goo blog サービス終了のお知らせ 

おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

今更のインターネット

2024-11-30 11:43:08 | 日記
 毎日少しずつ大掃除をしている。庭木を切ったり障子を張り替えたりして、体を動こすことが多いのでジャージで過ごしているが、持参したジャージがさすがにヨレヨレになってきたので、新しいのを買うことにした。ちょうど友人に会う予定があったので、車のないアベさんはスポーツ用品店まで連れて行ってもうらうことにした。

 が、ジャージの下がどれもこれも5、6千円する。高いのはもっと高いが僕が欲しいのはいかにもジャージですっといった感じの学生が体育で履くようなやつだ。オシャレをしたいわけではないから、安いのでじゅうぶんだ。すると友人が、「だったらワークマンに行ってみる?」と言う。確かに仕事着専門店のほうが、僕の要望にあっているかもしれない。しかしながら、店を変えても欲しいようなものはなかった。あるにはあったが、サイズが合わない。泣く泣く何も買わずに変えることにした。

 仕方がない、ネットで探してみるかと検索すると、出てくる出てくる、僕がイメージしたジャージそのもののやつが。おまけに安い。これで商売になるのかと思うくらい安い。で、セール中とあった中から選んで注文したが、送料を合わせても2,500円で済んだのだった。最初からそうしとけよ、って話。

 庭に毎日ジョウビダキのメスが来ている。人馴れしているのか、怖がらず近寄ってくるし、キチキチと鳴いて存在を知らせているところなんかは、かまってほしいのかなとも思う。



 そんなわけで、寂しい大分での暮らしも慰められているが、一番の慰めになっているのは、タミちゃんがアップしてくれているインスタのテオとアンだ。一日一回は動画や写真を眺めては、かわいいなあとデレデレになっているバカ飼い主である。









 ときどきラインでリアルタイムのテオとアンの状況を知らせてくれるのも嬉しい。まったくインターネットのおかげで、遠く離れていても身近に感じられて幸せなのである。足がなくても欲しいものが買えるし、今更ながらインターネット様々なのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

障子を張り替える

2024-11-29 11:36:40 | 日記
 昨日、自転車に乗ってホームセンターに障子紙を買いに行った。黄ばんで破れている箇所でも張り替えようと思い、90センチ✕3.6メートル(障子2枚分と書いてある)を買う。ずいぶん前に買った時には、アイロンで貼るやつを買った。障子紙にノリがついていて、アイロンの熱でノリを溶かして貼り付けるのだ。

 が、今回買ったのは両面テープで貼るようになっている。ペットが引っ掻いても破れませんともある。プラスチックでできているようだ。よし、これにしようとレジに行き、自転車で戻りかけて「あれ、そういえば両面テープは付属だろうな」と買ったばかりの障子紙の包みを見ると、「両面テープは別売り」と書いてある。しまった、引き返しだ。

 というわけで準備ができたので、今日は朝から張り替える分の障子を外し、破れた障子を剥がしにかかる。今回張り替えるのは、半分の大きさの障子4枚分だ。ところが剥がし始めると、うち2枚はアイロンで貼るタイプだが、残り2枚はよほど古いのかノリで貼り付けてある。触ると紙が劣化して、簡単に穴が開くし、紙がボロボロと崩れてしまう。これでは簡単に剥がせないのだ。

 アイロンで貼ってあったものは割と剥がしやすかったが、ボロボロのほうはとにかく全部破ってあとから濡れた雑巾で擦って剥がして行く。結構な重労働だ。

 そこまで済んだら、早速障子の桟に細い両面テープを貼って行く。すべて貼り終えたところでその上にプラスチック製の障子紙を置き、貼っていくだけである。かんたーん。おまけに丈夫だし。技術は日々進化しているのである。と、調子に乗って貼っていたら、3枚目を貼る前に障子紙が足らなくなった。両面テープは予備を買っておいたが、障子紙は余っても仕方ないとギリのつもりで買ったのだ。が、計算違いで、まるまる半分サイズの障子1枚が残ってしまった。

