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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

気配だけは早春

2025-02-28 11:33:46 | 福島
 朝は氷点下まで下がったが、お昼には久々に10度を超えるらしい。10度か、寒そうだなと思ってはいけない。これでも福島は桜が咲く頃の気温だと天気予報は言っている。

 昨日までは強い北風が吹き、家の周りがバタバタとうるさかったが、今日は穏やかな一日になった。二日前にアンのトイレを新しいものに替え、猫砂も今までと違うものを入れておいたら、それが気に入らなかったのか、アンは布団の上におしっこをしてしまった。今日は全部を洗濯し、布団も毛布も天日干しだ。そこまで済んだら、ランニングに出る。

 阿武隈川の土手に出ると、遠くの山々は白いものの、近くの河川敷も畑にも雪はない。空は青く、高いところをトンビが輪を描いてゆっくりと飛んでいる。カラスが縄張りを守ろうとしているのか、さかんにトンビに向かって威嚇するような鳴き声をあげる。

 二月も今日でおしまい。白鳥はどうなったかなと思ったら、すでに1羽の姿も確認できなかった。五日前に走った時には川面にたくさんいたのに、一斉に北へ向かって飛んでいったということなんだろう。

 お昼近くまで走ったら、さすがに暑くなってきた。手袋を脱ぎ、帽子と一緒にリュックに入れる。途中でペットボトルの水で顔を洗い、ひと息つく。やっぱりあったかいって、とてもいいのだ。もう寒くならなきゃいいんだけどな。

 立ち止まると、足元にはホトケノザが小さな赤い花をたくさん咲かせていた。
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賢いの調べ方

2025-02-27 11:44:31 | 日記
 ナショナルジオグラフィックを見ていたら、こんな記事が出ていた。「イヌはネコより賢い? 科学が出した答えとは」。普通は犬の方が賢いと答える人が多いだろうか。なんと言っても、この世には仕事をする犬がいる。盲導犬やら麻薬探知犬、警察犬や介助犬といった人間の役に立っている犬はたくさんいる。猫と言えば、ネズミを捕るくらいが仕事だろうか。あとは愛玩動物としての役割である。

 が、我が家のテオとアンを見る限りは、その知能は同レベルじゃないかという気もする。同じようにじゃれあい、同じように鳴いてご飯を欲しがる。挙句のはては一緒に遊んでいるのだから、どう見ても同レベルなのである。

 かつては知能の高さは、脳みその大きさで測っていた時代があった。体に占める脳の重さである。が、それだと人間並みの動物は結構いたりする。現在のホモサピエンスはよりも、絶滅したネアンデルタール人の脳の方が大きかったという報告もある。野蛮なホモサピエンスが知能の高いネアンデルタール人を滅ぼしたのだろうか。ただ科学的には、脳の大きさと知能の高さは実証されていないそうである。

 そこでナショナルジオグラフィックの記事では、脳のニューロンの数をカウントするという研究が紹介されていた。ゴールデンレトリバー、小型の雑種犬という体の大きさがずいぶん違う2匹を比べても、ニューロン数はそう大差はなかったという。そもそもニューロンがどういう働きをしているかというと、脳内で情報処理をしている。だから、たくさんあるほどたくさんの情報を処理していることになる。

 で、犬は個体差にもかかわらず、5億個のニューロンがあった。猫はこの半分の2億5千個だった。ニューロンの数だけを考えると、犬はアライグマやライオンと同程度の知性があり、猫はクマと同程度ということになるらしい。う〜ん、これだけ聞くとアライグマやライオンやクマの知能の高さがどれくらいかわからないので、あんまり参考になっていない気がする。

 ちなみに人間は160億個。人類に最も近い親戚であるオランウータンやゴリラは80~90億個、チンパンジーは60~70億個というから、人間は哺乳類の中でも飛び抜けてニューロン数が多い。霊長類以外の動物で最も知性が高いのはゾウであり、彼らは56億個のニューロンを持っている。

 こういう話を聞いていると、人間はとにかく生き物の中で一番頭がいいということを証明したくてならない存在らしい。賢いから自分で自分の首を絞めるのか。賢いから自分たちの生きる地球をダメにしてしまうのか。じゃあ、賢いって一体何って話だ。
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中古車だけどね

