おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

めざせ、海の家

2014-05-30 16:00:20 | 福島

 昨日に引き続き、気温がぐんぐん上昇する。午後3時にはカフェ内の温度は32度に達する。それでも湿度が低いので、昨日出したばかりの扇風機の風だけでも、かなり涼しく感じる。ついでにすべての網戸を掃除したので、すべての窓は全開だ。3面がほぼサッシなので、ほとんど戸外と変わらない。おまけに同じく昨日吊るしておいたガラス製の風鈴が、ときおり吹く風にカランコロンと涼しげな音色をたてる。犬たちには直射日光を避けるためにスダレを下げると、早速人工芝の上に長々と寝そべり惰眠をむさぼり始めた。

 普通のカフェだったら、絶対にクーラーを入れるよな。でも、「青い犬」は部屋全体を冷やすほどのクーラーがないため、閉め切るとかえって暑くなる。横殴りの雨でも降って蒸し暑いのでなければ、できれば自然の風で過ごしたい。

 お客さんに「暑いですか」と尋ねると、「いえ、クーラーは嫌いですから、このほうが気持ちいいです」という返事。「そうですともそうですとも。これが気持ちいいんですよ」。

 蒸し暑いのはたまらないが、とろとろと眠くなるような暑さの中で、ザワザワと木々を抜けてくる風を感じるのは、ちょうど海の家で波の音とともに海風を感じるのに似ている。バラが咲き、シジュウカラが子育てに忙しい「青い犬」は、ますます自然体感型のカフェになっているのである。

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夏草と入道雲

2014-05-29 11:45:41 | 福島

 買い物に行くために車を走らせていると、目の前にどーんと巨大な入道雲が出ていた。急に暑くなったので、そろそろ入道雲にお目にかかるかなと思っていた矢先、突然視界に飛び込んできた真っ白な入道雲に見とれてしまう。

 車は川沿いのクネクネとした道をのんびり進む。川の両岸は背高く育った夏草が生い茂っている。全開した窓から、川の上を吹く涼しい風が入ってくる。と、ふいになんだか物凄く懐かしいような郷愁に襲われた。

 思い出を強烈に喚起する力は、視覚や聴覚より、嗅覚が一番だという話を聞いたことがある。もしそうなら、ムンムンとする夏草の匂いや太陽光線に灼かれたアスファルトの埃っぽい匂いが、甘くほろ苦い子供の頃の記憶をくすぐるのだろうか。最近はせっせと地区で清掃日を決めて、雑草もきれいに刈り取られていることが多いが、伸び放題になった夏草を見ていると、これはまたこれでいいものだなという気がしてくる。

 もし僕が雪深い地方の出身だったりすると、しんしんと降る雪に郷愁を感じたりすることもあるのかもしれない。となると、僕らの人格なんてものは、僕らが考える以上に環境が作り上げたものなのかもしれない。

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野良仕事

2014-05-28 17:02:36 | 福島

 近所の人から、できたら草刈りをしてもらえないかと頼まれた。高齢な上、最近膝の手術をしたので野良仕事が大変なのだ。おまけに「青い犬」の看板を畑の傍らにタダで立てさせてもらっている恩もあるし、今年は広い畑をタダで貸してもらい、耕すのが大変だろうからと家庭菜園用耕耘機までタダで貸してもらったのだ。暑いとか面倒臭いとか、口が裂けてもズボンの股が裂けても言えないのである。

 というわけで、今朝は朝飯後に草刈機を担いで出かけた。草ぼうぼうなのはたいしたことはないが、その場所が道路のノリ面で、高さ3メートルほどの急斜面が続いている。まずは転げ落ちないように注意しながら、上から草刈機が届く限り刈り取って行く。で、次は下から上にむかって草刈機をかつぎ上げながら刈り取って行く。と、どうしてもどちらからも刈れない場所が出てくる。仕方がない。斜面にしがみつき、膝で体を支えながらなんとか虎刈りにして行く。炎天下で、2時間ほど格闘すると、すっかり顔が日焼けしてしまった。

 カフェの準備があるので、そそくさと戻ってくると、シャワーを浴びバタバタと掃除をする。なんとか開店時間ギリギリで準備は整ったが、午前中の野良仕事が利いてきて、午後は睡魔との戦いになった。あ~、ビールを飲んで昼寝できたら最高なんだけどな。

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雑草

2014-05-27 12:14:21 | 福島

 犬でも猫でも「雑種」というとあまり喜ばれない。別に「雑」になりたくって「雑」を名乗っているわけではないし、犬猫にすれば人間の身勝手でしかないだろう。人間の場合は、ハーフだのクオーターだの、混血がありがたがられるのだから、余計に身勝手さが際立つ。

 植物の世界では、たとえ純血種の植物でも、人間にとって益にならないという理由で、「雑草」とひとくくりにされる。雑草として見られたが最後、草刈機でバリバリ刈り取られてしまうか、除草剤で一網打尽で処分されてしまう。それなのに、スポーツ選手なんかは「雑草魂」とか「雑草育ち」というと、褒め言葉になってしまうのだから、何が何やらよくわからない。

