昨日は午前中、風邪気味だったので用心して寝ていた。その分午後はいつも以上にやることが増え、忙しく過ごした。今は百人一首をお手本に習字をし、今年の春から通信教育で古文書を読むための勉強をしているので、それもやる。そういうのに飽きてきたら今年の初めから練習しているピアノに向かう。エリック・サティの「ジムノペディ第1番」と「グノシエンヌ第1番」を、なんとか譜面を見ずにつっかえつっかえ弾けるようになってきた。
本当は水彩画を描きたいのだが、題材がなかなか見つからず、とりあえず「なにを描こうかな〜」と頭だけひねる。読書は「西行」(高橋英夫著)と「からくり民主主義」(高橋秀実著)をちょっとだけ読むと、今度はテオが散歩に連れて行けと騒ぎ出すので、雨の中着替えて出発だ。
と、なんだかあっという間に1日が終わってしまうのである。もっと時間があれば、ギターや三線、ウクレレ、ハーモニカの練習もしたいし、もう少し頻繁にランニングもしたい。春になればこれからは畑に出る時間も増えてくるし、去年から引き受けている地区の役職も果たさなければならないし、体があとふたつくらいあればなあと思う。
そうこうしていると、時々近所の人から「毎日何をしてるの?」と聞かれたりする。どう見ても仕事をしているように見えないので、どうやって毎日を過ごしているのか気になるようだ。
「毎日やることがない」というグチを聞くことは多い。「一日中家にこもっていると社会と疎外しているようで」と、一度定年退職していても、イヤイヤ仕事に出る人もいる。世の中は、「社会とのつながり」ということを強く言い、人手不足から高齢者も働かなければならないと言う。が、その割に報酬は少なく、「あちこち痛い」と言っている間にどんどん歳を取り、いずれ何もできなくなってしまうのである。
「社会とのつながり」ということだけで調べると、「友人との交流、家族との支援のやりとり、地域のグループ活動への参加、サークルや部活動への参加、ボランティアへの参加、近所付き合い、運動グループへの参加」とある。どこにもパート・アルバイトに出ろなんて書いていないのである。
人によってその人の「通常運転」にはいろいろバリエーションがあるだろう。が、すべての人に共通することがひとつだけある。それは人生は一回切りだし、過ぎた時間は取り戻せないということである。そうした時間の中で生きて行くとなると、非常時の運転ばかりを考えている必要はないのである。
本当は水彩画を描きたいのだが、題材がなかなか見つからず、とりあえず「なにを描こうかな〜」と頭だけひねる。読書は「西行」(高橋英夫著)と「からくり民主主義」(高橋秀実著)をちょっとだけ読むと、今度はテオが散歩に連れて行けと騒ぎ出すので、雨の中着替えて出発だ。
と、なんだかあっという間に1日が終わってしまうのである。もっと時間があれば、ギターや三線、ウクレレ、ハーモニカの練習もしたいし、もう少し頻繁にランニングもしたい。春になればこれからは畑に出る時間も増えてくるし、去年から引き受けている地区の役職も果たさなければならないし、体があとふたつくらいあればなあと思う。
そうこうしていると、時々近所の人から「毎日何をしてるの?」と聞かれたりする。どう見ても仕事をしているように見えないので、どうやって毎日を過ごしているのか気になるようだ。
「毎日やることがない」というグチを聞くことは多い。「一日中家にこもっていると社会と疎外しているようで」と、一度定年退職していても、イヤイヤ仕事に出る人もいる。世の中は、「社会とのつながり」ということを強く言い、人手不足から高齢者も働かなければならないと言う。が、その割に報酬は少なく、「あちこち痛い」と言っている間にどんどん歳を取り、いずれ何もできなくなってしまうのである。
「社会とのつながり」ということだけで調べると、「友人との交流、家族との支援のやりとり、地域のグループ活動への参加、サークルや部活動への参加、ボランティアへの参加、近所付き合い、運動グループへの参加」とある。どこにもパート・アルバイトに出ろなんて書いていないのである。
人によってその人の「通常運転」にはいろいろバリエーションがあるだろう。が、すべての人に共通することがひとつだけある。それは人生は一回切りだし、過ぎた時間は取り戻せないということである。そうした時間の中で生きて行くとなると、非常時の運転ばかりを考えている必要はないのである。









