孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ICC、バシル大統領への逮捕状発行 スーダン、人道支援NGO追放で報復

2009-03-06 21:20:58 | 国際情勢

(ダルフールでのNGOによる健康衛生指導 トイレ使用後の手洗いを教えているようです。 “flickr”より By de wan
http://www.flickr.com/photos/dewan/73204240/)

【人道に対する罪】
「史上最悪の人道危機」と呼ばれるスーダン・西部ダルフール地方におけるアラブ系民兵による黒人住民の虐殺等にスーダン政府が加担しているとして、国際刑事裁判所(ICC)がスーダンのバシル大統領に対する逮捕状発行を決めたようだという件については、2月12日ブログ「国際刑事裁判所(ICC) バシル大統領への逮捕状発行か」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090212)でも取り上げました。
いよいよ、そのバシル大統領への逮捕状発行が正式に決定され、大きな話題になっています。

****国際刑事裁判所:スーダン大統領に逮捕状、戦争犯罪容疑*****
30万人が死亡したとされるスーダン西部ダルフール地方の紛争を巡り、国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)は4日、戦争犯罪と人道に対する罪の容疑でバシル・スーダン大統領(65)の逮捕状を発行したと発表した。国家指導者らの重大犯罪を裁く常設国際法廷としてICCが02年に設立されて以来、現職国家元首への逮捕状発行は初めて。
スーダンのアラブ系民兵組織が抗議行動を計画中との情報もあり、ダルフールに駐留する国連平和維持活動(PKO)の国連・アフリカ連合(AU)ダルフール合同部隊(UNAMID)への妨害行為が懸念される。日本政府が自衛官を派遣しているのはスーダン南部に展開する国連スーダン派遣団(UNMIS)の首都ハルツームにある司令部。

ICCのモレノオカンポ主任検察官は昨年7月、バシル大統領指揮下の政府軍やアラブ系民兵組織が3万5000人の市民を殺害したと指弾し、集団殺害、人道に対する罪、戦争犯罪などを犯した容疑で大統領の逮捕状を請求した。ICC予審裁判部は大統領が罪を犯したと「信ずるに足る合理的理由」があると判断したが、集団殺害は除外した。
スーダンはICCに加盟していないが、国連安保理決議でICCに付託された事件のため、国連加盟国として協力する義務がある。だが、バシル大統領は「ICCの権限はスーダンに及ばない」と主張、07年に逮捕状が出された閣僚と民兵組織指導者の計2人の引き渡しも拒んでいる。

ICCは警察力を持たず、バシル大統領の逮捕はPKOの任務外のため、大統領が国内にとどまる限り逮捕状が執行される可能性は低い。ICC加盟国(108カ国)には、大統領が入国すれば、逮捕し、ICCに移送する義務が生じる。
バシル大統領は1989年に軍事クーデターで政権を握り、イスラム化を推進した。03年に発生したダルフール紛争では政府軍・民兵組織がアフリカ系住民を襲撃。国連推計では、これまでに30万人が死亡、250万人が難民・国内避難民となり、「史上最悪の人道危機」と呼ばれる。【3月4日 毎日】
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【「新植民地主義」】
すでに拘束されている元国家指導者に関する国際戦犯法廷は、元リベリア大統領テーラー被告の法廷とか、元セルビア大統領のミルティノビッチ被告の法廷などがありますが、現に国家を指導している未拘束の現職大統領への逮捕状というのは始めてのことであり、様々なトラブルが予想されます。

スーダン政府は4日、ICCのバシル大統領への逮捕状発行を「新植民地主義」と非難し、これを拒否することを明らかにしています。
また、バシル大統領は3日、逮捕状発行を前に国内で官製の集会を開き、「ICCがいかなる決定をしても何の価値もない」と真っ向から対立する姿勢を明確にしています。