2025-02-26 11:32:57 | 日記
 去年の10月に車を手放した。気に入っていたのでずっと乗っていたかったのだが、車検に通りそうにないと言われ、修理すると40万円くらいかかるというので泣く泣く手放した。たとえ車検を通すために修理をしたとしても、あくまでも車検が通るというだけで、福島と大分の往復に耐えられるほど修理できるわけではないからだ。

 前の車は車高が高かったため、風の強い日に高速道路を走るとかなりハンドルを取られ、その度に冷や汗をかいていた。100キロを超えなければなんということはないが、高速走行をしている時にふらつくというのは、相当怖い。そういうこともあって、次の車は車高を抑えることにした。車中泊で旅行して回ったのは昔のことで、タミちゃんやら犬やら一緒に旅行するとなると、オートキャンプ場でテント泊をした方が良い。荷室は居住空間というよりも、畑に行くための草刈機やクワや収穫した野菜を乗せるコンテナが入れば良い。そのことも車高にこだわらない理由のひとつだ。

 で、昨今のガソリン代の高騰を受け、今度の車は燃費のいいハイブリッドの車を探した。新車で買うほど車に執着はしていないし、普段はジジイが畑に通い、時々九州くらいまでの長旅をする。とにかく頑丈で荷物が乗り、燃費がいいを条件に探してみた。

 検討の結果、商用車として目にすることが多いトヨタのプロボックスに決めた。近所の車屋さんに行って調べてもらうと、商用車だけども個人用として乗っていた中古があったので、それにしてもらうことにした。2月の初めには届いていたが、それから整備したり車検を受けたりして、ようやく今日、納車となった。



 実物を見ると、細かい傷があったりするが、1年も乗り回せばどっちみちできる傷だ。荷室も使った感があるが、これだって3月から畑仕事が始まるのですぐに汚くなるだろう。ただ、さすがに商用車だけあって荷室の広さは抜群だ。完全に横になって寝転がっても余裕である。運転席周りも、書類を入れたり小物を入れたりする収納スペースがたくさんある。営業マンにとっては、この上なく便利だろう。



 さて、任意保険にも入ってきたし、4か月ぶりに車がやって来たので、早速テオを車に慣れさせる訓練でもしよう。そのうち一緒に旅行に出るために。

 
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2度と合わない

2025-02-25 13:32:23 | 日記
 地区の会計の仕事を引き受けているので、そろそろ総会に向けて決算報告書を作成しなければならない。おまけにそれがなければ来年度の予算も決められないとなると、うかうかしていられない。なんとしても2月中には完成させなければと、数日前から四苦八苦している。

 もう使うお金もないだろうからと、2月しめで決算報告書を作っているが、最後の最後でなかなか数字が合わない。まず1年分の収入支出の項目をチェックし、抜けがないか確認する。次に収入支出別にそれぞれ項目に分けて合計を出し、さらに大きく分類した項目にまとめる。

 ここまで来たら、前年度の繰越金と今年度の残金、今年度の歳入歳出を照らし合わせて、つじつまが合えばとりあえず決算報告書は完成である。

 と思ったけど、これが最後の最後でどうしても合ってこないのだ。おそらくそんなことになるだろうとは思っていたが、心のどこかでは期待している。うーん、残念。もう一度チェックだ。

 で、すべて修正し、今度こそと思うが、やはりつじつまが合ってこない。となると、まとめ方のどこかに勘違いがあるに違いない。いったん休憩を入れ、頭を冷やして考える。

 なぜだか死んだ親父のことがやたらと思い浮かんでくる。当時親父は脳梗塞を患い、なんどか病院に入っていた。そんな中ある部会の会長をやらされていたので、決算書を作成しなければならなかったのだが、すでに簡単な計算でさえできなくなっていたのである。

 処理が終わった書類を、未処理の書類の上に置いたり、今処理したばかりの書類を持ち、果たして処理したのかどうか忘れてしまっている。そんなことばかり繰り返すうちに、ついには病状が悪化し寝たきりになってしまった。

