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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

初夏の舞

2018-04-30 12:39:26 | 福島

 休みなので、のんびり散歩をすることにする。ドリが行きたい方向へ、ドリの歩く速さに合わせてブラブラする。早いところではゴールデンウイーク中に田植えをするので、あちこちの田んぼで代掻きが始まる。

 水を張られた田んぼではゲコゲコとカエルたちの合唱が聞かれ、季節は春から夏へと移って行く。

 トトがいなくなってしまったが、恒例となった田んぼに映る影に向かってシャッターを切る。アベさんご一行による「初夏の舞」。

 あぜ道はあっという間に野草に覆われている。今日は我が家の家庭菜園の草刈りをしなければ、畑が草に埋もれてしまうのだ。

 あぜ道にはハルジオンの白やピンクの花が目立つようになる。九州だと3月には見かけるから、ひと月以上は遅い。

 鮮やかな黄色い花はクサノオウ。これは茎を折ると黄色い汁が出てくるのですぐにわかる。

 子供の頃にピーピー豆と呼んで草笛を作っていたカラスノエンドウも、赤紫の花を咲かせている。

 植物にはカラスノエンドウのように鳥の名前が付けられることが多い。

 これは多分スズメノテッポウ。水田に生え、雑草として嫌われる。

 ちょっと前はわからなかった野鳥や草花の名前が、少しずつだけど知識として蓄えられていくのは、世界がどんどん広がるようで楽しい。

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ニュー草刈りくん

2018-04-29 10:53:55 | 福島

 去年の秋の地区の草刈りの日を最後に、我が家の草刈機は壊れてしまった。福島に来て以来、年がら年中使っているので、エンジンはパワーがなくなり、歯はツルツルになって、修理する方が高くつくようになってしまったのだ。で、次の草刈りまでに新品を買おうと思っているうち、雑草の方はちっとも待ってくれず、気がつけば周囲は草ボウボウになっているのであった。

 昨日、ホームセンターに草刈機を買いに行くと、サービス期間と銘打って今なら草刈り用の歯が一枚プレゼントでついてくるとなっていた。前回は1万5千円の一番安いのを買ったので、今回は1ランク上のものをと考えて2万円のものにしたが、替え刃のおまけがついてきたので、結局は前回とあまり変わらないランクのものになったかもしれない。

 今朝は早速草刈りだ。カフェの看板を立てさせてもらっているので、その地主さんの土地の土手の草刈りをする。ほとんど壁みたいな急斜面のため、上からと下から、無理な体勢で草刈りをしなければならず、高齢者には大変な作業なのである。

 草刈機も、水平に使う分にはただ左右に振るだけで、勝手に草を刈ってくれるが、これを垂直に立てて使うというのは、両腕の力を駆使しなければならず、機械にも人間にも大変なストレスがかかる。それでもピカピカの歯は、軽く当てるだけでどんどん切れてくれるので、今までに比べて随分楽チンだ。というより、今までが切れなさすぎたのだ。

 夢中で1時間半作業を続け、手には豆ができていたが、雑草に覆われていた斜面は芝生のようにきれいになった。これだったらソリで滑ることだってできるぞ。さて、明日は我が家の家庭菜園の草刈りをしなければならない。我が家では、毎年ゴールデンウイークは、草刈りウイークになっているのである。

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元気です

2018-04-28 08:52:21 | 福島

 世の中は今日からゴールデンウイークで、早速道路は渋滞を始めている。カフェは月曜日の定休日以外は普段通り営業するので、大型連休も関係ないのだが、ゴールデンウイークと聞くと春というより初夏のイメージが強くなる。天気は上々、気温も高いと気持ちも明るくなる。ドリもいつもより歩く気満々で、普段より少しだけ遠くまで歩く。

 去年の暮れ、もうダメだと思っていたドリは、奇跡の復活を遂げ、ガリガリだった体も肉づきが良くなって来た。トトがいなくなってちょっぴり寂しそうだが、ジジイの割には元気いっぱいなのだ。5月2日には13歳になる。ついこの前には「年が越せれば」と神様に祈っていたのが嘘のようだ。

