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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

組長

2016-04-30 15:46:05 | 福島

 都会でも、マンションや団地なら管理組合みたいなのがあるのかもしれないが、安アパート住まいではお隣さんはともかくも近隣の人たちとの付き合いは薄い。大分にいた時は、地区の下には班があり、10軒ほどで構成され、毎年順繰りに班長さんの役が回ってきた。

 組織はまったく同じなんだろうが、三春町でも僕の住んでいるところは岩江地区というところで、その中がまた区に分かれ、その下にさらに組というのがある。で、この組ひとつひとつがそれぞれ10軒ほどで構成されていて、毎年順繰りに一軒に「組長」という役が回ってくる。

 で、今年度は早くも我が家に役回りが来たので、今は11組組長という肩書きだ。その証に「組長」という文字が彫られた木の表札が我が家の玄関先にぶら下がっている。最初、この「組長」という表札を見たときには、この辺には反社会的勢力が多いのかと思っていた。

 で、月に一回組長会議という物騒なものが執り行われる。そのときには、組長がずらりと首を並べ、厳しい顔で「異議なし」とか「執行部一任」とかの難しい言葉の会議を行う。どうせやるなら「組長」という肩書きのほかにも、「三代目」とか「若頭」とかの名前も欲しい。そうすると会議がさぞ盛り上がるだろうと思う。

「よう、三代目、おぬしんところのあの若い衆は、一斉清掃には顔を出しとりますか」
「それがのう、八代目。わしんとこも若い衆が言うことを聞かんで困っとりますのや」
「若頭んところは、ゴミ出しはどうなっとりますかの」
「みんな真面目ですけん、法を遵守しております」

 みたいなことになって、なんとなく楽しそうだ。

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昭和の日

2016-04-29 12:21:57 | 福島

 4月29日というのは、過去30年の統計上、ゴールデンウイークの中では一番天気がいい日らしい。が、ゴールデンウイーク初日の今日は、朝から大荒れの天気で、お昼になって日が差し始めたものの、以前強い風が吹き荒れている。会津のほうは雪混じりの天気と言っていた。東北はゴールデンウイークでも、まだまだ暖房が活躍する。

 今でこそ4月29日は「昭和の日」と呼ばれているが、ちょっと前は「みどりの日」だった。昭和の日というネーミングもアレだが、みどりの日という名前では、もっと何を意味しているのか不明なのである。その前は、「天皇誕生日」という名前だった。僕なんかは子供の頃はずっとそうだったから馴染み深いし、わかりやすい。ただ、昭和天皇が崩御されたので、平成になると「天皇誕生日」は12月に移動してしまった。だったら「元・天皇誕生日」でも良さそうだが、それだと代を重ねるに従って「元」が増えていくのでわかりにくくなってしまう。

 散歩の途中、タンポポを空に掲げたら、強風に種が飛んでいくかと思ったら、意外と頑張り全然飛んでいかない。

 いつもは木々の梢や電線の上にいて囀っているホオジロも、風が強いからか、今朝はガードレールに止まって鳴いていた。

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巡礼の道

2016-04-28 14:18:04 | 福島

 テレビで世界遺産の熊野古道を紹介していた。昔、大阪に10年住んでいたので、関西のことはそこそこ詳しいつもりだったが、考えてみたらその頃は、アウトドアなんてまったく興味がなかったし、寺社仏閣などの歴史的なものに関してもまるっきり興味がなかった。振り返ってみれば、結局、映画館だとかデパートだとか、そんなところくらいしか出かけていないのだ。あとは清水寺とか金閣寺とか、法隆寺とか奈良の大仏とか、修学旅行でも行きそうな場所には、話のタネに見学に行った。

