(シリア・ダマスカスに掲げられたアサド大統領のプロパガンダポスター。
“アサド大統領”というと、どうしても2000年に死去したアサド前大統領のイメージが強いのですが、前大統領の次男にあたります。
本来父親の後を継ぐ予定だった長兄の死亡で政界に身を投じることになったアサド大統領ですが、そうした政界との縁の薄さ、温厚な性格から、あまり(あくまでも比較の問題ですが)強権的な手法は好まないようです。
その分、イスラエル国家承認というハードルを越えて和平協定に道筋をつけられるか・・・
“flickr”より By Travel Aficionado
http://www.flickr.com/photos/travel_aficionado/2253094508/)
【かつての「ならず者国家」への急接近】
中東・シリアとアメリカの関係改善に向けた動きが報じられています。
かつてのブッシュ政権は、シリアは隣国イラクにおける反政府活動への武器や資金の提供を黙認しているうえ、パレスチナのハマスやレバノンの民兵組織ヒズボラを支援している「ならず者国家」と非難していました。
07年9月にはイスラエルがシリアの“核施設”を空爆する事件がありましたが、この際イスラエルはアメリカとも事前協議していた(ただし、アメリカは同意はしなかった、イスラエルもそれを求めなかった)とも言われています。【08年4月26日 朝日】
一方で、イスラエルとシリアの間ではその後、トルコの仲介で、懸案のゴラン高原返還を含む和平交渉が進められてきました。(08年4月25日ブログ「イスラエル、シリアにゴラン高原返還を打診」
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080425)
当時から、このシリア・イスラエルの和平交渉には、強い影響力を行使するアメリカの関与が不可欠と見られていましたが、今回のシリア・アメリカの接近は、その流れに沿うものでもあります。
2月21日にはオバマ大統領に近いケリー上院外交委員長がシリアを訪問、アサド大統領と会談。
更に、2月26日、フェルトマン米国務次官補代理(中東担当)が、国務省でシリアのムスタファ駐米大使と会談し、オバマ政権がシリアと急接近しつつあることが報じられています。
この会談では、シリアによる〈1〉パレスチナのハマスなど「テロ組織」への支援〈2〉核開発疑惑〈3〉レバノンへの介入--が議題になったとも。【2月28日 読売】
3月2日には、中東歴訪中のヒラリー・クリントン米国務長官がガザ復興支援のための国際会議の昼食会で、“あくまで社交儀礼の域を出ない偶発的な接触”という形をとりながらも、シリアのムアレム外相と握手し、数分間言葉を交わしています。
その後、イスラエルを訪問したクリントン長官は、イスラエル首脳との会談後の記者会見で、シリアに特使を送る方針を明らかにしました。
3月7日、その特使がシリアに入りシリア外相との会談を行っています。
****フェルトマン米特使ら、シリア外相と会談 対話路線印象づけ****
米国のジェフリー・フェルトマン国務次官補代理(中東担当)らは7日、訪問していたレバノンから米政府高官として4年ぶりにシリア入りし、ダマスカスでシリアのワリード・ムアレム外相と会談した。
会談後の電話会見でフェルトマン氏は、会談は中東問題で全関係国との協力を望んでいるバラク・オバマ米大統領、ヒラリー・クリントン国務長官の意向に沿ったものだったと述べた。
シリア国営のシリア・アラブ通信は、米国とシリアは「両国の共通の利益、特に包括的かつ永続的な中東和平を実現する上で両国が対話することの重要性」について同意したと伝えた。
米・シリア関係は、テロを支援し、イラク国内の武装勢力に武器や物資が渡るのを黙認しているとしてシリアを非難したジョージ・W・ブッシュ前米大統領政権下で緊張した。しかしフェルトマン氏は「私は非難するためではなく、さまざまな問題を話し合うためにここに来た。両国が立場を異にする問題は多いが、共通の利益をもつ問題もある」と述べ、対話路線に転換したオバマ政権の姿勢を改めて示した。【3月8日 AFP】
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【イスラエル・シリア和平交渉】
一連の流れを見ると、そのスピーディさには驚かされます。
アメリカが後押しすると見られるイスラエル・シリアの和平交渉については、3月11日号Newsweekでも取り上げられています。
イスラエルとシリアの和平協定の基本的な条件は「イスラエルがゴラン高原をシリアに返還し、シリアはイスラエルを国家として認める」というものです。
それに伴って、シリアがハマス・ヒズボラ支援を控えれば、シリアが希望しているWTO加盟・経済制裁解除にアメリカも同意する・・・というシナリオもあるとか。
すべての外交交渉はお互いに何らかの譲歩を必要とします。
一方の言い分だけが100%とおることはありえません。
この交渉に実現可能性があるのは、シリアのアサド大統領の政権基盤が安定しており、“イスラエル国家承認”というハードルに対する国内的な抵抗を抑えきれる・・・ということがあるようです。
イスラエル側にとっては、ゴラン高原問題は戦略的な問題のほかに、貴重な水源でもあるという問題があり、これまで交渉が難航してきました。
ただ、ゴラン高原に住むイスラエル人は数万人と比較的少なく、宗教的聖地という訳でもありません。
すでに協定を締結しているエジプト・ヨルダンに加えてシリアとの協定が締結できれば、ヒズボラ・ハマス・イランなどの残った“敵対勢力”に集中することが可能になります。
シリアがヒズボラ・ハマス支援を控えるなら更に好都合です。
ゴラン高原については返還後に非軍事化し、偵察システムで監視すれば、安全保障上の問題も一定にクリアできるとか。
イスラエルでは先日の総選挙、その後の与党カディマとの大連立交渉の失敗を受けて、右派リクードのネタニヤフ党首による中東和平に消極的な右派だけの連立政権となる見込みです。
この連立には、アラブ系住民の排斥を主張する“極右政党”とも言われているリーベルマンの“わが家イスラエル”も参加する予定です。
【イスラエル右派政権の対応】
先の3月11日号Newsweekで、イスラエル・シリアの和平交渉を扱ったページの直前ページに、リーベルマンへのインタビュー記事が載っています。
「ゴラン高原を手放さなければならない理由がわからない。シリア政府は世界のテロの中核的存在だ。イスラム聖戦やハマスといった組織の本部はダマスカスにある。ヒズボラのこともシリア政府は支援している。」
リクード・ネタニヤフ党首にとっては、右派だけの政権というのはかえって選択の幅が狭まり現実的動きが取りづらい面がありますが、今後成立する右派政権がシリア問題にどのように対応するのか注目されます。
この問題で“現実的対応”が可能なら、消極的と言われているパレスチナ和平に関しても、若干の可能性も出てきます。