最新の科学は、まるで宗教か哲学のように、神の存在や生きる意味とは何かということまで議論するようになっている。僕の優れて低級な脳みそによる理解によるなら、科学の考える生きる意味とは、この宇宙の発展は偶然か必然によるものかということに行きつくようだ。つまり、宇宙の誕生から現在の発展までが、コンピュータのプログラムのように書き込まれていたのか、あるいはすべてがまったくの偶然の産物なのかということだ。
宇宙にあったタンパク質の偶然の結合から、現在あるような生命溢れる地球のような存在が誕生したのが、まるっきり偶然と考えるのに無理があると思うならば、人間は何らかの生きる意味を背負って生まれて来たことになる。これが偶然の産物となれば、僕らの存在は、たまたまここにいるだけの泡のようなものだろう。
Yahoo!ニュースを開いたら、すぐに若者の死因の第1位が自殺になったという記事が目についた。そりゃ大変だと感じる一方、医療の進歩やインフラの整備などで、事故や病死が減ってくれば、いずれ殺人か自殺が死因のトップになるだろう。そう考えれば、若者の自殺が死因の1位になったというのは、平和な現代社会ならあり得るのかもしれない。
が、僕らの若い頃もそうであったように、当事者である若者の悩みというのは深刻だ。誰もがそういう経験を経て歳をとると言ったところで、当の本人は知ったこっちゃない。作家の小林秀雄が、「若い頃に一度も死について考えないようなヤツはつまらない」みたいなことを書いていたが、深刻な悩みこそ若者の専売特許とも言える。
死にたいと考える若者に理由を尋ねると、ほとんどの答えが「生きている意味がない」ということだ。確かにこれは大問題で、現代の最先端の科学や哲学を持ってしても解答を得ていないのだから、少しくらい若者が頭を悩ませるくらいでは解決できるようなことではないだろう。
さて、僕の場合も若い頃には、優れて低級な脳みそで散々に悩んでいたが、ある時その解決方法を見つけた。これは未だに実践している方法なので、人によっては参考になるかもしれないが、大昔から、偉人と言われる人も天才と言われる人も、多くの人たちがこの問題に取り組んで来た。キリストしかり、ブッダしかり、マホメッドしかり、ソクラテスにプラトンにニーチェしかり。
その結果、なぜそんな結論になったのかは僕にはわからないが、偉人たちは口を揃えて「この世にいることに価値がある」と言う。だったら、どうしてそうなるのを考えるのをやめて、とりあえず「この世にいることに価値がある」だけを信じてみようと考えることにした。
なあんだ、生きる意味は結局誰にもわからないじゃないかと言われてしまうが、そういうことはどうでもよろしい。

























