物」とされる住本を演じる渡部篤郎が醸しだす非情さは随分と説得力があるところ、本作は、北朝鮮の工作員の妻を演じる真木よう子の存在感は目を見張らせるものがありました(注5)。




(2)核爆弾をテロに使うというと思い出されるのが、最近では『4デイズ』でしょう。そこでは、全米にいくつかの核爆弾を密かに設置して米国政府に強硬な要求を突きつけるテロリストと、それを阻止しようとするFBI捜査官らが描かれています。ただ、この作品では核爆弾自体はすでに完成していて、その後のことが中心的に描き出されます。

 核爆弾の製造自体を描いたものとしては、例えば、『太陽を盗んだ男』(長谷川和彦監督:1979年)が挙げられるでしょう。
 御存じの方が多いと思いますが、物語のあらましは次のようなものです。
 中学の理科教師・城戸沢田研二)が、茨城県東海村の原子力発電所から液体プルトニウムを略奪、アパートの自室で原爆を完成させて、日本政府を脅迫します。
 その際城戸は、バスジャック事件でその人柄を知った警部山下菅原文太)を交渉相手とし、「プロ野球のナイターを試合終了まで中継すること」、「ローリング・ストーンズの日本公演」さらには、「現金5億円」を要求します。
 はたしてこれらの要求は、実現されるのでしょうか、そして城戸の運命は、……?

 この映画は、原爆を使って政府を脅すという随分と重い題材を扱っていながらも、人を食った要求事項のみならず、随所に滑稽な場面が挿入されていたりして、決して一筋縄ではとらえきれない面白さがあります(注6)。
 ただ、本作との関係からすれば、原爆製造という点に興味が引かれます。
 というのも、『太陽を盗んだ男』においては、城戸がさかんに「プルトニウム239さえあれば、原爆など誰でも簡単に製造できる」と公言するのです。さらに彼は、東海村の原子力発電所に忍び込んでプルトニウム239を奪い取り、自宅で原爆を作ってしまうわけですが、仮にそんなに簡単に製造できるのであれば、本作のように大仰なこと(世界的権威の科学者・徐の誘拐など)にはならないのではと思われるところです。

 ただこの点を巡っては、Wikipediaの『太陽を盗んだ男』のに、次のような興味深い記述が見られます。
 「城戸の作った原爆は劇中の設計図や製造過程から爆縮式(インプロージョン式、長崎型)であることがわかるが、爆縮式原爆において極めて重要な部分である爆縮レンズの構造については触れられていない。形状、材質、細かな構造から見ても、全く同じ物を製造しても火薬の爆発の力がプルトニウム・コアに均等に伝わるとは考えにくい。したがってこの爆弾を作動させても核反応は起こらず、限られた狭い一定範囲にのみ火薬自体の爆発による破壊が起こるだけであろう。しかし、プルトニウムが爆発によって飛散することで、周囲のそれなりの範囲が放射能汚染されること(=汚い爆弾)は予想できる」。

 要するに、「爆縮レンズ」の構造が問題であり、『太陽を盗んだ男』で作られるものでは原爆として爆発せず、実際にそうしようとすれば、本作のように「レーザー点火装置」のような特殊な物が必要なのかもしれません(注7)。とすれば、その意味でも、本作は、かなりのリアリティを持っているのではと考えられるところです(注8)。

 とはいえ、本作において科学者の徐が作り上げる核爆弾はかなり大きな装置となっていて、テロリストがテロに使うには手に余ってしまい、とても実用的(?!)とは思えません(注9)。
 そういう点からすれば、『太陽を盗んだ男』が描くようなサッカーボールくらいの大きさで、ボーリングバッグに入れて持ち歩けるくらいの重量のものが仮にも製造可能であれば、人類にとって計り知れない脅威となることでしょう。

(3)渡まち子氏は、「物語はTVドラマがベースなだけあって、スピーディで飽きさせない。ドラマ未見の観客にも分かりやすく作ってある。善と悪の二面性を持つ主人公・住本のキャラクター造形も魅力的だ」などとして70点をつけています。




(注1)尾野真千子は、『トロッコ』が印象的なところ、本作では住本(渡部篤郎)の方針に反対する班員という役柄か、余りその良さが出ていないきらいがあるように思えました。
 なお、班員の中には、このところあちこちで見かける渋川清彦が入っています(本年6月13日のエントリの「注4」をも参照してください)。

(注2)むろん最近でも、『ミッション・インポッシブル』とか『ソルト』などがあるものの、なんだか米ソ対立時代の残り滓のような印象を受けてしまうところです。

(注3)日本を舞台にしたスパイ物としては『レイン・フォール 雨の牙』がありますが、単に舞台が日本というに過ぎず、それもCIA絡みですから、本作は純日本的な本格的スパイ物の成立をあるいは意味するのかもしれません〔尤も、市川雷蔵主演の『陸軍中野学校』(1966年)などがあるようですが、未見です〕。

(注4)軍事機密のレーザー点火装置盗難に絡んでいた会社社長(その妻・香織に扮するのが真木よう子)の右腕になっていたのが安民鉄で、住本が、香織を通じて、密かにレーザー点火装置に発信機を取り付けようとしたところ、すでに安民鉄は同装置を韓国に送り込んでしまっていました。
 実はその前に、安民鉄はすれ違いざまに住本の腹を刺して、自分たちの行動を妨げるようなことをするなという警告を外事警察に与えていたのです(「お前らが取り扱えるものじゃないんだ!」「お前らにできることは邪魔をしないことだ」と言った捨て台詞を安民鉄は住本に投げつけます)。

(注5)渡部篤郎については、『重力ピエロ』や『愛のむきだし』、『ゼブラーマン』くらいしか見ていませんが、本作の演技は圧倒的です。また、真木よう子は、最近では『源氏物語』とか『モテキ』を見ましたが、その演技の幅の広さにはつくづく感心させられます。

(注6)例えば、城戸が、東海村の原子力発電所に海の方から接近し、そればかりか貯蔵施設の中に入り込んで液体プルトニウムを抜き取り背負って逃げる姿は随分とおかしく、実際にはあり得ないことながら、まあいいかと許してしまいます。

(注7)『太陽を盗んだ男』では、液体プルトニウムから金属プルトニウムを作り出す過程がやたらと細かく描き出されている一方(その過程で、城戸はかなりの放射線を浴びることになります)、爆縮レンズに係るもの(爆弾の外壁とか点火装置など)は、その構造が大層複雑なものになるはずにもかかわらず、すでに出来上がっているとして描かれているにすぎません。

(注8)本作では、北朝鮮から持ち出されたのが「プルトニウム」ではなく「濃縮ウラン」とされていることからすると、核爆弾のもう一つの型(ガンバレル型←広島に投下された物)を作ろうとしているとも考えられますが、ラストに登場する核爆弾の形状からすれば、明らかにインプロージョン型だと思われます。

(注9)徐は、自分の目的(世の中をとにかく変えたい)を達成するために、注文主の要求を度外視してこんな装置を作ってしまったのではないでしょうか?
 ちなみに、『4デイズ』の場合は、運搬台車で運べるくらいの大きさです。




★★★☆☆





象のロケット:外事警察