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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

2万5千分の1

2019-06-30 11:08:25 | 福島

 朝から大雨だ。この大雨ではどれだけお客さんが来るか怪しものだが、とりあえず早々に準備だけは済ますと、土砂降りの中、本屋に行ってきた。目的は猪苗代湖の地図が欲しかったためだ。というのも、猪苗代湖の大きさが周囲60キロほどと聞いてから、それくらいの大きさなら、走って一周することができるんじゃないかと考えているからだ。

 まだまだ20キロも走ればヘロヘロ状態だが、今から計画を立て、目標としておいても損はないだろう。とりあえず詳細な地図を手に入れ、実際にどこを走れるか、だとしたら走行距離はどのくらいになるかなど、ぼちぼち調べておきたい。たとえ計画倒れになったとしても、今住んでいる地域の地理を頭に入れるというのは無駄ではないだろう。

 山登りをする人たちがよく利用する国土地理院発行の地図を求め、本屋ではまっすぐに地図のコーナーに向かう。が、それらしき地図は見当たらない。確か大きな引き出しのついた棚のようなものがあるはずなんだよなと思いながらブラブラすると、壁際にそれらしき引き出しが見つかった。近くに行くと確かに引き出しに2万5千分の1とか、5万分の1とか書いてある。おお、これだこれだ。引き出しを開けると50センチ四方ほどの地図が、地域ごとに分かれて入れてある。

 2万5千分の1の地図では、猪苗代湖全体を見ようと思えば2枚が必要だ。もう少し詳細な地図がいいかなと思い5万分の1の方も開けてみると、こちらは詳細すぎて8枚ほどは必要になりそうだ。ここまで細かいと、かえって見るのが面倒なので、2万5千分の1の方を2枚持ってレジに行く。値段が書いてなかったので尋ねると、いろいろ調べた結果1枚375円というので、750円を払って買って帰った。

 国土地理院の地図を買うのは、これが2度目だ。前回は中学生の時、同級生二人と僕とで自転車で一泊二日のキャンプに行こうということになり、本屋で目的地までの地図を何枚も買った。ほぼ無計画だったので、目的地まで何キロあるのか、どのくらいの時間で着くのか見当もつかないまま出発した。家を出て数キロも行かないうちに分かれ道でどっちへ行くのかわからず、早速道端で地図を広げて調べたが、この分じゃ何日かかるのかと心配になった。

 山越えルートを取ったために、自転車はほぼ降りて7時間押し続け、夕方には土砂降りの雨に遭遇するも雨具は持って来ていなかったので、3人とも濡れネズミになり、なんとか暗くなる前にキャンプ場に到着したが、ほとんど泣きそうな状態だった。

 というようなことを、本屋で国土地理院の地図を物色しているうち、ふと思い出した。ナビで目的地へ自動的に連れて行ってくれる今の技術では、こうした思い出は作りにくいだろうな。

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男前

2019-06-29 10:43:42 | 福島

 梅雨真っ盛りだ。時折晴れ間が見えたとしても、半日も続かない。散歩の途中に雨に降られることも多く、傘を持って来れば良かったと、毎回のように空を恨めしく眺める。

 梅雨を代表するタチアオイの花は、今はまだ真ん中まで咲いている。順々に下から咲いていき、茎の先端の花が咲くと梅雨が終わる。

 梅の実をたくさんもらったので、今年は梅ジュースや梅酒を作った。梅の雨と書いて梅雨なのだから、梅雨がなければ梅の実も大きくなれないのかもしれない。

 リスの好物のクルミもこの季節に実が大きくなる。注意して眺めると、柿の実も小さなのがたくさんぶら下がっている。

 テオは相変わらず元気いっぱいだ。

 よっ、今日も立ち寄ったぜ。

 うおー、遊ぼうぜ。

 日増しに男らしさが増してきたテオだが、あと2週間ほどしたら去勢手術を受けることになっている。今のように他の犬とたくさん遊んだり、ドッグランに出かけるためには、去勢手術はどうしても必要だ。

 一人前の男を目前にして、性格まで変わってしまうんじゃないかと少し心配だが、思いっきり遊ぶためだ、我慢してくれ。

 

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もっと高く、もっと遠くへ

2019-06-28 10:59:38 | イラスト

 ふた月に一回のペースで、「空の会」というのに参加している。会員でお題を決め、次回までにそのお題に沿った絵を描いてきて、お互いに感想を言い合うというものだ。素人集団なので、お題をひねりすぎてナゾナゾみたいなことになっていたりするが、本来各自の自由な創作活動に制約を加えるというのは、頭の体操くらいにはなるだろう。