 ヒメジョオンがピンクや白い可憐な花をつけている。白い花の除虫菊が咲き誇っている。道端にポピーがひっそりと咲いている。かつて輸入され花屋の店先でお客の目を楽しませた植物も、人間社会の流行の波にもまれ、雑草として生きていく道を選んだ。

 僕なんかは植物の知識がないから、雑草だろうと花壇の花だろうと同じようにパチパチ写真を撮る。そして、何をとってもきれいだなと感心している。

 追記:郡山市近辺の人や町を紹介しているフリーペーパー「町人探訪」の最新号の中で、アトリエ・カフェ「青い犬」が「いい場所、見つけた。」というコーナーで紹介されたので、忘れないうちに書き足しておく。見てみたい人は郡山近辺のスーパーを探すと見つかるかもしれない。

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葱坊主

2014-05-26 18:02:54 | 福島

 休日は、山にでも出かけるのでなければ、のんびりと犬を1匹ずつ連れて長い散歩に出る。が、今日はあいにくいつ雨が降り出してもおかしくない曇天なので、どっちかを連れている間に雨になると不公平になる。そこで、仕方なく2匹一緒に連れて出ることにした。

 2匹一緒に出るとなると、首からカメラを提げてというわけには行かなくなる。もし途中で他の犬たちに遭遇しようものなら、2匹して大騒ぎになり、カメラはただ邪魔なだけの存在になる。

 空は灰色、ときどきポツポツト大粒の雨が降る。太陽に温められたアスファルトから、埃っぽい匂いが立ちのぼる。雑木林は、ヒヨドリやシジュウカラ、ムクドリたちのさえずりで騒々しいくらいだ。

 日曜日、家庭菜園の草取りや畝作りをやったところなので、散歩をしていてもよその畑が気にかかる。うちの畑よりも、トマトにしろキュウリにしろ育ちが早いようだ。

 おそらく出荷しているのだろう、広い畑に整然と葱が植わっている。どの葱もニット帽の房みたいな頭がついている。食べるにはもう遅いのかな。

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続・シジュウカラ

2014-05-25 12:12:05 | 福島

 月曜日までは天気がいいようなことを言っていたのに、今日は早くもどんよりと厚い雲が空を覆い、怪しげな風が吹いている。どうせ天気が崩れるなら、後ろに回してくれるといいのだが、不思議と天気は前倒しで変化する。

 風が強く、木々はワサワサと揺れ、木の葉はバタバタとはためいているが、シジュウカラの巣箱はテラスの柱に設置しているので、台風並みの風だってびくともしない。シジュウカラが安心して子育てできる耐震設計になっているのである。

 今朝も早くから巣箱を出たり入ったり、シジュウカラは忙しい一日を迎える。モッコウバラが茂りすぎて、肝心のシジュウカラの姿が見えないので、いないときを見計らって少し葉っぱを整理してやる必要があるだろう。

 おそらくメスのシジュウカラだと思うが、巣箱から顔を出し、しばらくその格好でいることが多い。卵を温めているにしては、巣箱の底はずっと下のほうだ。これでは卵は温められない。卵を抱くのに飽きた時に、息抜きに外を眺めに出てくるのだろうか。

 オスらしきほうは、メスらしきほうが巣箱にいる間は、必ず近くで待機している。巣箱に近寄る怪しい影がないか見張っている。ツツピーツツピーとけたたましく鳴くが、警報を鳴らしている間は大丈夫ということなのだろうか。

 オスを驚かせないように、カフェの中から静かに見守っていると、オスがカメラを構える人間の存在に気づいたようだ。レンズをのぞき込む僕を見つけると、「セコムしてますか」と告げて、メスとともに飛び立った。

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声の主

2014-05-24 16:26:05 | 福島

 散歩で会うじいさんから、「あっちでカッコウが鳴いていたよ」という話を聞いた。テレビを見ていても、山の中のシーンなどでは必ずといっていいほど登場するので、なんとなく普段から耳にしているような気がしているが、実際にはほとんど聞くチャンスはない。昔はこの辺でもよく聞かれたそうだが、最近はさっぱり聞かないという話だ。が、去年の夏は姿はともかくも、近所を散歩しているときに1度だけカッコウの鳴き声を耳にした。

 雑木林の中を歩いていると、すぐ頭の上を茶色い小鳥が横切った。見ると口一杯に巣作りの材料をくわえたヤマガラが、枝の先っちょに止まっている。冬には頻繁に目撃するヤマガラは、夏になると姿をくらますので、てっきり夏は山の上に避暑に出かけているんだとばかり思っていた。巣作りをするということは、近くでヒナを育てているということなんだろう。ジージーと鳴くヤマガラが、夏も身近にいると思うとそれだけで楽しくなってくるのである。

