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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

カタクリを探しに

2018-03-31 10:50:46 | 福島

 日中は20度まで上がる気温も、早朝はまだまだ寒く、地面は半分凍っている。福島にも開花宣言が出たので、来週には花見シーズンに突入するだろうが、桜の花以外は案外ニュースにはならないのだ。

 このところ、ドリの調子が悪かったり、トトが高齢で歩けなくなっていたりしたので、散歩も家の周りで済ませることが多くなっていた。去年の春頃は、2匹とも元気そのもので、遠くまで歩き、野鳥を探したり、野草を見たりしていた。1年でこうも変化するとは、犬と人間の生きる速度の違いを痛感する。

 梅や桜は近所でも見ることはできるが、カタクリやキクザキイチゲといったスプリング・エフェメラルは、特定の場所に行かなければなかなか見ることができない。今日は早起きすると、ドリを車に乗せて、近くの農業公園まで出かけてみることにした。昔なら歩いて行けた距離なんだけどなあ。

 雑木林が若葉をつけるのはもう少し先。この時期は雪もなく、林床の奥まで太陽の光が届き、地面から次々とスプリング・エフェメラルたちが顔を出す。

 ここは数年前にカタクリが群生するのを発見し、それ以来毎年のように足を運んでいる。年々勢力範囲を広げ、最近は足の踏み場もないくらいカタクリが密集する地帯になっている。そのせいか、以前はなかった「かたくり」と書かれた看板が立てられていた。

 林の中では、コジュケイやガビチョウなどの野鳥の鳴き声が騒々しく響いている。時々ウグイスの艶やかな歌声が聞かれ、目の前を小さなカシラダカの群れが飛び交う。

 今年もカタクリを見たので、そろそろ帰ろうと車に乗り込むと、目の前にキジが微動だにせず直立していた。助手席にいるタミちゃんに、「キジ、キジ」と声をかけると、慌ててカメラのシャッターを何度も切っていた。キジは「満足しましたか」とでも言いたげにこちらを振り返ると、ゆっくりと丘を下っていった。

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春は菜っ葉の季節です

2018-03-30 10:28:23 | 福島

 昨日、福島県でも桜の開花宣言が出た。と言っても、標準木があるのは福島市で、毎年郡山市よりもほんのちょっと早く春が来る。というわけで、我が家の周りでもまだソメイヨシノは咲いていないが、桜はソメイヨシノだけではない。

 そもそもソメイヨシノは、複製に複製を重ねて作ったため同じ遺伝子を持っている。そのために同じ環境にあるソメイヨシノは同じ時期に開花するのであって、一斉に咲く見事さはあっても、個体差がないのでじっくり見るには面白みはない。その点、ヤマザクラなどは花の色も、花と同時に出る葉っぱの色も個体差が大きいので、桜の名所の吉野なんかに行くと、様々な色の競演が見られ風情がある。そんな中にソメイヨシノが混じると、なんだか造花に見えて安っぽいのである。

 桜はまだだが、梅はあちこちで満開になっているのもあれば、咲き始めたばかりのものもあり、散歩の目を楽しませてくれる。ここ三春町は、梅、桃、桜を同時に愛でることができると言われている。

 初夏のような陽気が続くために、今年はカタクリなどのスプリング・エフェメラルを確認する前に一気に春になってしまった。ほかの草花が顔を出す前のほんの短い期間に、花を咲かせる戦略を取るスプリング・エフェメラルなだけに、真冬から初夏へと急変した気候に、今年はちゃんと花を咲かせることができただろうかと心配だ。

 ツクシも一斉に顔を出している。

 散歩の途中、自生している菜っ葉を見つけると、ドリは若く柔らかい新芽に飛びつく。人間がフキノトウを喜ぶように、ドリにとって菜っ葉は、春を感じる旬の味なのだろう。

 ムシャムシャ。それにしても変な犬なのである。

 ツバキの花が目立つようになってきたので、ひと枝だけ失敬して、一輪挿しにした。

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カメラをぶら下げて

2018-03-28 09:36:25 | 福島

 ドリの体調が悪かったり、高齢のトトが長い距離を歩けなくなったりと、散歩がどうしても短い時間で終わっていたので、近頃はあまりカメラを持って出かけることが少なかった。

