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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

こむら返り

2025-01-31 12:59:30 | 日記
 夜中、急に目が覚めた。やばい、足がつりそうだ。と、思うまもなくどんどんふくらはぎが固くなっていくのがわかる。体を起こして、足の筋を伸ばそうとするが時すでに遅しだ。アタタタタと大声を出して悶絶する。その声にタミちゃんもテオもアンもゴソゴソと起き出す。「つった、つった、つった」と大騒ぎだ。

 年に一、二度はこういうことが起きる。タミちゃんは水分が不足しているんだろうというが、寝る前に水分補給はしている。日中ランニングしたのならわかるが、前回走ったのが三日前だからその影響というわけではないだろう。

 原因はなんだろうと調べてみることにした。グーグルの検索結果に出てきた見出しを眺めているだけでも、さまざまな原因がある。
「一般的に、急に体を動かしときに起こりやすい症状ですが、栄養不足や水分不足、冷え、熱中症、急激な寒暖差が原因で起きることがあります」
「就寝中や運動による水分不足、体の冷えによる筋肉の緊張、加齢による筋力の衰えと言われています」

 栄養不足ではないだろうし、水分不足でもないとしたら、今時期だから体の冷えによる筋肉の緊張が近いのか。まさか「加齢による筋力の衰え」ではないだろうな。

 クリニックのブログに対処法が載っているので、そちらのページを見てみることにする。

 よく聞く言葉に「こむら返り」があるが、こむらがえりの「こむら」はふくらはぎのことを指すとある。なるほどね。ひとつ勉強になった。もっとも、足の裏や指、太もも、胸など、体のどこにでも発生しても、同じこむら返りらしい。

「大脳から発信された信号が、場合によってはふくらはぎ内の一部の筋肉にしか伝達されないため、その筋肉部のみが過度に収縮するという異常な事態が引き起こされることがあります。その異常な収縮により痙攣を起こしてこむら返りが起きます」

 どういう時にそうなるかというと、運動を長時間続けて疲れていたり、ウォーミングアップが不足していたり、体力が落ちていたりする時、運動不足などの時に起こりやすくなるという。冬にこむら返りが起きやすいのは、「冷え」が大きく関係しているとあるから、僕の場合はこれに当てはまるのだろう。夜中の3時だもんな。

 「真冬の朝方は気温がとっても低いので、自分でも気づかないうちにぎゅっと縮こまって寝ていることもあります。すると筋肉は緊張状態となり筋肉の収縮に必要な栄養素が十分に届きにくくなります。その状態で急に足を伸ばすと『足がつった!』となってしまうのです」おお、まさにこれだ。

 こむら返りが起きると、ただその痛みに耐え、終わるのを待つしかない。その後はゆっくりと布団から抜け出し、立ち上がって足の筋肉をゆっくり伸ばし、マッサージする。その頃にはすっかり目が覚めてしまっているので、コタツに入って足を温め、コーヒーを飲みながら朝を待つのであった。
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雪かきをしながら考える

2025-01-30 11:07:34 | 福島
 自分という存在も、神の創造物のひとつだからとキリスト教は自殺は罪だと考える。その点自分の命は自分のものだと考えている日本人にとって、自殺のハードルは低い。そのせいか毎年多くの人が自ら命を落としているが、厚生労働省が警察庁の自殺統計をもとにまとめた2024年の全国の自殺者数は、統計のある1978年以来、過去2番目の少なさだったという。

 が、全体の自殺者が減ったにもかかわらず、小中高生の自殺は、この3年連続で最多を更新し続けているという。ただでさえ少子化が叫ばれ、人口減が問題視されているというのに、せっかく生まれてきた子供たちが自らの命を絶っているというのだから、大人はもっと真剣に考えたほうがいいだろう。施政方針演説で「楽しい日本を目指す」と宣言した石破さんは、あまりに楽天的すぎる気がする。もちろん楽しくない日本を目指されたら困るが、どうも立ち位置が国民とは別の階層にある気がしてならないのである。



