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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

雨上がりの朝

2017-07-30 11:15:17 | 福島

 台風の影響からか、夜通し雨が降った。このところの福島は、連日真夏日まで気温が上がらず、7月とは思えない涼しい毎日が続く。これまで暑さで散歩に出るのも渋々だった犬たちも、雨に濡れた冷たい道路なら平気だ。

 思い出を喚起するのに、視覚や聴覚がきっかけになることは多いが、実はそれ以上に嗅覚が過去の記憶と強く結びついていたりする。匂いと言っても、料理ばかりとは限らない。夕立の後の埃っぽい匂いとか、金木犀の匂いとか、あるいはどこからか吹いてきた潮風の匂いとか、何かをきっかけに僕らは突然子供の頃の夏休みに逆戻りしたり、田舎にあるジイちゃんの家のことを思い出したり、ちょっとしたことでタイムスリップすることがある。

 雨上がりの道を歩いていると、体に冷たい空気が満ちてくるのがわかる。ヒヨドリがピーと鳴き、あちこちでウグイスがケキョケキョと騒々しく鳴く。濡れた樹木や道路から立ちのぼる水蒸気が、昔嗅いだことのある記憶と結びつく。

 あれ、何だっけかな、この感じは。デジャブのように、どこかで見たんだけどどうしても思い出せない記憶。大したことではないけれども、深いところで思い出と関わっているこの感触。別段、どうということはないけれども、日々の忙しさにかまけている時には、ほとんど感じることがないことだけは確かだな。

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夜通し本を読む

2017-07-29 11:54:25 | 福島

 夜通し本を読んだ。先日購入した「エンデリュアランス号漂流」を読み始めたら、途中でやめられなくなってしまった。最近は本を読むのも、すぐに目が疲れるため長時間の読書はほとんどしていなかったから、寝る間も惜しんでページを繰ったのは久しぶりだ。

 以前図書館で読んだものとは事件は同じだが、筆者が違っていたため、印象が違ったが、前の本が事件を中心に進めていたのに対して、今回読んだ本は、乗組員の日記やインタビューによってより深い人間ドラマになっていた。

 南極大陸横断に挑戦し南極に向かった船は、途中氷結した海に閉じ込められどうしようもなくなる。船の中で冬を越し、氷が溶けるのを待つが、氷による締め付けによってついに船は壊れ、船を捨てるしかなくなる。

 その後、氷盤の上でテント生活をし、氷とともに南極海を漂流する。ついには氷が割れ、ボートにより陸地を目指すことになる。命からがらたどり着いた小さな島に隊員を残し、隊長のシャクルトンは数名を連れて再びボートで荒れた海に漕ぎ出す。そしてようやく捕鯨基地のある島にたどり着き、全員無事に救出されるのだが、出発からなんと22ヶ月という年月が経っていた。

 驚くのは、ありえないような状況下での行動力と勇気ばかりではない。22ヶ月の間、隊員たちが決して絶望に追い込まれることなく、ユーモアを忘れず、不屈の精神で過酷な忍耐の日々を乗り越えていく姿に感動する。

 窮屈なテント生活に、ただでさえ神経質になるのに、中にいびきのうるさい男がいた。どうしても起きないこの男の腕をロープで縛り鴨居にかけ、いびきがうるさい時には他の者たちがロープで引っ張ることで起こそうとした。が、そんなことくらいでは起きてはくれない。ある隊員は日記にこう記す、「ロープで縛るのを腕から首に変えれば、全員で協力してロープを引っ張るのに」と。

 マイナス数十度の世界で、来るあてのない救助船を探して立つ見張りの交代要員が、「今日は素晴らしい天気ですね」と挨拶する。

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ヤマユリにシダにアサギマダラ

2017-07-28 13:10:45 | 里山探検隊

 散歩をしていたら、仄暗い雑木林の中で白い花が咲いている。夏になると里山ではよく見かけるヤマユリだ。よし、次の絵のお題はヤマユリに決定、と材料を揃えてヤマユリを描くが、いまひとつ面白みがない。何か工夫が必要だと、ヤマユリを蓄音機のラッパに見立ててトトをその前に座らせ、ビクターのニッパーくん(そういう愛称だ)のパロディーみたいにしてみた。

 が、結果はちっともパロディーになっていないので却下。小さくして画面の隅に追いやる。次に鬱蒼とした夏の雑木林っぽくするため、シダをたくさん描いてみたが、なんだか雑然としただけで、これまたうまく行かない。絵の中心となるものがないんだなとアサギマダラという蝶々を描き足すことにした。

 う〜ん、ますます雑然としてきたぞ。でも、これ以上手直ししても自体は酷くなるに違いないので、今日のところはこれで完成ということにしておこう。失敗は成功の母。明日の自分に期待しよう。

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言い換える

2017-07-27 12:01:51 | 日記

 今日は、朝鮮戦争の休戦から64年になるという。もしかしたら、北朝鮮がミサイルをぶっ放すんじゃないかと戦々恐々としているが、どうやらミサイルを打つには北朝鮮の天気が悪いらしい。

