孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  北朝鮮とは異なり、トランプ政権の過激なレトリックと制裁で妥協に向かわせるのは困難

2018-10-05 23:30:24 | イラン

(武装集団による軍事パレード襲撃が起きたイラン南西部アフワズで、地面に横たわる負傷兵の前を走る兵士(2018年9月22日撮影)【9月23日 AFP】)

【「イランは国際テロの世界の中央銀行だ」】
イラン核合意を破棄したアメリカ・トランプ政権がイランを目の敵にしていることは今更の話で、トランプ大統領の国連総会での演説もイラン批判に終始しました。

9月28日には、劣悪な公共サービスに対する抗議デモが続くイラク南部バスラの米領事館を閉鎖するとともに、イランの支援を受けた民兵組織による「間接射撃」を非難し、何らかの被害が生じた場合には「イラン政府に直接責任を問う」と警告しています。

また、10月4日に公表された「国家対テロ戦略」においても、イランへの集中的な対応が鮮明になっています。

****米対テロ戦略、アルカイダからイランへ=トランプ政権、焦点転換****
トランプ米政権は4日、複雑化するテロ情勢への対策をまとめた「国家対テロ戦略」を公表した。

オバマ前政権の前回戦略が国際テロ組織アルカイダに焦点を当てていたのとは異なり、トランプ政権の対イラン強硬姿勢を反映。軍事的手段だけにとどまらず、テロ組織の資金源の根絶やプロパガンダ対策などを盛り込み「全ての手段を駆使してテロと戦う」と明記した。
 
新戦略の策定は約7年ぶり。イランに関しては「中東地域でテロ組織を支援し、米国に脅威をもたらす工作員のネットワークを育てている」と強調。ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)も4日の記者会見で「イランは国際テロの世界の中央銀行だ」と痛烈に批判した。(後略)【10月5日 時事】
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イランは確かに中東において影響力拡大を狙った露骨な政策をとっており、国内体制は特殊なイスラム「神権政治」といったイメージもあります。

しかし、(ほんの1週間ほどの観光ではありますが)実際に垣間見たイランはごく普通の社会であり、政治的には、イスラム指導者にとっても選挙により示される民意が重要であるという点では、欧米的民主主義とそんなに大きな差異もありません。

イスラムの最高指導者が大統領を超える権限を有するという点は特殊ではありますが、どこかの国では奇妙な大統領が権限を行使しており、奇妙さでは五十歩百歩です。

イランには人権抑圧もありますが、女性の権利などはアメリカの同盟国サウジアラビアなどに比べたらはるかに認められていると思われます。世の中には人権抑圧国家は掃いて捨てるほど存在します。

なぜアメリカがイランをそこまで敵視するのか・・・・ということについては、個人的にはイスラム革命時のテヘラン米大使館占拠事件がアメリカ人のトラウマになっているのではないかと考えています。

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アメリカの中東政策にとって、イラク戦争とシリア内戦を通じて中東世界に影響力を拡大したイランの存在は最大の脅威である。

イラクのサダム・フセイン亡き後、アメリカの最高友邦であるイスラエルを脅かす存在はイランだけになった。

さらに1979年のイラン・イスラム革命で、親米のパーレビ国王体制が打倒されたこと。この余波でテヘランの米大使館が3か月以上もイランの学生たちに占拠されたという悪夢もある。【10月1日 伊藤力司氏 日刊リベタ】
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より政治的思惑としては、中間選挙を控えて、宗教保守「福音派」へのアピールという面も指摘されています。

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・・・・アメリカ世論調査で最高40%強の支持率しか上げていないトランプ政権は、11月の米中間選挙で与党共和党が上下両院での多数派を維持できるかが、最大の勝負である。

その中間選挙を乗り切るには、米国内の政治世論上最も有力なユダヤ閥・親イスラエル勢力を味方に付けることだ。

さらに、アメリカ国民の4分の1を占めるというキリスト教プロテスタントの「福音派」は、強力な親イスラエル集団だという。

こうした事情を勘案すれば、トランプ大統領が声高にイラン制裁と親イスラエルを呼びかけることが、何よりの中間選挙対策であることが見えてくる。果たして11月7日、米市民はトランプ政権をどう判断するだろうか。【同上】
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イランをやり玉に挙げれば国民支持が得られる・・・・一種のポピュリズムです。