 ここまで来たらやるしかない、と今日も自転車にまたがり、ホームセンターへと急ぐアベさんなのであった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

築50年物件の大掃除

2024-11-28 11:49:40 | 日記
 大分にある築50年を超える家を相続登記した。将来的にどうするかは全然決めていないが、いずれ自分の手でリフォームしようとは考えている。これだけ古いと家は傾き、サッシだの押し入れの扉が開けづらくなっていたり、床にブヨブヨなところがあったり、天井や壁がシミだらけだったりする。かといって業者さんに頼んできれいにしたところで、僕の寿命だってあと50年あるというわけではないのだ。(もっとも僕の人生設計は150年で計画しているが)

 で、リフォームするにはどうするかなということを空想しては楽しんでいる。壁はやはりぶち抜いて、だだっ広い空間にしたいなとか、柱や構造壁は残さなきゃなとか、畳の部屋は当然フローリングだなとか。素人がやるのだからうまくできなくて当然だが、他人に見せるわけではないので、歪んだところや隙間ができたところは家具やカーペットで隠せばいい。

 きれにできれば、別荘としてもいいし、ゲストルームを作って友人・知人が好きに使ってもらえるようにするのもいい。福島では近所の人がタダ同然で空き家になっていた2階家を譲り受け、その後何年にも渡ってせっせとひとりでリフォームを続けている。2階部分は自分で壊し、柱を切断し、屋根を作り瓦を乗せ、いつの間にか平屋にしてしまった。毎日やることがあって楽しそうだ。

 もっともそんなことでも空想していないと、空き家ばかりになってしまった日本で解決の糸口は見つからないだろう。古くなれば新築を建てるという選択肢しかないようでは、山積みになっている問題は、ますます大きくなるばかりである。

 今日は大掃除ついでにと障子紙を買ってきた。劣化した障子紙が破れやすくなり、あちこち何もしていないのに破れ始めているからだ。昔はノリで貼った障子もアイロンで貼れるようになり、今では両面テープで貼ることができる。障子紙にはペットが引っ掻いてもやぶれないと書いてある。こうしたことも自分の手でやらなければ、新たな発見はない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

晩秋の海へ

2024-11-27 11:28:32 | ランニング
 1日降り続いた雨がようやく上がったので、今日は朝からランニングに出ることにした。お日様は出ているが、風が強いのでランニングにはあいにくの天気だが、福島と違ってまだまだ暖かいので快適だ。



 普段よりも軽い足取りで走りだすと、いつもより調子がいいような気がする。どうせなので調子に乗ってぐんぐん走り、川をわたり、公園を抜け、海まで出る。





 汗をたっぷりかいているので、強い海風を受けてもかえって気持ちがいいくらいだ。これがウオーキングだと、とても寒くて堤防を歩くなんて無理だろう。陽気がいいときにはたまに見かけていた人影も、きょうはまるっきり見ることがない。田舎の人の移動は、ほぼ車のみである。



 内陸の三春町にはいない海鳥が群れているので、正体を確かめようと堤防から身を乗り出す。と、視線を感じるのか、群れはワッと移動してしまうので、僕があちこち追っ払っているみたいになっているのだ。

 さすがに田んぼは稲刈りが終わっているが、早くも麦撒きが始まっているようだ。二毛作が盛んなこの辺では、年が明けると早くも田んぼは麦の小さな苗が顔を出し、緑色になっていくのである。



 それにしても持参してきたジャージがもう限界だ。去年はこれで派手にすっ転んだので、膝のところをミシンで縫ってもらっているが、全体に生地が薄くなっているし、ゴムというゴムが役目を果たしていないのである。さすがに買い替え時だな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自由の刑に処せられる

