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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

犬の来た年

2019-12-31 09:20:44 | 福島

 大晦日の天気予報は、北日本は大荒れになると言っていた。まだ大掃除でやり残していることがあるのでガッカリしたが、関東は20度越えのポカポカ陽気という。福島は東北でも一番下にあり、北関東の天気と重なることも多い。関東寄りの天気になればと期待しながら、大晦日の朝を迎えた。

 普段よりだいぶ遅い時間に散歩に出たにも関わらず、外は霧がかかり薄暗い。もうとっくにお日様は昇っているはずだ。朝から晴天を期待していただけにちょっとガッカリだが、霧が濃い日というのは気温が上がっている証拠でもある。霧さえ晴れれば、天気が回復するということは多いにあるのだ。

 それにしても霧の日というのは、積雪のあった朝とは違った幻想的風景で、見慣れた景色が一変する。

 地球温暖化は確実に進んでいるのか、僕が福島に来て以来、年内に雪が積もらなかったのは今年が初めてである。散歩の途中、菜の花を見つけたが、時期外れもいいところだ。

 去年の今頃は、犬を二匹とも亡くし寂しい年末年始を迎えた。お正月には電車で飯坂温泉まで出かけ、犬のいない生活では旅行に行く回数が増えるだろうなとタミちゃんと話していた。が、二月には早くもテオくんがやって来たため、その後は遠出する機会がなくなってしまった。

 最初は人も車も怖がったテオくんだったが、近頃は少しずつだが度胸もできてきたように見える。来年は少しは外出も増えるかな。

 と、書いているうちにすっかり霧も晴れ、青空が覗いてきた。これなら外での仕事も大丈夫そうなので、今年最後の仕事として、庭木の剪定でもしておこうと思う。

 さあて、今年同様、来年も楽しい毎日が過ごせればいいな。

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再び東北の冬

2019-12-30 10:01:25 | 福島

 暖かだった九州から、真冬の東北に戻って来た。タミちゃんの話では、僕がいなかった間の福島も暖かかったというのだが、いない間がいくら暖かくても意味がない。

 福島を出るときは、ダウンジャケットにニット帽、そして手袋と完全防寒だったが、大分では一度もダウンジャケットもニット帽も手袋も必要なかった。大分を出る時も相変わらず暖かったが、荷物になるので福島を出た時と同じ格好で駅に向かったら、僕ひとり着膨れしていてかなり恥ずかしい格好だった。

 東京を過ぎ、栃木の那須高原あたりで、新幹線の窓の外は猛吹雪になり、白河の関を越えてみちのくに突入すると、景色は途端に冬景色になった。交通機関の発達で便利になったかもしれないが、人間の体はたいして進化していないので、急激な気候の変化にはついて行けない。

 福島に戻り、日中テオを車に乗せて買い物に行く。日暮れ前にのんびり散歩したかったからで、帰り道に阿武隈川をブラブラする。

 安達太良山に雪雲がかかり、その下はどうやら吹雪いているようだ。山から冷たい風が吹き下ろし、遮るもののない阿武隈川の土手は、凍えそうに寒い。

 これではのんびり散歩どころの話ではないのだ。

 カラスも寒そうに空を飛ぶ。ああ、やっぱり寒いのはヤダなあ。暖かいところから来ると、余計にそう感じるのだ。雪が積もっていたりすると、また違う気持ちになるのだが、ただ寒いだけというのは気が滅入る。

 そんな中、元気なのはテオだけ。クソ寒い中、もっともっと歩こうよとグイグイ先を急ぐ。こういう時だけ飼い犬らしさを見せて散歩を楽しむが、愛護センターから我が家にやって来て以来、一度も飼い主に尻尾を振ったことはない。臆病なのか、それとも誇り高いのか。ほんのちょっとでも、尻尾をフリフリして駆け寄って来たら、それだけで飼い主はイチコロなんだけどな。来年は、ぜひともそういうことも学んで欲しい、と願うバカ飼い主なのであった。

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大分にて(後編)

2019-12-29 10:47:38 | 旅行

 九州の朝は遅く、朝7時を迎えてもまだ暗い。福島の6時くらいの感じで調子が狂う。福島では5時過ぎには起きて犬の散歩に出かけていたので、自然とそのくらいの時間に目が覚めるが、外は真っ暗だし空には星が瞬いているしで、やることもないので二度寝をするしかない。