アメリカの軍事プレゼンスはイランから対ロシア・中国にシフト
しかしながら、トランプ政権の過激な“イラン叩き”“イラン敵視政策”の一方で、空母配備などの軍事プレゼンスの観点からみると、アメリカはイランを意識した中東から、最近対立が顕著になっているロシア・中国に向けた軍事力配備にシフトしているとも指摘されています。

****米の対イラン批判激化、一方で軍事プレゼンス低下****
最大の脅威はイランではなく中国とロシアだとみなされている

トランプ米政権は今年、イランの脅威に対するレトリックを強めるばかりだった。

だがその一方で、当局者や軍事専門家らによれば、米軍はペルシャ湾周辺で、大きな紛争の際に必要になるはずの艦船や軍機、ミサイルを削減するなど、プレゼンスを低下させている。
 
空母セオドア・ルーズベルトが3月に太平洋方面に去って以来、ペルシャ湾には空母打撃群は存在していない。空母の展開に詳しい当局者らによると、過去20年間で、これほど長い期間、米空母が同海域を訪れていない例はなかった。(中略)

さらに、ジム・マティス国防長官は今月、ヨルダン、クウェート、バーレーンから計4基のパトリオット・ミサイル防衛システムを引き揚げる予定だ。

軍幹部が先週ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に明らかにしたところによれば、これは中東での能力を削減し、中国とロシア向けを強化するのが狙いだ。
 
イランの脅威に対する見立てとペルシャ湾周辺の軍事プレゼンスの間の明らかなミスマッチは、米国の戦略シフトや装備の制約などが原因だ。

2018年の米国の国家安全保障戦略で最大の脅威とみなされているのは、イランではなく中国とロシアだ。

同時に、保守や維持管理のスケジュールにより、米空母の運用が制限されている。また安全保障上のあらゆる脅威に十分に対応するには、艦船や機材が不足している。(後略)【10月2日 WSJ】
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アメリカの制裁で疲弊するイラン市民生活
トランプ政権としては、激しいイラン攻撃のレトリックと経済制裁で、北朝鮮のようにイランをアメリカ主導の対話の方向に向かわせることができる・・・との思惑があるようです。

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米政府を擁護する人々は、米国のレトリックと制裁による圧力は、イランを(対立ではなく)対話に向かわせるための一種の抑止力であり、トランプ大統領の対北朝鮮戦略とよく似たものだと語る。

ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は先週、イランの行動に「大きな変化」が起きると米政府は予想していると述べた。【同上】
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確かにアメリカ主導の経済制裁でイラン経済が苦境にあり、市民生活は困難に直面し、市民にロウハニ政権への不満も拡大していることは間違いありません。

****紙おむつ消えたイラン「米の陰謀だ」 市民は不満募らす****
米国が核合意を離脱し、8月に制裁を再開したことを受け、イランで乳幼児の紙おむつが店頭から姿を消しつつある。外国企業がイランとの取引に消極的になり、原材料不足で生産が止まったとみられる。

最高指導者ハメネイ師は「おむつの不足は政府批判をさせようとする(米国などの)陰謀だ」と呼びかけるが、生活必需品の欠乏に、国民の不満は高まっている。(中略)

ネット上では「ミサイルは持てるのに、紙おむつがないのはどういうことか」といった皮肉も飛び交っている。【9月17日 朝日】
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****通貨暴落に苦しむイラン 海外脱出は「夢」に 消費の落ち込みがさらに景気を冷やす悪循環に****
イランの中間層は通貨急落で、旅行や留学などの海外渡航ができなくなっている

経済混乱に見舞われているイランでは、通貨リアル急落により、多くの市民が休暇や出張、留学などを目的とする海外渡航を断念せざるを得ない状況に追い込まれており、消費の落ち込みがさらに景気を冷やす悪循環に陥っている。
 
