孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  総選挙実施するも「権力の半空白状態」の予測 軍部の動向と「見えないクーデター」

2014-02-02 22:08:49 | 東南アジア

(衝突現場以外では、あまり緊張感が見られない反タクシン派抗議行動 参加者を飽きさせないためのいろんな催しも用意されているとか  “flickr”より Jérémie Lusseau http://www.flickr.com/photos/38206118@N03/12265642485/in/photolist-jFSCbz-jFSC8D-jFSCgz-jFURcQ-jEvVo6-jExgTy-jEv2tM-jEvUT8-jExgof-jExXro-jExXJN-jExWA5-jEv2oM-jEv1T8-jEinqq-jFRwnF-jFBNyj-jFPb3D-jEMYjf-jELC4N-jFNvLY-jEFxny-jFWAf2-jFPzEP-jEK5zj-jFgaEh-jE8Gz5-jFgacJ-jFtyWo-jEA2gS-jEA2cd-jE8GqC-jFgawm-jEA2co-jEA2c3-jFg9Qw-jFtz2U-jEA23q-jEA2sd-jFgaqj-jFg9YY-jEzuhY-jEzui9-jFZrch-jE9aej-jE6LUR-jE8GqN-jE9aq1-jE6LM6-jE9aqw-jE8Gyy)

下院不在、選挙管理内閣の長期化という権力の「半空白状態」】
タクシン元首相の妹でもあるインラック首相の即時退陣を求める反タクシン派の「首都封鎖」という抗議行動、議会の解散・総選挙によって民意を問うことで事態を打開しようとするインラック政権、選挙では勝てないた反タクシン派による選挙妨害・・・という混乱のなかで、2日、総選挙が強行されました。

目だった衝突などはなかったようですが、「総選挙の前に政治改革を行うべきだ」とする反タクシン派の妨害によって多くの選挙区(TV報道では全選挙区の17%)で投票ができませんでした。

****投票中止相次ぐ=反タクシン派が妨害―政治混乱、続く見通し・タイ総選挙*****
深刻な政治対立が続くタイで2日、総選挙(下院、定数500)の投票が行われた。インラック首相の辞任を要求する反タクシン元首相派による選挙妨害で、投票中止に追い込まれる投票所が相次いだ。事態収拾のめどは依然立っておらず、総選挙後も混乱が続くことが予想される。

今回の選挙は最大野党・民主党のボイコットにより、インラック政権に対する事実上の信任投票となった。与党タイ貢献党が地盤の北部や東北部を中心に大半の議席を獲得するとみられる。

しかし、選挙管理委員会によると、首都バンコクを含む77県375選挙区のうち、反タクシン派デモ隊の妨害行為などのため、南部など18県の69選挙区で投票が中止された。

投票中止となった選挙区では後日、再選挙が行われる。また、1月26日の期日前投票が反タクシン派の妨害で中止となった選挙区では、やり直し投票が23日に予定されており、公式結果の発表はこれらの投票後になる。

バンコクでは昨年11月以降、反タクシン派による反政府デモが激化。汚職事件で有罪判決を受け国外逃亡中のタクシン氏の帰国実現に向け、恩赦法案の成立を推進した政府・与党に対抗するのが目的だったが、政権打倒運動に発展した。インラック首相は事態打開のため下院解散・総選挙に踏み切った。

これに対し、反タクシン派は「総選挙の前に政治改革を行うべきだ」と訴え、民主党もこれに同調してボイコットした。【2月2日 時事】 
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総選挙が不完全な形でしか実施できなかったため、今後は、新議会も新政府も発足しない「権力の半空白状態」がしばらく続くと見られています。

****政治、長期空白の恐れ****
タイ政治はどこに進んでいくのか。

インラック首相は1月末、「選挙は、政治的な対立を最も平和的に終わらせる最善の方法の一つです」と訴えたが、総選挙のプロセスは半ば崩壊している。

反政府派による妨害は、バンコクとタイ南部で浸透。南部の28選挙区が候補者のいない「空白区」で、選挙が行われても当選議員数は下院開会に必要な数に達しない。新議会も新政府も発足しない状態が続く。

