おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

字のうまい人

2021-10-17 11:56:29 | 日記

 この前から読んでいた「すぐわかる日本の書」というのを読み終わった。写真たっぷりのビジュアル版といったものなので、読んだというより見たというのが近いかもしれない。で、少しだけ書についての知恵がついたので、今度は江森賢治著「字と書の歴史」というのを読むことにした。日本書道普及協会というところが出している本なので、初心者にはちょうどいいだろうと思ったのだが、前書きに早速、「決して専門的なものではなく、国民的教養として、これぐらいのことは知っていてもよいと考えられる程度のものです」と断り書きがある。

 日本人としてこれくらいのことは知っていて当然というところなのだろうが、考えてみれば、小中高を通じてこういうことを習った覚えはないので、どうやら今の教育は、国民的教養などというものは教えないことになっているのだろう。

 さて、僕の浅はかな知識によると、書の歴史の簡単な流れを紹介するならこういうことになる。

 そもそも中国で発明され、発展して来た漢字という文字は、唐の時代に大きく発展する。発展する時というのは、必ずそれを推し進める有名人が出て来るものだが、「初唐の三大家」というのが出て来る。欧陽詢(おうようじゅん)、虞世南(ぐせいなん)、褚遂良(ちょすいりょう)の三人だ。ちなみに今パソコンで名前を打ったら、三人とも一発で変換できたので、よほど有名人なのだろう。

 同じ唐の時代だが、少し時代が下って顔真卿(がんしんけい)という人が出て来るので、この人を含めて、「唐の四大家」とも呼ぶらしい。

 この頃、ちょうど日本では国ができたところで、先進国だった唐へ勉強させるために人を派遣するようになっていた。学校で習った覚えのある遣唐使だ。この遣唐使の中に空海、橘逸勢(たちばなのはやなり)が混じっていて、中国の最新スタイルの書を日本に持ち帰った。これを嵯峨天皇とともに、日本に広めたので、この三人を持って「三筆」と呼んでいる。

 企業でもそうだが、創業者だけでは会社は発展しない。大きくなるには中興の祖と呼ばれる普及に尽力した人たちが登場する。「三筆」が広めた日本人向けの漢字をさらに改良し、日本の文字としたのが、小野道風(おののみちかぜ)、藤原佐理(ふじわらのすけまさ)、藤原行成(ふじわらのゆきなり)で、この三人を「三蹟」と呼ぶ。

 時代は下り、江戸時代の寛永の頃に三人の書の名人が出て来る。これが近衛信尹(このえのぶただ)、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)、滝本坊昭乗(たきもとぼうしょうじょう)で、「寛永の三筆」と呼ばれている。この頃は町人文化が盛り上がり、金持ちの商人などがせっせと芸事に励んでいたのであった。

 で、このくらい知っておくと、書の歴史の大まかなところは掴んでいることになる。どうしてこんなことを書いているのかと言えば、書くことで僕が覚えるかなと思ったのである。

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