2024-11-26 11:35:11 | 日記
 「君たちはどの主義で生きるか」(さくら剛著)を読み終える。雨後の筍のように出てくる主義・思想をとりあえずひと通り「そういうことなのか」と思いながらも、結局大昔から偉い人がいろんなことを考えた結果、いまだに結論が出ないんだなあ、なんだか読んでもためになったとも思えないなあくらいの感想しか持てなかった。世の中にはリンゴが木から落ちたり、なみなみのお風呂のお湯が湯船からこぼれただけでこの世の法則を見つける人がいる反面、立派な教えを乞うても何も学ぶことがないという典型的な例がアベさんである。

 さて、 「君たちはどの主義で生きるか」の最終章は「実存主義」だった。実存主義といえばニーチェに始まりサルトルが盛んに言っていたんじゃないかと思うが、中身については知らなかった。サルトルに言わせれば、人間というのは「実存が本質に先立つ」のだそうだ。また「人間は自由の刑に処せられている」と物騒なことも言っている。

 「実存」だの「本質」だの言われてもなんのことかわからないが、簡単な例を挙げれば「ハサミは本来切るという目的のために作られた物である」というとき、まず目の前の何かを切りたいという望みがあり、それからハサミという道具の発明に至ったわけで、この場合「本質(切りたいという望み)が実存(ハサミという道具)に先立つ」。ところが、人間はこの逆なので、どういう目的かわからないが、この世に生まれてしまったのが人間だということになる。

 昔は神様が目的を持って人間を作られたと信じていたから、人間には目的はわからないが、何かしら使命があったんだろうと思っていた。ところがニーチェが「神は死んだ」と言ったあたりから、どうやら人間にはハサミのような誕生の目的はなかったらしいぞ、となった。これが「人間は自由の刑に処せられている」という意味である。

 が、目的がないというのは結構辛い。ぼんやりしていたらいくらでも年を取り、結局目的もなく一生が終わってしまうからである。だからアリストテレスなんかは「人生の究極の目的は幸福になることである」と言う。ところが今度は「幸福」が何かはっきりしない。そこでアリストテレスさんは「幸福とは知ることである」と断言する。知らないということは面白くないことである。植物学者なら田んぼの畔を歩いていても面白いし、地質学者なら地層や岩石を見るだけで楽しい。知識がないというのは、人生をつまらなくしていると言える。

 アリストテレスの弟子は師匠に対抗して、「幸福とは快楽である」と言った。が、快楽は不快があっての快楽なので、まず不快であるという経験がないと快楽もない。まずいものを知らなければ、美味いものもわからないのだ。

 で、結局「どうしろっていうの」と叫びたくなるが、サルトルさんに戻ると、「なんでもいいから外に出て参加しなさい」ということになる。いやいや、なんでもいいからというのがわからないから、みんな苦労しているんじゃないか。それこそサルトルさん自身が言うのように、自由の刑に処せられているのが人間なのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

存在とは知覚である

2024-11-25 11:44:42 | 日記
 さくら剛さんの「君たちはどの主義で生きるか」という本を読んでいる。副題に「バカバカしい例え話でめぐる世の中の主義・思想」とあるように、専門の学者ではない著者が、哲学や思想を可能な限りわかりやすく紹介したものである。

 相対主義やら功利主義やら人格主義やら利己主義やら利他主義といった哲学、社会主義やら資本主義やら自由主義やら民主主義やらポピュリズムやらといった政治思想を紹介している。なんとなく耳にはしているが、それがどういうものかははっきり知らずに毎日を漫然を暮らしているので、なんとなくでも区別がつけばいいなあと思って読み始めたのだ。

 で、経験主義者の「存在とは、知覚である」という言葉が紹介されている。簡単に言うなら、人間、知らないものについては存在しないことになっている、ということだ。「イギリスの保険会社がスマートフォンの表面の汚染度を調査したところ、平均して便座の10倍という数値だったそうです。我々の持っているスマホは、おおむね便座の10倍汚いんです」ということだって、知らないということでばい菌なんて存在しないことになっているのだ。