 今朝は散歩から帰ってくると、家の前の雪かきをした。が、近頃は高齢の単身者、高齢夫婦だけの家が増え、雪かきどころではない。「町はちっとも除雪に来てくれない」と文句も出ているが、すべての高齢者の家に出かけ、除雪をするというのには無理がある。



 おそらくこのままで行くと、市町村という行政組織は破綻するところがたくさん出てくるだろう。市町村ばかりではない。東京都が1000万人を超え、島根県は50万人を切っているということを知れば、果たして47都道府県のままでいいのかという議論が起こってくるだろう。

 現在の47都道府県になったのは、1970年代に沖縄が日本に変換された時だ。それまでは、明治維新からあちこちで合併したり分裂したりと、都道府県の数は増えたり減ったりしている状態が続いていた。今は47都道府県がそのまま続くと思い込んでいるが、昔から流動的だったのである。

 平成の大合併で市町村の数はずいぶん減ったが、令和の大合併が行われるとしたら、いよいよ道州制の導入があるかもしれない。そのくらい人口のバラツキが激しいのが現実だ。僕はさっさと行政は大合併してしまえと思っている。学校も買い物も仕事も、地元ですべて済ましている人間のほうがいまや珍しい。帰って来て寝るだけの場所に住民税を払い、1日の大半を暮らす場所へは税金を払っていないなんてことが当たり前、というのはおかしな話なのである。
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危険な食べ物

2025-01-29 12:31:28 | 日記
 ドラマのテーマでありがちなのが、権力者と大会社が利益を得るために国民を犠牲にするという話だ。都合の悪いデータを隠し、告発者を犯罪者として牢屋に入れるみたいな筋立てが多いのだが、どうせフィクションだからとタカをくくっていると痛い目を見るかもしれない。

 太平洋戦争だって、国民のために行ったことになっているのかもしれないが、本当のところは政治家や軍人のメンツだとか、兵器を作る企業の利益のためだとか、そういうのが動機になっているに違いない。当時、アメリカと戦争をすると物量だけ考えても負けることがわかっていた。そういう報告があがっていたにも関わらず、机上の計算は実際の現場とは異なるという理由で却下されてしまっていた。

 日本でエイズ患者を大量に出したのは、製薬会社と厚生労働省、政治家が結託した結果だというのは、僕らが後で知ったことだ。非加熱製剤によりエイズに感染していたことから、アメリカではすぐに使用禁止にした。非加熱製剤の在庫が大量にあまったアメリカの製薬会社は、野放しだった日本に売り払ったのだ。当然厚生労働省も日本の製薬会社も非加熱製剤の危険性は承知していたにも関わらず、利益を優先するために禁止することをのびのびにしてしまった。

 最近のニュースでは、「アメリカで超加工食品でないことを証明する「非超加工食品」認証マークが作られ、メーカーが希望すれば商品に表示する計画を公表した。超加工食品は、一般的には伝統的な手法で製造された加工食品には使われない、人工甘味料や合成保存料といった様々な食品添加物の入った食品を指す。加工でんぷんや水素添加油脂などの人工素材を何種類も使って製造した食品も、超加工食品とみなされる。商品としては、冷凍ピザやフライドポテトなどの冷凍食品、大量生産されたソーセージやハムなどの加工肉、市販のクッキー、ドーナツ、ケーキなど甘い菓子類、塩辛いスナック類、フレーバーの強いシリアル、アイスクリーム、清涼飲料などがある」

 「アメリカの研究者らが発表した論文によると、超加工食品を多く食べている人はそうでない人に比べてうつ病のリスクが50%高いことがわかった。イギリスでの研究結果によれば、超加工食品を多く摂取する人はがんを発症しやすく、がんが原因で死亡する確率も高いことがわかった。相関関係が特に顕著なのが卵巣がんで、超加工食品の摂取量が10%増えると、罹患率は19%増、死亡する確率は30%高くなった。このほかにも、超加工食品とがんとの関連を示唆する論文は多い」

