脱炭素社会を目指すというので、2030年台半ばには、ガソリン車の新車販売はしないという。ただ、車でガソリンを使わない代わりに、発電所で石油を使うのであれば、結局のところ石油が目に見えないところに使われているというだけではないのだろうか。これではまるで水洗トイレを使っているから、地球上から排泄物がなくなったみたいな錯覚でしかない気がする。

トヨタ自動車が、電気自動車でもない水素ガスで走る水素自動車を作った。排気ガスの代わりに、エンジンからは水しか出てこないのだという。すごいことだと感心していたら、カラクリがあった。燃料となる水素ガスを作るのに、メタンと酸素を合成するのだが、水素を取り出すと同時に、二酸化炭素を発生させているのである。これもまた自動車からは二酸化炭素は出さないが、水素ガスの製造段階で二酸化炭素を生産しているので、あまりエコとは言えないのである。

騙されているとは言わないが、国や企業はいつだって情報の都合のいいところしか出してこない、ということは心しておかなければならないだろう。常識に添えば、すべてにおいて完璧なものなどはない。ウインウインの関係と言っても、それは当事者たちだけの話で、他のものが割りを食っているということは多々あるだろう。
近頃地方で注目されている、木材を使ったバイオマス発電にしても、木を育て、その木を燃料に発電するので、二酸化炭素の吸収と排出でトータルゼロになると言われ、おまけに見捨てられていた山の復活にもつながると好評だが、これもまた半分の情報しか発表されていない。というのも、木の伐採による土壌破壊や、発電用の燃料にするための木材のペレット化で排出される二酸化炭素は、カウントされていないからである。

太平洋戦争中、大本営発表というのがあった。国は戦果を発表し続けたが、実際は日本はどうしようもない負け戦でしかなかった。戦後、国は嘘ばかりついていたことを国民は知らされたが、発表したのは国でも、それを国民に知らせたのはラジオや新聞などの民間の企業だったことを忘れてはならない。
戦争中は、お国のためと徴兵され、南方に送り込まれた兵隊さんの多くは、飢え死にか病気で命を失った。それは銃弾に倒れた数よりも多かったのだ。どうしてこういうことになったのか。それは軍部が戦線を拡大することには熱心だったが、食料や武器弾薬などの補給についてはほとんど関心を持たなかったからだ。そんなものは、前線で確保しろというのが、上からの命令だった。それは草木も育たないような山岳地帯だろうが、熱帯雨林だろうが同様だった。確保できないとしたら、それは根性がないからだと、兵隊さんの責任にされた。

Go To キャンペーンもまた、政府の旗振りであちこちに出かけさせられている。そこでウイルスに感染するとしたら、利用者の感染予防が不徹底だったからと当事者のせいにされる。
情報社会とは言うが、誰でも自分の都合のいい部分しか発信しないのだから、僕らは情報を受け取るときには、いつだって眉に唾をつけて応対したほうが良さそうだ。