 で、来月の集まりまでに描かなければならないお題は「望」ということで、「のぞみ」と読もうが「ぼう」と読もうが各自の自由だ。すぐに思いつくのは、願望や希望といった将来に対するのぞみを描くというもの。欲望となるとちょっとドロドロしてくる。鉄道ファンなら新幹線を描くという選択肢もあるし、展望台から見える風景という選択肢もある。

 すぐに頭に閃いたのは、「遠望」という言葉で、映像としては僕の好きなアンドリュー・ワイエスの描いた絵の中で、鳥目線で空中から地面を見下ろした絵に近いものを描いてみることだった。鳥目線の絵というのは、今までにも何度か挑戦したが、成功したと自分で言えるものはない。今度こそと思い、ひと月ほどアイデアを練り、昔撮った山登りの写真なんかを見直して、ようやく完成した。

 タイトルは、「もっと高く、もっと遠くへ」だ。夏真っ盛りだというのに冬景色にしたのは、今よりももっと高く、もっと遠くへ行こうとすれば、厳しい条件はつきものだろうと考えたからだ。

 僕もすでに中高齢者と呼ばれる域に入っているが、気持ちはまだまだ自分の小さな殻を飛び出そうという気だけはじゅうぶんある。ちなみに絵の中の眼下に広がる街並みは、温泉地として有名な湯布院

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熊を描いてみる

2019-06-27 10:54:01 | イラスト

 最近、熱心に犬の絵ばかり描いてきたが、少し飽きてきたので別の動物を描いてみることにした。と言って、犬の次は猫となると、今までにもさんざん描いてきているので、さあ描こうというほど気合いが入らない。やはり、絵を描くというのは、描きたいという欲求がなければ集中力が出ないのだ。

 というわけで、当初は日本の野生動物を描こうと考えたけれども、どうせ実物を見て描くわけではないので、普段見かけない動物を描くことにした。最初の候補はツキノワグマだ。ツキノワグマには実際安達太良山でばったり鉢合わせしているので、見たことはあるが、絵に描けるほどじっくり観察したわけではない。とりあえずネットでいろんなポーズやら顔つきやらを勉強して、僕なりのツキノワグマを描いてみる。

 ツキノワグマの次は、これまたばったり山で遭遇したニホンカモシカにしようかと思ったが、熊つながりでグリズリーを描くことにした。順番で言えば日本に生息する熊といえばヒグマだが、熊で最初に頭に浮かんだのは、写真家・星野道夫さんが撮り続け、最後は犠牲になったグリズリーだった。

 グリズリーを描いてしまうと、ヒグマも似たような感じで違いがわかりにくいので、次はホッキョクグマを描いてみた。ホッキョクグマは映像で見たり写真で見る限り、子グマを連れている姿が多いので、母グマと子グマを描くことにした。

 次は極北の動物としてヘラジカでもと挑戦したみたが、意外と気持ち悪い顔をしていたので、これは途中で止めた。

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大志はどこへ

2019-06-26 11:05:04 | イラスト

 Yahoo!ニュースを見ていたら、ノーベル賞を受賞した野依さんがインタビューに答えていた。それは日本の教育に関することで、「教育とは社会のためにあるもの」という話に、まったくその通りだなあと感心した。

 最近はよく日本の教育水準が落ちたとか、大学のレベルの低下だとか、いい話はあまり聞かない。が、本来そんなことはどうでもいいことで、勉強するとは将来社会を良くするために行うので、金儲けのためにするのではないと野依さんは言う。

 貧しい国で教育を受けられない子供たちが、苦労して読み書きを覚えている。将来は先生になって子供たちに教えたいと言う。病気が蔓延する国で、将来はお医者さんになってひとりでも救いたいと言う。教育は社会のためにあるとはこういうことを指すのだろう。そして、こういうことを志という。明治になり国を開いた日本だって、家柄や身分に関わらず勉学に励みたい者には門戸を開き、海外へ留学させた。それは日本という国をよりよくするためだった。クラーク先生が言った「少年よ、大志を抱け」という言葉は、当時の学生たちの心に響いたに違いない。

 野依さんによれば、今の日本の教育の最大の欠点は、なぜ教育を受けさせるか、そもそも教育とは何かというところがすっぽりと抜け落ちている。だから、18歳の時の成績で、将来の多くのものが決定してしまうような世の中になってしまうのだと言う。