 遅い朝飯をとって窓拭きをしていたら、隣の住民から「すごいね、うちのもついでにやって」と言われて、その気安さに笑ってしまう。ただし、どんな小さなことだって僕としてはあまり手を出したくない。というのも、どんなことだって自分の人生を他人に肩代わりしてもらうというのはもったいないと思っているからで、人生とは自分でどこまでやれたかのことだと考えているからだ。

 今回は用事があって遠出はしなかったが、一度だけ国東半島に車で出かけた。12月も終わろうとしているのに、国東の山は紅葉が見頃で、季節を二度繰り返しているみたいでなんだか儲け物をした感じだった。

 富貴寺は国宝のお寺で、何度か来たことがある。お堂の中に壁画があって有名なのだが、保護のために最近はお堂の扉を閉めている。と思ったら、横の扉が開いていて、そこから中に入って見ることができるようになっていた。

 ただ、中は暗く、壁画もほとんど何が描いてあるのかよくわからなかったよ。

 この後、近くに修験者が修行をする無明橋という天空にかかる石橋があり、悪者は落っこちてしまうと言われている場所があるのだが、昔は道路から頭上高く見えていた石橋が、いくら探しても肉眼で見ることができなかった。観光案内板で位置ははっきりしているが、どうやら樹木が成長して視界を遮っているらしかった。あるいは僕の勘違いで、今でも見ることができるのかもしれないが。

 別の日には、カメラを持って五百羅漢を見に行った。行ってみると入場料100円とあり、お金を持っていなかったので、こっそり入って写真を撮ってすぐに退場した。羅漢の群像は下のほうが庶民で、上に行くほど悟りを開いた人ということになっている。そう思って見ると、自分に似た羅漢様を探せば、自分が今どのくらい煩悩を持っているかわかるということになるのだろうか。また機会があったら、100円くらいは持って来て、じっくり探そうと思う。

 12月25日はテオの満1歳の誕生日ということになっていて(保護犬なので正確な日はわからなかったので、我が家で勝手に決めた)、その日までは帰るつもりでいたのだが、予定が伸び帰れなくなってしまった。仕方がないので、空に向かってハッピーバースデイを歌う。

 ランニング最後は、神様に今年最後のお願い事をしようと、宇佐神宮まで走ることにした。ここは全国に4万社ある八幡様の総本山なのでご利益が高いだろう。で、忘れずにお賽銭を財布に入れて家を出る。この道を行けば宇佐神宮の近くに出るだろうと思って走っていたら、勘違いをしていて2キロも先の道路で、宇佐神宮につながる幹線道路にぶつかった。車ではなんということもない距離だが、走って2キロを戻るのは、時間も体力も大変なロスなのだ。

 広い境内を抜け、石段を駆け上がり、ようやくお社にたどり着く。ここのお参りの仕方は、全国でも出雲大社とここだけという「二礼、四拍手、一礼」だ。つまりは出雲大社に祀られている大国主命と同格の神様がここに祀られていることになる。が、三つある御殿の真ん中に祀られているのは、ヒメオオカミという誰だか謎の神様で、もしかしたら卑弥呼ではないかという説もある。

 というようなことはどうでもいいことで、「今年一年、みんなが健康で過ごせましたこと、また来年も健康で過ごせますように。ついでに世界平和でありますように」とお願いして、宇佐神宮を後にした。

 予定より3日遅れて福島に帰り、タミちゃんに迎えに来てもらう。テオは家で留守番させていたので、僕が先に家に入り、テオがどういう反応をするか見ることになった。キャンキャンと吠えながら飛びついてくるのか、それとも腰を抜かさんばかりに尻尾を振って出迎えてくれるのか。

 ガラガラと玄関を開け、「ただいま」とテオに声をかけると、テオは変な人が来たと思ったのか、おっかなそうな顔をして部屋の中を逃げ回った。こら、飼い主のご帰還だぞ。

 大分旅行のおまけとして、旅先で作った犬の詩を最後に載せておく。

「黒い犬」

昔飼ってた黒い犬
今も飼ってる黒い犬
同じ黒でも違う黒
同じ犬でも違う犬

昔飼ってた黒い犬
海でも山でも一緒だった
北から南まで一緒に旅した
最期の瞬間まで一緒だった

昔飼ってた黒い犬
いなくなってやって来た黒い犬
同じ黒でも違う黒
同じ犬でも違う犬

これからは君と思い出を作ろう
君と歴史を作っていこう
今は君が僕の友だち
新しい小さな家族

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大分にて(前編)

