映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

陰謀の代償

2011年07月30日 | 洋画(11年)
 『陰謀の代償 N.Y.コンフィデンシャル』を銀座のシネパトスで見てきました(注1)。

(1)少し前の『ニューズウィーク』誌(6月6日号)に、現在ハリウッドは「続編ブーム」であり、「今のハリウッドに大人の鑑賞に堪える映画を作るチャンスはなく、仲間はテレビに活動の場を求めている」と話す監督もおり、アル・パチーノとかケイト・ウィンスレットの演技が光った映画は、いずれもテレビ映画のために、アカデミー賞の対象にならなかった、などと書かれていて大層残念な感じがしていたところ、そのアル・パチーノが出演する映画が公開されるとわかり、早速見に出かけたというわけです。

 といっても、アル・パチーノが主役ではありません。
 物語は、ニューヨーク市の中でも治安が悪いことで知られる地区を担当する警察署に配属されている警察官ジョナサンチャニング・テイタム)が主人公です。



 彼は、幼い時に、住んでいた公営住宅―犯罪の巣窟とされています―の部屋で麻薬常習者を、恐怖のあまり彼が持っていた銃で撃ち殺し、さらには彼の愛犬を蹴り殺した男を、階段から突き落として殺してもしまいます(こちらはもみ合っているうちに、相手が階段を転げ落ちてしまったのですが)。
 これらの事件の捜査を担当したのがアルパチーノ扮するスタンフォード刑事というわけです。
 彼は、ジョナサンの父親(その時には殉職していました)と警察でコンビを組んでいたという因縁もあり、ジョナサンに犯人の目星をつけていたものの、不問に付してしまいます。



 時が移り、ジョナサンは警察官となって、自分がかって住んでいた公営住宅をも管轄する警察に配属されています。
 すると、16年前の事件のことで、ジョナサンのもとに脅迫状が届けられ、また断片的に地元の新聞に投書の形で掲載され出します。2つの遺体が見つかったのに、警察は何も捜査しなかった、というわけです。
 警察がやり玉に挙げられそうになったために、今や警察委員長となったかってのスタンフォード刑事は、警察の威信を守るべく、警察署長と手を組んでこの事件のもみ消しを図ろうとします。
 さてそれはうまくいくでしょうか、……。

 全体としてまずまずの感じですが、たとえば次のような問題点があるかもしれません。
イ)女性の登場があまりはかばかしくない印象を持ちます。
 主に登場するのは、まずジョナサンの妻(ケイティ・ホームズ:トム・クルーズ夫人)ですが、ジョナサンがなにか隠し事をしているのではないかと夫に執拗に迫る役柄にすぎません
 またもう一人は、警察からの圧力を排して投書を新聞に掲載しようとする地元紙の女編集長。ですが、彼女も、何者かに簡単に射殺札されてしまいます。
 ただ、その役に扮するのは、驚いたことに『Parisパリ』や『トスカーナの贋作』に出演していたフランスの俳優ジュリエット・ビノシュなのです!と言っても、フランス人ではなく、れっきとしたアメリカ人の役を演じているのです。



 でもなんでわざわざ彼女が、と言いたくなるものの、彼女は、アメリカ映画『イングリッシュ・ペイシェント』においてカナダ人看護婦の役をこなしているなど、英語が大層堪能なので何の問題もないのでしょう!

ロ)ジョナサンが犯したとされる2つの殺人は、上記したように、物の弾みといった面が強く、ならば当初スタンフォード刑事がわざわざもみ消しを図らずとも、ジョナサン少年は重い罪に問われなかったのではと思われますし、警察官になった現在でも、わざわざ警察委員長や警察署長が乗り出さずとも、彼一人で十分対応できるのではないか、と思われるところです。

ハ)この事件で犠牲者になるのは、ジョナサンの幼馴染で、今も公営住宅に住み続けるヴィニーで、追い詰められた挙げ句、警察署長を射殺してしまい、そのことで屋上から身を投げてしまうのです。結局、警察としては、16年前の2件の殺人事件の真犯人はこのヴィニーだとして、この事件の幕引きを図り、ジョナサンも以前の生活を取り戻します。
 ですが、この事件を昔に目撃して、16年後に新聞に投書した人物は、それで納得はしないでしょうから、また何らかの手段を用いて、ジョナサンを追い詰めるのではないか、決して何も解決したことにならないのではないか、物語はまだ終わっていないのではないか、と思えるところです。

 とはいえ、アル・パチーノはさすがにアル・パチーノだなと思わせます。
 16年前に、刑事としてジョナサン少年の前に現れ、「君の父親と警察ではコンビを組んでいた」と告げ、問題を自分の中に仕舞いこんでおくように説得します。さらに16年後は、警察の威信を守るべく、警官のジョナサンに、事件のもみ消しは自分らに任せるように説得します。
 この2つの説得において、アル・パチーノの演技のうまさ(特に目の使い方)がいかんなく発揮されているように思われます。

(2)アル・パチーノは、3歳年下のロバート・デ・ニーロと比較されることが多いようです。なにしろ彼らは、映画『ボーダー』(2008年)でニューヨーク市警の同僚刑事の役を演じているくらいですから(注2)!