 もしかして、僕もそんなになっているのかな。いやまだまだ。と一念発起し、あらためてやり方を見直すうちに、単純な間違いに気づいた。計算しなおすと、初めてぴったりつじつまがあった。おお、つじつまが合ったじゃないか。ボケるのはもう少し先の話だということで、ひとつ仕事が終了した。
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古文書入門

2025-02-24 11:03:30 | 日記
 この前頼んでおいた通信教育の「古文書入門講座」のセットが届いた。3月から始めるつもりでいたので、案外早い到着に少しばっかり慌てている。僕の予定では、今読んでいる本が終わってから古文書の勉強を考えていたので、のんびり読書をしている場合ではなくなったのだ。で、とりあえず読書を優先してさっさと終わらせようと思っているが、届いた講座の内容も気になる。勉強はそのうち始めるとして、届いた箱を開封し、中身を確認する。

 早速、最初のテキストを開いてみる。と「レッスンを始める前に━古文書を知ろう」と書いてある。古文書を学ぶ前の心構えだ。
「古文書はこもんじょと読み、こぶんしょとは読みません」。さすがにそのくらいは知ってるぞ。

「古文書とは、史料となる古い文書を指し、差出人・受取人・用件・日付などを備えた公文書や私文書のことです。(中略)それゆえ、皆さんもご存知の源氏物語や平家物語のような古典文学、東海道中膝栗毛などのような江戸時代の文学作品などは、厳密にいえば古文書ではありません」
 なんてこった。僕は日本の古い文書はすべて古文書だと思っていたぞ。となると、「徒然草」も「奥の細道」も「百人一首」も、筆でサラサラと書いていたところで古文書ではないということか。

 まあ、仕方ない。古文書だろうが文学作品だろうが、昔の日本人が書いたものが読めないということではおんなじだ。「江戸時代には寺子屋があり全国各地にあり、子どもたちは読み・書き・そろばんを学んでいました。そこで学ぶ文字は、一般的に草書体と呼ばれる字画を省略したくずし字で書かれていました。(中略)主に『往来物』と呼ばれる教科書を使って学んだのです。農民向けには『百姓往来』、商人向けには『商売往来』などもありました」

 要するに、読み書きができる日本人が多く、できない人は庄屋みたいな字が読める人に読んでもらったのだろう。僕も含め、今の日本人はほとんどの人が「自分は読み・書きができる」と思っているが、今のような活字で刷られた印刷物がなかった時代では、現代人は子ども以下の実力しかないのである。

 さて、古文書が公文書や私文書ということなので、その中身は定型文が頻繁に使われ、使われる文字の種類も限られるということだ。テキストの第1章には「候」「御」「申」「之」「相」「可」「被」「為」の8文字のくずし方を覚えるだけで、大半の古文書の10〜20%が読めるようになります、とある。

 文学作品はともかく、とりあえずは坂本龍馬だとか勝海舟だとか西郷隆盛あたりの、幕末から明治維新くらいの時代の人たちの手紙くらい読めるようになりたいものである。


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国会図書館の本を読む

2025-02-23 10:37:56 | 日記
 町に町立図書館、県に県立図書館があるように、国には国会図書館がある。日本に住んでいれば誰でも利用できるのだが、地方の人間は簡単には利用できない。というのも、本を外に持ち出すことができないので、借り出したところで国会図書館内でしか見ることができないからである。

 小説、専門書、自費出版からパンフレット、カタログ、電話帳まで、ある部数を刷る印刷物は国会図書館に納めなければならないということが国民には義務付けられている。本を出版しない普通の人には知られていないが、そんなことで日本中の印刷物が所蔵されているのである。それどころか海外の雑誌も集められているので、研究者やジャーナリストなんかにはこの上なく便利な存在だ。

 書庫は地下深くにあり、原爆が落ちても大丈夫だと言われている。文化を守ろうとすればそのくらいのことは当然必要になるが、それだけ厳重だということは本を外に持ち出されでもしたら大変なことになる。