 今考えると、なんともったいない10年だったなと思う。もう少し好奇心旺盛だったら、熊野古道なんかも歩いてみたのにな。

 そういう反省もあって、最近は引っ越すごとにマメにあちこち出かけるようにしている。観光ガイドばかりでなく、図書館でその土地の歴史や風土なども調べ、面白そうなところにはなるべく顔を出すようにしている。結果、地元の人よりその土地に詳しくなったりする。

 巡礼の道としては四国八十八か所が有名だ。四国は車でぐるっと一周したので、大体巡礼の道の雰囲気はわかる。が、熊野古道のほうは関西に住んでいたのに皆目わからない。今後行く機会があるかどうか怪しいものだが、いつか時間ができたら行ってみたい場所のひとつだ。今でこそ歩いて巡礼の旅に出るなんてのはあまり流行らないが、昔は数万人という人が熊野大社を目指して歩いたという。そんな人たちの思いや歴史が詰まった場所を歩くなんてのは、想像するだけで壮大な気分にさせてくれる。

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本屋大賞を読む

2016-04-27 12:07:18 | 福島

 本屋大賞の発表があったが、天邪鬼な僕はそういう有名な賞を獲ったものには自分にとって面白いものはないと思っているので、読む機会はないだろうなと思っていた。そんなところへ、タミちゃんの友達が「これ、もう読んだから読んでみる」と本を貸してくれた。何の本かと思えば今年の本屋大賞を獲った「羊と鋼の森」という本ではないか。「面白かった?」と尋ねると「普通」という返事。普通って。

 というわけで、とりあえず最後まで目を通したが、面白いか面白くないかはあまりに個人的な感想なのでここでは書かない。これから読もうと思っている人もいるだろうし、高級な本でも低級にしか読めない人もいれば、低級な本だって高級な本として読める人もいるだろうから、僕の感想など百害あって一利なしだろう。とりあえず気がついたことだけ書く。

 物語は北海道の大雪山系の山奥出身の少年が、ピアノの調律師を目指すというもので、羊と鋼というのは、ピアノの中に張られた鋼の弦とそれを叩く羊の毛が貼られたハンマーのことだ。ということで、小説では森は大変重要なモチーフとして登場する。

 が、すっかり鳥オジさんになった最近のアベさんは、ここで扱われる「森」があまりにイメージ先行の森で、作者が頭の中で作り上げたステレオタイプの森なんじゃなかろうか、くらいにしか感じられなかったので、全然小説に没入することができなかった。主人公は辺鄙な田舎出身で、都会の人が知らないような山や森の知識を当たり前に身につけているというようなことが書かれているにもかかわらず、具体的な山や森の描写は出てこない。ここで描かれた森は、フィトンチッドあふれる緑したたる森であり、セラピストみたいな癒しの森でしかない。

 きっと作者は山登りもしなければ、山歩きもしないのだろう。実際に山の中を歩き回った人なら感じるブンブンと藪蚊が飛び交い、足元はドロドロ、爽やかなこともあれば同じくらい鬱陶しさもあり、それでもそこには何か骨太なものがあって、自分がいかに小さな存在で、自然の一部でしかないと感じる、というのが一般的な感想なのではなかろうか。

 空想の中でしか存在していない森だと僕がはっきり感じたのは、小説に出てくる森にいる野鳥の描写だ。なんと「カケス」と「カササギ」しか登場しないのだ。カケスなんて山に行かなくてもその辺の雑木林にいるし、カササギに至っては、九州の有明海の周辺と北海道の苫小牧の港など、ごく限られた場所にしか生息していない。温暖化が進み、福島でもそれらしき影を見たことはあるが、北海道の森を象徴させる野鳥として登場させるには違和感がある。北海道の森には、もっとたくさん北海道を代表するいろんな野鳥が棲んでいるのだから。

 が、そんなことはあくまで比喩に過ぎないし、大賞を選んだ選考委員なんかにはそんな鳥オジさんのような知識はないと言われればそれまでだが、僕としては今の若者は自然に対してあまりに鈍感になりすぎている気がする。