 知らなければ存在しないし、知ってしまうと存在してしまうということは、考えてみれば当たり前のことだが、困ったことに「本来は架空のものであっても、それを本物だと認識すれば、それは認識者の世界では本物になってしまう」から厄介だ。それが「予言の自己実現」を可能としてしまう。かつてオイルショックの時には、石油の値段が上がるとトイレットペーパーが買えなくなるらしいという噂が広まると、本当かどうかは疑わしいが店に走ることになる。今年も米の値段が上がると、たちまち米騒動が起こったのは記憶に新しい。

 「予言の自己実現」というのが厄介なのは、たとえば結婚式で分かれる切れるといった言葉を使うと、それが予言になってしまうかもしれないと禁句となることである。だから、実現させたくないことは、口に出さないようにする。戦時中に「戦争に負けるかも」と言えば、本当に戦争に負けるかもしれないので、誰ひとり言い出せなかったのである。知らないフリをしていれば、そんなことにならないと自分に言い聞かせているに違いない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

炭をおこす

2024-11-24 11:42:47 | 日記
 さすがに九州は暖かい。地元の人は今年一番の冷え込みなんて言っていても、東北から来た人間にすれば南国ムード漂う暖かさなのである。そんなわけで、毎日自転車に乗って用を済ませて回り、ひと段落してきたので、今日は久しぶりに庭でバーベキューでもすることにした。

 食材はなるべくあるものを利用し、足りないものだけスーパーに買い出しに行く。福島からわざわざトムヤムクンスープの元(ペースト状になっている)を持参してきたので、バーベキューでは肉を焼くほかにトムヤムクンのスープとツナを使ったパスタを作ることにした。パスタのほうはカフェをやっていた時のイチオシメニューである。トムヤムクンのペーストの存在を知っていれば、間違いなくカフェメニューに加えた絶品である。さすがに世界三大スープのひとつだけあるのだ。

 というわけで、炭火をおこし、熾火になるのを待つ間、スープとパスタの準備をする。バーベキューと言ってもおっさんなのでたくさんは食べない。本当はししゃもでも焼き、ビールがあれば十分なのである。

 昔仕事をしていたときに、勤めていた会社で「全日本七輪同好会」を立ち上げたことがある。もちろん会長は僕で、社員で年配の人がひとり参加した。活動はめいめい自分ちの庭で、食いたいものを焼いて食うというそれだけの活動だ。同好会とわざわざ言わなくても勝手にひとりでやればいいのだが、それだと面白くないのである。やるときはなんだって大げさにやったほうが面白い。

 炭に火が回ったからといって、すぐに食材を乗せてはいけない。それではあっというまに焦げてしまうばかりである。ここはもう少し辛抱し、炭の表面が白っぽくなるのを待つのが良い。そうすれば遠赤外線でじっくりと食材に火が通るからである。

 ちなみに焼き肉のタレなんかは邪道で、僕はもっぱら「魔法の粉」と呼んでいる調味料を用意する。塩、コショー、ガーリックパウダーを適当に混ぜ、食べるときにそこにちょっぴりレモンやかぼすなどの柑橘類を垂らす。これでさっぱりいくらでも食べられるのである。嘘だと思うならやってみな、本当にうまいから。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近のニュース雑感

2024-11-23 10:45:00 | 日記
 昨日、今日のニュースに、ふたつみっつ気になる記事があったので、そのことを書き留めておくことにする。

 まずは国連から日本が注意を受けたという話。今から40年ほど前、世界で女性差別をやめようということになり、日本もその条約に参加しますと手を挙げた。当時から日本の男女平等が遅れていることを指摘されていて、じゃあ日本もなんとかしましょうということになったのである。

 不平等とされたものには、夫婦同姓の義務、男系天皇に限った皇室のあり方、妊娠中絶をするのに伴侶の同意が必要なことなどがあった。選択的夫婦別姓については、国民の多くが賛成しているにも関わらず、「国民的議論が必要だ」となかなか結論が出ない。国連もいい加減にしろと、この10年の間に4度も勧告している。日本としてもその間なんにもして来なかったわけではない。2000年以降選択的夫婦別姓をどうするか、20り回を超える会議を開いているのである。

