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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

冬の絵

2025-02-15 08:08:51 | イラスト
 三日かけて絵を描いた。犬と飼い主シリーズと勝手に銘打って描いている第三弾は、スティングとその飼い犬が雪の雑木林を歩いているアルバムジャケットを描いてみることにした。ただ、スティングが犬好きで、今までに犬と一緒に撮った写真やビデオがあるものの、残念ながら犬の名前まではわからない。仕方がないので、今回の絵のタイトルはアルバムタイトルにある冬の夜からとって、ただ「冬」とだけしておく。



 今回使った水彩絵具は黄色と青と黒の3色。緑色で描きたかったが、手元に緑の水彩絵具がなかったので、黄色と青を混ぜて使うことにした。今回描きたかったのは雑木林のほうで、雪のついた白樺などがうまく描けるかどうか、そこにたっぷり時間をかけた。写真に撮ると、絵の上の方にお日様がさしているようになっているが、写真を撮るためにスポットライトの下に置いたら、思ってもみなかったふうに写ってしまった。実際の絵は、平坦な白い背景である。

 昨日、なんとしても完成させたいと集中して描いていたので、ブログを書くのをすっかり忘れていた。今日は久しぶりに天気になったので、ゆっくりランニングをしてこようと思っている。新しいランニングシューズを買ったものの、葬式があって静岡まで出かけたり、雪が積もったりしてなかなか使う目にあわなかった。今日は試し履きをして、寒さで硬直した体をゆっくり動かしてくる予定でいるので、早々にブログを書いておくことにした。
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飾って満足する

2025-02-01 12:04:02 | イラスト
 この前から取りかかっていた犬と飼い主シリーズ第二弾、「ガクと野田さん」が完成する。使った画材は鉛筆と水彩絵具の赤と黒。色面が単調なので、スプレー塗料でマットを赤く色付けした。



 第一弾が「デコピンと大谷くん」で、こちらは水彩絵具の青と黒を使った。マットは青だ。とりあえずこれでシリーズを2枚描いた。さて、次は何を描こうかな。描く題材もだが、使う水彩絵具は黒と何にするか。緑かな。黄色じゃ薄すぎる気がするが、それもありかな。その辺のところは題材が見つかったらにしよう。



 夜、スポットライトを照らして2枚を眺めると、我ながらなかなか面白いものが描けた気がして嬉しくなる。自分で描いて自分で満足する。なんと安上がりな幸福なんだろう。ちなみに、手前にある腕枕をするカエルの彫刻は、10年以上前に作った「オヤジガエル」。小さい額は三春美術展用に一昨年作ったテオとアンの絵だ。
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犬と飼い主シリーズ

2025-01-24 12:33:16 | イラスト
 大谷くんとデコピンの絵を描いたので、次もできたら犬と飼い主を描いて、シリーズにしたいなあと思い、題材を探してみた。なかなか描きたいものがない中、以前描いたカヌーイスト野田さんとカヌー犬ガクのコンビの写真が目に止まったので、第二弾はそれを描いてみることにした。写真は、僕の本棚にあった「ガクの冒険」という写真集にあったものだが、掲載されていた写真が小さいこともあって今ひとつ画質が良くない。デコピン同様、細かいところは気にせず、大まかに描いてみることにした。



 で、昨日下書きを済ませ、今日は朝食後から水彩で色をつけてみた。あんまり描き込むと、水分で画面がブヨブヨになるので、乾かしながらの制作だ。とりあえず半分くらい描いたので、完全に乾くまで放っておくことにした。

 デコピンは青と黒の絵具で描いたので、今回は赤と黒の絵具で挑戦だ。デコピンに比べると、雑種のガクの毛並みを描くのは難しそうだ。野田さんがライフルを抱えているのは、アラスカをカヌーで旅しているからで、ガクが熊を呼んでくるので、それで熊を追っ払うためである。



 完成したデコピンの絵は、マットを青く塗り壁に飾ってみた。ガクと野田さんの絵は、マットを赤にしようと思っている。
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デコピンを描く

2025-01-19 10:33:44 | イラスト
 今まで大谷くんの絵は、何枚か挑戦してきた。うまく描けたと思えるのもあるし、全然ダメだったものもある。エンジェルスからドジャースに移ったので、改めて描こうと思ったが、まだピッチャーもやっていないし、かといってバッターとしての大谷くんでは新味がない。どうしたものかなと考えているうちに、ああ、そうだ、デコピンを描こうという気になった。

 去年から墨一色で描くということを続けてきたが、今年は墨をやめて水彩でやってみることにした。いきなりいろんな色を使うというのはレベルが高くなるので、勉強がてらまずは青い絵具を主に、そこに黒い絵具を加えることで濃淡をつけることにした。

 で、インターネットでデコピンの始球式の時の映像を探し、プリントアウトした。が、あいにく画質が悪く細かいところが今ひとつわからない。仕方がないので、細かいところは気にせずに、大まかなところだけを描いていくことにした。