 巣作りと言えば、我が家の巣箱にやって来ているシジュウカラは、今日も朝から頻繁にカップルで出入りしている。1羽が巣穴から頭を突き出し、もう1羽がツピーツピーと大きな声で警戒する声を上げている。もう卵は産んだのだろうか。覗いてみたいが、そんなことをして育児放棄でもされたらヒナが可哀想なので、ここはじっと我慢の子なのである。

 昼下がり、気だるい時間をぼんやり過ごしていると、裏の林からのんびりした声が聞こえてくる。ホトトギスだ。面白いことにカッコウとホトトギスは、外見はほとんど見分けがつかないほどよく似ている。素人には違いは鳴き声で確認するしかない。そして鳴き声は、カッコウは「カッコウカッコウ」と鳴き、ホトトギスは「ホットットギス」と鳴くから判別は簡単だ。

 ホトトギスがどこにいるのか、家の中から見つけることはできない。声だけが、夏の日を浴びた林からのんびり聞こえてくる。「ホットットギス、ホットットギス」。たまに字余りになり、「ホットットギスか」と自信なさそうに聞こえたり、「ホットットギスだ」とやたらに自己主張しているようにも聞こえる。

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シジュウカラ

2014-05-23 15:43:33 | 福島

 ここ数日、シジュウカラがテラスに設置した巣箱にやってくる。口いっぱいなにやらフワフワした物をくわえているところを見ると、巣作りをしているようだ。

 去年は玄関先の巣箱でヒナが孵り巣立って行ったが、今年はカフェから丸見えの巣箱に来てくれたので、巣作りから子育てまで観察できるかもしれない。

 シジュウカラは必ずつがいでやって来る。そして1羽が巣箱の中にいる間は、もう1羽が必ず近くにいて大きな声でさえずり続ける。多分周囲を警戒し、声を上げることで巣箱の中のもう1羽とコミュニケーションを取っているのだろう。今は大丈夫だぞとか、危険が迫っているからすぐに巣箱から出てこいとか言っているに違いない。観察を続けていたら、シジュウカラの言葉がわかるようになるかな。

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それでも再稼働

2014-05-22 17:24:42 | 福島

 福井地裁で、大飯原発の再稼働を差し止める判決が出た。画期的だったのは、原発は所詮電力を作っているに過ぎず、住民の生活を脅かしてまで動かす必要のないものだとはっきり言ったことだ。景気だの経済だの言う前に、まず国民が平和で危険のない生活を営むことができるとこと、という当たり前のことが、この国の政治家たちにはわかっていないようだ。

 残念なのは、この判決を受けて関西電力は控訴した。原発を再稼働しなければ会社が赤字に陥るからだが、赤字だの経営悪化だの言う前に、住民の安全を最優先しろという判決の意味がよくわかっていないらしい。

 政府も、原子力規制委員会によって安全性が確認できたら再稼働する方針に変わりがない、と言う。大体が国会議員の数が憲法違反しているから早く是正しなさいと言われ続けているにも関わらず、ずっと無視しつづけている政治家さんたちには、司法の言うことなど聞く耳持たないのである。

 そういう話を聞いていると、政治家のできの悪い子息たちは、電力会社の社員として引き取ってもらっているという話も真実味を帯びてくる。経営努力などしなくても、かかった費用を電気料金にすべて上乗せできる仕組みや、利用者に電力会社を選ぶことができない仕組みなど、電力会社ほどのんきで安泰な企業体はない。きっと、幹部の素性を調べれば、政治家の子息たちが大勢を占めているのだろう。

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海開き、山開き

2014-05-21 15:22:49 | 福島

 この前の日曜日は、安達太良山の山開きで、あいにくの強風でゴンドラがたびたび運航中止になるほどだったが、登山客が1万5000人ほど集まったというニュースが流れていた。その1週間ほど前に僕は安達太良山の頂上まで登ってみたが、その日は青空が広がり、おまけに頂上付近には登山客は人っ子一人見えず、絶景をひとり占めできたわけだから、わざわざ山開きの日に併せて山登りをする気持ちが僕にはわからない。

 それだけ日本人が真面目だということなのだろうか。中には、山開きしなければ山に入ってはいけないと思っている人も多いようだが、山開きしようがしまいが、行動はすべて自己責任なのだ。山開きを宣言した後に遭難したのだから行政が責任を取ってくれる、なんてことはない。これは海開きも同様で、海開きをすれば、海の家が開店し、監視員も常駐してくれるかもしれないが、溺れることに関してはやはり自己責任なのである。

 ただ、海開き、山開きした後に、大勢に混じって出かけるのはメリットもある。もし海で溺れたら、周囲に人が多ければそれだけ助けてもらえる確率は増えるかもしれない。山で転倒してねんざでもしたら、お神輿のようにみんなで抱えて下山してもらえるかもしれない。

 僕なんかは見栄っ張りなので、溺れるところを人に見られたくないし、山で転ぶところも目撃されたくないのである。

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