 桜が終わって、今がちょうど見頃なのがツツジやハナミズキだ。どちらも庭木に多いので、家々の庭も華やかだ。

 一青窈の歌では「薄紅色の〜」と歌われていたが、僕はどちらかと言えば白いハナミズキが好きだ。

 チューリプも今が見頃、我が家の花壇でもいろんなチューリップが咲いている。

 散歩の途中、クルミの木の前に通りかかると、木の股のところでリスが休んでいた。

 「ほら、リスリス」とタミちゃんに声をかけると、早速その場は撮影会と化す。「おお、いいねえ、かわいいねえ。そのままそのまま」

 暖かくなると、人間だけでなく、草花や鳥や獣も元気になる。

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世界基準

2018-04-27 10:51:13 | 日記

 私のことは私が一番よくわかっていると僕たちは思いがちだが、一番わかっていないのも自分自身だったりする。あまりに自明なもの、あまりに当たり前すぎて疑うまでもないと思っていることが、当たり前でもなんでもないことは世の中には溢れている。日本人の多くが、自分はどんな宗教のどんな宗派もあまり信じていないと信じている。が、これはあくまで信じているだけであって、外国人から見ると宗教的なことを盲目的に信じて行動していることだらけだろう。

 大昔の日本人にあった宗教は怨霊信仰だった。現代人はそんなものは迷信のたぐいだと鼻で笑うが、いまだオカルト映画やホラー映画で一番日本人が気味悪いと感じるのは、恨みを持って死んだ人間の祟りなのは変わらない。外国人もそうだろうと思ったら大間違いで、西洋ではモンスターこそ恐怖の対象なのだ。

 怨霊というものが心底染み着いた日本人は、とにかく恨まれることが何よりも避けたいことだ。恨まれないようにするにはどうすればいいか、そのことを考え続けて来た日本人は、「和」の精神というものを生み出した。韓国では「恨」の思想と言って、恨みこそが人間の行動の原動力になると考えているのだから、日本人とはえらい違いである。

 「和」を最優先する国民は、何よりも諍いを避けるから、「和」のためなら自分の意見を下げることもある。自分が悪くなくても、とりあえず謝ってその場を丸く収めておけという。とにかく終わったことは水に流しておけという。

 が、世界基準に「和」の精神などというものはない。恨みを買おうが喧嘩になろうが、自分が正しいと思った意見を曲げることはない。日本人のように、途中で意見を引っ込めたりすれば、それは間違った意見だったことを認めたことになるのである。

 今日は北朝鮮と韓国で会談が行われているが、日本人が外交下手というのはこの「和」の精神が足を引っ張っているということを肝に銘じていないからだろう。もっと言えば、いまだ大昔の怨霊信仰が日本人の心の深くで生きている証拠に違いない。

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山菜

2018-04-26 11:28:18 | 福島

 近所の人が「少ないですけど」と言って山菜を持って来てくれた。ビニール袋の中身はなんだろうと考えていると、「コゴミとコシアブラ」と教えてくれた。

 山菜は子供の頃からどちらかと言えばあまり馴染みはない。大体食生活というのは、住んでいる場所や親の好みが反映しやすいから、手に入りにくいとか親の苦手な食材だったりすると、子供はほとんど口にする機会がなくなってしまうのだ。子供の頃は潮干狩りにはよく出かけたが、山菜採りには行ったことがなかった。筍堀りもワラビ採りも大人になってからで、フキノトウも大人になるまで存在さえ知らなかった。

「コゴミとコシアブラ」と言われても、もしかしたら食べたことがあるのかもしれないけど、名前を聞いた記憶はない。そんなこともあってタミちゃんに「ゼンマイとアブラカス」をいただいたよと言って笑われてしまった。コゴミは形がなんとなくゼンマイみたいだったし、コシアブラはなんとなく使い終わった油みたいな名前ではないか。

 どう料理したらいいのかわからないので、早速レシピを調べると、ゼンマイに似たコゴミは胡麻和え、タラの芽に似たコシアブラは天ぷらがスタンダードな食べ方らしいので、とりあえずコゴミの胡麻和えを作ってみる。天ぷらはまたの機会だ。

 ウィキペディアで調べると、どちらも日本中にあるようなので、東北でしか口にできないといったものではないようだ。つまりは単なる僕が無知だっただけなのだ。というよりも、子供の頃から食卓に上げてくれなかったお袋のせいじゃないだろうか。と責任転嫁しておく。それにしてもコシアブラなんて普通にみんな知っているのだろうか。僕には背脂みたいなものしか想像できないのだ。

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明日は臨時休業

2018-04-25 12:10:58 | 福島

 カフェを始める時、三部屋を一間続きにした。そのせいで、それまで使っていた八畳用のエアコンでは効き目がなくなったので、少し大きなエアコンを取り付けた。それ以来小さい方はお役御免となり、部屋の隅っこの壁に張り付いたまま動かすこともなかった。