大統領がスーダン国内に留まる限り、警察力を持たないICCは大統領の身柄拘束はできません。
確かに、バシル大統領は責められるべきものがあると思いますし、大統領の出国は難しくなる(訪問国は身柄拘束することが求められる)ことから、逮捕状は一定の抑止力を持つとも言われていますが、スーダン国内に展開する国連・アフリカ連合(AU)合同平和維持部隊(UNAMID)7600人と警察官1500人など、スーダン国内における国連関係者とスーダン政府の間の緊張も高まります。
バシル大統領・スーダン政府の対応を硬化させ、事態の悪化を招く危険もあります。

【人道支援活動ストップ】
こうした懸念が早速現実のものになっています。

****スーダン、新たに3NGO追放へ 国連総長は撤回求める****
国際刑事裁判所(ICC)がスーダンのバシル大統領に逮捕状を発行したことを受け、同政府は5日、新たに国際NGO3団体の追放を決めた。国連が発表した。潘基文(パン・ギムン)事務総長は同日、「人道支援活動に取り返しのつかない被害が出る」として、即時撤回を求める声明を発表した。
逮捕状の発行以降に追放を通告されたNGOは、国境なき医師団、オックスファム、セーブ・ザ・チルドレン、ケア・インターナショナルなど計13団体。いずれも活動規模が大きく、国連と協力して、避難民ら約470万人に対する食料や水、医療品の援助を担っている。対象者は13団体で計6500人に上り、援助要員全体の約4割を占めることから、支援活動に致命的な影響があるという。
また国連は、スーダン政府がこれらの団体に資産一覧や口座情報の提出を求めたり、コンピューターや車両などを押収したりしていると指摘。援助要員が数時間拘束された例もあったと発表した。
潘事務総長は声明で、援助要員の安全に懸念を示した上で、「彼らの機材や資金を没収することは認められない」と強調。政府に押収した所有物の即時返還を求めた。【3月6日 朝日】
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紛争の被害者として難民生活を強いられて住民に対する国際支援活動が事実上停止してしまいます。
こうした事態は予想されたことで、当座の実効性を持たない逮捕状発行の対価としては、あまりにも大きな犠牲であり、今回ICC決定には疑問を感じます。
発行をちらつかせながら何らかの譲歩を迫ることは意味がありますが、実際に発行してしまっては、現実的選択の幅を著しく狭めてしまいます。
ウガンダ・コンゴで活動する「神の抵抗軍」ジョセフ・コニーへのICCの逮捕状も、結果的に和解交渉を壊してしまっています。

【関係国の綱引き】
アフリカ連合やアラブ連盟などはスーダン和平協議に悪影響が出るとして、バシル大統領に対する訴追手続きを1年間凍結するよう働きかけていました。
ICC設立条約には「安保理が決議で要請した後、1年間は訴追を開始できない」との規定があります。
逮捕状発行に対し、アフリカ連合は安保理の場でのバシル大統領の逮捕・訴追の停止を求めています。
これらの国はバシル大統領同様の強権的な政治体制が多いこともその理由であり、必ずしも住民の犠牲を懸念して・・・という訳でもないでしょうが。
根底には、「新植民地主義」という言葉に表される欧米主導のアフリカ対応への不満もあるでしょう。

ロシア外務省のネステレンコ情報局長は5日、「バシル・スーダン大統領の逮捕・訴追の停止を求めるアフリカ連合などの立場を理解する」「この問題は国連安保理でも取り上げられる予定で、ロシアは積極的に審議に参加する」と述べ、アフリカ連合へ同調する動きを見せています。【3月5日 朝日】

こうしたアフリカ連合・ロシアの動きに対し、アメリカ国務省のデュグイッド副報道官代行は5日、「米国はICC逮捕状の遅延や延期を考えていない」「人道に対する罪を犯した者は裁かれなければならない」と述べ、ICCによるバシル大統領の訴追を支持する立場を明らかにしています。【3月6日 時事】

しばらく、バシル大統領、アフリカ連合やロシア、アメリカの逮捕・訴追の停止をめぐる綱引きが続きそうですが、そうした国家間のパワーゲームの犠牲になるのは住民の生活です。

コメント
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