 宮沢賢治などは、実際に田畑を耕し、鉱石を採取し、星座を観察し、一連の物語を書いた。今ではネットで調べれば情報はいくらでも集められるだろうが、そうして得た知識と身についた知識とは、まったく別物だという思いが僕にはある。

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野ウサギ

2016-04-26 11:23:52 | 福島

 休日の昨日は、犬たち2匹を連れて長い散歩に出た。できれば何か絵の題材を見つけられたいいな、そうでなければ綺麗な写真の1枚も撮れればいいなと考えて歩いていたが、家の近所を歩くだけではカメラを向ける前にどんな写真になるのか大体想像がつく。

 田んぼの畦にカメラを向けると、タンポポの黄色が綺麗だ。が、こういう写真はもう何枚撮ったかわからないくらいシャッターを押した。

 雑木林も一斉に若葉が芽を出し、日に日に緑が鮮やかになっていく。林床にはヤマブキが満開だ。緑したたるとはこういうことを言うんだなあとカメラを向けるが、やはりこういう写真ももう何枚撮ったかしれやしない。

 近所を歩き回っているだけじゃあ、新鮮なものは撮れないのかな。たまにはどこか遠くに足を伸ばさなきゃダメかな、なんて少しばかりふて腐れながら、それでも今朝も懲りずに首にカメラをぶら下げて犬の散歩に出た。

 そしてお宮の近くまで来ると、道の上を茶色い物体が素早く移動していくのに気づいた。慌ててその姿を目で追うと、ピョンピョンと跳ねていく野ウサギではないか。九州では何度かお目にかかったが、三春で目撃するのはこれが2回目だ。が、野生動物を相手にするときはいつもそうだが、あっという間に姿を隠し、シャッターを切る暇はなかった。あ~残念。

 しかし、今回は神様は僕らを見捨てなかったと見え、お宮の階段の途中で立ち止まっている野ウサギの姿を発見することができた。野ウサギはここまでくればとりあえず大丈夫と考えているらしく、僕らの様子をうかがっている。

 もうここでは新鮮なものを撮ることも少ないかなと思っていた矢先、生まれて初めて野ウサギの写真を撮ることができ、機嫌が直るアベさんなのであった。

 

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おぼろ月夜

2016-04-24 11:48:20 | 福島

 天気予報では晴れとなっていたのに、朝の散歩に出ると灰色の厚い雲が空を覆い、時々ポツリポツリとご丁寧に雨まで落ちてくる始末。カメラを持って出たけど、これじゃあ綺麗な写真は期待できないのだ。

 田んぼは田植えの準備が始まったのか水が入り、カエルがゲコゲコと大合唱を始めた。カルガモが餌を探しているのか、よちよち歩き回っている。

 何やら視線を感じるので、振り向いてみると、塀のブロックの隙間から、猫がこちらを凝視していた。
「何だ、おまえら」
「へえ、怪しい者じゃございません、こうして犬の散歩をしているだけです、はい」 

 桜は終わりに近づいたが、桃やハナミズキは今が満開。僕は赤いハナミズキより白いほうが断然いい。

 田んぼの脇に菜の花が咲いているので、自然と「菜のはぁ~な畑ぇ~に」と鼻歌が出る。

 ええと、続きは何だっけ。「菜の花畑に入日薄れ 見わたす山の葉 カスミ深し」だったかな。ちょうど今の季節にピッタリだな。でも、うろ覚えで正確に歌えない。

 というわけで、家に帰って調べると、何と「おぼろ月夜」という題名で、夕暮れの頃を歌っているではないか。

 菜の花畑に 入日薄れ
 見わたす山の端(は) 霞ふかし
 春風そよふく 空を見れば
 夕月かかりて にほひ淡し

 何と「山の葉」ではなく「山の端(は)」だったなんて、今初めて知ったぞ。新緑の緑が霞んでいるんだとばかり思っていたら、山のシルエットが霞んでいるという意味だったのか。

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科学の限界

2016-04-23 10:33:09 | 福島

 大きな自然災害が起きるたびに、前代未聞、未曾有の災害という。研究が進んでいたのかと思っていたら、初めての事態だという。初めて初めて言い過ぎじゃないかと思うが、考えてみたら同じことを繰り返す歴史なんてこの世にはない。

 僕たちは自然界のことはほとんど知らない。科学の知見が増え、この世のことは宇宙のことから原子のことまでかなりのことを知っている気になっている。が、あくまでもそれは、人間の都合のいいように理解した世界に過ぎない。このことを肝に銘じておかなければ、時々大きな間違いをやらかしてしまう。

 昔は地震予知ということに関して、国費を投じて研究していた。予知さえできれば、被害を最小限に抑えることができるわけだが、結局のところ最近は予知については諦め、建物の耐震強度を上げたり、地震が起きた時にいち早く知らせ避難させるという防災のほうにお金をかけることにした。本気で地震予知ができると信じていた科学は、実際には割り箸の両端を持って力を加えた時、どこからポキリと折れるかということさえいまだにわからずにいる。

 ヤカンを火にかけて沸かす時、すぐに水の温度は50度になり80度になる。このまま続けていけば、水の温度は500度にも1000度にもなるのかと思いきや、100度までしか上がらない。そこから水は気体となって蒸発していく。反対に冷やしていくと、20度だった水は10度になり5度になる。どこまで冷えるかと思いきや、0度になると水は氷という別の物体に変化する。

 水に関しては、人間は経験から水蒸気になったり氷になったりすることを知っているが、自然界の多くは、おそらく同じようにある段階で別のものに変化する性質を持っているだろう。地球温暖化だって、ゆっくり地球が温まっていくとは限らない。ある状態に到達した途端、地球は地球以外の何ものかになる可能性だってある。

 人間の思考というやつは、段階を追ってしか進まないので、突然変異は経験して初めてびっくり仰天するということになる。科学というのは、何度も繰り返す現象に対してしかその力を発揮しないということなのだろう。となると、僕らは科学とは別に、この世界を理解する方法を持たなければならないのかもしれない。

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萌黄色

2016-04-22 11:37:33 | 福島

 中国では、季節にそれぞれ色が振り分けられていた。僕が季節に色をつけるとしたら、春は黄色、夏は青、秋は赤、冬は白としたいところだが、中国ではちょっと違う。

 春は青、夏は赤、秋は白、冬は黒となる。これが熟語となって、「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」という単語になる。若者の時代を青春と言ったり、北原白秋のペンネームの白秋はここから来ている。知っていると、ちょっと自慢できる。

 昨日一日しっかりと雨が降ったせいか、朝の散歩は蒸汽が立ち込めているような霞が地面を覆っていた。温かい雨に、木々は一斉に芽を出し、それが雨に濡れて美しい。春は青というより、萌黄色をしているのである。というか、もう初夏と言ってもいいのかな。

 ひと月前には裸の木が立っていただけのお宮の階段は、若葉に隠れようとしている。

 ソメイヨシノが終わっても、雑木林のあちこちで山桜が咲いている。ソメイヨシノは豪華だが、上品さで言えばやはり山桜にはかなわない。

 民家の庭先をキジがウロウロしている。虫でも探しているのかな。

 まだ柔らかな葉っぱに、雨の雫が玉になっている。

 可憐なシャクナゲが、お寿司屋さんの玄関先の鉢で満開になっていた。

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初物

2016-04-21 15:41:51 | 福島

 この前たけのこをもらった。大きなたけのこをふたつ、小脇に抱えて運ばなければならないような立派なたけのこだったが、アク抜きのために皮をむいたら、どんどん小さくなって終いにはなくなってしまうんじゃないかと心配した。幸い、こぶし大のがふたつ残った。