リアルは1月以降、対ドルでおよそ75%下落し、今月には1ドル=約14万リアルの安値に沈んだ。そのため、航空燃料などを含むドル建ての財・サービス価格は大幅に値上がりしており、多くの中間層にとって、旅行費用は手の届かない水準に跳ね上がっている。(後略)【9月16日 WSJ】
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****イラン観光地、米制裁が痛撃 欧米客激減、水・電力不足追い打ち****
イランの観光地で欧米からの来訪客が激減している。トランプ米政権の制裁に加え、インフラ面の不備が災いしている。石油依存を脱して観光を経済の柱に、という政府の思惑通りにはいかないようだ。(後略)【10月1日 朝日】
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EUのモゲリーニ外交安全保障上級代表は9月26日、アメリカによるイラン制裁に対抗してイランに進出している欧州企業を守るため、現在検討されているイランとの貿易を継続するための特別目的事業体(SPV)について、11月までには立ち上げることが可能との見方を示していますが、どれだけの効果があるのかは不透明です。【9月27日 ロイターより】

ナショナリズムを刺激し、政府・体制への不満から国民の目をアメリカ・サウジなどへ向けさせることにもなった軍事パレードテロ
困窮する市民の不満はアメリカだけでなく、ロウハニ政権、あるいは現在の政治体制にも向けられていましたが、そうしたなかで9月22日に起きたのが、軍事パレードに武装グループが乱入して銃を発砲し、軍の精鋭部隊の兵士など25人が死亡した事件でした。

イランは、事件の背後にアメリカの支援を受けるサウジアラビア・UAEが存在していると非難しています。

****サウジとUAEが資金」=軍事パレード襲撃―イラン最高指導者****
イランの最高指導者ハメネイ師は24日、自身のツイッターを通じ、南西部アフワズの軍事パレードを22日襲撃した実行犯が「サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)から資金提供を受けていた」と主張した。

(中略)ハメネイ師は「襲撃の黒幕を徹底的に罰する」と強調。イランはサウジやUAEに加え、米国も襲撃に関与したとして反発を強めている。【9月25日 時事】 
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この軍事パレード襲撃はイラン国民に少なからぬ衝撃を与え、民族主義を鼓舞する結果となっているとの指摘があります。

****民族主義が広がる神権国家イラン****
軍事パレードへのテロで政府への不満は消散 代わりに盛り上がるナショナリズムの不安

イランの古都シラーズに住む主婦ザリ(42)にとって、市場で食料品の価格をチェックするのは重要な日課の1つ。3人の息子は10代で、ただでさえ食費はばかにならないのに、最近はアメリカの経済制裁の影響もあり、物価の高騰が激しい。(中略)

(軍事パレードへのテロの報道を観て)ザリはショックで凍り付いた。「もう食料品なんてどうでもよかった」(中略)「うちの子たちも、数年後には兵役に行かなくてはいけない。もしそこでこんな目に遭ったら……。そのとき初めて『私たちの国は攻撃されているんだ』と実感した」(中略)

ザリと同じことを思った人は少なくない。(中略)どの国もそうであるように、テロはイラン人の愛国心を奮い立たせ、結束させている。

その兆候はしばらく前からあった。(中略)ここ20年ほどは、ナショナリズムがじわじわと盛り上がっている。(中略)

現体制はイスラム主義を断固維持しつつ、こうしたナショナリズムの高まりを利用しようとしてきた。9月22日のテロ事件は、そんな中で起きた。
 
とりわけ衝撃的だったのは、犠牲者に徴集兵が多く含まれていたことだ。イランでは全男性に2年間の兵役が義務付けられていることから、彼らが犠牲になる事件は、政治的立場や社会的地位を超えて誰もが自分の家族のことのように悲しむ。

しかも今回の事件は、イラン・イラク戦争(80~88年)の開戦38周年を記念するパレード中に起きた。

世界的には忘れられつつあるが、当事国であるイランとイラクにとって、この戦争は今も生々しく記憶されてい
る。「イラン・イラク戦争は第三次世界大戦だった」と、政府系文化施設の責任者モルテザ・サルハンギは語る。(中略)