 背景は、画面が騒々しくなりそうだったので、白いまま残すことにした。ただ、これでは作品として単調なので、絵を飾るときの白いマットをスプレー缶のスカイブルーで塗り、それを額に入れることにした。



 去年はカヌーイスト野田さんと愛犬ガクの絵を描いたが、飼い主と犬シリーズは案外面白いかもしれない。
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おれはひとりの・・・

2024-07-07 10:18:13 | イラスト
 描きかけだった宮沢賢治の絵を完成させる。うまく行ったかと言えば、だいぶあやしい。それでも完成させるということが大事だと思い、今回はこれで良しとしておく。




 宮沢賢治といえば「雨ニモ負ケズ」の詩が有名だが、これは発表された詩ではなく、死後残されたメモ帳の中に書かれたものだった。賢治自身は詩作品というよりも、覚書として書いたんじゃないだろうか。

 絵に添える宮沢作品としては「雨ニモ負ケズ」ではあまりに安易に過ぎる。そこでいろいろ読んで、こんな文章を書き添えることにした。それは生前「春と修羅」として発表された作品の一節である。

「まことのことばはうしなはれ
 雲はちぎれてそらをとぶ
 ああかがやきの四月の底を
 はぎしり燃えてゆききする
 おれはひとりの修羅なのだ」

 難しいのは「修羅」という言葉だろう。そもそも阿修羅というような言葉があるように、鬼神という意味合いがある。「修羅場」という言葉もいい意味では使われない。「おれはひとりの修羅なのだ」というとき、賢治は自分を鬼のように感じていたのだろうか。それとも何やら面倒な混沌のような存在だと考えていたのだろうか。

 言葉の意味を調べると、「修羅」にはもうひとつ「大きい石を運ぶための木製ソリ型の運搬用具」というものがある。どうやら賢治はこちらの意味合いも込めて使ったのではないだろうか。

 ゴッホの伝記にこんな逸話がある。戸外で油絵を描くためにたくさんの道具をかついで歩くゴッホに、行き合った人が手伝おうかと声をかけると、「自分の荷物は自分で運ばなければいけない」と断ったというものだ。
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「雨ニモ」じゃないヤツで

2024-07-04 11:04:45 | イラスト
 宮沢賢治の絵を描き始めた。

 が、参考にしたい写真を探してみるが適当なのがない。一番有名なのはスーツを新調したとかで写真館でポーズをつけて写真に収まっているものだ。もっともそんなポーズを決めたものは、宮沢賢治らしくない。それであちこちネットで探して、二番目くらいに有名な写真の畑をうつむき加減で歩き回る賢治を印刷してみた。

 ところが、古い写真で画質が悪い。拡大するとほとんど細かいところがどうなっているのかわからなくなる。仕方がないので、引き伸ばして印刷した上に、新たに赤ペンで輪郭を描き加え、それを見ながら描くことにした。顔のところはつぶれていたので、これも少しでも画質のいいのを探して、同じくらいの寸法で印刷して顔のところに貼り付けた。

 ここまでで準備は整ったので、早速朝から絵に取り掛かる。



 地平線より上は白く残す予定でいる。ここに宮沢賢治らしいと僕が考える文章を書き込もうと思う。

 すぐに思い浮かぶのは、「雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ」で始まる詩だが、それだとあまりに典型的すぎて面白味がない。この前宮沢賢治のドラマを見て、新たな印象を持っているので、できれば「雨ニモ負ケズ」じゃない作品の文章を探そうと考えている。今のところ候補はない。絵を描き終わったら、一旦宮沢賢治の作品をいろいろ読み返し、絵に書き込む文章を探すつもりだ。

 その後、今度は書き込む字の練習もしなければならない。サラサラと書けるような実力がまるでないのだから仕方ない。絵と習字の練習だと思い、続けることにしよう。
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画面を構成してみる

2024-05-31 09:39:59 | イラスト
 歌人・山頭火という人の写真はあまり残っていないのか、本で見かけたりネットで検索してみても、有名な写真と言えば笠を被って歩いている後ろ姿だ。「うしろすがたのしぐれてゆくか」という代表作があるので、ぴったりの写真なのだが、あまりに有名なので後ろ姿だけですぐに山頭火とわかってしまうのである。

 で、ほかに何かないかなと探していたら、腰を下ろしているらしい写真があった。顔がわかる写真は数点しかないが、その中でも表情がわかりやすい写真なのではないだろうか。それなら、というので、この写真を使って山頭火の絵を描くことにした。



 ただ、このままそっくりに描いても山頭火らしくないので、とりあえず托鉢姿にするために笠を被ってもらうことにした。笠はいろいろ調べて山頭火らしいものにする。で、その笠を切り取って、山頭火の写真に貼り付ける。



 背景はどうしようかと思ったが、炎天下で遠くを見ている雰囲気にしたかったので、以前僕が撮った写真から入道雲を探してきて描き足すことにした。



 というようなわけで、あちこちから材料を集めて、ひとつの画面を構成してみる。絵が完成したら、左の空いている部分に、濃い墨で山頭火の俳句を書き加えようと考えている。

 さて、どういう俳句を書くか。候補はいくつかあるが、あとは絵の完成を待って決めることにする。
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少しずつ前へ