 だから、国会図書館で読みたい本を探すと、係で申請を出し、必要な場所だけコピーを受け取ることになる。が、コピーだってそのたびに本を開いて取っていたのでは本が傷んでしまう。そんなわけでずいぶん前からスキャナーで本を撮影して、そのデータを利用するという準備が進められていたが、いつの間にか「国会図書館デジタルコレクション」というサービスで登録さえすれば、インターネットで利用できることになっていたので、夕べあわてて登録してみた。

 登録には免許証かマイナンバーカードの写真を添付してネットで申請する。審査に時間がかかるとあったが、朝起きてみると申請は完了しましたの連絡が入っていた。きっと人間ではなく、AIが審査しているに違いない。

 ともあれ、登録できていたので早速使ってみた。まずは普通本屋で買うことができない日本の古典を探してみる。例えば、習字では古い人の書をお手本としようとすると、高額な本を購入しなければならないのだが、国会図書館のデータにお手本になる書が見つかるかもしれないと、検索欄に「藤原行成」と入れてみた。

 藤原行成は大河ドラマ「光る君へ」でも渡辺大知さんが演じていたが、書の名人で「三蹟」のひとりとされている人である。国会図書館のデータからは、それらしいをいくらでも見つけることができた。古典や研究者が発表した論文など、行成の書らしいのが続々出てくる。これだったら、これから先、高い金を払って習字のお手本を買う必要がなくなるのである。

 大河つながりで、今放送している「べらぼう」に出てくる「吉原細見」を探してみると、ちゃんと当時のを見ることができた。

 最近のエッセイなんかも検索してみたが、さすがにこちらは商売に影響するからか、まだ検察結果はゼロと出てきた。そりゃそうか。何はともあれ、使い方ひとつでかなり便利なツールになりそうである。
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ちょっと調子が悪いだけで

2025-02-22 11:29:37 | 日記
 夕べからスマホを充電していたのに、朝見たら全然充電できていなかった。接続が悪かったのかなと、改めて繋ぎなおしテオの散歩に1時間ほど出かけてきたが、戻ってみてもまだ全然充電できていない。それどころかちょっとバッテリーが減っている。

 こりゃおかしいと、コンセントを変えたり、充電器やスマホの接続部分を掃除したり、とにかく原因だけでもと思うが、ちっとも充電してくれない。ここまでくると充電器が壊れたか、スマホの接続部分が壊れたか、スマホそのものが壊れたかだ。スマホにしてまだ4年しか経ってないのにとタミちゃんに言うと、今は2、3年でみんな買い替えているよなんて恐ろしいことを言う。

 今日は天気がいいから午前中はランニングを予定している。気にはなるが、スマホを持っていくのは午後か明日以降だ。

 で、ランニングまでとりあえず習字をしておこうと始めるが、スマホのことが気になって集中できない。虫歯が痛いとか、なんとなく頭が重いとかでも、調子が狂い集中して何もできなくなるし、そもそも何をやっても楽しくなくなる。スマホの充電も同じで、全然たいしたことはないのかもしれないが、気になると集中力を欠いてしまうのだ。

 充電器なら買いかえれば良い。これがスマホのほうの故障となると機種変更が必要になる。とにかくバッテリーが残っているうちに見てもらったほうがいいだろうと、予定を変更しすぐに車で出かけることにした。

 お店で事情を伝え、様子を見てもらうと、お店の充電器では充電ができるので、原因はわからないが充電器の故障だという。それを聞きほっとするも、新しい充電器を買おうとしたら、一番安いものでも5,000円ほどするという。高っ。スマホの買い替えに比べれば安いとはいえ、充電器だけで5000円って。

「なんだか、来るたびに新しくなりますね」
「そうなんですよ。すぐに新しくなり、おまけに値段も高くなるんです」と店員さんも恐縮する。
 メーカーも儲け方がせこいぞ。

 スマホに関してはあっという間に解決したので、帰り道では文房具屋さんに寄ってみることにした。水彩で絵を描くのに、今まで食器のお皿を使っていたが、数色を使うとなると1枚のお皿では足りない。いいパレットがあれば買っておくことにしたのだ。ついでに小学生以来となる水彩絵具の箱入り12色セットも買った。