 これをふたつ割にしたので、合計四つになった。これだけあれば最低4日間食べられるわけである。

 というわけで、初日は簡単に豚肉と春キャベツ(これもいただき物)とたけのこをしっかりと炒め、そこに我が家で採れた大根をおろしたものを乗っけてポン酢で食べた。ふはっ、こりゃうまい。ビールが進む。

 二日目はたけのこの天ぷら作る。ついでにスーパーから舞茸も買ってきて、これも天ぷらにした。舞茸の天ぷらは塩で食うのがうまい。それからもう一品、大分の家庭料理でもあるとり天も追加すると、豪華な天ぷらパーティーだ。ふはっ、うまいぞ。ビールが進む進む。

 三日目は炊いたご飯があったので、たけのこの混ぜご飯にすることにした。冷蔵庫を漁り、人参ちょこっと、しめじちょこっと、鶏肉ちょこっとを小さく刻み、たけのこは食感が残るくらいにざっくりと切って、酒、みりん、醤油なんかで煮詰めてご飯と混ぜた。簡単だが、たけのこの食感なくしては出ないうまさだ。ふはっ、うみゃいうみゃい。でも、ビールは進まない。

 というわけで、あともう一回分たけのこがあるので、今日は皿うどんにして、その上の餡かけにたけのこを使う予定だ。子供の頃は皿うどんより焼きそばの方が断然うまいと思っていたが、オッサンになると甘いソースは重すぎるようだ。それに比べるとパリパリの麺にトロミのある餡をたっぷりかけた皿うどんは、いくら食べても食べ飽きることがない。おまけにビールにもぴったりとあうのだ。何よりもこれが大事。

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福島から

2016-04-20 11:27:42 | 福島

 熊本に大きな地震があって以来、メールやコメントで大分の家を心配してもらっているので、今回の地震について少し書くことにします。

 ニュースの解説でも言っていましたが、九州は地質的に北部と南部に分かれていて、今回の地震は南部に大きな影響が出ているとのこと。僕のいた宇佐市は九州でも北部だったので、震度2か3程度で、揺れが体感できる程度だったという話を聞いています。ただ、阿蘇に近いところに親父の里があり、親戚も数軒あるけれども、今のところは被害に遭ったという連絡は入っていません。今後もまだ大きな地震が来る可能性があるかもしれないので、どうなるかはわかりませんが、九州南部のほうが確率的には高いでしょう。

 阿蘇山から別府、そして四国からニョロニョロと細長く伸びた佐多岬半島、四国山脈と続く一帯は、日本を形作る構造線となっているので、南海トラフ同様どこで地震があってもおかしくありませんが、心配なのはニョロニョロの佐多岬半島の先端に、伊方原発というのがあって、もしここがダメになったら狭い海を隔てた大分に被害を及ぼすことでしょう。

 毎週のように阿蘇、九重方面に山登りに行ってた頃は、土砂で押し流された阿蘇大橋も何度も渡りました。今回被災した益城町などは九州北部からでも車で3時間ほどで行けます。で、僕がずっと不思議に思っているのは、避難所にいる人たちをどうして他の土地に移動させないのかということです。各自治体が横の連絡を取り合って、それぞれの避難所に振り分けさえすれば(長崎でも福岡でも佐賀でも山口でも)、地震のない場所でゆっくり寝ることができるのに、いつ次の地震が来るかもわからないような場所にいつまでも留まって、避難と言えるのかどうか。

 駐車場で車中泊する人にも、ガソリンを配りもっと安全な別の自治体へ行ってもらい、そこの避難所を利用するなど、やり方はいっぱいありそうな気がするのに、どうして一箇所に留まっているのでしょう。

 道がないのならヘリコプターで、足がないのなら大型バスでもチャーターしてもらい、歩ける人は歩いてでも、少しでも遠く、安全な場所へ避難して欲しいと願うばかりです。

 

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