2024-05-18 13:42:01 | イラスト
 この前から描きかけになっていた傘の絵を完成させる。と言っても、できていなかったのは、筆で「奥の細道」の書き出し部分を書き込むだけだったので、しばらく練習していたのだ。とは言え、なかなかいい感じにできない。何枚書いても同じようなものしかできないので、練習をやめて本番に挑むことにした。

 ところがである。最初の「月日」と書いたところで、太い筆を使って書くところを、隣にあった細い筆で書いてしまった。わちゃーっとなったが、すでに手遅れだ。仕方がないのでそれに合わせて全体を書いた。本当はもっとゴロッとした文字にしたかったんだけどな。



 今日の福島は真夏日予想だ。暑いけどランニングに出かけてこようと朝食後に準備を始める。と、いつもはアンが日向ぼっこする定位置にテオが行き、窓の外を眺めている。家の前を通る人は、窓辺に犬、猫のいる光景を見て思わず微笑むだろうなと空想して楽しむ。



 真夏日のランニングは、さすがに体に堪える。それでも2時間半、走ったり歩いたりして午前中いっぱい体を動かす。今回はスマホのストップウォッチを作動させて走ったが、やはり走りながらタイムを確認できないというのは、どうしてもペースがつかめない。なくした腕時計も見つからないし、そろそろ新調しようかな。

 そんなこんなで、絵、習字、ランニングとちっとも進歩はしないが、昨日の自分に比べて少しでも前へ進んでいればいいかなと思いながら、毎日を過ごすのであった。
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赤い傘の絵

2024-05-13 11:28:54 | イラスト
 この前買った写真家ソール・ライターの印象的な写真を真似して、赤い傘の絵を描いた。ソール・ライターの写真は雪の積もった舗道を、赤い傘をさした女性らしき人物が通り過ぎる瞬間を、俯瞰する位置から撮ったものだ。真上に近い場所から見下ろす構図なので、誰が傘をさしているかわからないが、真っ赤な傘の印象から、若い女性を想像してしまうのである。

 で、僕が描いたのは傘をさしている人たち。雨の中を行き交う群衆がテーマだ。



 上半分を白く残したのは、ここに芭蕉さんの「奥の細道」の書き出し部分を書こうと考えているからだ。
 「月日は百代の過客にして 行き交う人も また旅人なり」
 絵は今ひとつだが、描き込む字の感じで仕上がりの印象がいろいろ変わるだろうと思っている。どうした書体でどんな構図で書き込めばいいか、それはこれから考えることにする。

 ソール・ライターの赤い傘の写真も印象的だが、同じようにモノクロの画面に赤が効果的に使われているのは、映画でも見られる。特に最初に印象に残っているのは、黒澤明監督の「天国と地獄」。これは誘拐事件を扱った映画で全編モノクロだ。その中でたった1箇所だけ赤い色が画面に現れる。それは身代金を入れていた鞄を燃やすと、赤い煙が出るという仕組みになっていて、映画の中では煙突から赤い煙が立ち上ることで犯人の居場所が判明するという使われて方をしている。

 もうひとつ有名な映画に、スティーブン・スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」がある。ユダヤ人の大量虐殺を扱った映画で、こちらも全編モノクロだが、ユダヤのゲットーでナチスによる無差別な虐殺が行われる時、小さな女の子だけが赤い服を着ている。無差別攻撃が終わった後の死体の山の中に、赤い服が見えることで、人間の野蛮さに対する絶望と怒りが現れている。

 他にもこうした効果的な使い方をしている映画や写真があるかもしれないが、僕の知るところはこんなところだ。
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真珠の耳飾りの少女

2024-04-30 14:05:23 | イラスト
 朝4時に起きて、水墨画の続きをやる。今回は超有名なフェルメールの絵画「真珠の耳飾りの少女」だ。

 どうしてこの絵を描こうと思ったのかというと、理由は単純で、青色の絵具があったからにすぎない。この青はドジャースの大谷くんを描くために買ったのだが、完成した絵をすぐに知人に譲ったので、青い絵具だけが残った。

 何を描けば使えるかなと考えているうちに、ふとフェルメールの少女の肖像画が頭に浮かんだ。タイトルはわからないが、頭に巻いた青いターバンだ。少女はハスにかまえ、唇に少しだけ笑みを湛えている。

 で、3日間ほどかかりっきりでせっせと描いた。完成してすぐに写真に収めたのは、この前の大谷くんの絵のようにすぐに手放してしまうと、描いたという証拠が残らないからだ。



 ちなみに、「真珠の首飾りの少女」というタイトルだが、別名「青いターバンの少女」とか「ターバンを巻いた少女」というタイトルでも呼ばれている。どちらかというと、真珠の耳飾りより青いターバンのほうが印象的なのだ。

 というのも、青い絵具というのは、西アジア原産のラピスラズリという宝石から作った非常に高価なもので、この絵具を使っているというそのことだけでも、観る人は感心していたのである。
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