 帰り道、やたらに天気がいいので、今日はランニング日和だったなあと少し残念な気持ちになったが、スマホの件が片付いただけでも今日は良しとしよう。
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スーパーな人間へ

2025-02-21 11:47:41 | 日記
 少し前の現代ビジネスに、鳥についての記事が出ていた。それをネットニュースで見たのだが、「話題沸騰中の『恐竜はすごい、鳥はもっとすごい!』より、一部を抜粋してお届けする」と書いてあるので、その記事自体にも元ネタがある。読んでみたいが、記事を読むだけで大体のことはわかったので、買ってまで読む必要はないかな、なんて不届き者は思うのである。

 以前、映画でエベレストを超えて飛んでいくツルの群れを観たことがある。人間なら高度8000メートルというのはデスゾーンと呼ばれ、すぐにでも下山しなければ酸素が足りずに死んでしまうと言われている。ところが、そんな空気の薄いところを、ツルは超えて行くのである。とんでもない能力ということになるが、恐竜の子孫だと言われている鳥類は、スーパーアスリートなのである。

 鳥類の運動能力は、生物の中でも別次元だという。それは約2億5千年前に起きた地球上の生物の大絶滅をもたらした低酸素という極悪な環境のもとで、原始的な爬虫類から恐竜の一群が進化する過程で生み出された。その子孫である鳥は、哺乳類などとは別次元の「スーパーミトコンドリア」を持っているのである。

 スーパーミトコンドリアは、僕たちが属する哺乳類のミトコンドリアと比較して、酸素消費が高く活性酸素の産生が低く、脂肪の合成が低い。どういうことかというと、酸素濃度が低くても平気で活動できるし、活性酸素を溜め込まないので老化もしない、肥満にもならない、というなんともうらやましいミトコンドリアを持っているのである。

 昔から野鳥を見ていて、肥満した鳥がいないのは、それだと飛べなくなるから自然と淘汰されてしまうのかな、と考えていたが、どうやらもともと太らない性質らしい。年老いてヨボヨボな野鳥がいないのも、ヨボヨボになって淘汰されるのではなく、寿命が来るまで老化しないというのだから、まさにピンピンコロリを地で行く生き物なのだ。

 考えてみれば、生物は海の中でアメーバみたいな姿で誕生し、海で生活した後で海から陸へと進出した。その後、陸から空へと生息圏を広げたわけだから、進化の上では鳥類が頂点にいると言ってもおかしくはないのである。

 未来の医療では、鳥類のスーパーミトコンドリアを人間に移植するなんてことが起こるのだろうか。そうすれば延々走り続けられるマラソンランナーとか、無酸素で何往復もエベレストの頂上まで行ったり来たりする登山家だとか生まれてくるのだろうか。人間の体格はすべてスーパーモデルみたいになり、チビ、デブ、ガリなんてのはいなくなるのだろうか。なんて想像してしまうが、その前に筋肉やら骨やらが、スーパーミトコンドリアに置いてけぼりを食わされそうな気もするのである。
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入る方と出る方

2025-02-20 11:24:05 | 日記
 最近やたらと話題になりながら、ニュースを見ていてもよくわからないのが年収の壁というやつである。103万円がどうしたこうした、178万円に引き上げたほうがいい、でも引き上げると税収が減り、その分をどうするかとか、与党と野党がヤーヤー言っているが、僕なんかにはどうして一定の額で線引きをしてしまうのかがどうしてもわからない。低所得者のために設けた線引きなのだろうが、低所得者かどうかをある額で分けてしまうのも、それでいいのかという気がしてしまう。

 結局のところ新しい線引きのラインを設ければ、今度はそこのところでまたヤーヤー言いそうだ。こういうのはキリがない。そもそもどこかで切るからおかしいので、所得が多くなれば少しずつ課税の割合を増やす比例曲線見たいなことはできないのだろうか。30万円なら30万円なりの課税、3000万円なら3000万円なりの課税をすれば良さそうだが、それはお役所で計算するのは大変なのだろうか。

 大体、稼いだお金から税金を取ろうとするからおかしいのではないか。松下幸之助さんは、10億稼いでも9億円税金で取られても、「お国のために10億円稼いだから、そのお礼にと国から1億円をご褒美としてもらった」と考えるようにしていたというが、一般人はそんなタダ働きみたいなことで納得はしないのである。