 確かに、今の教育者には、しっかりと志を持って教壇に立っている先生がどれくらいいるだろう。そういう人間に、何かを教えてもらいたいなどと、そもそも誰が思うだろうか。

 今日の犬は、名犬ラッシーで有名なコリー犬と、頭の良さでは犬界でもトップクラスのボーダーコリー。

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美食者たち

2019-06-25 11:04:18 | 日記

 図書館から「コリン・ウィルソンのすべて」という自伝を借りて来て読んでいる。コリン・ウィルソンという人は、ヒッピー文化が華やかだった頃、「アウトサイダー」という評論によって、若者を代表するひとりとして人気があった。それまでの体制をひっくり返そうという学生運動が盛り上がったとき、「いかれる若者たち」とか「ビート・ゼネレーション」と呼ばれて、若者たちに祭り上げられていた。スタインベックとか、ケルアックとか、ヘッセなども教祖のひとりだった。

 僕はその時代より後に青春を迎えた時代なので、リアルタイムで知っていたわけではないが、文庫本でたまたま読んだ「アウトサイダー」は、ゴッホやニジンスキーなどを取り上げていて、何度も興味深く読んだ。

 さて、自伝の中で大作家や偉大な芸術家たちには、自殺の一歩手前まで行っているのが多いという話が紹介されていて、想像が広がった。小林秀雄も著書の中で、「自殺を思ったことのない若者はつまらない」と書いているが、おそらく死の一歩手前を経験することは、その後の人生に切実な影響を及ぼすということなのだろう。

 例えば、震災でライフラインが止まり、明日のことも分からないという状況に陥った人間は、普段の生活のありがたさというのをつくづく感じる。水道から水が出るということ、火が使えるということ、それだけで喜びは爆発する。

 僕たちの日常は、常に多くの誘惑に満ちている。ということは、それだけ選択しなければならないことが溢れているということだ。

 「今日、何を食べるか」という選択ひとつ取っても、美食家となった僕らの悩みは、どういう種類の食事をするかということだが、飢餓にさらされている子供には、「食べるのか食べないのか」という選択肢しかない。それは「生きるか死ぬか」という選択だ。それは選択と言う以上に「生きる覚悟」を意味している。

 若者が将来何をしたらいいかわからないと言い、定年退職した人が趣味が見つからないとぼやいているのを聞くと、あれこれ選択肢の多い美食家の嘆きだと僕は感じてしまう。これを覚悟の立場から考えれば、やらなくても死なないのなら、やる必要はないんじゃないかということになるだろう。

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朝から土砂降り

2019-06-24 12:30:33 | 福島

 昨夜から雨が降り続いている。朝の散歩も傘を差して出かけなければならず、せっかくの休日なのに家の中で過ごさなければならなくなった。天気が良ければランニングにも出るし、テオを連れて昼の散歩にも行ける。壊れた木製のゴミ箱の修理もやりたかったし、イラストを入れる額を作るためにノコギリやカンナで木工作業もしたかった。

 仕方がないので、午前中は読書をしたり、カフェで足りなくなった食材の買い物をしたりしていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。午後はイラストでも描くか、明日からのカフェの準備でもやろう。

 平日はお客さんが来て緊張を強いられるテオは、今日は一日静かな時間を過ごしている。僕がこうしてパソコンに向かっている間、横で長々と昼寝をしている。

 犬を飼っていて幸せに感じるのは、とびきりの笑顔で犬が駆け回っているときと、無防備に寝ているときだろう。

 天気予報ではしばらく雨が続くそうだ。梅雨前線が停滞しているように、僕の生活もすっかり停滞しているのである。

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大量のキャベツ

2019-06-23 10:42:25 | イラスト

 今年は家庭菜園でキャベツを作った。例年になく適度に雨も降り気温も高かった上に、途中で虫に食われてはとネットを被せたりしたおかげで、スクスクと育ってくれた。

 まあるく結球し始めたので、早速ひとつを収穫し、採れたてを千切りにして食べる。はっきりとしたこれがキャベツという味で、おまけに柔らかいので一度に山盛りの千切りを作ってもぺろっと食べてしまえる。キャベツを作って大正解だったと大喜びしていたが、結球したキャベツはすぐに収穫しないと割れてしまうという。割れるという状態がどういうものかわからないまま、天気が悪かったこともあって1週間近く放っておいた。