 米ミシガン大学の研究によれば、超加工食品を日常的に食べている人がそれらを食べるのをやめると、「欲しくて仕方がない気持ちになる」、「食べるのを我慢するとイライラする、頭痛がするなどの離脱症状が起きる」といった依存症の兆候が一定数見られたという。僕個人の感想を言えば、最近のキレやすい傾向も、子供のアレルギーも化学的に製造された超加工食品の影響があるんじゃないかと疑っている。

 厚生労働省は、「賞味期限」や「消費期限」の表示くらいの仕事しかしていないが、世界でも先駆けて「超加工食品」の表示を義務付けた方が良い。おそらく、世界中で実施されるのを待って始めるのかもしれないが、企業を守るのを優先するのではなく、先頭を切って国民を守ることをしてもらいたいと思うのである。
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幸福という名の道

2025-01-28 11:12:08 | 日記
 早朝はバカみたいに冷え込んだが、日中はそこそこ気温が上がるというのでランニングに出ることにした。もっとも気温が上がると言っても、東北のことなので10度までは行かない。走り始めると靴の底から体温が逃げ、足がジンジン痺れるのだ。



 中四日のペースで走ろうとは思っているが、今回みたいに風邪気味になると結局中六日になる。雨が降ったり路面が凍ったりしても走れないので、なるべく走れる時には走るようにしているが、そんないい加減なペースでも5年は続いている。



 最近の流行語に「地頭」というのがあるらしい。僕は使わないので流行っているとは思わなかったが、学校の試験の成績がいいという意味ではなく、持って生まれた頭の良さみたいなものを指すらしい。が、どういう使い道をしているか注意してみると、結局は持って生まれた頭の良さ、持って生まれた才能、能力に差があるから、自分ができないのは仕方がないみたいな発想に近い。

 これって、要するに家系がいいとか血筋がいいとかいうのによく似ている。江戸時代か、と言いたい。同じ意味で流行した言葉に「親ガチャ」というのがあって、どんな親の下に生まれるかで一生が決められるみたいなことなのだ。

 が、ある人が書いていたが、持って生まれた能力や才能だけで人生を乗り切るには、人の一生は長すぎる。小学校に入学したくらいなら確かに持って生まれたものが幅を利かすかもしれないが、それが年を取ってもついて回るなんて考えるのは無理がある。

 「幸福」とはなんですか、という質問に、「好きなことをすること」というのは上位に挙げられる。が、「好き」というのは感情にすぎず、感情というのは常に揺れ動く。誰それが好き、あの食べ物が好きと感じても、それは決して永続的なものではない。その一瞬に強く感じるものである。となると、「好きなこと」というものは、一瞬で通り過ぎる幻みたいなものかもしれない。

 となると、幸福の定義とは、「好きなことを続けられる力」とも言えるのである。昔から「継続は力なり」という。吉田兼好さんは「徒然草」で、どんな才能がある人よりも、一生続けられる人こそ名人の域に達すると書いている。

 「好きなことを続けられる力」とは、別の言い方をすれば、好きかどうかはともかく、今やっていることを続けていくことができることが、幸福という名の道を歩いていることである、とも言えるのかもしれない。
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詐欺の余波

2025-01-27 12:29:44 | 日記
 地区の会計を任されているが、区費の扱いをするのに入金したり出金するのが面倒くさい。というのはオレオレ詐欺のせいで、簡単に出金できない仕組みになってしまったからだ。特に大きなお金になるほど手続きが必要になり、結局窓口まで顔を出さなければならず、時間と手間の負担が大きい。

 新しい車を近所の車屋さんに頼んでいて、そろそろ見積もりの額を振り込んでおいてほしいとお願いされていたので郵便局に出かけ、郵貯から振り込もうとした。窓口に顔を出すと、ATMで振り込むと振込代が半分で済むという。どちらにしますかというので「振込料金はどれくらい違うんですか」と聞くと、窓口なら800円ほど、ATMなら400円くらいですと言う。そのくらいならどっちでもいいかなと思ったら、「一緒にATMで操作しますからどうぞ」とうながされた。やってくれるなら安い方がいいに決まっている。