2019-12-28 08:53:53 | 旅行

 12月15日から12月27日まで九州の大分にいた。昨日の朝8時に大分を出て、小倉から郡山まで新幹線を利用し、午後4時には帰り着いた。道中は小倉駅で買った文庫本を一冊読み上げたら東京駅だったので、あっという間の移動だった。出発の日も、ノース・スターリングの「はるかなるわがラスカル」を郡山駅から読み始めたら、読み終わったのが広島駅を通過したあたりで、こちらもあっという間の移動だった。

 今回の旅行は遊びではなかったので、ほとんど何もすることがなく、家の掃除だとか片付けだとかで時間を使い、余った時間は本を読んでいるかランニングをしているかのどちらかで、ほとんど何も書くことがない。というわけで、2回に分けて写真を載せるくらいにしておく。

 出かける前から時間を持て余すのはわかっていたので、今回はランニングシューズやザック、サングラス、帽子など、普段走る時に使うものはすべて持って行った。滞在中、天気のいい日はほとんどなかったが、気温だけは福島より10度は高く、季節がひと月後戻りしたようなもので、走るには快適な気温だった。

 高低差のないどこまでも続く田園地帯を走るのは、坂道のない分楽に走れる。12日の滞在中、10キロ1回、20キロを3回走った。雨で走れない日もあったので、ほぼ二日に1回の割合で筋肉痛もなく走ることができた。

 二毛作をしているこの辺りでは、田んぼは早くも麦畑に変わり、ヒバリのさえずりが聞こえた。用水路でカワセミを見つけた時は、夏鳥だとばっかり思っていたのでビックリした。

 今回の旅行は重たい一眼レフは持参せず、コンパクトデジカメを持って行ったので、ランニングにも携帯した。

 海まで走った日もあったし、川の畔を走った日もあった。ランニングの最中に名所旧跡に立ち寄ったこともあった。

 「双葉の里」は往年の名横綱・双葉山の生家を記念館にしてあるところだ。現役時代の69連勝はいまだに破られておらず、白鵬が記録更新に迫ったが直前で破れている。そういうこともあって、何度か白鵬は訪れているはずだ。

 白鵬の手形があったので、ついつい自分の手の大きさと比べてみる。でかいぞ、白鵬。

 いつも福島で走っているコースは里山だったり阿武隈川の土手だったりするので、広々とした田園地帯というのはずいぶんと勝手が違う。

 なんたって空が広く、どこまで走ってもちっとも前に進んでいる気がせずに、自分がちっぽけに思える。

 夜、暇だったので久しぶりに詩を書いた。

 

「冬の一日」

耳を澄ませば聞こえてくるのは
遠くで吹く風の音
崩れる青い波の塊
鉛色の空の下を舞う海鳥の群れ
目の前に広げられた本のページを這い回る
黒い虫たちの帰っていく場所を目で追いかける
冬の一日が過ぎていく
裸の山に冷たい雨が降る

今日は丘の上まで走ろうか
掘り返された土くれの間を走ろうか
明日はどこまで走ろうか
どこまでも知らない土地が続いていく
目の前に広げられた本のページに綴られるはずの
僕の旅はいつになっても空白のまま
何でも見てきた気がするが
何を見て来たのかすっかり忘れてしまった

足元では小さな麦の苗が風になびいている
足元からヒバリが飛び立ち
厚い雲の中に消えていく
聞えてくるのは遠くで鳴る風の音ばかり
僕の声もすでに遠くへ行ってしまった
失うものもなく手にしているものもない
ただ冬の一日が過ぎていく
黒い野に冷たい雨が降る

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冬の湖畔

2019-12-14 13:49:21 | 福島

 明日から10日間ほど九州に旅行するので、買い物に出かけたついでにテオと三春ダムのあるさくら湖に寄った。

 三月のような陽気で、歩き回るのに上着を着ていたら汗ばむほどだ。空は真っ青で、日差しが強い。

 毎日こんな日が続くようならいいんだけどな。

 林の中は落ち葉がいっぱいで、歩いていてもフカフカだ。

 木々の間からは、エナガやシジュウカラのさえずりが聞こえてくる。

 テオも寒い朝の散歩と違ってすっかりリラックスモードに入っている。
「しばらく家を留守にするけど、タミちゃんと留守番をお願いするよ」
 家に帰ると、早速旅行の荷造りを終え、準備万端整った。

