孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  与党解党・首相失職でひとまず混乱回避、しかし変わらぬ対立の構図

2008-12-03 17:28:44 | 国際情勢

(タイ・バンコク PADメンバーが掲げるプラカードはソムチャイ首相 その背後で怪しくパワーを発揮しているのがタクシン前首相とその夫人 “flickr”より By adaptorplug
http://www.flickr.com/photos/11401580@N03/2924250648/)

【ようやく空港閉鎖解除】
タイ・バンコクでの反政府市民団体(PAD)による先月25日から続いていた空港占拠が、ようやく“とりあえず”の解決をみました。

個人的な話ですが、この年末・正月にタイ中部のスコータイへの物見遊山の旅行を予定していますので、空港封鎖が長引く事態だけは避けてもらいたい・・・というのが正直な気持ちでした。

PADによる首相府占拠以来の過激な行動は、選挙では勝てないので社会混乱を起こすことで軍の介入を呼び込むのが狙いとも言われていました。
結局、国民の広い支持を得られず、運動長期化で運動員は疲弊し、資金的にも苦しくなっていたでしょうから、憲法裁判所による与党解党判決、プミポン国王誕生日を控えたこの時期の収束は、首相退陣という名目もたち、予定されていたところかと思われます。
すでに先月29日段階で、PAD幹部は「(国王誕生日の)12月5日までに事態を終結させる」と表明していました。

ただ、そうは言っても、非常事態宣言が出されていたものの、強制排除によって市民の犠牲者がでた場合の責任を嫌がり、政府の指示にも係わらず国軍も警察も積極的には動かないという異常事態のなかで膠着が続き、苛立つ政府支持グループからの手りゅう弾による攻撃などもあって、両者の衝突、不測の事態も懸念されていましたので、まずは“やれやれ”といったところです。

****タイ反政府デモ沈静化 空港から撤収開始 与党は政権維持を画策*****
タイ憲法裁判所の司法判断によってソムチャイ政権が崩壊したことを受けて、反政府市民団体「民主主義のための市民同盟」(PAD)は、バンコクのスワンナプーム国際空港など2空港からの撤収を開始し、タイの混乱はいったん沈静化する見通しとなった。5日にはプミポン国王の誕生日を控えており、これ以上の混乱は避ける必要があるとの判断が働いたためとみられる。だが、解党を命じられた与党3党は受け皿政党をすでに創設、政権維持を目指しており、政情混乱の火種はなお残っている。 (中略)
同日夜には、PAD創設者のソンティ氏がケーブルテレビを通じて「3日午前10時にすべてのデモ活動を終了する」と発表した。
タイ憲法裁は2日正午、異例のスピードで判決を下した。首都の2空港が閉鎖されたまま一向に開港の目途がたたず、未曾有の政治経済危機に陥る事態を打開するための“政治判断”だったとみられる。一方、政府系市民団体からは「3党の最終弁論直後、間をおかずに判決が出された。最初から結果は決まっていた」と反発の声があがった。
タイでは8日から特別国会が招集され、新首相が改めて選出される。しかし、旧与党6党は憲法裁の判決後も結束を崩しておらず、タクシン元首相の側近であるチャカポプ氏は「われわれは依然、議会で過半数を保持しており、旧与党が再び政権を樹立する」と語るなど、政権維持に強い意欲を示している。国民の力党の受け皿となる「タイ貢献党」は中身は同じ旧政権のタクシン元首相派であり、その枠組みのなかで新首相が選出されれば、政治の混乱が続く恐れもある。
空港占拠をめぐっては、非常事態宣言が出されたものの、警察・軍とも流血の事態を回避するため、デモ隊の強制排除を目指す政府への協力を極力、回避する姿勢が目立っていた。
混乱が長期化することを懸念した軍の判断や王室の水面下の働きかけがあった可能性も指摘されている。【12月3日 産経】
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【おり込み済みの与党ですが・・・】
憲法裁判所は、タクシン政権時代の与党“愛国党”の解党やサマック前首相の“料理番組出演”による失職など、タクシン派に厳しい判断を示してきていましたので、今回の与党解党・首相失職については、与党側もおり込み済みのところでしょう。

現政権とPADの対立は、タクシン時代の新興エリートとタクシン前首相によって利権を奪われた旧支配エリートの権力闘争であると見られています。
“現在の政治対立は、タクシン政権時代に利権を侵食されたタイの伝統的支配層が復権をもくろみ、市民連合を「前線部隊」として「政界からのタクシン派の放逐」を図ったことが最大の要因だ。司法界のトップエリートである憲法裁判事は、旧支配層に近い人物が主流を占めている。”【12月2日 毎日】
そうした事情に、冒頭産経記事にあるように“長期化することを懸念した軍の判断や王室の水面下の働きかけ”もあっての早期判断とも思われています。

与党側はこうした事態を見越して解党後の受け皿は準備が出来ているようです。
“与党側は解党判決を想定に入れて新党「タイ貢献党」を受け皿として準備している。政府広報官は「連立6党の結束には変化はない」と強調し、週明けにも新首相の指名を目指す方針だ。解党に伴う3与党役員の政治活動禁止により、与党6党の議員数は37人減って279議席となったが、下院(定数480)の過半数は確保し、新首相の擁立は可能だ。首相候補にはチャルーム保健相らが有力視されている。与党筋によると、海外逃亡中のタクシン元首相は与党議員らに「戦い続けるよう」指示したという。” 【12月2日 毎日】

失職したソムチャイ首相もタクシン前首相の義弟ですが、与党新党首としてタクシン前首相の親族の名前などもTVでは報じられていました。
ただ、タクシン派は2度にわたる解党判決で計148人の政治活動が禁止され、党内の人材は払底しているとも言われています。
また、市民連合側は、タクシン派色が濃い政権が続くことは阻止する構えで、今後も対立の構造が相変わらず続きそうです。
新与党による新政権が樹立されても、困難な政権運営が予想されます。

【復権を狙う主役:タクシン前首相】
政局の主役であるタクシン前首相はロンドン郊外に邸宅を持ち、亡命生活の大半を英国で過ごしていましたが、タイ国内での有罪判決を理由に英国政府はタクシン前首相の査証を無効にしました。
その後、中国などを“放浪”しているとも報じられていましたが、11月半ばには離婚。
来るべき復権を目指す政治闘争に備えて身軽になるためと噂されています。
11月には、アジアにおける次世代の経済の担い手を育成するという触れ込みで、香港とドバイを拠点に財団を立ち上げています。
これも復権に向けて健在ぶりを印象づけるためと見る向きが多いとか。【12月2日 産経】

*****タイ政治危機 陰の主役はタクシン氏****
実刑判決を受けたタクシン氏に国王が恩赦を与える可能性は当面、ないに等しい。最近の世論調査でも、タクシン氏の政治復帰に反対するという回答が6割近くに達した。
タクシン氏ほどタイ社会を分裂させた政治家はいないと言っても過言ではない。気前のいいばらまき政策は農民や地方住民の熱狂的な支持を得た。その一方で、専横と金権体質は知識人や都市住民の強い反発を招いた。タクシン氏の復権はこの分裂と対立をさらに深めるだけだ。今のタイにその余裕はない。
1991年の軍事クーデター後に政権を担い、混乱を収拾した功績で声望の高いアナン元首相は「今の対立を打開できるのはタクシン氏だけだ」と最近、語った。双方の歩み寄りに道を開くため、復権をあきらめるようタクシン氏に促したと受け止められている。
タクシン氏はかつて自らの政党を「タイ愛国党」と名付けた。事あるごとに口にするのは「国への奉仕」だ。タクシン氏にまだやり残した奉仕があるとすれば、それは復権ではなく退場の宣言だろう。【鈴木真 12月2日 産経】
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非常にまっとうな意見かと思います。

【岐路に立つタイ民主主義】
考えると、短期間に立て続けにふたりの首相が司法で解任され、国内的に政治対立の構造が続くタイと、同じく立て続けにふたりの首相が辞任して、“ねじれ”が続く日本の政局は、国民不在の漂流という点でよく似ているようにも思えます。

この漂流を止めるのは、日本では総選挙という国民の声ですが、タイではプミポン国王の“一声”に期待する向きもあります。
誕生日を前にしてどのような演説がなされるか注目されますが、プミポン国王はかつて政治的対立を和解に導いたことはありますが、このところは極力政治には介入しないスタンスをとってきています。
日本でも戦前、満州某重大事件の際、田中義一首相が昭和天皇の叱責を受けて辞任することがあり、天皇はそれ以来なるべく自身の考えを表明されなくなったとも言われます。
プミポン国王も、タイの進路を高齢の自分ひとりに委ねられるのはつらいものがあるでしょうし、そうした形が本当にタイ社会の民主主義にとっていいことなのか?という疑念も持たれているかと思います。

ここは、タクシン前首相が復権をあきらめ、与党側がなるべくタクシン色の薄い人物を首班に担ぐ形でしか、対立を和らげる途はないように思えます。

【社会的責任の欠如】
それにしても、空港再開についてタイ空港会社(AOT)は公式には「15日までの閉鎖」を発表しています。
実際には数日内に運航は開始されると思われますが、外国人35万人が足止めされている状況(それも、日本的にはありえない状況ですが)で、更に再開まで2週間かかると公言して憚らない神経というのは、日本人的には理解できません。
空港閉鎖時も、事情がわからず戸惑う利用客を残して空港関係者がいなくなってしまったようなことも聞きますが、社会的責任に関する自覚のなさには「やっぱりタイという国は・・・」と言いたくなります。

ASEAN開催も延期して、東南アジアの盟主としての権威も地に落ちてしまいました。
かつて国境問題で揉めていたときカンボジアのフン・セン首相が揶揄していた事態が現実となっています。
タイの奮起・再生を期待します。


コメント
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