孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ  強権的なエルドアン大統領の再選目論見を脅かす強敵“通貨リラの暴落”

2018-06-02 22:43:15 | 中東情勢

(【6月1日 WSJ】)

暴落する通貨リラ 利上げに反対する持論に固執するエルドアン大統領
なんだかんだ言っても経済のファンダメンタルズがしっかりしている日本ではあまり大きな問題にもなっていませんが、現在多くの新興国ではアメリカの金利上昇などを背景にした通貨安圧力にさらされており、各国とも対応に苦慮しています。

****米金利上昇、新興国に通貨安圧力 緊急利上げで対抗 ****
「為替市場に対し、あらゆる介入手段をとり続ける」。アルゼンチン中銀は4日、緊急利上げを発表した。前日の3%利上げに続く措置で、4月27日に利上げに踏み切ってから3度目となる。

年初に1ドル=18ペソ台だった為替相場だが4月下旬に入り下落が加速し、3日には一時22ペソ台の過去最安値を記録。沈静化には計12.75%の利上げや政府による財政支出目標の引き下げといった荒療治を要した。
 
トルコ中銀も4月下旬に0.75%の利上げに踏み切ったが、通貨安に歯止めがかからない。3日発表の消費者物価指数(CPI)上昇率が市場予測を上回ったことをきっかけに通貨リラが急落し、4日には一時1ドル=4.28リラと過去最安値を更新した。年初からの下落率は10%を超える。
 
財政赤字の抑制などが評価され、4月に大手格付け会社から国債の格付けを引き上げられるなど市場からの評価が高いインドネシアも通貨安が止まらない。2日に1ドル=1万3940ルピアと、2年4カ月ぶりの安値となった。

アジア通貨危機の際に記録した、心理的な防衛ラインである1万4000ルピアを前に、中銀はドル売りの市場介入や利上げの示唆を繰り返す。ブラジルレアルや南アフリカ・ランドも5月に入り年初来安値を更新した。
 
国際金融協会(IIF)は米連邦準備理事会(FRB)の利上げ観測や米トランプ政権による景気刺激策でマネーが米国に向かい、新興国からの資金流出につながっていると分析する。
 
通貨安は輸出振興につながる一方、輸入物価の上昇につながり、景気を冷やす懸念がある。アルゼンチン政府は年率25%にのぼるインフレ対策を主要政策に掲げるが、今回の利上げにより、年間15%というインフレ目標は事実上の先送りを余儀なくされた。
 
ドル建ての債務の返済負担が増すことも経済には悪影響だ。フィッチ・レーティングスは4日、アルゼンチン国債の格付けの見通しを「ネガティブ(弱含み)」とした。同国は償還期限が100年先という超長期の国債を発行するなど、ドル建ての債務を増やしていた。
 
米格付け会社S&Pグローバル・レーティングスは1日、トルコ国債を格下げした。トルコの民間部門の対外債務残高は過去5年で約4割増加し3163億ドル(約34兆円)に達しており、通貨急落と資金調達環境の悪化で、トルコ企業の外貨建て債務の借り換えが滞るリスクが意識される。
 
景気悪化は政治にも影響しそうだ。エルドアン大統領は景気悪化による支持率低下を懸念し、大統領選と国会総選挙を19年秋から18年6月へと前倒しすることを決めた。アルゼンチンでは改革派のマクリ大統領が19年の大統領選で再選を目指すが、左派が勢いを盛り返す可能性も出てきた。【5月6日 日経】
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“インドネシアやインド、フィリピンなど金利が比較的高いアジア新興国通貨の対ドル相場は、いずれも年初来で3%程度下げている。米国債利回りの上昇に伴う投資資金の奪い合いのほか、ドル高の進行、トランプ米大統領の「米国第一主義」による世界的な通商摩擦の激化や資本流出など、逆風がいくつも重なったためだ。”【5月8日 DIA
MOND online】

【日経】記事にもあるように、トルコでは通貨安による経済悪化が今後ますます顕著になることが予測されていることから、エルドアン大統領は経済が悪化する前に・・・ということで、大統領選挙・議会選挙の前倒し実施に踏み切ったことは、5月17日ブログ「トルコ大統領選挙  拘束中のクルド系政党前共同党首も出馬 エルドアン政権の止まらない“弾圧”」でも取り上げました。