 北朝鮮では、休戦記念日と言わずに、戦勝記念日と呼んでいる。決着がつかないので休戦協定に両国が調印し、今現在は戦争を休んでいるわけで、決して戦争が終わったわけではない。それなのに、戦勝記念日とはなんだかいじましい気がするが、北朝鮮ばかりを笑ってはいられない。なぜなら、日本だって言葉を別の言葉に置き換え実態を隠すということは、お家芸のように昔から続けているからである。

 8月15日は日本では終戦記念日ということになっている。誰も不思議に思わず受け入れているこの言葉も、考えてみればおかしな話だ。これだと日本が主導して戦争を終わらせたので記念しているみたいなのだ。実際は誰もが知っているように、最後のひとりになってまで戦争を終わらせようとしない日本に対して、アメリカが原爆を投下して無理矢理決着させた。つまりは敗戦記念日が正しい。敗戦なんか記念したくないというのなら、敗戦の日とすれば良い。

 近頃の若者には、第二次大戦で日本が負けたことを知らない者もいる。中にはアメリカと組んでドイツをやっつけたと思っているのもいる。どうしてこういう間違った認識になるかと言えば、はっきり「敗戦の日」としないからだ。

 戦争末期、アメリカの物量の前にジリジリと追い詰められた日本軍は、総員突撃という絶望的な戦略をとった。犬死でしかないこの無謀な作戦に対して、大本営という役所は、「玉砕」という美しい言葉を当てた。

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冒険家

2017-07-26 12:47:33 | 日記

 以前、冒険家の角幡唯介さんが書いたものを読んでいて、冒険家としてこんなジレンマを語っていて面白かった記憶がある。正確には覚えていないが、冒険に出るのに万全の計画をし、それに合わせてしっかりとした予定を組み準備し、そして挑戦の末にチャレンジに成功したとする。が、僕らのような第三者にとっては、あまり面白い冒険ではなくなる。本当なら、すべて計画通りに運んだとすれば、それは冒険家の力量がそれだけ素晴らしかったことを意味しているのに、野次馬はそこに予定調和を見るだけで、大して興奮しないのである。

 一番面白い冒険とは、万全の計画を立てながらも、不可抗力と言えるような計画の破綻があり、途中で遭難したり危険な目に逢うといったスリルがなければならない。おまけに冒険家は生死の境を彷徨おうと、ちゃんと生きて帰ってそのことを報告したり本に書いてくれなければならないのである。思い返してみれば、昔から名著と言われる冒険物は、大体この通りなのである。

 数年前に図書館で読んだ「エンデュアランス号漂流」もそんな一冊だ。ふと思い出し、もう一度読み返したいとアマゾンで注文したら、早速郵便で今日届いた。アムンゼン、スコットが南極点到達を目指した同じ頃、イギリスのシャクルトンが南極大陸横断に挑戦した。が、途中で氷に閉じ込められ、大切な船を押しつぶされる。それから船を捨て、17ヶ月をかけて南極を脱出するまでの話だ。

 久しぶりに本を手にとって見ると、図書館に置いてあった時にはなかった帯が本についている。「歴史的名著である本書の刊行は、96年に急逝した写真家星野道夫の生前の尽力によって実現した」というコピーとともに、雪原に立てられたテントの前でくつろぐ星野さんの写真が載っていた。

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エントロピー

2017-07-25 11:43:47 | 日記

 昨日、健康診断の結果、再検査が必要とあったので病院に出かけた。時間があったので、星野道夫さんの本を読んでいたら、生物多様性の大切さ、固有文化を守っていくことの大切さが書いてあったが、よほど努力しない限りは、生物多様性は失われ、固有の文化も消滅してしまうだろうという。

 物理の用語でエントロピーというのがある。簡単に言うなら、花瓶を落とすと粉々になるけれども、破片を落としても花瓶はできないという、乱雑さには方向があることを言い、そのことをエントロピーの増大という。

 熱いお湯に水を差し、グルグルかき混ぜると次第にぬるま湯になるが、もっとかき混ぜていると熱い部分と水の部分になることはない。白い砂の入った瓶と黒い砂の入った瓶の口を合わせ、よく振ると次第に灰一色の砂になってしまう。もっと振ればいつかは再び白と黒に分かれるかというとそういうことは起こらない。

 当たり前のことのようだが、これがこの世の性質だとしたら、世界はいつしか平均化してしまうということだ。交通手段や通信手段の発達で、文化の差はなくなり均一になりつつある。都市と田舎も、均一化してしまうだろう。そういう傾向は身近なところを見ていても実感できる。

 では、なぜ世界の均一化が良くないのかを考えてみると、均一化した世界は、多様性な世界と比べ、ダイナミックな力をなくしてしまうに違いない。熱い場所と寒い場所があるから気流が起こる。異なる文化が衝突するところに、新たな文化が生まれる。そう思うと、人間の世界はどんどんエントロピーが進み、力を無くしているのがわかる。エントロピーは反対方向へは向かわない。できるのはエントロピーの増大を少しでも遅らせることだけである。