(すべての欧米諸国がイラクを支援するなかで)イラン側の犠牲者が数十万人に達した8年間の戦争は、リアルポリディック(現実政治)という概念を痛感させた。(中略)

「もはや子分でいたくないと望んだというだけで(アメリカは)イランの孤立を図り、中東での最大の敵とみた」(中略)「だが今の若者はそれを信じようとしなかった」(中略)

8000万人を超えるイランの人口の過半数を占めるのは、35歳未満の若年層だ。その多くはイラン革命もイラン・イラク戦争も体験していないか、記憶していない。

そうした若者たちにこれらの体験の意味を説明するのは、政府にとって困難な課題になってきた。
 
イランの若者や女性、労働層は体制への不満を募らす一方だ。彼らの心をつかむために何をすべきか、論議が繰り返されてきた。その重要性が高まったのは09年、革命以来最大の反政府デモが巻き起こり、現体制下で初めて「独裁者を打倒せよ」との声が響き渡ったときだ。(中略)

そこへきて起きたアフワズの事件は体制側にとって、国民に脅威の図像を描いてみせる格好のチャンスだ。さらに好都合なことに事件の数日前には、サウジアラビアがイラン国内の対立をあおるため、イランの反体制派武装組織モジャーヘディーネ・ハルグ(MEK)を支援していたことが報道された。
 
そればかりではない。アフワズでの襲撃事件と同じ日、MEKが共同主催したニューヨークでの会議で、ドナルド・トランプ米大統領の顧問弁護士を務めるルディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長がイランの体制転換を呼び掛けるという驚くべき偶然もあった。

「祖国を守るために戦う」
イランの最高指導者アリーハメネイ師はこの機を逃さなかっだ。アフワズで起きた事件は「アメリカの操り人形である近隣国家の陰謀が継続していることの表れだ。彼らは、私たちの愛する祖国を不安定化させようとしている」と語った。(中略)

(革命防衛隊で2年間の兵役についている25歳に)ハミドの意識は変化している。「自分をナショナリストだと思ったことはなかった。望みは兵役を終えて、外国で学業を続けることだけだった。でも今は、彼らが経済を含めたさまざまなレベルでイランに戦争を仕掛けようとしていると感じる。祖国を守るために戦うっもりだ」

こうした意識がイラン国内でどれほど広がっているかを把握するのは難しい。とはいえアフワズの事件を契機に、ネット上でナショナリズムが高まり、反アラブ感情、とりわけサウジアラビアなど湾岸諸国への反感が膨れ上がっていることは確かだ。
 
主婦のザリは襲撃事件以来、息子3人が戦場に送られるかもしれないと不安で眠れない。
「イラン・イラク戦争中も、その後に制裁が科された時期も経済的に苦しかった。変化を期待していたけれど、今では分かる。アメリカはイランに干渉したくてたまらないのだ、と」
 
だから、ザリは覚悟を決めた。「物価が上がり続けてもいい。以前のように歯を食いしばって耐える。でも外国勢力の言いなりになる気はない。イランは独立した国家だ」 【10月9日号 Newsweek日本語版】 
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イランでは、今も車道のわきにイラン・イラク戦争の犠牲者の肖像が延々と並んでいます。
イランがミサイル開発に執着するのも、イラン・イラク戦争当時、イラクのミサイル攻撃で苦しんでいるとき、どの国も1発のミサイルもイランに供与してくれなかった経験によるものと言われます。

トランプ大統領にとっては、北朝鮮との会談実現が大きな成功体験となっているようです。
しかし、金正恩委員長(あるいは一部の軍幹部)の意向で国の方針が決定する北朝鮮と、「神権国家」ともいわれながらも国民の民意を前提とするイランでは事情が異なります。

イラン国民がアメリカおよびその支援を受ける国との戦いへの意思を固める時、ベトナムやアフガニスタンでのアメリカの理解を超えた抵抗の再現となります。

長くなるので端折りますが、街にコカ・コーラが溢れているように、想像以上に世俗的なイラン人は基本的にはアメリカ文化への憧れがあるように見えます。アメリカが今のような恫喝ではなく、そのあたりにうまく働きかければ、双方にとってウィン・ウィンの関係が築けると思うのですが。

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