比例区は全国の結果が出そろわないと確定しない。選挙管理委員会は、下院開会にこぎ着けるまで4~6カ月かかるとしている。下院不在、選挙管理内閣の長期化という権力の「半空白状態」は当分続きそうだ。

その後の考えられるシナリオはいくつかある。

一つは選挙自体が無効となるケース。憲法は下院選を「全国で同じ日」に実施するよう求めており、野党が既に無効を訴えている。

もう一つは「半空白状態」の間に、野党の訴えを受けて首相や与党元議員らの違法行為を調べている独立機関の国家汚職防止委員会が、首相らを職務停止にするケースだ。

憲法裁判所や独立機関は2006年クーデター後の憲法で、タクシン派を牽制(けんせい)する機関という性格を持った。これまでタクシン氏の後継政権を政党解散命令などによって崩壊させている。手続きが進めば、職務停止だけでなく、罷免(ひめん)や公民権の剥奪(はくだつ)にもつながる。

政権の「突然死」を有力なシナリオとみる識者も少なくない。憲法はその先を想定しておらず、超法規的な権力の受け渡しの余地も生まれそうだ。街頭の暴力が激化した場合は軍が介入する最悪のシナリオもあり得る。【2月2日 朝日】
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インラック首相にとっては極めて厳しい状況です。ほとんど限界に近いと思われる首相が精神的にどこまで耐えられるかも懸念されます。

元首相の既存秩序変革の試み
タイは国王の権威のもとで政治・経済・社会の秩序が形成されてきました。
混乱の根源であるタクシン元首相は、この既存の秩序に大きく切り込む施策を行いました。

****揺れる王国:タイで何が起きているのか/2 王制と民主主義の間で****
・・・・タクシン氏は首相時代(01〜06年)、農村振興や貧者救済に尽力。一村一品運動を始め、農民の債務支払い猶予を実施した。

医療保険未加入者が30バーツ(約93円)を支払えば、診療が受けられる「30バーツ医療制度」も導入。貧困人口の割合を半減させたとされる。

こうしたタクシン氏の政策は、これまで政治の恩恵を受けてこなかった農民や貧困層を政治的に目覚めさせたといわれる。

ゴンチャイ氏は「一部に富が集中するタイの社会構造を変えなければいけない」と指摘。タクシン氏を06年にクーデターで失脚させた軍部の主導で制定された現憲法について「民意を無視し、特権階級の支配を強めた」として、改正を訴える。(後略)【1月29日 毎日】
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しかしながら、タクシン元首相の改革は既得権益層の反発を招きます。
また、既存秩序の頂点に位置する国王・王室の権威に挑戦するものだとの批判もあります。(実際、元首相は国王の権威を利用して政治に介入する国王側近などと対立し、王室改革にも言及しています。)

タクシン政権の改革で大きな恩恵の対象とはならなかった都市中間層からは、“バラマキ”による“人気取り政策”との批判もあります。
更に、タクシン元首相の金権体質、その強引な政治手法への反発もあります。

こうした不満が、“バラマキで無学な貧困層を取り込む不敬なタクシン元首相”とその一派への反発となって現在の反政府行動となっています。

ただ、その根底に、タクシン元首相を支持する貧困層への蔑視、そうした者も「一人一票」で参加する民主主義の基本原則の否定・・・という危うい感情があることは、以前のブログでもたびたび指摘してきたところです。

前面に出ることには消極的な国軍
これまでタイ秩序を維持してきた国王は、高齢であることと健康がすぐないこともあって、今回目立った指導力を発揮するには至っていません。

秩序の守護者としてのクーデターなどによって、これまでのタイの現実政治を動かしてきた軍部も、その動向が注目され、反タクシン派からは介入も期待されていますが、今のところは介入を控えています。
しかし、介入の可能性も否定していません。

