図書館に行く暇がないので、本屋で買って来た文庫本を読んでいる。池内紀さんの「ゲーテさん こんばんは」。池内さんは、僕の好きな映画「ブリキの太鼓」の原作、ギュンター・グラスの「ブリキの太鼓」の訳者であり、旅のエッセイは抜群に面白いので、本屋で見つけたとき購入しておいた。もっとも、旅のエッセイとは違って文豪ゲーテの評伝なので、面白いかどうかはわからないが、池内さんを信じて読み始める。ゲーテの作品は「若きウェルテルの悩み」と「ファウスト」くらいしか読んでいないので、ゲーテの生涯にはあまり興味はない。
若い頃、大ベストセラーとなった「若きウェルテルの悩み」を書いたゲーテは、まだ20代だった。おそらく、世界最初のベストセラーで、主人公を真似て黄色いチョッキを着るのが大流行し、主人公を真似て自殺する若者がたくさん出た。今でも芸能人が自殺をすると、後を追って自殺する若者が出てくるが、こういう現象は大昔からあった。
さて、ゲーテさん。小説ばかりではなく、政治や山登りや、骨相学や地層学、いろんなことに興味津々だ。中でも骨については、その学会でも歴史に名を残している。難しいことはよくわからないので乱暴に書くと、当時人間と動物は全然別の生き物と考えられていたのを、人間も動物と同じ骨を持つと言ったのである。人間が猿から進化したと言うと、今でもウキーッと目くじらを立てる宗教家がいるくらいだから、その当時は大騒ぎになったろう。
そんな骨の話の中で、僕が興味を持ったのは、牙を持つ動物は角を持たないという話だ。つまりライオンや虎のように牙を持つものは、わざわざ角を生やす必要はないし、角を持っていてそれで攻撃できる動物は、わざわざ牙を備える必要はないという。陸上を速く走ることができるダチョウは大きな翼を持つ必要がないし、海中をスイスイ泳ぐイルカに足は必要ないのである。
要は、自然界というものは、牙を持ったうえで角まで生やすような「余力」を備えてないという。自然は、贅沢や無駄を極力嫌うということだろう。
というようなことに感心すると、人間の空想がいかに自然界の道理から外れているかがわかる。ペガサスなんて空想の動物は、速く走る馬の足を持ちながら、大きな翼で空を飛び、額には角が生えていたりするのだから。
人間は大昔から贅沢で無駄が大好きだったということだろうか。今でも、携帯電話なのに、写真が撮れたりお財布になったりする。