 が、今年はどうも大変な猛暑になりそうな予感がある。そんな中、高齢になったドリは、今年の夏は毛を短く切り揃えるサマーカットさせないことにしているのだが、これはワクチンを投与しなければトリミングも受けられないことによる。ジジイのドリには、今後あまり強い薬は与えたくないと思っているからだ。ただ、サマーカットをしないということは、余計に夏が堪えるに違いない。

 そんなこともあって、動かしていなかった小さいエアコンを、ドリが日中過ごす部屋の壁に移動させようと考えている。去年まではトトがいたので、一緒に仲良く外の人工芝の上で寝ていたのだが、最近はひとりにすると寂しがって家の中に入れろとうるさい。ご隠居ドリに、なるべく涼しく過ごしてもらいたいという親心なのである。

 と言うわけで、明日は朝から電気工事に来てもらい、古いエアコンを取り除いた後、それを別の部屋に移し替えるという作業をやってもらう。ただ、午前中いっぱいに工事が終わったとしても、その後の片付けが待っているので、明日はカフェは最初からお休みにしたほうが正解な気がするので、今日のうちに予告しておくことにします。

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バカトップ問題

2018-04-24 11:53:42 | 日記

 この前図書館から借りてきた「逆説の日本史 明治揺籃編」(井沢元彦著)を読んでいる。その中で話題になっているのが「バカトップ問題」というなんとも間抜けな問題なのだが、困ったことにこれは日本独自の問題だと筆者は言う。

 独裁者や財閥が支配する国ならば、世俗制が根強いからそうしたことも起きやすいが、日本のように高い地位を得るには、たくさん勉強して試験をクリアしたエリートでなければならないにもかかわらず、とんでもないバカがトップになってしまう現象が起きるのが、日本という不思議な国である。

 かつては今の東大なんか足元に及ばないくらい超エリートだった軍部の連中が、中国で戦争しているにも関わらず、アメリカとも開戦するという暴挙に出た。今でも、官庁が都合が悪くなれば書類を捨てたと嘘をつく。懲戒免職になりそうになるとさっさと退職金をもらって辞職する。そんな話がゴロゴロ転がっている。

 で、なぜ一生懸命勉強したエリートたちが、誰が見てもわかるような常識がわからないのかというと、井沢さんによればそれは国民をバカにしているからだということになるらしい。戦争中も、本当のことを国民に知らせれば戦意をなくすとか、原発事故のメルトダウンを公表すればパニックを起こすだとか、エリートには受け止めることができることも国民には無理だろうから、嘘をついてでも面倒を見てやらなきゃならないという上から目線が根本にある。

 自衛隊のPKOにしたって、安全な場所なら民間が出て行く。自衛隊が出て行くこと自体危険な場所だとは誰でも承知している。ところが「戦闘はなかった」と言い切り、それを記した日記はないと嘘を言う。近々急遽開かれることになりそうな米朝会談に焦った安倍さんは、「拉致問題では私が司令塔となって指揮を取りたい」と言う。じゃあ、今まで安倍さんの中で、拉致問題とは蚊帳の外だったんですかとツッコミたくなる。米朝会談で拉致を取り上げてもらいたいなどと言う前に、まずは日朝会談を実現させて、正面から拉致の交渉をするのがトップの役割だと思うのである。

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最大の障壁

2018-04-23 11:54:27 | 福島

 30度近くあった気温は、一日にして半分にまで下がった。厚い雲が空を覆い、冷たい風が吹いている。おまけに時折霧のような雨が空気中を漂い、いつ本格的に降り出してもおかしくないような天候だ。

 暑くても走るのは辛いが、天気が悪いのもテンションが上がらない。週に一回くらいは体を動かしたほうがいいのはわかっているが、何かと理由をつけては中止にしたい願望もある。にもかかわらず、やらなきゃやらないで後悔するのがわかっているので、面倒なことこの上ない。

 人は何かと言うとできない理由を挙げるが、やらない一番の障壁は自分自身だというのを痛感する。他人の邪魔だの時間がないだのいうのは、本当はなんとでもなることだ。なんともならないのは、自分自身の弱い心のほうだ。

 そんなことを思いながら、重い腰を上げる。いったん走り出せば、とりあえず決めたコースくらいは走り切ることができるし、汗だくになってヘロヘロになってしまえば、天気の悪さなんてのは気にならなくなる。おまけに自分自身に対して優越感だって味わえるのだ。