 が、振り込む前にまず口座の取扱料金の設定をしなければならない。「今日はいくら振り込みますか」「百うん十万円です」「それでしたら取り扱い額の上限をその金額に設定します」

 どうやらオレオレ詐欺の被害を食い止めるため、設定額以上の扱いは普段からできなくなるようにする仕組みらしい。確かに30万円と設定しておけば、年寄りに振り込ませようとしてもそれ以上の取り扱いはできない。郵便局もいろいろ考えた上でシステムなんだろう。

 車の見積額の振り込みが終わると、次は上限額を下げる設定を郵便局員がしてくれた。50万円くらいにしておけば、万一詐欺にあってもそれ以上は取られないかなと思い、その額を設定してもらい、「あとは自分のために出金しておきたいので、自分でやります。ありがとうございました」とお礼を言うと、郵便局員が慌てて謝ってきた。

 「50万円に設定してしまったので、今日の取り扱いはできなくなりました。最初に言っておけば良かったんですが」

 ここで初めて上限の設定額というのが、何を意味しているか理解した。それまで「なんのこっちゃ」と思いながら話半分に、設定は人任せにしていたが、その設定は自分が郵便局のATMで操作できる金額の1日の利用料金の額だったのである。

「窓口でなら受け付けられますよ」と言われたが、慌てて下ろす用事があるわけではなかったからそのまま帰ってきたが、オレオレ詐欺の被害を食い止めるために、年寄りにはもっと面倒な手続きが必要となり、このまま行くと老人は赤ん坊並みに、手伝ってもらわないとなんにもできなくなってしまいそうだ。
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鼻水はどこから来るのか

2025-01-26 11:46:41 | 日記
 朝起きたら、とんでもなく鼻水が出てきた。うー、気持ち悪い。頭もくらくらするし、完全に風邪をひいているな。それでもテオを連れて散歩に出なければならない。外の冷たい風にあたったら少しは回復するかなと思ったが、実際歩いてみると、あんまり鼻水が出るので呼吸困難になりそうだ。不思議だ。昨日まで鼻水なんて出てなかったのに、一体この鼻水はどこにあったものなのか。頭の中で製造されているとして、それにどんな意味があるというのか。そもそも、鼻水が貯まっているタンクみたいなものは、頭の中のどの部分にあるのだろう。

 朝飯を食ってすぐにコタツに入って寝る。1時間ほど寝ているうちに汗をかき、少しはマシになった。風邪をひいたとしたら、昨日の行動にあるのは間違いない。タミちゃんのインスタの題材を撮ろうと、午後から長い時間歩き回り、あちこちで動画や写真を撮ったのだ。





 天気はそこそこ良かったが、途中で小雪が舞い始めた。遠くの山には雪雲がかかり、その下にはカーテンみたいに白い幕ができている。あれがこっちまで来たら、結構降りそうだな。





 テオはスマホを向けると、ニッコリするどころかそっけなくあっちを向く。それじゃあアンちゃんみたいな可愛いインスタができないんだなあ。



 そんなこんなで寒風吹く中、2時間近くブラブラした。天気が良かったので手袋もしてなかったので、今日は両手の甲が霜焼けになったみたいで痒くてたまらないのだ。
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心配と不安

2025-01-25 11:15:52 | 日記
 ある脳学者の話を読んでいたら、日本人の性質についてこんなことを語っていた。それは、地震や津波、台風といった自然災害の多い日本で暮らしていくというのは、常に脅威にさらされているということでもある。そういうことから、神経質なくらいに用心深く、将来に備えておくという国民性になった。