 これまでふたりと2匹で出かけていた散歩は、トトが死んだのでひとりが常に手持ち無沙汰になった。そこでカメラを再び首から下げて、ブラブラとドリの調子に合わせて歩くことにした。ただ、どうしても長い距離は歩けないので、ごく家の近所だけである。

 昨日から日中は春を通り越して、初夏の陽気になっているが、早朝はまだまだ冷え込む。梅の花がようやく満開近くなり、菜の花や水仙などの花もちらほら見かけるようになり、目の前の景色はやっと春本番といったところだ。

 ドリが畑に寄って行こうと先導するので、耕したばかりの畑に向かう。

 去年のうちに植えたクキダチが、少しだけ大きくなって来た。タマネギの芽もチョロチョロと顔を出しているが、総じて我が家の野菜たちは大器晩成型と言えるだろう。

 彼岸桜だろうか、早咲きの桜が咲いていた。

 白いツバキの花が朝日を浴びているところは、凛として神々しくもある。

 それにしても、散歩にカメラを持って歩くと、普段何気なく生活していては気づきにくいものに、注意が向くのである。

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驚くべき頭脳

2018-03-27 11:50:53 | 日記

 ずっとテレビの前にいるわけにはいかないので、雑用をこなしながら、時々付けっ放しにしている画面を横目で眺める。国会で森友事件の証人喚問を生中継しているのだが、先日のオリンピック以来のイベントに、きっと視聴率も高いんじゃないかと思う。

 さて、事件そのものは誰もがわかっているのだが、それを証明するのがものすごく難しいというのが、凡人の僕にもよくわかる。おまけに、官僚と呼ばれる人たちが、日本の最高頭脳だというのも、なるほどと納得せざるを得ない。大体、一年前の議事録を取り出して、こんなことを言ってたじゃないですかなんて詰め寄られたら、僕なんか、「そんなこと言いましたっけ。全然覚えていないんですけど」と答えるしかない。昨日の夕飯はまだしも、一昨日食ったものになるとかなり怪しくなるくらいの記憶力なのだから。

 質問するほうは証拠となる発言をしてもらおうと、核心からなるべく遠いところから話を始め、うっかり返事しようものなら、いきなり尻尾を抑えようという魂胆だ。ところが、証人のほうはその発言の真意がどこにあるのかを素早く見抜き、尻尾を掴まれないような返答をする。その頭の回転の速さは、やはり常人ではない。東大でも必死で勉強して入学したレベルではそうはいかないだろう。

 凡人なら、どこに罠が張られているのか考えるのが面倒になり、最後は質問に一切答えない作戦を取るか、適当な答えになって尻尾を出すかのどちらかだろう。

 長々とやっている問題だけに、すっかり事件そのものには飽き飽きしているので、近頃はそういうところばかりに感心しているアベさんなのである。

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荒野を行く

2018-03-26 12:49:28 | 福島

 せっかくの休日だったが、朝から車の任意保険の話にディーラーまで出かけたり、買い物をしたりしていたら、あっという間にお昼になってしまった。お隣さんとの境界に立てていたホームセンターで買って来たラティスがボロボロになったので、新たに自分で柵を作らなければならない。そのための材料は買って来たが、それにしてもホームセンターのガーデニングコーナーで扱っている製品というのは、実にチャチですぐいダメになる。格子に組んだラティスだとか、木製の室外機カバーだとか、花壇の柵だとか、安いには安いがあまりにダメになるのが早すぎるのだ。

 ところで、四月の中旬に、恒例になっている三春の美術協会の展覧会がある。そこに何を出品しようかと、過去の絵を見返していたら、九州にいた頃、毎週のように出かけていた九重連山の思い出の絵があった。それは、正面の久住山を目指して、荒涼とした北千里浜をトトと歩いている時の光景で、右手には描かれていないが、噴煙を上げる硫黄山がある。

 九重連山というのは、名前の通り、たくさんの山々が連なる九州中央部の山々で、僕とトトはほぼすべての山を登り、いろんなバリエーションルートを歩き、四季を通じてさまよった。トトが歳を取ってからは山登りからすっかり遠ざかっているが、あの頃は、トトと一緒ならどんな場所へでも不安もなく出かけることができた。