 ですが、アル・パチーノの姿はなかなか映画でお目にかかれないところ、デ・ニーロの方は、『マチェーテ』や『トラブル・イン・ハリウッド』でその健在ぶりをうかがえます。
 としたところ、TSUTAYAでDVDを探していたら、準新作で『ストーン』にぶち当たりました。
 なんとデ・ニーロ主演とあるではありませんか!でも、公開映画としてPR等を見たことがなかった気もするし変だなと思い、ネットで調べてみましたら、浅草とか新橋の小さな映画館で、本年4月に1週間ほど公開され、ほぼ同時にDVDも発売になったことがわかりました。
 どうりで情報が一般に伝わってこないはずです。

 それで、『ストーン』を借りてきた見たわけですが、なるほどこうした内容では、大々的にPRして公開されないのも分かるなと思いました(注3)。
 というのも、全編が宗教で色濃く塗られているからです。
 この映画の解説等では、不思議なことに、そういった宗教的な側面はマッタク触れられていないため、実際に見てみると、甚だ違和感を憶えてしまうものの、ある意味で、これがアメリカの生活の実際のところなのかも知れないとも思えてきます(注4)。

 いずれにしても、法で裁かれない犯罪者を指摘に制裁してしまう警察官(『ボーダー』)、警察が捕まえた犯罪者を収容する刑務所で働く男(『ストーン』)、そして警察の威信を守ろうとする者達(『陰謀の代償』)と、警察とか犯罪者を巡って描かれる映画のタネは尽きないようです。

(3)渡まち子氏は、「スタンフォード刑事が幼いジョナサンに男の生き方を語るセリフが悲しくも味わい深い。正義や勇気の行動で男になるのではない。男とは“クソみたいな問題を抱えながら”生きていくことなのだ。こう考えているのが、警察の腐敗と戦った「セルピコ」のアル・パチーノなのだから、やるせなさもひとしおだ」などとして65点を付けています。
 また、福本次郎氏は、「映画は警察と一般市民の蜜月関係が終わった’02年、貧困層生活地域に勤務する制服警官が味わう苦悩を再現する」が、「いつしか悪習に染まっていく主人公が哀しい」として50点を付けています。


(注1)原題は『The Son of No One』で、主人公のジョナサンを警察組織の息子と捉えていてそれなりに分かりますが、邦題の「陰謀の代償」では、いったい何を指して大仰に「陰謀」といっているのか、「代償」とは何なのか、と疑問ですし、「N.Y.コンフィデンシャル」という副題まで添えられると、有名な『L.A.コンフィデンシャル』の2番煎じと思われかねません(マア、否定できない面もありますが)。

(注2)この映画は、日本では昨年公開されましたが、今回の作品と同様、銀座シネパレスで上映されたせいなのか、あまり関心を呼ばず、クマネズミも見逃してしまいました。今回、TSUTAYAから借りてきて見てみたところ、アル・パチーノとデ・ニーロは、警察で30年来の親友関係にあるという設定になっています。
 ただ、今回の『陰謀の代償』とは違い、警察内部の腐敗というよりも、司法が取り仕切れない悪人を私的に裁くことを巡ってこの二人の警察官が火花を散らすのです。

(注3)映画の概要は以下の通りです。
 主人公のジャック(ロバート・デ・ニーロ)は刑務所の仮釈放管理官で、面接の結果作成される彼の資料如何によって受刑者の仮釈放が許可されるのです。
 さて、もう少しで定年というところで、ジャックは、一人の受刑者ストーン(エドワード・ノートン)と面接しますが、ストーンはこの面接にお定まりの発言を一切せずに、いろいろジャックの内面を突き動かすことを言い出します。



 どうも、刑務所の図書室に陳列されているある宗教家のパンフレットに強い影響を受けているようなのです。
 他方で、ストーンは、自分を刑務所の外で待っている妻を使って、ジャックの切り崩しを行おうともします。
 最初のうちは、そんな誘惑に抵抗していた彼も、彼の妻が余りにキリスト教にのめり込んでいること(教会に礼拝に行くことは欠かさず、また毎日聖書を読んだりもします)にうんざりしてきていることもあって、ついには深みにはまってしまいます。その挙句、……。

(注4)よく言われることですが、「進化を否定するキリスト教原理主義(聖書無謬主義)が跋扈するアメリカでは、国民の半分くらいは進化を信じていないらしい」のです〔池田清彦著『「進化論」を書き換える』(新潮社、2011.3)P.10〕。



★★★☆☆