 未来に対して用心深いというのは、別の言い方をすれば常に漠とした心配と不安にさいなまれているということでもある。そういったことから日本人の遺伝子に、心配性と不安症は強く刻みつけられた。そうでなければ生き残れないということもあっただろう。アリのように冬に備えている人間は生き延び、キリギリスのように毎日を歌って踊って過ごす人間は滅びていったかもしれない。

 日本人は世界の中でも群を抜いて貯金が好きな国民だという。最近は投資投資と政府までが声を挙げるが、一瞬で生活を奪われるかもしれないこの国では、なかなか根付かないのではないだろうか。

 バブル崩壊の後の時代を、失われた30年ということが言われるが、国民総生産はほぼ変わらない。ただその間に世界がどんどん成長して行ったに過ぎない。電話のあとにファックスが誕生し、インターネットのメールが出てきたと思ったらスマホが、SNSが通信の手段になった。世界はどんどん先に行くが、日本のお役所はようやく最近になってフロッピーディスクの使用を止めた。いまだに地域レベルでは「連絡はファックスか郵送で」と言われることがある。

 日本人がなぜこれだけ変化を嫌がるのかを考えると、やはり遺伝子レベルで心配や不安が占める割合が高いというのが正しいのだろうか。

 心配と不安は生き残るための条件だったにせよ、「せっせと貯蓄をする」「明日に備え保険をかける」「無駄なエネルギーを使うことを避ける」と、そうこうしている内に歳を取り、なにかを変える体力や知力を失っているのが、この国の現状なのかもしれないという気がする。
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犬と飼い主シリーズ

2025-01-24 12:33:16 | イラスト
 大谷くんとデコピンの絵を描いたので、次もできたら犬と飼い主を描いて、シリーズにしたいなあと思い、題材を探してみた。なかなか描きたいものがない中、以前描いたカヌーイスト野田さんとカヌー犬ガクのコンビの写真が目に止まったので、第二弾はそれを描いてみることにした。写真は、僕の本棚にあった「ガクの冒険」という写真集にあったものだが、掲載されていた写真が小さいこともあって今ひとつ画質が良くない。デコピン同様、細かいところは気にせず、大まかに描いてみることにした。



 で、昨日下書きを済ませ、今日は朝食後から水彩で色をつけてみた。あんまり描き込むと、水分で画面がブヨブヨになるので、乾かしながらの制作だ。とりあえず半分くらい描いたので、完全に乾くまで放っておくことにした。

 デコピンは青と黒の絵具で描いたので、今回は赤と黒の絵具で挑戦だ。デコピンに比べると、雑種のガクの毛並みを描くのは難しそうだ。野田さんがライフルを抱えているのは、アラスカをカヌーで旅しているからで、ガクが熊を呼んでくるので、それで熊を追っ払うためである。



 完成したデコピンの絵は、マットを青く塗り壁に飾ってみた。ガクと野田さんの絵は、マットを赤にしようと思っている。
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そんな仕組み

2025-01-23 11:37:26 | 日記
 テレビをつけると、フジテレビがどうのこうのというニュースばかり流れている。もしかしたら放送局のひとつが潰れてしまうかもしれないから大変な事態なのかもしれないが、事の発端がはっきりしないので、一体何が問題になっているのかちっともわからない。

 にも関わらず、スポンサーはテレビコマーシャルを流すと自社のブランドに傷がつくと考えるのか、ACジャパンのCMに切り替える。大手の企業ほどさっさとコマーシャルを流されることを嫌うから、一般視聴者の僕のような人間は、フジテレビは収益がなくてすぐに潰れるんだろうなと想像してしまう。

 が、どうやらテレビコマーシャルはそういう仕組みにはなっていないらしい。コマーシャルの放送枠というのは前もって買ってあるため、スポンサーが流したくないとキャンセルしても、お金は戻ってこないのである。ただ自社のコマーシャルを流さないと、そこが空白になるから、代わりにACジャパンのCMを流しているだけである。飛行機の席を直前でキャンセルをした時に、お金は戻ってこないというのと同じことらしい。ただ、飛行機なら席が空っぽのまま飛んで行くが、放送局は空っぽのままというわけにいかないから、スポンサーがACジャパンを身代わりとして立てているという。