 さすがにこのままでは腐ってしまうんじゃないかと、今朝は散歩のついでにキャベツを採りに行った。ネットをめくると、ふたつを除いて全部割れている。まだ腐ってはいなかったが、これ以上は畑に置いておけないので、すべて収穫し、持参した大きなスーパーの袋に入れると、全部で9個あった。それを両腕に抱え、えっちらおっちら歩いていると、すれ違う人がその姿を見て微笑んでいる。知り合いに会うと、どこかで売りに出せるねと言ってくる。

 キャベツなんて、我が家では1個あれば1週間は食べられる。9個って、どうやって消費したらいいのだろう。タミちゃんは早速ネットでキャベツのレシピを調べ、日持ちのする発酵食品みたいなものを作り始めた。僕に思い通としたら、お好み焼きかキャベツのチゲか、キャベツの餃子か回鍋肉か、そのくらいしか思いつかない。しばらくは毎食キャベツづくしになりそうな我が家の食卓なのである。

 今日の犬はシュナウザーと秋田犬。でも、秋田犬に見えないので、雑種の白い犬ということにしておこう。

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リードが必要な国

2019-06-22 10:56:24 | イラスト

 図書館から借りて来ていた椎名誠さんの「アイスランド」を読んだ。アイスランドを駆け足で巡る紀行文で、文章が少ない分、美しい写真がたっぷり載っていて楽しめた。冒険家・植村直己さんや写真家・星野道夫さんの影響で、極寒の地に最近興味があるのだが、アイスランドは名前ほど極北ではないらしい。と言うのも、暖かい海流が近くまで来ているからで、寒さというのは緯度よりも海流の影響のほうが強い。

 アイスランドという国は、日本と同じく火山で成り立っているような国で、温泉も豊富なので地熱発電が盛んだ。世界の幸福度ランキングで言うと世界9位ということで、日本は何位くらいかと思ったら、45位くらいにいるらしい。これは先進国としてはかなり低い順位だ。平和で安全な国という印象の強い日本は、いつの間にか幸福度の低い国になってしまっているのが実際なのである。

 さて、本の中で椎名さんは、アイスランドは「自己管理、自己責任」の国だと書く。断崖絶壁に柵なんてないし、道路にもガードレールはない。危険だと思えばドライバーは自分の判断で速度を落とす。そして犬に関しては、ノーリードで野原を子供たちと一緒に駆け回っている。

 翻って日本は、危ない場所には柵を立て、立ち入り禁止にし、災害の恐れがあればお役所から通達がある。が、自分の命が危険に晒されているのに、わざわざお役所からのお達しを待っているなんてのは愚の骨頂だ。危ないと思えばさっさと逃げればいい。危険な場所には近寄らなければいい。ところが今の日本は、危ない状況でも誰も知らせてくれないだとか、危険を放置している自治体が悪いだとか文句を言うばかりで、自己管理も自己責任も放棄しているみたいなのだ。

 というようなことを読んでいたら、日本という国は、犬に必ずリードをつけるか鎖でつなぐかしなければならないように、日本国民にもリードか鎖が必要な国になっているのかもしれない。

 今日の無気力犬は、コーギーと牛柄のフレンチブル。

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無気力な犬

2019-06-21 11:50:22 | イラスト

 不機嫌な犬シリーズを10枚描いて、そろそろ飽きてきているところなので、今度は無気力な犬を描いてみることにした。犬が寝るとはどういうことなのかネットで調べてみると、寝相によって犬の熟睡度がわかると書いてあったので、ついつい読んでしまった。

 うつ伏せはすぐにも立ち上がることができる姿勢なので、熟睡度は25%くらい。丸くなって寝ているときは、緊張や不安があるときで、人間でもそういうときには背中は丸まってしまう。こういう時の熟睡度は50%くらい。横になって手足を伸ばしていると、かなりリラックスしている状態なので75%。我が家のテオが時々やるのだが、仰向けになり完全にお腹を見せた状態は、安心しきった状態なので熟睡度100%だそうだ。

 もっとも犬を飼っている人なら、こんなことを言われなくっても、飼い犬の寝ている様子で熟睡度はわかるだろう。うつ伏せでも熟睡している時もあれば、仰向けになっているのに目を覚ましていたりする。いちいち解説書を見なければわからないなんてことなら、そもそも飼い主失格なのだろう。

 無気力な犬というより、睡魔に襲われたのに、どういう理由か寝るのを我慢しているときに、犬はこんな顔をしている。

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