 こんな時もあったんだなと、懐かしく思い出す。よし、決めた。今度の三春の美術展は、この絵を出品することにしよう。タイトルは「荒野へ」としよう。

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アメンボの絵

2018-03-25 11:27:09 | 里山探検隊

 昨日畑を耕しておいたので、今朝は朝食後にタミちゃんと畑に行き、ジャガイモを植えることにする。畝は四つ作っておいたので、ふたつに男爵を、もうふたつにキタカムイの種芋を埋める。買って来た種芋はそれぞれ1キロずつで、ひと袋に8、9個ほどしかないが、芽のあるところでひとつを四等分にするので、4倍に増える。

 これが成長すると、それぞれの苗が10個ほどの芋ができるので、少ないと思っていても結構な量になる。事実我が家では、せっせとジャガイモを使った料理を作ってはいるが、去年収穫したジャガイモがまだまだたくさん残っていて、次の収穫まで買う必要がない。天気予報では来週は初夏の陽気になるらしいので、ジャガイモもすぐに芽を出してくれるだろう。

 話は変わるが、春らしくアメンボとミズスマシの絵を描いた。どちらも水上で暮らす虫だが、それだけに水面の様子を描くのに苦労した。プラス、春らしさも加えたいと、桜の花びらが水面に浮かんでいるところにした。

 中央には、トトが小さなミズスマシの背中に乗っているところを描いた。トトはいなくなったが、作品の中ではまだまだ僕らとともに生きていてもらわなければならないのだ。

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畑を掘り返す

2018-03-24 11:08:54 | 福島

 今日から暖かくなるという天気予報通り、朝から青空が広がり、家庭菜園を始めるには絶好の日和となった。朝の散歩で、我が家の畑を見に行き、午前中で耕せる範囲を確認する。

 タマネギと豆の芽がちょっと出ているものの、ほとんど顔を出した雑草に覆われて、目を凝らさなければここが畑であることがわからない、まるで古墳みたいになっているのである。

 東京では週末には桜が満開になるかもしれないとテレビで言っていたが、福島はようやく梅が咲き始めたところで、桜の芽は固い。

 朝食を食べていると、裏の空き地に野鳥が次々にやってくる。ヤマガラ、シジュウカラ、エナガ、ジョウビタキ、ツグミ、カワラヒワと、ゆっくり食べている暇がないほどだ。

 朝食後、早速畑に行く準備をする。午前中の2時間しか空いている時間がないので、モタモタしている暇はない。クワと肥料、軍手にタオルを車に積み込み、畑に直行する。

 我が家の畑くらいの広さだと、耕運機などの機械を使ってやるには買って来た野菜よりも高価な野菜になってしまう。が、クワで掘り返すには、結構体力勝負のところがあって、ここをひとりで掘り返していると言うと、感心されてしまう。

 雑草が根を張りまくった地面は、簡単にはクワを入れさせてくれない。ひと畝分も掘ると、早くも握力がなくなってくる。なかなか進まないので、何度も水分補給の休憩をとりながら、1時間半かけてなんとか畑の3分の1くらいを掘り返した。四畝作ったので、ここにジャガイモをふた畝ずつ2種類作る予定だ。

 ここで時間切れになったので、腰を伸ばすと、空を北へ帰る白鳥の編隊がヘナヘナとV字を作って飛んでいた。

 安達太良山はまだ雪に覆われている。

 畑の周囲には、犬のキン○マと名付けられたオオイヌノフグリがいっぱい咲いていた。

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畑の準備

2018-03-23 13:18:26 | 福島

 雪で白くなった地面も、一日ですっかり溶けてしまった。今日はお昼からお日様もさし、気温はぐんぐんと上昇している。雲が切れ、青い空には春らしい丸い雲が浮かんでいる。

 散歩をしていると、あちこちの家庭菜園で畑の準備が進んでいる。我が家もこの前の日曜日は畑を耕すことにしていたのだが、トトのことがあったのでそのままになっている。

 天気予報では週末から来週にかけて、5月並みの陽気になるらしい。ボヤボヤしているとほかの家庭菜園に遅れをとってしまい、欲しい苗が手に入らなくなってしまうので、タミちゃんに種芋を買って来てもらい、畑には肥料を撒いた。今度の週末は、畝を作り、ジャガイモを植えよう。

 今でもタマネギや豆が植わっているが、ジャガイモのほかにも夏野菜を作る予定だ。今年は今までより少しだけ時間的に余裕がありそうなので、畑に行く時間を増やそうと思っている。

