映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ラスト・ターゲット

2011年07月27日 | 洋画(11年)
 『ラスト・ターゲット』を吉祥寺バウス・シアターで見てきました。

(1)『マイレージ、マイライフ』や『ヤギと男と男と壁と』以来のジョージ・クルーニーを近くの映画館で見れるということもあって、出かけてきました。

 冒頭いきなり、クルーニーと女性のセックスシーンと思ったら、深い雪の中を2人が散歩をしにコテージを後にします。と、どこかから銃弾が。
 アッという間もなく、クルーニーがその狙撃犯をいとも簡単に仕留めます。それではコテージにご帰還かという時に、クルーニーは、一緒の女性を背後から撃ち殺してしまうのです。さらに、クルーニーに対する狙撃を背後で指示していた男についても、彼は密かに回り込んで射殺します。これで、クルーニーとこの3人の殺人事件とを結び付けるものは、何もなくなってしまったはずです。
 映画は、冷酷非情な殺し屋の姿を、冒頭の数分間で観客に的確に印象付けます。

 ここまでは、スウェーデンでの話。すぐに場面はローマに代わり、組織の連絡係からの指令で、クルーニーは、ローマの東側にある小さな町に身を潜めることになります。ですが、指示された通りの町(カステルヴェッキオ)ではなく、さらに奥の町(カステル・デル・モンテ)に宿を定めます。連絡係に対する電話などは、指示された町で行って、あたかもその町に宿泊しているかのように振る舞います。
 これも、クルーニーが練達の殺し屋であることを観客に分からせるシーンなのでしょう。暗殺を業とするものは、絶えず別のものから狙撃される危険があることを身にしみて分かっているはずですから。

 潜んでいる間に狙撃用のライフルを制作するよう連絡係より依頼を受け、さらに町で若い女性に会って、クルーニーはその詳細を告げられます。



 他方で、クルーニーは、娼婦(ヴィオランテ・プラシド)と懇ろになってしまい、ついには、今度の依頼を最後に殺し屋の世界から抜けることを決意します。しかし、……。



 クルーニーに暗殺を依頼する組織はどんなものなのか、標的はどんな人物なのか、などと言った背景的なことは、一切映画で説明されません。クルーニーの殺し屋としての仕事が冷酷に描かれているに過ぎません。
 小さな町に潜んでいる間に彼がするのは、窓から双眼鏡で辺りの様子を絶えずチェックし、腕立て伏せとか懸垂などで体を鍛え、そして依頼されたライフルを制作し、といった極めて地味なことばかりです。
 ですが、このままでは終わるはずはない、といった強い緊張感が画面に漲っていて、見る者を決して飽きさせません。

(2)全体として、ジョージ・クルーニーが出演する映画にしては大層渋めの感じですが、そうしたものとしては、以前見たことがある『フィクサー』(2008年)が挙げられるかもしれません。
 その映画のクルーニーは、実にしがないフィクサー(弁護士事務所に所属しますが、表舞台ではなく裏で動き回る“もみ消し屋”)なのです。長年事務所に勤めていても一向に報酬も地位も上がらないままで、つまらない交通事故のもみ消し工作などに従事しています。また、賭博にはまり込んで、かなりの借金を抱え込んでもいます。そんな彼が、最後には、農薬を製造する大企業が絡む薬害訴訟を巡る陰謀で勝利を収めてしまうのです。
 フィクサーとしてのクルーニーは、自分で銃を所持するわけではなく、『ラスト・ターゲット』とは逆に殺し屋の標的となり、乗っていた車を爆破されてもしまいます。でも、丘の上に現れた3頭の馬を見に車を離れたときに爆破されたので、辛くも難を逃れ、むしろ死んだと見せかけることに成功して、流れを逆転してしまうのです。

 『アマルフィー』や『アンダルシア』の織田裕二も、第3作目ではこういう路線を狙ってみるのも面白いのでは、とフッと思ったりしました。

(3)最近日本で公開される映画は、どうしてこうもイタリアを舞台とする作品が多いのか(『トスカーナの贋作』、『ジュリエットからの手紙』、『プッチーニの愛人』など)、これもまたトスカーナ物なのかと思っていましたら、ローマの東側にあるアブルッツオ州の小さな町(コムーネ)が舞台に設定されています(注)。
 トスカーナとは違って、随分と広々とした高原の景色で、周囲の山々を背景に走る車もかなり小さく見えるほどです。描かれる小都市は、丘の上に教会を中心として作られており、なんだか『四つのいのち』の舞台と同じような印象を受けます。
 また違ったイタリアを見る感じで、その意味からも拾い物といえそうです。




(注)映画の舞台となるカステル・デル・モンテは、名前からすると世界遺産のあるプーリア州の同名の町の方が有名ですが、イタリアには同名の町が幾つもあるそうです(詳しくは、例えばこのサイトの記事を参照)。

(4)渡まち子氏は、「どこかおちゃめな役を得意とするクルーニーは、今回はひたすら渋い」、「城壁の街カステル・デル・モンテのロケーションが美しく、世界的な写真家であるアントン・コービン監督の自然光を使った映像が印象的だ」などとして60点を付けています。
 また、福本次郎氏も、「物語は命を狙われ潜伏中の殺し屋が、逃亡先の小さな町でつかの間のやすらぎを覚え、運命の軛から逃れようともがく姿を描く。イタリア山間部の、時間から取り残されたような石造りの町の美しさが主人公の悲しみを引き立てる」、「殺し屋の人生を選んだ人間の心を覆う虚無感と生存本能が静謐な映像の中で強烈にせめぎ合う、見事な緊張感を持つ作品だった」として60点を付けています。



★★★☆☆



象のロケット:ラスト・ターゲット