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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

空が高くなる

2023-08-31 11:26:28 | 福島
 日中は相変わらず35度の猛暑日続きで、木陰ではミンミンゼミが盛んに鳴いている。日差しはジリジリと焼け付くように暑い。が、さすがに9月の声を聞くと、朝晩はめっきり涼しくなる。

 畑の野菜たちもようやく落ち着いて来たので、今朝は畑の収穫はやめ、カメラをぶら下げて長い散歩をした。



 朝5時過ぎ、空気は清々しく快適だ。空もずいぶん高くなり、秋らしい雰囲気を漂わせている。道端ではコスモスの花が咲き、足元では早乙女花が咲いている。





 早乙女花とは可憐な名前だが、この植物の本来の名前は、誰がつけたのか知らないがヘクソカズラという。屁と糞の蔓だ。葉っぱを取って手の中で揉むと、とんでもなく臭い匂いがする。

 キョロキョロしながら歩いていて、ふとツバメの姿をまるっきり見ないことに気づいた。あれ、例年は9月に入ってもちらほら姿を見かけていたと思ったけれども、今年はいつもよりいなくなるのが早いんじゃないか。温暖化でいつまでも暑いので、南に帰る時期が遅れるんじゃないかと心配していたが、渡りの時期は温度ではなく、もしかしたら日照時間と関係あるのかもしれない。





 日中はうるさいミンミンゼミやアブラゼミも、早朝にはまるで鳴き声が聞こえない。代わりに草むらからジーという虫の声が聞こえるばかりだ。





 毎日暑い暑いと騒いでいるのは人間だけで、人間以外の自然界は、季節の移り変わりに歩調を合わせ、ゆっくりとその姿を変化させているようだ。

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戦う相手を間違える

2023-08-30 11:25:04 | 日記
 アマゾンプライムでジョニー・デップ主演の映画「MINAMATA」があったので、観ることにした。タイトルから分かるように、日本の水俣湾で起きた水俣病を題材とした映画で、ジョニー・デップは水俣病の実態を撮り続けた写真家、ユージン・スミスの役である。

 水俣病は小学校時代に、日本の三大公害病として習った。水俣病、四日市喘息、イタイイタイ病だ。現在では、新潟県阿賀川流域で起きた水銀中毒も第二水俣病として含め、日本四大公害病となっているらしい。

 大分にいた時、九州で起こった騒動の土地を訪れる旅をしたことがある。水俣湾、諫早湾、五木の子守唄で有名な村がダムの底に沈む現場だ。水俣湾では、すでに事件が起きてから数十年が経っていたこともあり、湾に出来た必要以上に立派な市民公園と、漁獲禁止になっているエリアを示す湾の立て看板くらいしか、水俣病を想像させるものは見ることはなかった。

 さて、映画は外国人によって作られたこともあり、水俣病の実態を伝えることよりも、戦場カメラマンとして名声を上げた写真家が、死ぬ前に水俣にやって来て、写真を撮り続けた姿に重きが置かれていた。日本人が作ればまるっきり別の映画になっただろうと思ったが、この映画はこの映画で、素晴らしい出来だと感じた。

 映画の中では、こういう騒動が起きれば必ず起きるだろう被害を受けた者同士の諍いも描かれていた。損害賠償を受け入れて静かな生活を送るのか、それともあくまでも被害を訴え続けるのか、という対立だ。これがダム建設現場では、住民同士で推進派と反対派に分かれ、中には反対派の家に放火するという事件まで起こる。こういう悲しい対立を見るにつけ、どうして同じ立場の人間が、戦う羽目になるのだろうと思う。

 今でも福島原発の処理水で中国の一般国民がせっせと抗議の電話をして来ているようだが、抗議する相手は誰でもいいように見える。つまりは普段のストレスを、見当違いのところで発散させているということなのだろう。処理水を流すがいいか流さないのがいいかの問題にするから、被害者同士で戦うことになる。コロナでもマスクをするかしないかで、同じ立場の人間同士で揉めることになる。問題はそんな小さなところにはない、ということに気づかなければ、いつでも戦う相手を間違えてしまうのである。

 昔から権力を持つものは、その権力を維持するために、支配される側の人間同士の中で対立するように仕向けてきた。という構図は、いつの時代になっても変わらない。
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オクラの大量消費レシピ

2023-08-29 12:11:37 | 福島
 家庭菜園で、毎日オクラとナスとピーマンが大量に収穫できる。ナスは一時期よりも少し落ち着いてきているが、オクラやピーマンは今が旬のようだ。

 で、どんどん冷蔵庫にオクラとナスとピーマンが溜まっていく。その中でもオクラは毎日10本以上が採れるので、とにかくこれをどうにかしないといけない。

 揚げ浸しや煮浸しは、素揚げしたオクラなら揚げ浸しだし、さっと沸騰した湯に潜らせたオクラなら煮浸しができる。酒、醤油、ミリン、酢、砂糖で作ったツケダレをかけて冷やしておけば、すぐに食べられる。ここに塩昆布や鷹の爪、生姜、胡麻油をプラスしておけば、より美味しくなる。

 が、食べるとなると5、6本も食べれば十分だ。

 朝食の時には、納豆にスライサーで薄くスライスしたオクラを混ぜる。同じ粘り系の食べ物なので相性は良く、栄養価も高くなるので、納豆がある時には必ずオクラも加えるが、それでも消費できるのは5、6本だ。

 次に考えたのが、オクラをスライサーで大量にスライスし、ここに玉子1個に小麦粉、鶏ガラスープの元、塩、コショウ、すりおろした生姜を加え、水を加えてお好み焼きのタネを作る。フライパンにナスの輪切りを敷き詰め、ナスに火が通った頃を見計らって、その上からタネを広げ、裏表をしっかり焼く。