 これにはさすがに国連も呆れた。そんなに会議ばかり開いて、なにひとつ決めることができないなんてどうかしてると怒ったのだ。そりゃ怒られて当然だ。問題の先送りだと取られても文句は言えない。

 地球温暖化の進み具合が、2020年までとそれからでは数値が大きくなっているという。進み方の度合いが増していく傾向はずっと続いていくというから、一昨年より去年、去年より今年、今年より来年と同じような割合で暑くなっていくらしい。今年は暑いなあでは済まされないのだ。

 で、早くなんとかしなきゃならないと、世界的には温室効果ガスとなる排ガス規制を始めた。ところがである。飛行機が空を飛ぶと飛行機雲ができるように、世界中を運行する船舶も燃料を使うことで雲を生み出している。それは飛行機の比ではない。そして排ガスによってできる雲が、実は日傘のような役目を持ち、地表を太陽光線から守っているという研究が発表されたのである。

 温室効果ガスを減らさなきゃと始めた規制が、雲の量を減らしたために地表が熱くなるという逆の効果を生んでいるという皮肉。もはや打つ手はないのか。そこでこんな計画が持ち上がっている。大気中に雲の種となる物質を撒き、それによって人工的に雲を作り出して太陽光線の量を減らそうというのだ。

 もっともどんなことにも裏と表がある。温暖化は防げるかもしれないが、もしかしたら地域によっては農作物などが採れなくなる可能性があるという。また、一度始めてしまったが最後、ずっと続けていかなければならない。もし途中で止めるようなことがあれば、急激な温暖化現象が現れるというのである。ああ、困った困った。

 先進国では少子化が進むというのが当たり前になっているが、ある夫婦が新規就農者になった記事が出ていて興味深く読んだ。妊娠し子育てに不安のあった夫婦が、旦那の実家の農家を継ぐことになった。都会で働いていた時より収入は格段に減るが、食べるお米には困らない。お腹いっぱい子どもに食べさせることができるし、勤めに出ていた時と違い、いつでも子どものもとにいてやることができる。当初の不安は、田舎での生活に慣れるに従い解消されていくのである。

 確かに、物価高だからといっても、お米や野菜は腹いっぱい子どもに食べさせることができるだろうし、子どもになにかあっても目の届くところに置いておける。そういうことを考えると、高度成長期までの日本はほとんどの人が農業をしていたことと少子化とは無縁だったこととは関係がないとは言えないのではないだろうか。国が成長すると、夫婦共働きで会社勤めをするようになるが、そうなるとたくさんの子どもを持つことは難しくて当然だとも言えるのである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

平安時代からの道

2024-11-22 12:51:22 | ランニング
 雑用が多く、なかなかランニングに出ることができなかったが、今日は少しでいいから走ってくることにした。時間的には2時間以内で走りきりたい。知らない場所を冒険するのはこの次にして、この前見つけた道を走ることにした。それは「勅使の道」という名前がちゃんとある。道路脇の観光案内にそう書いてあるのだ。日本という国が誕生して以来、都からたびたび宇佐神宮に勅使が訪れた。その時の道が残っているのである。



 意外と地元住民も知らないのは、普段車でしか移動しないからで、この景色を知っているのは歴史好きか、ハイキング好きか、その辺の住民だけだろう。



 NHKの大河ドラマ「光る君へ」もいよいよ大詰めだが、主人公のまひろ(紫式部)の旦那が豊前に派遣されている。ドラマでも宇佐神宮に行ったというようなことをまひろに話していたと思うが、お役人として派遣されたのなら、この道を歩いたはずである。今訪れても勅使の道は「宇佐神宮へ向かう参道です」と大きな顔をしているように見える。

 ところが、観光で訪れる人はこの道を目にすることはない。というのも、大型観光バスや観光に来た自家用車を置くための広い駐車場は、参道とは別の場所にあり、そちらを通って宇佐神宮に向かうと、お土産屋の間を歩いて行くことになり、大昔から続く参道の風景を見ることはないのである。商売のためとはいえ、困ったものだ。