強権的姿勢に対する批判が国内外で強いエルドアン大統領ですが、少なくとも国内的には、トルコ経済の目覚ましい発展を主導した功績で大きな信頼を得てもいます。

しかし、最近のトルコ・リラの暴落は、大統領の最大の功績であるトルコ経済の土台を揺るがしかねない状況にもなっています。

強権で批判勢力・野党を封じ込めて、再選を確実にしようとするエルドアン大統領ですが、“トルコのエコノミストらは、通貨リラは国に唯一残された本格的な野党だと冗談を言うことを好む。リラは確かに、恐るべき敵だ。”【5月26日 英フィナンシャル・タイムズ紙】という状況にもなっています。

基本的には、自国通貨安の場合は金利引き上げで資金流入をはかり、為替を安定化させるというのが通常の対応策ですが、容易に利上げに踏み切れない事情も抱えていることもあります。

特に、トルコの場合、エルドアン大統領は“経済成長に固執する指導者、かねて利上げを「金持ちをより金持ちに、貧乏人をより貧乏にする」ための手段として一蹴し、トルコ中央銀行としばしば論争を繰り広げてきた人物”【同上】という、利上げに対して強い拒否感を有しているそうです。

5月の訪英時には、「高金利はインフレを抑制するのではなく、インフレを引き起こす」という持論も披露しています。【同上】

しかも、選挙対策としてみると、“利上げはインフレを落ち着かせ、リラ相場を下支えするために必要だが、選挙をわずか数週間後に控えて住宅ローンの返済コストとクレジットカードの支払い額を膨らますことにもなる”【同上】
という側面もあります。

そうしたエルドアン大統領の持論、選挙対策によって利上げが対応が円滑になされず、さらには政府から独立する中央銀行の金融政策に介入する考えを示唆するなどの言動が投資家の不安を煽ったこともあって、リラ暴落が進行しています。

さしもの強気エルドアン大統領も利上げの必要・中央銀国の独自性を認める
しかし、リラ暴落を受けて、さすがに5月23日には中央銀行が緊急利上げに踏み切ることに。

****トルコリラ、緊急利上げ 中央銀、急落受け通貨防衛判断****
トルコ中央銀行は23日の臨時の金融政策委員会で、主要政策金利の一つを3・0%幅引き上げ、年16・5%にすることを決めた。

巨額の経常赤字に加え、エルドアン大統領が政府から独立した中央銀行に圧力を強める考えを示したため、通貨リラは対ドルで年初より約23%も急落。緊急利上げに踏み切り、通貨防衛の必要があると判断したとみられる。
 
利上げしたのは、複数ある主要政策金利のうち、実質的な上限となる金利で、約1カ月ぶり。23日の外国為替市場でリラは一時、1ドル=4・92リラ台と過去最安値を更新し、通貨下落で輸入品が値上がりし、国内の物価上昇に拍車がかかるおそれがあった。利上げ決定後、リラ相場は1ドル=4・5リラ台に急落した。
 
巨額の経常赤字を抱え、海外からの資金に頼るトルコのリラは売られやすい。米国の長期金利の上昇や中東情勢の緊迫化などを背景に、投資家はリラを売ってドルを買う動きを進めていた。

さらにエルドアン大統領が今月中旬、米ブルームバーグ通信の取材に「大統領には金融政策に影響力を持つイメージが必要」と発言。来月24日の大統領選に勝利した場合、政府から独立する中央銀行の金融政策に介入する考えを示唆したため、投資家が不安を強めてリラ安が加速していた。【5月24日 朝日】
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中央銀行の緊急利上げで1ドル=4.55リラに持ち直したもの、24日にはまた下落し、4・8リラとなったようです。(6月2日現在は4.65リラ)ちなみに、10年前の相場は、1ドル=1.2リラ、前回大統領選挙の2014年には2.15リラでした。

自国経済の不調・混乱を外国の陰謀せいにするのは、ベネズエラのマドゥロ大統領など独裁者にありがちなことですが、エルドアン大統領もいかがわしい外国人の集団から通貨が攻撃されているという陰謀論を展開、“愛国的”なリラ防衛を国民に訴えています。

****トルコ大統領、国民にドル・ユーロ貯蓄のリラへの交換を要請****
トルコのエルドアン大統領は26日、急落している自国通貨リラの下支えのため、ドルやユーロの貯蓄をリラに交換するよう国民に要請した。リラは年初来、対ドルで約20%下落している。(後略)【5月28日 ロイター】
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そう言われても、虎の子の外貨を下落するとわかっているリラに換えようとは、普通は考えないでしょう。

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言論の自由がまだ守られている数少ない空間の1つであるツイッター上では、あるユーザーが、ほうき1本で海を押し返そうとする女性の動画でトルコの指導部を笑いものにした。
 