もともと軍部は既存秩序・既得権益層の一部であり、タクシン元首相とは対立する立場にあり、元首相を国外に追いやるクーデターも実行しています。
ただ、タクシン派政権による影響力浸透もあって、今の軍内部は一枚岩ではないようです。

****揺れる王国:タイで何が起きているのか/4 軍内部にも政治対立****
「暴力が激化すれば軍が解決に乗り出す準備がある」。首都バンコクに非常事態宣言が発令された22日、報道陣に囲まれたプラユット陸軍司令官が、軍の介入を示唆した。

タイ国軍は、絶対王制を打倒した1932年の「立憲革命」以降、約20回のクーデターを起こし、2006年にはインラック首相の兄タクシン氏を首相から放逐した。

政権はその再現を警戒するが、司令官は「軍はどちらの敵でもない」と中立姿勢を強調。だが、クーデターの可能性も明確に否定しない。

そもそも首相は国防相を兼務しているのに、なぜ軍は「中立」でいられるのか。
「軍が守るのは政府ではなく、国王や仏教を軸とする国体だ」。ある元国軍幹部はそう言って、タクシン派を「王室を敬わず、軍への信頼も損ねようとしている」と批判した。

タイ憲法は国王を「国軍の総帥」と定め、軍人は「王国軍」意識を強く持つ。
1970年代まで軍部は国王の権威のもと政治の実権を握り、段階的な民主化後も政府から半ば独立した特権的な地位を得てきた。

このため、軍関係者の間には、ポピュリズム(大衆迎合)政策で権力を握り、行財政改革で既得権益に切り込んだタクシン元首相を敵視する風潮が根強い。軍を筆頭とする旧来の支配者層にとり、タクシン氏は「国王を頂点とするタイ社会の破壊者」と映るからだ。

国軍にはタクシン派政権に批判的な幹部グループがあり、反政府デモに同調する可能性がないとは言えない。
ただ、かつてのように軍がクーデターで政治対立を抑え込むのは難しいとみられている。

06年のクーデター後、軍は国内外から「民主主義を後退させた」と厳しく批判され、その後の国内対立はむしろ深刻化した。
10年のバンコク騒乱ではタクシン派デモ隊を強制排除して90人以上の死者を出し、軍のイメージは悪化した。さらに、タクシン派による切り崩しが行われ「軍内部でも政治対立が起きている」(地元記者)。(後略)【1月31日 毎日】
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1932年に立憲君主制に移行して以来の歴代28人の首相のうち約半数が軍出身。第2次大戦後少なくとも8回のクーデターを決行し、文民政権の腐敗や混乱を軍がリセットするという政治サイクルを形づくってきた国軍ですが、06年のクーデターの失敗(タクシン派政権を断つことができず、軍政批判が高まったこと)の反省から、あまり前面に出るのは得策でないとの判断があると思われます。

やがては政権崩壊の思惑も
同時に、敢えて火中の栗を拾う必要もない、政府の強硬策を封じながら静観していれば現政権はやがて崩壊していくとの思惑もあるようです。

****タイ対立、動かぬ国軍 過去のクーデター、代償高く 非常事態宣言、近く総選挙****
2月2日の総選挙も混乱が予想され、政治危機が深まる一方のタイで、軍の動向に注目が集まっている。これまで軍はクーデターなどを通じて政治混乱を収拾する役割を果たしてきたからだ。
しかし、国民の政治意識の変化や国際社会の厳しい視線を意識し、今回はきわめて慎重な姿勢だ。

プラユット陸軍司令官は29日、兵士に対して総選挙では投票に行くよう呼びかけた。その2日前には、反政府デモ指導者、ステープ元副首相からのデモ参加者警護要請を断っている。

暴力事件が相次ぎ、死傷者が増えていることに憂慮を表明しつつも、「非常事態宣言のもと、陸軍は厳格に法律に基づいて動かなければならない」と軍副報道官のウィンタイ大佐は説明した。