 このブログも予定では、再開は十日後だ。観光旅行ではないので、たいした土産話はないだろうが、絵を描くための題材はなるべくたくさん見つけて来ようとは思っている。

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早い仕事納め

2019-12-13 11:09:02 | 福島

 明後日には九州に行って来なければならないので、今日で仕事納めとし、明日は旅行の準備をしなければならない。カフェの大掃除や庭の手入れが残ったままになってしまうが、テオの誕生日でもあるクリスマスには戻ってくる予定でいるので、それからやるつもりだ。何にしても、スッキリした気分で歳は越したいものである。

 寒くなりそうでならない日が続いている。今朝も寒いことは寒いが、零度を下回る冬日とはならない。ただ、日が短くなるのだけはどうしようもない。普段通り家を出ても、外は真っ暗闇だ。今朝は夜が明け始めたのかと思ったら、お月様が煌々と照っていた。

 いつものように1時間かけてぐるっと近所を歩いてくる。途中、駅の近くを通りかかるのだが、ローカル線なので滅多に電車に行きあうことはない。6時半の郡山行き電車に学生や働きに行く人が乗車すると、次は7時過ぎまで電車はやって来ない。

 今朝は少しだけ遅かったのか、駅に着く前に電車がやって来た。
「テオ、間に合わなかったから、ここから電車を見よう」と、線路脇の道路で電車を待っていると、テオは突然猛烈なダッシュを始めた。テオの中では電車を見る場所はここではないらしい。

 テオのリードを持つタミちゃんも、テオに引っ張られるように坂道を駆け上がって行く。テオは走るのが遅いタミちゃんに気が焦るのか、時々タミちゃんの背後に回ると、背中に飛びついて早く走れと後押しする。その姿に、後ろを追いかけていた僕は、つい笑ってしまった。

 ようやく坂道の上までたどり着くと、電車は乗客を乗せ、出発するところだった。テオは「ほら、頑張ったから間に合ったね」と満足そうに僕らに訴える。

 午前中は買い物があったので、テオを連れて出る。買い物の帰り道、いつものように阿武隈川の土手を散歩する。

 吹きっさらしなので風は冷たいが、雪が降りそうな気配がないので、早春みたいな気になる。遠くの山に雪が積もっているので、余計にそういう感じがするのかもしれない。

 この山の向こうには猪苗代湖があり、その向こうは雪深い尾瀬の方角となる。低い山だが、この山があるおかげで雪雲は遮られ、猪苗代に大量の雪を降らせても、郡山まではやって来ない。

 さあ、あと1日踏ん張りましょう。

 

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進次郎さんにアドバイス

2019-12-12 10:53:07 | 日記

 アメリカの雑誌タイムが今年の顔にグレタ・トゥンベリさんを選んだ。グレタさんと言えば、9月の国連気候行動サミットで、世界のリーダーを厳しく叱責する演説を行って有名になったが、まだ16歳の環境活動家に対して大人たちはまともに取り合おうとはしないどころか、ヒステリックだとかガキだとか、国のトップとして恥ずかしいことばかり言っている。その様子を見ていると、まずいことがあると「子供はあっちへ行っていなさい」という大人と同じ対応で、実際触れられたら困るんだろうなあという感想しか持てない。子供たちにとって自分の将来に関係ある問題でも、今の大人にとってはこのままないことにできればいいという思いがあるのだろう。

 そんな環境問題だが、小泉さんが環境大臣として世界からやり玉に挙げられている。温暖化効果ガスを削減しなければならないというのに、日本は原発事故の影響で原発をフル稼働できず、代わりに石油や石炭を使った火力発電を新設するというのだから、感動的なくらい時代と逆行している。

 それというのも、クリーンエネルギーとしての原発にシフトを置きすぎたため、原発がアウトになったときのことを何も考えてなかったどころか、原発政策を推し進めるため、風力や太陽光などの自然再生エネルギーでは電力はまかなえないと宣伝していたのだ。

 小泉さんの父ちゃんの純一郎さんは、さっさと原発再稼働反対の立場を表明したが、息子は環境大臣として原発を再稼働したくはないが、かといって原発に代わるアイデアもないのだから、苦しいところだろう。近頃の進次郎さんは、いるのかいないのかわからないくらい存在感を失ってしまった。