規模は小さいが戦闘的な野党寄りの新聞ジュムフリエットは、新生児がなぜ予定より早く生まれてきたのか聞かれている漫画を掲載した。「仕方なかったんだ」と赤ん坊は返答した。「病院の費用がドルに連動しているんだから!」【5月26日 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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さしもの強気なエルドアン大統領も持論を撤回して、中央銀行の独自性を認め、利上げ対応に本格的に乗り出さざるを得なくなっています。

その背景には、ユルドゥルム首相とメフメト・シムシェキ副首相(元メリルリンチのバンカー)、ムラート・チェティンカヤ中銀総裁などが大統領に利上げを懇願した舞台裏での激しい争いがあったようです。

****トルコ高官ら、中銀の独立性強調 大統領の強硬発言を軌道修正****
トルコの高官2人は29日にロンドンで開かれた投資家との会合で、中央銀行はリラ防衛に向けた行動で独立性を認められていると強調し、エルドアン大統領の金利政策を巡る強硬発言について軌道修正を図った。複数の参加者が明らかにした。

会合はシムシェキ副首相とチェティンカヤ中銀総裁が出席し、複数回開かれた。そのうち1回に参加した機関投資家は、匿名を条件に、「エルドアン大統領の1週間前の発言とは明確に異なるメッセージが発せられた」と明らかにした。

エルドアン大統領がリラ防衛策を直接的に認めるか、必要な措置を講じるよう副首相に要請することで間接的に容認することになると信じざるを得なくなったと述べた。

エルドアン大統領は今月既に、ロンドンで機関投資家との会合を開いており、その際、6月24日の大統領選・総選挙で勝利した場合に中銀への統制を強める意向を示した。また、物価抑制には低金利で対応すべきと主張した。

これを受けてリラは急落。中銀は300ベーシスポイント(bp)の緊急利上げでの対応を余儀なくされ、28日には複数金利による複雑な構造を簡素化する計画を明らかにした。(中略)

シムシェキ、チェティンカヤ両氏はエルドアン氏の先の強硬発言について、大統領は「選挙モード」に入っていたと説明。ただ、エルドアン氏は現実主義で、「政権内には必要な措置についての理解がある」と述べたという。【5月30日 ロイター】
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エルドアン大統領は、トルコは「グローバルな統治原則に我が国を破壊させない」とくぎを刺しつつ、「金融政策に関するグローバルな統治原則を守る」ことも約束したとか。

経済状況で攻勢を強める野党 ただし、依然根強いエルドアン支持も

****トルコの経済混乱、エルドアン氏の再選阻むか****
通貨リラ下落で試される、繁栄を演出した大統領への支持

6月24日に行われるトルコの大統領選・総選挙で、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領に手ごわい敵が出現した。それは米ドルだ。

エルドアン氏が2003年に権力の座に就いて以来ほぼずっと、トルコの有権者は抗しがたい1つの理由から、彼の独裁的な政治手法や変わりやすい外交政策、周辺の汚職疑惑を甘んじて容認してきた。その理由とは、経済変革により普通のトルコ国民の生活水準を押し上げ、かつてない繁栄をもたらしたことだ。

世界銀行の統計によれば、トルコの1人当たり国民所得は2003年以降ほぼ70%増加し、一部欧州連合(EU)諸国の水準を上回るまでになった。

トルコの経済混乱、エルドアン氏の再選阻むか
だがその繁栄は今や脅威にさらされている。外国からの投資に大きく依存しているトルコ経済が困難に直面しているからだ。

ここ数週間、トルコの通貨リラは暴落に見舞われている。その一因は、エルドアン氏が中央銀行の独立性に制限を設けるのではないかの懸念が生じたことだ。

リラは、2014年に行われた前回の大統領選時には1ドル=2.15リラだったが、先週には急落を演じ、4.92リラを付けた。その後は、トルコ中銀の大幅な利上げや他国の中銀の介入を受けて、下げ分の一部を戻し、4.50リラ前後で小康状態となっている。

「トルコには深刻な経済混乱が生じている。誰もが注視する主要な経済指標は、今ではドル相場となっている」と、トルコのエコノミストであるムスタファ・ソンメズ氏は語る。「国内外の投資家の信頼を大幅に喪失している。国民にはエルドアン氏が何をしたいのか分からない」

エルドアン氏と与党の公正発展党(AKP)は、この通貨リラ下落が同氏のプランを失墜させようとする外国からの陰謀だと述べている。トルコを世界的な大国かつイスラム世界のリーダーにするという同氏のプランに対する陰謀だというのだ。
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同氏は5月26日に東部エルズルムで行われた決起集会で、「枕の下にユーロやドルをためている同胞諸君は、それをリラに交換しに行くべきだ。金融界がわれわれの投資家や起業家に背くようなゲームをするなら、いずれ高い代償を払うことになる」と訴えた。

