金曜日、朝8時に大分を出発し、ときどき休憩をいれながら走り続け、運転に飽きたので静岡県日本平で仮眠をとることにした。時間は夜9時。出発から13時間。予定では神奈川県くらいまで走れるだろうと思っていたが、意外に走れなかった。いつかチャンスがあれば富士山に登りたいと思っているが、こんなに時間がかかるとしたら、もっと早くに家を出なければ、とても昼過ぎに登山口に到着して、高度順化をする余裕がない。
今回、長期で車中泊をする必要がないと思い、簡易ベッドは置いてきた。その分荷物が積もうと思ったからだが、これが大失敗だった。後部の荷室で横になろうとマットを広げたが、熱を持ったエンジンのせいで床暖房になっている。ただでさえ雨が降り蒸し暑いのに、横になるとたちまち汗だくになった。これじゃあ、とても眠れる状態ではないのだ。
深夜になると、エンジンも冷えてきたので少しだけ横になり、朝4時に起き、5時に出発した。東京は、11年前に大分に引っ越ししたとき以来で、引越しのときと反対に、用賀から環状8号線を埼玉に向かって走った。あのときはネコが同乗者だったが、今回はトトが隣にいる。
「トト、ここが東京だよ」と言うと、トトは窓から顔を出し、道行く人を眺めていた。
福島に到着したのが、ちょうど正午。被災した人は高速道路が無料というので、急に混み始めた。料金所は証明書をもらうために被災者が車の列をつくり、たっぷり20分は待たされた。
走っていた時間は、二日間の合計で20時間。さすがに疲れたが、中古の材料で山小屋風の小屋を完成させたという地元の人から、完成披露パーティーに招待されていたので、夜、大分のお土産を持って訊ね、たっぷりと食べ、たっぷりと飲んでいるうちに、さすがに疲れが出てきて、最後はこっくりこっくりしていた。