散歩の途中で小学校の跡地を通ることが多い。里山にあり、昔は周りに家もなく、本当に山の中だったと古くから住む地元の人は言う。平地のない山の中ほどを切り拓き、校庭の一段上に学校が建っていたようで、今ではそこは墓地になり、運動場は広場として使われている。

新しい小学校はここから下ったところにできたが、運動場の周囲に植えられたソメイヨシノはそのままになっている。昔も今も、小学校と言えばソメイヨシノなのである。

今でこそソメイヨシノは全国至る所に植えられているので、よほどの名木でもない限り、人間で溢れかえる桜祭りなんかには行く気にはなれない。近所を歩き回るだけでいくらでも満開の桜を堪能することはできるのだが、不思議と小学校の跡地に咲く桜の下で花見をしている人がまったくいなかったりするのが、意外なのである。
ソメイヨシノは接木でしか育たない。その代わり成長が早く、クローンで増やしたために同じ時期に花を咲かせる。山桜なんかは個体差があって、ソメイヨシノほどには揃って花をつけない。そういうところが花見客を呼ぶのには、ソメイヨシノのほうが楽チンなのだろう。
今ではあまりに植えられたせいで、桜の中では風情を感じることは少ないが、それでも満開になればやっぱり綺麗である。特に青空の下で見る桜の花は、いつまでも眺めてられる。わざわざ夜にライトアップして見る桜なんてのは、邪道この上ない。色とりどりのライトで照らせば、花の色なんか関係なく、クリスマスのイルミネーションみたいになってしまうだろう。


新しい小学校はここから下ったところにできたが、運動場の周囲に植えられたソメイヨシノはそのままになっている。昔も今も、小学校と言えばソメイヨシノなのである。

今でこそソメイヨシノは全国至る所に植えられているので、よほどの名木でもない限り、人間で溢れかえる桜祭りなんかには行く気にはなれない。近所を歩き回るだけでいくらでも満開の桜を堪能することはできるのだが、不思議と小学校の跡地に咲く桜の下で花見をしている人がまったくいなかったりするのが、意外なのである。
ソメイヨシノは接木でしか育たない。その代わり成長が早く、クローンで増やしたために同じ時期に花を咲かせる。山桜なんかは個体差があって、ソメイヨシノほどには揃って花をつけない。そういうところが花見客を呼ぶのには、ソメイヨシノのほうが楽チンなのだろう。
今ではあまりに植えられたせいで、桜の中では風情を感じることは少ないが、それでも満開になればやっぱり綺麗である。特に青空の下で見る桜の花は、いつまでも眺めてられる。わざわざ夜にライトアップして見る桜なんてのは、邪道この上ない。色とりどりのライトで照らせば、花の色なんか関係なく、クリスマスのイルミネーションみたいになってしまうだろう。