 稼いだお金に税金をかけるのと反対のやり方が、消費税というやつだ。これなら収入が低い人は出費も少なく、多く稼ぐ人は多く出費するから、税においては平等だと言われている。が、食い物など生活必需品に関しては、人の100倍稼ぐからと言って、100倍の食費を必ず使うとは限らない。そのことから消費税は貧乏人ほど負担は大きいと言われている。

 もっともお金というものは、使わなければただの記号に過ぎない。資産が100億円あるといっても、死ぬまで使わなければお金とは呼べない。100億円という記号は、使ったときに初めて100億円の価値が生じるのである。そう考えるなら、所得税よりも消費税の方がより平等ということになるわけだが、世間的には消費税は人気がない。なぜなら、同時に所得税も取るというお役所のやり方がに問題があるからだ。稼いだお金に税金をかけ、使うお金にも税金を課す。これがそもそもおかしい。入る方か出る方、どちらかひとつにしろという話なのである。
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平安貴族たちの歌

2025-02-19 11:22:14 | 日記
 今年の初めから、習字のお手本に「小倉百人一首」を使っている。お手本はなんでもいいのだが、お手本で何度も書くわけだから百人一首でもお手本にすれば、一緒に百人一首を覚えられるんじゃないかという発想である。習字の練習になり、百人一首がスラスラ言えて、お正月にはカルタ取りだってできるのである。こういうのを一石三鳥という。

 で、大体一日一首のペースで百人一首を書き、60番目くらいに到達した。が、すでに最初の頃のは忘れているので、最初から終わりまで3回くらい繰り返して書かないと、全然頭に入っていかないだろうなと思っている。1年かければ、百首全部と言わないまでも、少しは口をついて出るようになるだろう。

 百人一首は時代別に古い順から並んでいる。1番は天智天皇(中大兄皇子)である。時代で言えば飛鳥・奈良時代。600年代中期である。で、平安時代前期、後期、鎌倉時代へと続く。で、ようやく習字の練習も、この前NHKでやっていた大河ドラマ「光る君へ」の時代へと入ってきて、俄然歌の作者に親近感を覚えているのである。

 最初に出てきたのが、55番藤原公任。ドラマでは町田啓太さんが演じている。さてその歌はと言えば「滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ」である。現代語訳は、水量が絶え滝は消えてしまったが、今も「名前ばかり(名こそ)の滝」と呼ばれていることよのお、という意味である。なるほど。何がいいのかわからん。

 次は56番和泉式部。ドラマでは泉里香さんが演じている。「あらざらむ この世のほかの思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな」(私はもうすぐ死んでしまうでしょうが、あの世の思い出にもう一度あなたにお会いしとうございます)みたいなことを歌っているが、瀕死の重症なら歌を詠む余裕はなかっただろう。

 57番は紫式部。ドラマでは主役を吉高由里子さんが演じた。もともと左利きだったのを右利きを猛練習してドラマに臨んだというので、負けられないとばかりドラマを見るたび僕も習字に励んだのである。「めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし 夜半の月影」(久しぶりに会ったのに、それが幼友達のあなただったと見分けられないうちに月が雲に隠れたように、あなたは姿を隠してしまいましたね)。てっきり恋人のことを歌ったのかと思えば、月影とは和歌の世界では幼友達を指すらしい。

 58番は藤原賢子。紫式部の娘である。ドラマでは南沙良さん。「有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を忘れやはする」(有馬山から猪名の笹原へと風が吹くと笹が一斉に音を立てる。そのくらい私もあなたを忘れません)。

 59番は赤染衛門。ドラマでは凰稀かなめさんが演じる。衛門と言っても女性である。「やすらはで寝なましものを小夜ふけて かたぶくまでの月を見しかな」(あなたを待ってグズグズしているうちに西の山に傾くまで月を見てしまいました)という徹夜した時の歌である。

 なかなかドラマと実際の歌が結びつかないが、当時の人たちが詠んだと思うと、現実と架空の世界がごちゃまぜになって、興味は湧いてくるのである。
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