西暦2000年になる時、コンピュータが誤作動をするというので大騒動になったことがある。いわゆる2000年問題で、性能の悪かったパソコンのデータ量を減らすため、西暦の下二桁だけをプログラムしていたため、2000年になるところが、1900年に逆戻りしてしまうというバカバカしいような問題だ。
何がバカバカしいって、パソコンの初期の頃からこのことはプログラマーの間では知られていて、2000年になるまでには技術が進歩して誰かが改善してくれると、誰もが思っていたのだ。実際には大した事件、事故にはならずに済んだが、同じようなことは未だに散見する。
昨日のニュースで福島原発2号機の溶け落ちた燃料棒が発見されたと言っていたが、廃炉作業に取り掛かるまでには問題山積みだ。
そもそも原発を廃炉にする技術というのはどこにもないのに、原発は始動した。廃炉までは40年としたので、それまでには現代の科学技術を持ってすれば廃炉技術は完成していると考えていたのだ。事実は、40年経ったところで廃炉にするにはどうしたらいいかわかってはいないし、そもそも核のゴミを捨てるための最終処分場でさえ決定していないのである。
これではまるでブレーキのないバスにみんなで乗り込んだようなものである。「便利、効率」経由「未来行き」と行き先表示されたバスは、終点までには誰かがブレーキを開発し取り付けてくれることになっていた。が、この「誰か」とは、自分以外の誰かでしかなかったのだ。
最近何かと話題の豊洲市場にせよ、年金問題にせよ、同じように僕らはブレーキのないバスに乗り込んだと言えるのだろう。
















