毎日里山をブラブラ散歩しているうちに、次第に東北の風景というものが、少しずつだが実感として感じられるようになってきた。もっとも照葉樹林が多い九州と落葉樹の多い東北では、その違いは歴然としているではないかと言われそうだが、知識としてわかることと、知識はなくてもごく近しいものとして感じることとは別物である。それは砂漠を舞台にした小説やジャングルを舞台にした映画を見ても、それをリアルに感じることが難しいのに似ている。
子供の頃、読書感想文の課題で宮沢賢治を読みなさい、みたいなことを言われたが、どこが面白いのかずっとわからなかった。日本文学の世界では、最重要人物でもあるようだが、「風の又三郎」にしろ「銀河鉄道の夜」にしろ、ちっとも頭の中に入ってこない。そのとっつきにくさは、柳田邦男の「遠野物語」でもまったく同じである。
が、福島に住むようになって、どうやら宮沢賢治がいた岩手という土地柄が、作品に色濃く影を落としていたのだと、はっきり実感するようになった。となると、急に親近感が湧くから不思議なものだ。
どっどど どどうど どどうど どどう。
青いくるみを吹きとばせ
すっぱいかりんもふきとばせ
もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星がまたたいていました。よだかはそらへ飛びあがりました。今夜も山やけの火はまっかです。
こういう文章が、なんだかひどく沁みてくる。