陸軍は、非常事態宣言下の治安維持対応では警察の補助に徹するとして前面には出ていない。
プラユット司令官は非常事態宣言の発動を決めた会議にも欠席するなど、主導権をとることに消極的とみられている。

ここに軍部の置かれた立場が表れている。
軍は2006年、クーデターで当時のタクシン政権を崩壊させた。大財閥や知識階級とともにタイの伝統的な支配層の中心的な存在である軍は、農民や低所得労働者を支持基盤にするタクシン派とは基本的に対立関係にある。

しかし、クーデターの代償は高くついた。
国立プラチャーティポック国王研究所のエカチャイ退役大将は、代金も支払い済みだったドイツからの武器がクーデターを理由に引き渡しを拒否されたことや、米国の軍事支援が一時中断されたことなど当時の「制裁」を挙げたうえで、「過去と違い、国民の軍への支持も長続きしない。06年クーデターを決行したソンティ陸軍司令官(当時)はいま見下されている」と国民意識の変化を指摘する。

 ■民意映し軍に変化
特に、選挙を通じて多数派であることを自覚した農民などのタクシン派(赤シャツ)が反独裁民主同盟(UDD)のもとに組織化されたいま、クーデターへの反発はかつてなく強い。
エカチャイ氏は、暴力が最も激化するシナリオの第一に「軍事クーデターが起き、赤シャツが軍に反発して街頭に結集した場合」を挙げた。UDD指導者のチャトゥポン氏も朝日新聞に対し、「我々が街頭に出るのはクーデターが起きた時だ」と明言した。

軍は、民主党政権下の10年にUDDによる反政府デモを武力鎮圧して90人以上の犠牲者を出し、威信をさらに傷つけた。現在のプラユット陸軍司令官、タナサック最高司令官はともに今年後半に退役予定。経歴を汚してまでクーデターに傾く可能性は低い、との見方もある。

軍は06年のクーデターでは「反タクシン」で団結したが、今は一枚岩でないと指摘する軍関係者もいる。タクシン氏が首相に就いたのが01年。同氏に引き立てられて昇進した軍幹部も少なくないためだ。

タイ防衛大学の大佐は、「クーデターには定型があった。200個中隊を待機させ、決行日にバンコクの要所に展開する。テレビ各局にチャンネル5(陸軍系)の放送を同時に流すように命令し、そこで全権を掌握したと発表する。しかし、今は簡単にはいかない」と話す。

 ■流血、混乱なら介入か
こうしたなかで、しきりに語られているのが、軍が表に出ずにインラック政権から権力を奪う「見えないクーデター」だ。

反政府派の選挙妨害によって候補者のいない選挙区が多数あり、2月2日の選挙後も新しい議会や政府が発足しないまま、インラック選挙管理内閣が続く。
その間に、野党から罷免(ひめん)請求などを受けている独立機関・汚職防止委員会が違法性を認定し、首相や閣僚らを職務停止にしてしまう――というシナリオだ。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのスナイ上級研究員は「軍は政権に『デモ隊の犠牲者が増えれば、責任は政府にある』と警告している。政府が強い対応をためらううちに選挙妨害が成功すれば、軍事クーデターの必要はない。ただ、権力の空白による混乱がさらに続くだろう」と懸念する。

もちろん、街頭の流血が収拾不能になった時は軍が従来型のクーデターを決行する、といううわさは今も絶えない。【1月31日 朝日】
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司法・汚職防止委員会などが法的に政権を追い詰める「見えないクーデター」が一番ありそうなシナリオですが、そうなれば、今度はタクシン支持派・「赤シャツ隊」による実力行使が火を噴きます。
どこまでいっても国民を分断する対立が止みません。

インラック首相などタクシン一族が身を引く代わりに、総選挙を完全な形で実施して次期政権を決める。与党側はタクシン元首相と距離をとるようにし、反タクシン派は総選挙という民主主義の常道に戻る・・・というのが不毛の対立を緩和する唯一の道だと思いますが・・・。
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