 勅使の道を進み、宇佐神宮の鳥居に到着すると、境界に寄藻川が流れている。境内に入るにはこの川を渡らなければならず、ここに屋根のついた橋「呉橋」が架かっている。今現在は立入禁止になっていて通ることはできないが、かつてこの橋をまひろの旦那は通ったはずである。



 宇佐神宮の本殿あたりは改修工事であちこち膜が架かっていて、写真撮影にはさっぱりだが、それでも海外からやって来た多くの観光客は、お賽銭箱を背にせっせと写真を撮っていた。



コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

激動の時代から

2024-11-21 11:36:12 | 日記
 このひと月ほど気になっていた土地・家屋の名義変更が終わった。昨日半日、法務局と市役所を往復し、最後は税務課の人と法務局の人が電話で相談することで、なんとか決着をつけることができた。書類の完成は来週頭だということだったが、夕方に法務局の担当者から電話があり、完成したのでいつでも取りに来てください、という。そういうわけで、今日は朝から法務局まで自転車で出かけ、ようやく肩の荷を下ろしたのである。

 昨日、今日となんども自転車で移動したので、結構全身が筋肉痛になっている。ランニングに出ようとも思うが、もう体が動かないのだ。それで持参した本を読んで、少し体を休めることにする。福島で少しだけ読んで持ってきた「逆説の日本史 南北朝正閏論とシーメンス事件の謎」の続きを読む。

 時代は明治、新しい日本を作るために日本から先進国にせっせと留学生を送り出すが、フランスもそんな国のひとつだった。ところがその頃のフランスは激動の時代で、ナポレオン1世が失脚し、フランス革命で断頭台で処刑されたルイ16世の弟が即位し王政が復活した。

 ところが、次はナポレオン3世が新しいリーダーとなり、再び帝政の世の中になる。この3世はなかなかの名君で、パリに下水道を完備させ、百貨店を作り、パリ万博を成功させる。が、せっかくの人気も戦争に手を出したがために大失敗する。それはメキシコとの戦争である。

 今までちゃんと考えたことがなかったが、アメリカ西海岸の都市には、スペイン語の街がある。ロサンゼルスはロス・エンジェルス(英語の定冠詞Theはスペイン語では複数形の場合Los、つまり天使たちという意味)だし、サンフランシスコはサン・フランシスコ(聖フランシスコという名の聖者)でどちらもスペイン語である。アメリカ西海岸はメキシコ領だった。

 アメリカは当時東海岸だけで(ニュー・ヨークやボストンは英語だ)、西海岸への進出を目指し、メキシコと戦争をする。米墨戦争だ。西海岸を手中に収めたアメリカは、今度は領土が半分になったメキシコも取ってしまおうとする。が、ここでアメリカ国内で南北戦争が始まり、メキシコと戦争している場合ではなくなる。そこに目をつけたのがナポレオン3世である。

 メキシコを手に入れ、落ち目だった人気回復を狙ったナポレオン3世だったが、結果は大失敗に終わる。その後すぐに統一を果たしたばかりのプロイセン(ドイツ)と戦争を始め、これもまた大負けする。で、臨時政府としてできたのがパリ・コミューン政権で、これは世界最初の社会主義である。そんなこんなで今に至るフランスだが、そういう経緯もあって世界で一番政治に関心がある国民とも呼ばれているのだ。

 と、世界史のおさらいをしながら、明治維新によって日本を新しい国に作り変えようと西洋に学ぼうとするが、当時の世界は帝国主義がはびこり、どこを見ても戦争ばかりだ。フランスに軍隊のことを学ぼうと出かけても、あっという間に他の国に負ける。仕方がないから海軍はイギリスに学び、陸軍はドイツに学ぶということになる。

 あらゆる分野でそんなことをしたので、どういう経緯で発達、進歩してきたのかというところを抜きにして、形ばかりを取り入れるのに精一杯である。形ばかりを真似して、その中身についての理解が浅いというのは、日本人の宿命なのかもしれないなあ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする