おそらくこの冬一番じゃないかというくらい冷え込み、水溜りには氷が張っている。仕事が休みということもあり、朝の散歩は明るくなってから出かけることにする。冬至を過ぎたので、これからは一日ごとに日が長くなってくると思うと、なんとなく張りつめていた気持ちも緩む。
普段は仕事場に向かう人や、学校に子供を送り届ける車が走り回る時間帯にもかかわらず、暮れの休みに入ったせいか辺りはしんと静まり返っている。
毎日見ているお馴染みの散歩コースだが、未だ見飽きることがないのはどうしてだろう。
おそらくこの冬一番じゃないかというくらい冷え込み、水溜りには氷が張っている。仕事が休みということもあり、朝の散歩は明るくなってから出かけることにする。冬至を過ぎたので、これからは一日ごとに日が長くなってくると思うと、なんとなく張りつめていた気持ちも緩む。
普段は仕事場に向かう人や、学校に子供を送り届ける車が走り回る時間帯にもかかわらず、暮れの休みに入ったせいか辺りはしんと静まり返っている。
毎日見ているお馴染みの散歩コースだが、未だ見飽きることがないのはどうしてだろう。
今日から休みに入ったので、まずはランニングに出た。と言っても、昨日から猛烈に冷え込んでいたので、30キロは断念し、阿武隈川沿いを走る15キロのコースにした。幸い朝の間は曇っていた空も、お昼前には青空が広がり、走るには最高の天気になった。
手が凍えるほど空気は冷たいが、少し走ると帽子を脱がなければならないくらい汗びっしょりになる。夏場と違って、のどが渇くことはないので、折り返し地点までは休まずに走る。帰り道はのんびりと空を眺めながら、頭上を舞う白鳥やトンビの姿を目で追いながら走った。
さすがに帰り道になると疲れが出てきて、フォームもグダグダになる。ヒーヒーゼーゼーとかなりみっともないことになっているが、この歳になると何かを全力でやるということが少ないので、こうしてヘロヘロな状態まで自分を追い込めることが、なんだか嬉しい。
それにしても、人間は昔は歩くか走るしか移動手段がなかったわけだから、きっと一日中体を動かし続けても平気な持久力を身につけていたはずである。それがいつから短距離走者のように単発でしか力を出せなくなったんだろう。青空を自由に飛び回る鳥を見ていると、その姿は実に自然で無理がない。僕のようにヒーヒーゼーゼーになっている鳥なんて、まったく見かけないのだ。
ヒヨドリが独特な飛び方で、スーイスーイと目の前を飛んでいく。その姿は平泳ぎでもするように、羽を広げて空気をひと掻きすると、羽を体にピタリとつけて滑るように飛ぶ。
僕もあんな具合に、無理なく自然体でスーイスーイと走りたいなあ。大昔の人は、狩をするときなんかには、スーイスーイと原野を走っていたんだろうな。
HPにも載せているけれども、まずは年末年始のお知らせ。アトリエ・カフェ青い犬の年末年始のお休みは、12月29日(木)から2017年1月5日(木)となります。新年の営業は1月6日(金)からです。
というわけで、今日が仕事納め。明日は天気が悪ければ大掃除。天気が良ければ走り納めに出かけようかと考えている。
この前井沢元彦さんの「はじめての古寺歩き」という本を読み、ちょっとだけお寺に興味湧いたので、昔図書館で借りて面白かった記憶がある「見仏記」(いとうせいこう・みうらじゅん共著)を読み返している。すっかり忘れていたが、こちらは仏像の姿形だけを求めて尋ね歩くので、ちっとも仏教にも歴史にも詳しくはならないが、旅行記としては面白い。
NHKでタモリさんが「ブラタモリ」というのをやっていて、普通の人にはまったく興味のわかない地質やら高低差やら境界線から、町の成り立ちや発展の歴史をたどっていて面白い。と同時に、知識がない人は、結局どこへ行っても退屈してしまうだろうと感じてしまうのである。
旅行に行ってきた人に土産話を聞いても、「たいしたことなかったよ」くらいの返事の場合、きっと本人がたいしたことがないのであって、旅先には何の関係もないのだろう。
人間というのは、すぐ目の前の問題を解決するためには素晴らしい能力を発揮するが、少し先のことや、膨大な量のデータを基にした問題解決ということは苦手としている。そこで、昔から目の前のデータを基に、それを敷衍することでより大きな問題や先のことを予測してきた。
その点、コンピュータの登場は、人間の苦手な部分を克服する手段としてはうってつけだ。おまけにその計算能力は、技術の進歩に伴い理論的には限界がない。初期には数時間かかっていた計算問題も、コンピュータの能力が上がれば即座に計算する。
最近科学者の間で、真面目に討論されているのが、このコンピュータの限界のない能力向上のことだ。今の速度でコンピュータが進歩すれば、人間の脳の能力を2045年には超えると言われている。それを技術的特異点、シンギュラリティと呼ぶが、簡単に言えば、コンピュータがはじき出した答えが、正解か不正解か、人間には確かめようがなくなるということを意味する。
例えば、車を運転中、危ないのでブレーキを踏もうとしたら、人工知能を搭載した車はアクセルをふかすかもしれない。人工知能が人間の能力を上回れば、人間はそれに従ったほうが事故が起こらないということになる。あるいは、国家間や地球規模の問題のように、すぐに答えが出ないような問題では、人間はコンピュータがはじき出した答えを検証しようはなくなる。その時には、盲目的にコンピュータの答えに従うしかなくなるだろう。
神様は無駄を嫌う。早く走ることができる動物には翼は与えず、力の強い生物には毒の牙は与えない。もし、地球上に高度な知能が二つ存在すれば、神様はどちらを選ぶだろう。
たまにはいつもの散歩コース以外を歩こうと、時々ランニングに出かける阿武隈川の土手まで、犬たちを車に乗せて連れて行った。走れば15分で行ける場所でも、犬たちと歩いて行くとそれだけで往復1時間以上はかかってしまうのだ。
日の出に合わせて阿武隈川に到着すると、いつもは風の強い川沿いの土手は無風状態で、近くのゴミ焼却場の高い煙突から吐き出される白い煙も、まっすぐに立ち上っている。クリスマスは冷え込むという天気予報は、良い方に外れた。
冬になると、白鳥が飛来してきているので、そこまで歩いてみることにした。と、すぐに河川敷の木々や電信柱の上に、巨大な鳥が群れで止まっているではないか。なんだ、あれ。近くまで行って確認すると、どうやらトビの群れのようだ。朝日を浴びて体を温めているのだろう。
もっと近くで撮影しようとすると、次々に飛び立って行く。体の大きさの割に警戒心が強い。
白鳥も、ようやく今目覚めたと行ったふうで、丸めて体から頭を抜き、少しでも朝日を浴びようと首を伸ばす。
河原に降りると、餌をもらえると思ったのか、カモたちが悠然と泳ぎながら近づいてきた。
夕方、電話が鳴るので出てみると、ペットのフリーペーパーを出版している編集部からで、「看板犬がいらっしゃると聞きましたので、取材をさせてもらいたいんですけど」と言う。料理中だったので手短にお願いしますと説明を求めると、「ではうちで出しているフリーペーパーをお送りしますから、また改めてご連絡します」という話で終わっていた。
今までにも店の取材や、犬の雑誌には載せてもらったことがあるが、大概が小さなコーナーで、取材といっても話した内容の1割も掲載してもらえない。今回もそんなところだろうとタカをくくっていた。
そうこうしていたら、早速封書が送られてきた。フリーペーパーの載せたいと言ってきたページに付箋が貼ってあったのでめくっていくと、1ページ丸々使って、可愛いプードルやチワワが写真に収まっているではないか。トリミングを済ませ、可愛い洋服まで着せてもらっている。こんな場所に、ジジくさいドリとトトが登場するのかと思うと、かなり場違いで大笑いだ。これはこれで面白いので、次に電話がかかってきたら、どうぞどうぞ、うちの犬たちの可愛い写真を載せてくださいと言おうと思っている。
きっと、ベストセラー間違いなしだ。
野生動物になわばりというのがあるのだから、当然野鳥にもなわばりというのはあるだろう。少なくとも、渡り鳥ではないスズメなどの留鳥は、明らかに自分のテリトリーというのを持っているようだ。
家の裏で、コツコツと何かを割るような乾いた音が聞こえてきた。もしかしたらヤマガラがやって来て、エゴの木の実か、給餌台に入れてあるヒマワリの種を割っているのかと外に出てみると、我が家には滅多に顔を出さないキツツキの仲間、小型のコゲラが来ていた。
何枚か写真に撮ってみるが、激しく頭を振っているので、なかなかはっきり顔が映らない。
と、木陰から何事かとシジュウカラが顔を出した。こいつは多分しょっちゅう我が家の給餌台に顔を出しているのに違いない。
なんだ、こいつ。オレのなわばりに勝手に侵入しやがって。
おい、シャバ代を払ってもらおうじゃねえか。
が、格はコゲラの方が一段上らしく、しばらく木をつついた後、悠然とそこを立ち去った。
ちなみに、こちらが我が家のエゴの実を食べに来るヤマガラ。薄汚れたテニスボールみたいなところが可愛い。
朝から生暖かい南風が吹いている。分厚い雲が空を覆い、蓋をした格好になっているので、12月とは思えない陽気だ。なんとなく、長かった冬が終わって春の気配が漂い始めた、というような感じなのだ。
今にも雨になりそうな天気だが、暖かいせいで野鳥たちが盛んに飛び回っている。テラスに出ると、ヤマガラが餌を欲しがっているのか、すぐ近くに止まってジージーと催促する。つがいのシジュウカラが2羽、入れ替わり立ち替わりモッコウバラの枝に止まってジュクジュクと鳴く。
普段野鳥に気をつけて生活している人は少ないだろうが、意外にも僕らの身近には様々な野鳥が生息している。今朝は夜明けの白々した時間に散歩に出ると、フクロウらしき大きな茶色い鳥が目の前を飛んで行った。雑木林ではコジュケイの賑やかなさえずりが響き渡り、カラスやヒヨドリの群れが空を行き交う。
電線に群れで止まっているのは、スズメかカワラヒワだ。カワラヒワは姿を見なくても、コロコロと可愛い声で鳴いているので、スズメと間違うことはない。
地面を散歩しているのは小さな頭と三角形の体が特徴のツグミ。1羽で木のてっぺんにいて尻尾を上下させているのはモズ。鉛色の空を悠々と旋回しているのはトビやノスリなどの猛禽類だ。
天気予報では暖かいのも今日までという。明日は一気に10度くらいは下がるらしい。今夜から降るという雨は、クリスマスの頃には雪になっているのだろうか。
あまりの寒さに途中まで作りかけてそのままになっていた椅子が、ようやく完成した。雪の降る中で大工仕事をしていると、手がかじかんでいるため、ノコギリで手を引いたりトンカチで手を叩いたり、あまりの痛さに自分に当たり散らしていた。
ここ3日間ほど春のような陽気で、ここを逃すと次の寒波に襲われるから、急ピッチで完成させた。
材料は、以前テーブルとベンチを作った時の端材が余っていたので、もったいないからと端材でできるデザインを考えた。最後に少しだけ板が残ったので、それで足を乗っけるオットマンを作り、見事にほぼ購入した木材は使い切った。
最後にニスを塗り、床を傷めないために足にゴムを貼り付けて完成。ソファの上でゴロゴロと横になり、スリスリするのが大好きなドリも、この椅子では乗ることができないのだ。
ニスが乾いたので、早速家の中に入れる。床と一体化しすぎて、なんだかえらく貧乏臭いぞ。
本当は暖炉に見立てたストーブの前で優雅に読書でもと考えていたのだが、なんとも寒そうではないか。
そこで、ドリが夜になるとベッド代わりに使っていたクッションを洗濯し、椅子用のクッションとする。ドリ、すまん。
年の瀬も押し迫ってくると、テレビでは決まって今年の重大ニュースのような番組が増える。人間というやつは案外忘れっぽい生き物だから、つい半年前のことだって、あれは今年の出来事だったのかと記憶の彼方に行ってしまっていることにビックリする。
個人的には、今年は新年早々パソコンを新調したため、今まで使っていたソフトが使用不能となり、色々と新しいソフトに慣れなければならなかった。特に困ったのがお絵かきソフトで、作品というのは道具によって左右されるので、今までのような絵を描きつつも、新しいソフトに合った方法を見つけるのに苦労した。そういうこともあって今年は5〜60枚の絵を描いたが、なんとか数枚はモノにできたので、来年以降の楽しみも増えた。
今年一番熱心に取り組んだのは、もしかしたらランニングだったかもしれない。走るたびに爪が真っ黒になっていたので、ランニング専用のシューズを買い、走っている途中で喉が乾くのでランニング用のリュックを買い、膝が痛むのでサポーターや運動用のタイツを買った。そのせいで、本格的な山登りには一度も行かなかった。
昨日の休みは、ビックリするほど気温が上がったので、年内にはどうしてもクリアしたかった30キロ走に出かけることにした。今年一年、少しずつ距離を伸ばし、ついに30キロまで来たかと思うと感無量だ。もっとも、亀が歩いているような走りだが。
まずは近所の高屋敷神社まで行き、そこで一年の感謝とこれからの抱負を願い、次に三春ダムのあるさくら湖をぐるっと回って滝桜まで走った。ここでも巨大な桜に一年の感謝とこれからの抱負を願い、バイパスに出るとデコ屋敷方面に向かい、小和滝経由で帰って来た。
途中、バイパスの延々と続く上り坂を走っているうちに、足が痙攣し始めたので、こんなところでつったら大変と、時々歩きながら様子を見、最後はヘロヘロになって帰り着いた。時間は3時間45分。目標の3時間半には遠く及ばなかった。
それでも、今年の初めには、こんな距離を走ろうなんて思いもしなかっただけに、今年一年の進歩に満足なアベさんなのであった。来年はもっとがんばろっと。