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時々春に雪が降る

2018-03-22 10:53:10 | 福島

 朝から降っていた小雨は、お昼過ぎに雪に変わった。春の雪特有の水分の多いボタン雪は、道路に落ちるとすぐに溶けてしまうかわりに、木々や草花の上ではどんどん膨らみ、あっという間に裏の空き地は真っ白になった。

 こんな日は野鳥も餌を探すのが大変だろうと、給餌台にヒマワリの種を入れてしばらく野鳥を待ってみる。と、その様子をどこかで見ていたのだろう、すぐにシジュウカラとヤマガラがやって来て、交代で種をくわえていく。スズメたちもおこぼれに預かろうと群れでやって来たが、警戒心の強いスズメは、僕がいるうちは近づくことはない。

 今や雪のボンボンが樹氷のようになった柿の木に、見慣れない野鳥が飛んで来た。デジカメで写真を撮り拡大すると、一年ぶりのシメだった。去年一年、シメの写真を壁に貼り付けていたのだが、その写真のシメの背後には、雪が舞っていた。

 ヒマワリの種に興味がないのか、最近我が家に頻繁に顔をだすエナガのカップルは、ブロック塀の隙間の苔をせっせとくちばしで集めている。巣作りのための材料にでもするのだろうか。シジュウカラも我が家の巣箱を出たり入ったりしているので、卵を産む準備を始めているに違いない。

 初夏のような暖かさから一変、あっという間に銀世界に変わり、大きなボタン雪が次々に舞い降りてくる様子を眺めていると、自然とあるメロディーが口をついて出てくる。それはプリンスのたくさんある曲の中で、僕が一番名曲だと思っている「Sometimes it snows in April」という歌で、そのサビではこう歌われている。

Sometimes it snows in April
Sometimes I feel so bad, so bad
Sometimes I wish life was never ending,
And all good things,They say, never last 

 適当に訳すとこんな感じになるのだろうか。

時々四月に雪が降る
時々落ち込んでしまうこともある
時々人生に終わりがなければと願う
楽しいことはいつかは終わってしまうと人は言う 

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犬のためのお経

2018-03-21 11:27:13 | 福島

 トトを火葬にした時、このまま火葬してしまうか、お経をあげてから火葬するかを尋ねられた。今までペットのためにお経をあげたことなどないが、最近のペット事情では、犬も人間並に扱うのだろう。お経をあげてもらうと3000円追加になるということだが、お経を断るとケチったみたいで嫌なので、「お願いします」と頭を下げた。

 お経は「般若心経」で、お経を書いた紙を一枚渡された。どんなお経でも、僕は不案内だからチンプンカンプンなのだが、とりあえずお経に合わせて書いてある文字を目で追いながら、一体何が書いてあるんだろうということが気になった。きっと、犬の死に対しても効力のあるお経なのだろうから。

 帰り道、本屋で般若心経の解説本でも買おうかと思ったが、葬式の後は寄り道してはいけないとよく聞くので、まっすぐに帰宅し、ネットで調べることにした。で、調べたことを僕なりに解釈してみる。お経には興味はないが、トトのためのお経だと思うと、中身が知りたいのである。

 「般若心経」というのは、実に短いお経で、文字数にして262文字しかない。火葬場で渡された紙切れがすべてだったのである。観音様が短く要約して「この世に存在するとはどういうことか」ということについて、話してくれたということになっているらしい。

 さて、自分とは何かと問うてみると、物質としての肉体や、感覚や意識など、どれを取ってもこれこそ「自分だ」と言えるものを見つけることはできなかった。自分とはいろんなものが集まってできあがっているのであって、その総称として「自分」というものがあるだけなのである。植物は種から芽を出し、やがて花や実をつけるまで成長するが、どの過程がその植物そのものというわけではない。動物にしても、赤ん坊の時から比べると、成長するに従って肉体的にも精神的にも様々なものを取り込んで大きくなっていくが、どの部分が「自分」ということはできない。

 つまり、この世に存在するというのは、常に変化しているということでもある(仏教用語で無常という)。自分という実体は、この世のどこを探してもいない。だから、むやみに死を恐れてはいけない。水が水蒸気に変化してもこの世にあるように、死とは変化のひとつにすぎない。固執することが、苦しみを生むのだ。

 と、僕の理解では、おそらくこんなようなことを言っているようだ。トトさんは、ありがたいお経をあげてもらったんだなあ。でも、難しいので、もう少し僕には勉強が必要なようだ。

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