 ちなみにACジャパンというのは、社会貢献をするためにCMを作るので、キャンセルしたスポンサーから身代わり料金をいただいているというわけではない。ACジャパンとしてみれば、流すチャンスさえいただければ、お金はいりませんということになる。

 そういうわけなので、しばらくはフジテレビも減益の心配をすぐにする必要はない。もっとも問題が長引いて、この先はどこのスポンサーも契約延長をしないとなれば、収益はなくなってしまうのである。

 テレビ局の不祥事にも関わらず、キャンセルできずにコマーシャルも流せないスポンサーにすれば、こんな馬鹿なことはない。東日本大震災の時には、どこの局でもACジャパンばかりになったので、そういう場合は広告業界全体で考えましょうという提案があったというが、まさか大手テレビ局のひとつがこんな事態になるとは想像もしてなかったということなのだろう。

 松本人志の事件でも、今回の騒動でも、底にあるのはお得様の機嫌を取るためには、お酌をしたりする接待要員を用意しなければならないと考える昭和な発想がある。お得意様が機嫌を損ねることばかりを心配した結果が、ジャニーズやフジテレビの騒動に繋がって行くのである。
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視点を変えると

2025-01-22 11:30:15 | 日記
 昔、リチャード・ドーキンスという学者の「利己的な遺伝子」という本を読んだことがある。当時、ベストセラーになったのだが、遺伝子について素人でもわかる理論で、目から鱗の話だった。遺伝子と言えば、生物が子孫を残すためにあるもの、くらいにしか理解していなかったのだが、ドーキンスはそれをまるっきり逆の発想で捉えた。というのは、例えば人間にとって自分の子孫を残すために遺伝子というものがある、と考えるのではなく、そもそもこの世では遺伝子が本体であり、生物というのはその乗り物に過ぎないというのである。

 遺伝子が主人で生物の体は乗り物だとすれば、遺伝子は生き残るためにさまざまな手段を講じているということで、そのためには環境のさまざまな変化に対応するため、乗り物の形をデザインし直しているとも言えるのである。なぜ、人間は恋愛をするのか、という理由も、遺伝子が自分の遺伝子を複製し続けるために、恋愛をするように遺伝子に書き込んでいるからである、という説明だってできる。

 タイトルの「利己的な遺伝子」とは、遺伝子が自分のために生物の形や性質をいじっているということで、逆の視点から見ると、生物の多様性がすっきり見えるのである。

 「現代ビジネス」のネットの記事に、同じように逆の視点から見た時に、「ああ、そうか」と納得させられるものがあった。それは「生物は寝ている状態が普通(デフォルト)で起きている状態が特別」というものだった。

 生物はなぜ「寝る」のかという疑問は、睡眠が記憶を整理するためとか、肉体を休め次の活動を始めるためとか、いろんな説がある。が、最近の研究では、脳みそのない単純な生物にも睡眠がある、ということがわかってきたという。となると、記憶の整理は睡眠と直接関係ないということになる。

 で、逆の視点で見るなら、もともと生物は寝ている状態が普通の状態であると考えてみることである。が、ずっと寝ているとだんだんエネルギーが不足してくる。そこで仕方がないので目を覚まし、狩りをしたり食料を求めて移動したりする必要がある。つまり起きている状態こそ生物にとっては特別な状態ということだ。だから、ライオンや我が家の犬や猫などは、腹いっぱいになると自分の寝床に行き、のびのびと寝転がっている。

 「生きがいを見つけなさい」とか「将来のことを考えると不安になる」と考えるのが人間にとって普通の状態だと思うのは、本当のところは異常なことなのかもしれない。起きている状態が特別なら、さっさと満ち足りて睡眠状態に入るのが生物として正しい生き方だということになる。

 そういうふうに逆の視点に立つというのは、案外人生をお気楽に過ごすヒントになりそうな気がしてくるのである。
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