 そもそも原発にしろ火力発電所にしろ、やっていることはお湯を沸かしてモーターを回しているにすぎない。火山大国と呼ばれる日本にはお湯はたっぷりある。日本中で沸いている温泉を利用し地熱発電を作れば、おそらく火力発電所を新設するなんて馬鹿なことはしなくて良さそうだ。が、これまた利権というものが絡んで、政治的にはいろいろあるようだ。

 というのも、日本で火山や温泉のある場所というのは、ことごとく国立公園に指定されている。国立公園法では、環境を守るため地熱発電所みたいな施設は作れないことになっている。が、これも考えればかなりおかしな法律で、海外の国立公園では環境保護のため、公園内は入場者数を制限し、道路や建物の建設も許可しないうえに、公園内から石ころひとつ持ち帰ることができないよう厳しく管理しているのである。そのためにレンジャーという自然保護官がいる。例えば、アメリカではレンジャーが1万3000人いるのだが、日本はどれくらいいるかと言えば、たったの300人である。広い国立公園をひとりか二人で管理しろというバカな話になっている。おまけに環境を保護すると言いながら、国立公園内にホテルや旅館が立ち並び、挙げ句の果てには大型バスが通れるように公園内に道路まで通す。

 環境保護を言うのなら、さっさと公園内からホテルや温泉宿に出て行ってもらうのが筋だろうが、経済優先の日本の政治ではそんなことにならない。だったら、いつまでも国立公園法などと言う絵に描いた餅を守るのではなく、観光業界からは反対があるだろうが、地熱発電所を日本中に作るくらいのアイデアがあってもいいように思う。

 とアベさんは考えるので、進次郎さんには父ちゃん同様、変人と呼ばれようと頑張ってもらいたいものである。

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小春日和なのだ

2019-12-11 11:41:50 | 福島

 今朝も懲りずにコンパクトカメラをポケットに入れて散歩に出る。雲の多かった昨日とは打って変わって、朝からスッキリと晴れ上がっている。放射冷却もなく、なんだか春のような陽気だ。天気予報でも今日は15度を超えると言っているから、暖かな一日になるだろう。

 日が昇って来たので、早速写真を撮り始める。でも、カメラのファインダーに映る被写体の色と、撮った後の色がかなり違う。どこかおかしいのか、それともこれがこのカメラの限界なのかと思っていたら、カメラに内蔵されたモードのせいだとわかった。近頃のカメラは性能が良過ぎて、ポップな色合いにしたり、コントラストを強めたり、トイモードと言って風景がオモチャみたいに撮れたりと、勝手にいろんなことをやってくれる。いやいや、普通に撮りたいのだよ。

 あちこちいじくりまわし、ようやく普通モードにすることができた。

 で、パチリ。昨日の朝と同じ場所で、ほぼ同じ時間帯に撮っているのに、この明るさの差はすごい。曇っているか晴れているかで、こんなに違うものなのか。

 それにしても、これを書いている現在、太陽は高く昇り、まったくもって暖かでのどかな陽気になっている。不思議なもので、ポカポカと暖かな陽気では、何もなくても幸せな気分になるから不思議だ。「小春日和だなあ」とまったりする。

 そう口にした瞬間、あれ、待てよ、小春日和ってこの季節を指すんだよなと自信がなくなった。早速ウィキペディアで調べてみると「晩秋から初冬にかけての、暖かく穏やかな晴天である」と書いてある。おお、間違いなかった。その後には、北米では同じような天気をインディアン・サマーと呼ぶとあり、小春日和と訳すと説明している。インディアン・サマーなんて言われてもピンと来ない。なんのこっちゃと思ってしまう。やはり、小春日和という語感が、幸せ感を連れて来てくれるのである。

 小春日和がこの時期の季語だとわかったので、「小春日和」を使った代表的な俳句ってなんだろうと思い検索してみると、「小春日和」と同じ意味で、「小春日」とか「小春」が使われるとある。17音しか使えない俳句では、小春日和では文字数が多すぎると考えるのだろうか。実際調べてみると、なかなか小春日和を使った有名な俳句というものは見つからない。ほんの二文字か三文字をケチってでも表現したいものって、一体何なんだろう。僕としては「びより」という部分が好きなんだけどなあ。「小春日和」というだけで、あとはもう蛇足のような気がしてしまう。