 昔、マラソンの有森祐子さんが、自分のことを褒めてやりたいと言ったことあったが、一流の人だってなかなか自分自身に対して満足することは少ないということなのだろう。

 いつだって自分の邪魔をするのは自分自身だ。そう思えば、ストレスの原因だってほとんどが自分自身だということに思い至る。

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ワイエスの絵

2018-04-22 10:37:25 | 福島

 図書館に行ったら、アンドリュー・ワイエスの画集があったので、早速借りてきて眺めている。好きな作家の場合、観るというよりも、ただぼんやり眺めているだけで満足してしまう。

 人気作家だったワイエスだが、日本ではゴッホやルノアールに比べイマイチ有名ではないかもしれない。が、アメリカでは国民的作家として2007年にはバカ息子として有名なブッシュ大統領からも勲章を授与されている。アメリカと言えば、真っ先に思い浮かぶのはポップアートであり、アメコミ風のリキテンスタインやマリリン・モンローで有名なウォホールが思い浮かぶ。それでもワイエスがアメリカ的だと考えられているのは、清教徒革命後、プロテスタントとしてアメリカを作った移民たちの思いがそこにあるからだろう。開拓者として貧困と過酷な労働と戦った祖先の血は、今もなおアメリカ国民の中に流れているのだろう。

 画集の絵はどれも素晴らしい。身の回りのものしか描かなかった代わりに、それは信じられないほど細部まで克明に描き込まれているが、リアリズムとは異なる詩的な空気が漂う。「海からの風」と題された絵がある。レース編みの一本一本まで影をつけて描かれたカーテンは、風に吹かれて一瞬めくれ上がる。それだけの絵だが、僕はその絵を前にいつまでも見ていられる。

 ひと口に国民性といっても、当たり前のことだがそれは決してひと口では表しきれない。絵は何ひとつ言葉を発しないが、この絵にアメリカ国民が共鳴するものがあると言われれば、そうだろうなと納得してしまう。

 少なくとも、ここにはパワハラやセクハラの境界がわからないと大騒ぎしている日本国民性とは別のものがある。

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タンポポ

2018-04-21 08:47:30 | 福島

 ようやく春らしくなったと思ったら、今日は夏日を超えて真夏日まで気温が上がるかもしれないという。

 朝、トイレに起きると、午前5時前にもかかわらず、外は白々と明るくなっている。最近は5時を過ぎればすっかり明るくなっている。せっかく早起きしたので、いつもよりはほんの少し早く家を出ることにする。空気はまだひんやりしているが、空には雲ひとつなく、爽やかな初夏の気配が漂っている。

 我が家の庭ではチューリップが咲き始める。

 ヤマザクラは今が見頃。ソメイヨシノと違って葉っぱが一緒に出るのが特徴だが、花と葉っぱの色が混じってなんとも渋い色合いだ。バアさんの着物の柄みたいとも言えるけど。

 ヤマブキには八重のものもある。僕はやはりシンプルなほうが好きだな。

 散歩の途中、足元に在来種のタンポポが生えているところがあり写真に撮る。最近は西洋タンポポに押され、日本古来のタンポポをあまり見かけなくなっている気がする。

 ひとくちにタンポポといっても、在来種はカントウタンポポ、カンサイタンポポあり、外来種にはセイヨウタンポポ、アカミタンポポがある。在来種と外来種の違いを見分けるのは簡単だ。花の下にある緑の襞の部分、総苞片と呼ばれる箇所がめくれているかいないかで判断できる。

 この写真のように、花の下がめくれているのが外来のタンポポ。

 手元にある「身近な雑草の愉快な生きかた」(稲垣栄洋著)を見ると、在来のタンポポは春しか花を咲かせることができないが、外来タンポポは一年中咲かせることができるとある。そのほかの違いは、外来種はクローンで増えることができるので、受粉する相手がいなくてもどんどん勢力を伸ばすことができるらしい。勢力分布に関しては、外来タンポポは都市部に多く、在来タンポポは郊外や田園部に見られ、その分布は減少しつつある。

 これだけ見れば外来タンポポが在来タンポポの棲む場所を奪っているように思えるが、実際は人間による環境破壊が原因の主なものだ。外来のタンポポは本来生存競争には強くない。ほかの植物がすでに生えている場所には勢力を伸ばせない。つまり、人間がほかの植物を滅ぼしたところに、勢力を伸ばしたということなのだ。

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