だが、こうした奨励の効果は限定的だ。それは、AKPが同じような約束を以前にしたことがあるが、無駄だったからだ。

2017年1月、外貨を売ってリラを買えというエルドアン氏の当時の呼び掛けを受けて、地元のAKP関係者たちがドル札で鼻をかんだり、ドル札の山に火をつけたりする様子をテレビ向けに演出し、放送した。だがその後、リラ相場は20%以上下落している。

最近の世論調査では、エルドアン大統領の不支持率が支持率を上回っている。そんななか、分裂状態のトルコ野党勢力は同大統領を攻撃するにあたり、この経済状況を利用することに最大限の力を注いでいる。

野党・共和人民党の大統領候補として有力視されているムハレム・インジェ氏は、「汚職、イデオロギー的な執着、経済機関の独立性奪取、予算の透明性の消滅、資源の不適切な配分。そうしたこと全てが、わが国の経済を地獄の一歩手前まで追い込んだ」と述べ、「トルコの全ての機関が疲弊している。経済問題があまりに深刻なため、彼(エルドアン氏)は今回、これを隠し通すことができないだろう」と話した。

同氏は6月24日の大統領選で現職のエルドアン氏の得票率が50%を超えなかった場合、決選投票で対立候補になる可能性が最も高いとされている。

「わたしは変化の風を感じている。トルコは今、このワンマン独裁政権に飽き飽きしている」と同氏は付け加えた。

以前、トルコの野党政治家には同じように高い期待が寄せられていた。過去のいくつかの国政選挙の際や、大統領の権限を大幅に拡大した昨年の国民投票を控えた際だ。

しかし現実にはエルドアン氏とAKPが、1回の例外を除き、2002年以降のあらゆる国政選挙で勝利した。例外は15年6月の総選挙だったが、その後、野党勢力は一つに結集できず、AKPは4カ月後に行われた再選挙で絶対過半数を取り戻した。

しかし今回は、トルコの主要野党の一部の間で異例の協調姿勢がみられる。大統領選と並行して行われる国会の総選挙の運動でインジェ氏の世俗政党・共和人民党は、伝統的なイスラミスト政党の至福党、新たな世俗的ナショナリスト政党の改善党と共闘している。

少数民族クルド人系の国民民主主義党(HDP)は、党指導者たちがエルドアン氏によって拘束された。だが世論調査によれば、法的な壁である10%以上の得票率をHDPが再び確保して議員を送り出せれば、与党のAKPは、たとえエルドアン氏が大統領に再選されるとしても、議会で絶対過半数を失う展開が十分にありうるという。

現在、野党はメディアへのアクセスをおおむね拒否され、独立系のジャーナリストが繰り返し投獄されている。

こうした対立が先鋭化する現況のなかでは、たとえ経済が悪化していても、エルドアン氏の魅力をそぐのは十分でないかもしれない、とワシントン近東政策研究所(WINEP)トルコ・プログラムのディレクター、ソネル・チャアプタイ氏は言う。

同氏は「経済が崩壊しつつあるとの理由で投票する候補者をくら替えする人はごく少数だろう」と述べ、「トルコ人の半分はエルドアンが大好きで、悪いことはできない人だと思っている。経済がトラブルに陥っているのは悪い統治のためではなく、誰かがエルドアン氏をおとしめようとしているからだと彼らは考えているのだ」と述べた。

欧州外交評議会(ECFR)のトルコ専門家、アスリ・アイディンタスバス氏もこの見方に同意している。同氏は、アンカラが国政選挙を1年半繰り上げて実施すると決意したのは、懸念されている経済危機が本格化する前に有権者に投票させようとしているためだと述べた。

同氏は「われわれは(経済悪化の)初期段階にあり、この時点でトルコの有権者たちが経済の落ち込みの深刻さを強く感じているかは不透明だ」と述べ、「経済の落ち込みは、究極的に有権者行動に影響するだろう。だが問題は、それが今起こっているのかということだ」と語った。【6月1日 WSJ】
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投票日まで3週間。前回ブログで獄中から立候補している「クルドのマンデラ」(クルド系左派政党である国民民主主義党(HDP)のセラハッティン・デミルタシュ前共同党首)のことなども取り上げましたが、エルドアン大統領にとって最大の強敵は通貨リラの動きにあるようです。
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