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ふたつの冬休み

2019-12-10 10:19:41 | 福島

 「アトリエ・カフェ 青い犬」のブログにはすでに告知してあるが、カフェの冬休みをこのブログに載せておくことにする。

 年内は12月13日(金)までの営業で、年初めの営業開始が1月7日(火)となります。ご注意を。

 今年の店じまいが例年より早いのは、来週から大分県に用事があって出かけて来るからで、その間、タミちゃんとテオに留守番をお願いすることになる。

 で、もうひとつの冬休みの告知は、旅行中ノートパソコンを持って行く予定だが、身近にワイファイが繋がる場所がなければ、このブログの更新はしないつもりでいる。予定では10日間留守にするので、最大今週末からクリスマス前後まで更新はないかもしれないので、あらかじめブログの冬休みも併せて予告しておく。

 そういうことで、なるべく荷物を少なくして出かけたい。邪魔になりそうな一眼レフは、今回は置いて行くことにして、代わりにずいぶん前にタミちゃんが買って使ってなかったリコーのコンパクトカメラを持って行くことにした。

 久しぶりに埃をかぶった箱からコンパクトカメラを取り出すと、バッテリーが上がって動かない。充電をしてもバッテリーが古いからかフル充電とはならないが、こまめに充電すればとりあえずは使えそうだ。試しに使ってみようと今朝はコンパクトカメラをポケットに入れて散歩に出たが、あいにくの曇り空でなかなか明るくならない。

 一眼レフならもう少し明るく写るが、コンパクトカメラだとこんなもんか。隅っこに野生のタヌキが写り込んでいるが、これはテオ。

 ようやくフラッシュを焚かずに撮影できる明るさになったが、それでもかなり暗い。

 黒いテオだと表情まではわからないのである。このくらいの性能だが、旅行中に何も撮影しないよりはマシだろうから、持って行くことにしよう。

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冬の汗

2019-12-09 11:30:11 | 日記

 久しぶりに天気がいい。毎週のように休日の月曜日になると、雨が降ったり、暴風だったりと決まって天気が悪くなっていたが、今日は気温も上がり小春日和だ。早速朝から敷布を洗ったり、布団をテラスで天日干しをしたりと休日らしい休日だ。

 ひと通り雑用が終わったので、早速着替えてランニングに出る支度をするが、今日の午前中に宅配便が届くことになっているので、それまでには帰って来たい。我が家はどの宅配業者でも、午前中の配達を指定すると、配達ルートの関係なのか、決まってお昼直前に届く。この前はそのつもりで出かけたが、ヘロヘロになって11時半を少し過ぎたら、荷物を持ち帰った後で申し訳ないことをした。宅配業者の異常な忙しさを見ていると、なんとしてでも受け取らなきゃという気になるのだ。

 せっかくの天気なので長い距離を走りたいが、お昼までに帰って来る自信がないので、15キロほどを1時間半の予定で出発する。

 青空が広がっているが、その分放射冷却なのか空気は冷たい。暑さでへばることがないので、いつもよりも快調なペースで走る。途中、阿武隈川の川沿いに差し掛かると、どの家も空き家になっているのに気づいた。外から見るとなんともないが、床上浸水した家屋に再び住もうという気になれないのだろう。それが特にお年寄りの場合だったら、子供たちの家に身を寄せるか、施設に入ることを決心したのだろう。

 阿武隈川の河川敷には、白鳥の群れがたくさんいた。別の場所では見たことがないほどのカラスの群れもいた。水に浸かった畑の作物が目当てなのか、それとも河川敷に住んでいた野生動物の死骸がたくさんあるのだろうか。

 通り過ぎる車はどれも窓をしっかりと閉め、運転する人はダウンで着膨れしている。自転車に乗る人は帽子にマスクに手袋と完全防備だ。そんな中、ウインドブレーカーに短パンという軽装で汗ビッショになっているのは、なんとなく自分が凄い人みたいで楽しい。どんなに歳を取っても、1週間に一回くらいは思いっきり汗をかくのは気持ちがいいものだ。今時の人は、ジムで汗を流すのかもしれないが、冷たい風の中を、真っ白い雪をいただいた山々を眺めながら走るのは贅沢なものだ。ジムなんかでは走ったって、面白くはないのだ。

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