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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

武士と商人

2025-04-06 11:35:22 | 日記
 NHKの大河ドラマ「べらぼう」を観ていると、武士の世の中なのに関わらず、だんだんと商人の方が力を持っている様子が伝わって来るようだ。

 少し前までは、学校教育では江戸時代というのは暗黒の時代で、封建社会でお百姓は年貢を取られ、自分たちで育てたお米を食べられなかったというふうに教えられていた。が、これは江戸時代を否定しようとした明治政府が言いふらしただけで、現在では江戸時代は意外といい時代だったというふうにも考えられるようになった。

 そもそも江戸時代というのは海外と貿易をしていなかったのだから、武士階級がお百姓からぶんどったお米は一体どこに行ったのかと言えば、結局はお金に換える必要があった武士たちは商人に売って、現金を手に入れていたのである。それが回り回って町人やお百姓さんにも届いていたわけで、武士階級だけがお米を食べていたわけではなかったのである。

 ある時、大学の授業で海外からの留学生から、「幕府が徴収したお米はどこに行ったのですか」と質問があり、その時教授はハタと気づかされたと書いていたが、案外思い込みというのは深いものがある。

 武士道というものがあるが、実は武士に贅沢をさせないための倹約政策のために生み出されたものだという説もある。「武士は食わねど高楊枝」と言うように、とにかくプライドだけ高く、やせ我慢するように強いられていたのが武士だったのかもしれない。

 そんなことを考えていると、確かに商人の街でもある大阪の人たちは、合理的な考えの持ち主が多く、やせ我慢なんて馬鹿馬鹿しいと考えているように見える。これは僕の偏見かもしれないが、西日本よりも武士の世の中だった東日本ほどプライドに縛られ、やせ我慢を良しとする文化があるように見える。

 西日本では当たり前だが、数台の観光バスで移動するとき、必ず号数の大きい方からスタートする。5台のバスなら、5号車が先頭で最後が1号車だ。これだと狭い峠道などで車同士がすれ違う時に道を譲らなければならない場合に、1号車が来た時点で後はないことがわかる。ところがこれが1号車からだと、5号車がすれ違ってもあと何台来るのかわからず、こちらは待っていなければならない事態になる。

 こうした合理的なやり方は、当然関東のバス会社も知っているはずだが、なぜだかそれを真似することはない。自分たちはあくまで1号車から順番を守ることを優先しているのだから、それでいいのかもしれない。が、相手に自分たちの存在を知らせるということで言うなら、全然合理的ではないのである。
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