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孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ボスニア・ヘルツェゴビナ  セルビア人共和国で分離志向の住民投票実施の動き

2011-05-12 21:36:20 | 国際情勢

(ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボの内戦犠牲者の墓地 その多くは若者であり、家族のために食料や水を求めて外出しようとして殺された人々です。 “flickr”より By Graham Spicer http://www.flickr.com/photos/grahamspicer/4956069549/

映画「サラエボの花」と「ノー・マンズ・ランド」】
旧ユーゴスラビアの解体によって生まれたボスニア・ヘルツェゴビナは、その成立において“ボスニア内戦”という過酷な運命にみまわれました。
“ボスニア内戦”を扱った映画「サラエボの花」は、収容所でセルビア人勢力にレイプされ身ごもった女性の苦しみ、そうして生まれた娘と母との確執を扱ったものでした。

先日、TVで偶然、やはり“ボスニア内戦”を扱った映画「ノー・マンズ・ランド」の後半部分を見る機会がありました。
“1993年6月。ボスニア紛争の最前線。霧で道に迷ったボスニア軍の兵士たち。いつの間にか敵陣に入り込み、気づいたときにはセルビア軍の攻撃が始まっていた。唯一の生存者チキは、なんとか塹壕にたどり着き身を隠す。そこは、ボスニアとセルビアの中間地帯“ノー・マンズ・ランド”。偵察に来たセルビア新兵ニノと老兵士はボスニア兵の死体の下に地雷を仕掛けて引き上げようとする。その瞬間、隠れていたチキが二人を撃ち、老兵士は死に、ニノは怪我を負う。チキとニノの睨み合いが続く中、死んだと思われていたボスニア兵が意識を取り戻す。しかし、少しでも体を動かせばさっき仕掛けた地雷が……。チキはまさに身動きできない仲間を気遣いつつも敵兵ニノに眼を光らせるのだったが……。”【allcinemaより】

映画は、少しでも体を動かせば地雷が爆発するという極限状態のもとで、ボスニア・セルビアの対立だけでなく、国連PKOの無責任ぶり、事件に群がるマスコミなどを含めて、戦争の愚かさ・不条理をブラックコメディ的に描いています。

【ボスニア内戦とデイトン合意】
“ボスニア内戦”の経緯を10年10月6日ブログ「ボスニア・ヘルツェゴビナ 紛争から15年、分断か融和か?」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20101006)から再録すると以下のとおりです。

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【三つ巴の紛争から15年】ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争を【ウィキペディア】から概略すると、“ユーゴスラビア解体の動きの中で、ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立を宣言したが、独立時に約430万人の人口のうち、民族構成の33%を占めるセルビア人と、17%のクロアチア人・44%のボシュニャク人(ムスリム人)が対立し、セルビア人側が分離を目指して4月から3年半以上にわたり戦争となった。両者は全土で覇権を争って戦闘を繰り広げた結果、死者20万、難民・避難民200万が発生したほか、ボシュニャク人女性に対するレイプや強制出産などが行われ、第二次世界大戦後のヨーロッパで最悪の紛争となった。”ということになりますが、対セルビア人だけでなく、クロアチア人とボシュニャク人の間の争いもあり、三つ巴の争いでした。

この紛争は95年の「デートン合意」で一応終結しました。
「デートン合意」では、ボスニア・ヘルツェゴビナはイスラム教徒(ボシュニャク人)とクロアチア系勢力で構成する「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」とセルビア人の「セルビア人共和国(スルプスカ共和国)」が並立する単一の主権国家とされ、国会や行政府は両勢力の共同運営で、議会議員も連邦と共和国の各議会から選出、内閣は連邦と共和国の3民族代表で構成する幹部会により指名される形になっています。
現実的には二つの「国家内国家」に分割され、今も中央政府の基盤強化は進んでいません。
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1995年7月には、国連によって「安全地帯」に指定されていたスレブレニツァで発生した大量虐殺事件「スレブレニツァの虐殺」も起きています。この事件では、ラトコ・ムラディッチに率いられたスルプスカ共和国軍によって推計8000人のボシュニャク人が殺害されたとされています。彼らを保護する立場にあったオランダ軍の国際連合平和維持活動隊が、軍事的に威嚇するセルビア人勢力のスルプスカ共和国軍にボシュニャク人を引き渡さざるを得なかったという点で、国連PKOに関しても問題も提起した事件です。

住民投票は「憲法とデイトン合意に対する明らかな挑戦」】
分離志向の強い「セルビア人共和国(スルプスカ共和国)」においては、以前から「デイトン合意を支持できるか、国民の声を問う必要がある」として住民投票を実施しよういう動きがあり、デイトン合意の枠組みを守ろうとする国際機関・上級代表事務所と対立があります。
そのあたりの事情も、10年10月6日ブログでも取り上げていますが、再び同様の住民投票実施の動きが顕在化して緊張が高まっているようです。

****ボスニア・ヘルツェゴビナ:再び緊張 和平合意の是非問う住民投票巡り****
民族対立の火種を抱えるボスニア・ヘルツェゴビナが再び、混迷の度を深めている。ボスニア和平の枠組み「デイトン合意」(95年)の是非を巡り、分離志向のセルビア系議会が住民投票の実施を承認。同国を管理する国際機関のインツコ上級代表が撤回を求めて「最後通告」を突き付けるなど、緊張が高まっている。

住民投票はセルビア人共和国のドディック大統領が提唱。同氏は、ボスニア内戦(92~95年)の戦犯などを扱う中央政府の裁判所が、セルビア系住民への偏見でゆがめられていると主張。共和国議会は先月、裁判所の正統性を問う住民投票の実施を賛成多数で承認した。投票は6月中旬の予定。
中央政府の裁判所はデイトン合意に基づき、上級代表事務所の主導で設置、運営されてきた。このため、インツコ氏はセルビア人共和国の住民投票を「憲法とデイトン合意に対する明らかな挑戦」とみなしている。

地元メディアによると、インツコ氏は今月5日、首都サラエボで開かれた和平履行協議会で、セルビア人共和国に住民投票の撤回を要求し、受け入れなければ投票を無効化すると通告したことを明らかにした。上級代表事務所の報道官は9日、「代表は米ニューヨークの国連安保理協議から戻る今週末ごろに行動を起こすだろう」と毎日新聞に語った。
ボスニア和平の最高責任者であるインツコ氏にはデイトン合意の最終解釈権など強力な権限が与えられている。ただ、セルビア人共和国が同氏の権限を無視して住民投票を強行する可能性もある。

ボスニア・ヘルツェゴビナは、ボスニア人(イスラム教徒)とクロアチア系住民を中心とする「ボスニア連邦」と、セルビア人共和国で構成。クロアチア系住民にも自治拡大などを求める動きがある。旧ユーゴスラビアの解体に伴い3民族が争ったボスニア内戦は死者20万人、難民200万人といわれるなど、第二次大戦後の欧州で最悪の紛争と呼ばれる。【5月10日 毎日】
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同様の動きは以前からありますので、今回の住民投票が実施されるのかどうかはわかりません。
ただ、一旦憎しみあい、恐れあうようになった人々を従来の国家の枠組みに閉じ込めておいても混乱しか生まれてこないのでは・・・・、一緒に暮らすのがいやな住民が、なにも無理してひとつの国家にこだわることもないのでは・・・、所詮国家は個人が生きやすいようにいくらでも作り変えればいいのでは・・・というようなことを08年2月27日ブログ「ボスニア・ヘルツェゴビナ コソボ独立はパンドラの箱をあけたのか?」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080227)で書きましたが、今でも大体同じように考えています。

コメント
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