 そんなことを考えていたら、順番が回って来たので、診察を受けることになったが、先月胃カメラを飲んだばかりだという話をしたら、医者が胃がん検診を面倒臭がり、「今日のところは診察しなかったことにしましょう。診察料はとりませんので、このままお帰りください」と言われた。

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赤いヒマワリ

2017-07-23 13:05:43 | 里山探検隊

 春の絵が2枚続いたので、真夏の絵を描くことにした。夏の花と言えば、代表的なのは朝顔かヒマワリといったところだろう。が、どちらも園芸種で鉢植えか花壇で育てるのが普通だろうから、里山の風景というには少し違う気がする。それでも、どちらかを選ぶとなると、畑やあぜ道でも見かけるヒマワリの方が里山の風景らしいだろう。

 英語でサンフラワーという名前のヒマワリは、その形も色も太陽っぽい。おまけに太陽の方を向いて花を動かす習性も、名前どおりなのである。

 そんなヒマワリを描くのに、黄色で描いては面白味がないので、今回は赤色や橙色を中心に描くことにした。当然のことながら、真昼間のヒマワリというよりも、夕日を浴びているヒマワリになったので、入道雲も真っ白ではなく赤灰色で描くことにした。おかげで、今までとはちょっとだけ雰囲気の違う絵になった。

 ちなみに登場する人物たちの服も、長袖から半袖に変えた。

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里山のダンサー

2017-07-22 11:52:39 | 里山探検隊

 今日の午後から天気が崩れ、3日4日は天気が悪いという予報なので、朝のうちに走ってくることにした。ただでさえ暑くてダラダラしてしまう時期なので、せめて1週間に一度くらいはたっぷり汗を流さないと、夏バテしてしまいそうだ。

 水分をたっぷり含んだ熱風が吹く中、阿武隈川の土手を走ると、普段のようにウオーキングをするお年寄りの姿はほとんどない。その代わりにすれ違うのは、風を切って走る自転車だ。炎天下、ヒーヒーハーハーと情けない声をあげながらようやく前に進んでいる僕にすると、うらやましくて仕方ないが、この情けなさが運動になっているのだと自分を慰める。

 昨日、オオイヌノフグリの絵をアップしたので、同じく時期外れとなるが、春を代表するヒメオドリコソウの絵を描いてみることにした。オオイヌノフグリ同様、春先のあぜ道で群生しているこの草だ。その名は、スカートの女の子がくるくると踊っているような姿から来ているのだろう。ついでなので、端っこに春を代表するもうひとつの花、ハルジオンも描き足しておいた。

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不快指数

2017-07-21 12:59:47 | 里山探検隊

 連日猛暑が続く。雨が降りそうで降らないので、湿度ばかりが異常に高く不快指数はウナギのぼりだ。

 犯罪は、不快指数が高い時ほど起こりやすいらしい。確かに、暑くて汗がだらだら垂れてくるような時に、神経を集中しなければならないような細かい仕事をしていると、最後は「いーっ」となって放り出したくなる。ただでさえ「いーっ」となる時に、人混みに出ると寛容な心なんてのはどこかへ行ってしまう。

 こういう時こそ「忖度」の気持ちを忘れずに発揮できれば、スムーズな人間関係が築けるに違いない。

 近頃はイジイジしたニュースばかりで、スカッとした気分になれるような出来事があまり報じられない。嘘つきか思い込みの激しい人間か、記憶力のない人間ばかりが世間を賑わせる。

 こういう時には、テレビのスイッチを切って、爽やかな光景を空想するのが正しい過ごし方なのである。

 時期外れだが、オオイヌノフグリの絵を描いた。

 

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初ゴーヤ

2017-07-20 12:01:06 | 福島

 毎年のようにゴーヤを植えるが、気温が低いせいか食べられるほどの大きさまでゴーヤが育つことはなかった。今年はプランターでの栽培をやめ、ホームセンターで購入した畑の土が入った袋の口を切っただけで、直接そこにゴーヤの苗を植えることにした。円柱の形に立てた袋の下の方には水はけのために小さな穴を開けた。プランターに比べ、たっぷり深いのだ。

 温暖化で東北も気温が高くなり、今年は35度を超える猛暑日予想の日もある。これだけ暖かければ九州並みだから、ゴーヤだって九州並みに育ってもおかしくない。

 と期待していたら、今年は期待通りにゴーヤの実がたくさんぶら下がり、そのうちふたつほどは食べられる大きさに成長している。今晩は早速東北の我が家で初収穫のゴーヤを食べる予定だ。

 ゴーヤ料理と言えば代表的なのはゴーヤチャンプルだろうが、僕はあの水っぽさがあまり好きではない。僕が好きなのは、薄切りにしたゴーヤ、細切りにしたジャガイモ、豚ばら肉をニンニクでカラッとなるまで炒め、塩コショウで味付けしたシンプルなもので、これがビールに合う。ビタミンCも豊富で夏バテ予防にも最適だ。

 たくさん採れるようなら、ゴーヤを薄切りにして揚げたゴーヤチップもビールに合う。とにかく夏場の料理は、ビールに合わなければ料理とは言えないのである。

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