 食べるときにカツオブシ、青ノリをかけ、お好み焼きソースとマヨネーズで食べれば、オクラが一気に15、6本消費できる。豚肉を入れても旨いが、なくても十分うまい。おまけにヘルシーだ。

 また、お好み焼きソースの代わりに、ポン酢とラー油で食べればオクラのチゲ風になる。これもまた旨いしヘルシーだ。

 というわけで、我が家ではこれが昼ごはんの定番になっている。

 さて、次はピーマンが50個ほど冷蔵庫に保存してあるので、早く食べないとどんどん増えていってしまう。今度はピーマンの大量消費レシピを考案しなければならない。
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老体に鞭打って

2023-08-28 11:27:29 | 福島
 昨日、台風の接近でちょっとだけ気温が下がるので、ランニングに出る予定でいた。と言うものの、最近野菜を大量に消費するためにせっせと食べていたところ、胃袋や腸がすっかり疲れ、消化不良で調子が悪く、とても走れる状態ではなかった。とにかく胃袋に疲労が溜まり、ほとんど胃潰瘍みたいな痛みを感じていた。

 と言うわけで、一日胃袋を休め、少しだけ改善したので、今日はランニングに出ることにした。気温も高いし、走るというよりも、外で体を動かし、たっぷり汗を流せばそれでいいかなという感じである。消化不良も少しは解消できるかもしれない。

 最初の15分はいつも通りに頑張って走る。走るには体が重いが、それでもやっぱり気持ちがいいのだ。



 30分走ったところで、早々に休憩を取る。公園の石のベンチを使おうと思ったら、誰も利用しないからか草ボーボーでとても座る気になれない。仕方がないので、木陰をブラブラ歩いてクールダウンする。





 風があって少しは涼しいものの、気温は今日も35度を超えるという。普段はウオーキングやランニングをする人たちとすれ違う阿武隈川のサイクリングロードも、今日は誰も利用していない。熱中症にならないように注意しながら、走ったり歩いたりを繰り返す。こんな姿を見たら、きっと僕のことを老体に鞭打ってと思うだろうなと思う。自分でも、老体に鞭打って大変なことだと思っているくらいだから。



 猛暑日は今週いっぱいも続くらしい。そろそろ9月というのに、今年は一向に気温が下がらない。そんな中でも、稲は少しずつ黄色く色づき始めているようである。
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空の俳句

2023-08-27 10:33:07 | 日記
 季節は立秋も過ぎ、暑さも和らぐと言われている処暑になった。が、連日猛暑日が続き、雨もほとんど降らない。夕方にテオの散歩に出る時も、焼けたアスファルトが少し冷めた頃になって出発するようにしている。

 空を見上げると、日毎にぐんぐん高くなる。空の青もどんどん濃さを増していて、秋らしくなっているが、この猛暑で入道雲も次々に生まれ、所によって豪雨となる。



 子供の頃から空や雲を見るのが大好きなので、この時期のドラマチックな空の様子に興奮する。なんとかこの景色を目に焼き付け、絵に描けたらなあと思いながら歩いているが、言葉で表現できたらとも思う。

 昔から空を題材にした俳句は多いが、調べてみてもなかなか僕が感じる空の感じをうまく表現しているものには出会わない。



 そんな中、ちょっといいなと思うものを取り上げてみたい。

「雲の峰 いくつ崩れて 月の山」(松尾芭蕉)

「夏空へ 雲のらくがき 奔放に」(富安風生)

「藪越しに 動く白帆や 雲の峰」(永井荷風)

「雲の峰 稲穂のはしり」(河東碧梧桐)

「すさまじき 雲の走りや 秋の空 」(正岡子規)

「旗雲と 飛行機雲と 秋の空 」(山口青邨)

「もりもり盛り上がる雲へあゆむ」(種田山頭火)

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秋のために

2023-08-26 12:37:34 | 福島
 台風が近づいているというので、雨が降ることを期待しているが、ちっとも降る気配はない。我が家の畑も全盛期を過ぎ、キュウリは終わり、トマトも実の付きが悪くなってきた。ナス、オクラ、ピーマンは毎日収穫できるが、ここまで雨が降らないとみずみずしさがなくなってしまいそうだ。

 相変わらずの猛暑日続きだが、どこの畑も夏野菜の次の準備に入るために、耕したり、小さい苗を植えたりしている。我が家の畑も、今日は枯れたキュウリを撤去するためにした。半分凍らせたペットボトルに水を入れ、タオルと麦わら帽子も用意する。

 キュウリのために支柱を立て、蔓を絡ませるためにネットを張っていたので、これを撤去しなければならない。支柱は何度でも使うが、キュウリのためのネットは一回限りで廃棄処分だ。ネットに絡みついたキュウリの蔓を丁寧に取り、地面を覆っていた黒いビニールシートのマルチも廃棄する。

 これだけの作業で汗だくになったが、これからが力仕事だ。最近は小さな畑でも家庭用の耕運機を使っている家も多いが、我が家は人力で掘り返す。貸してあげようかと言ってくれる人もいるが、スポーツジムにでも通っているつもりで、僕はクワやスコップを振るっているのである。

 今日掘り返すのは、ジャガイモを掘り返した後の畝で、先日草刈りをしておいたので、そこを掘り返す予定だ。次は白菜や大根という鍋料理に使うような野菜を作りたい。ネギはすでに作っているし、春菊は種さえ蒔けば、1ヶ月で大きくなる。大変なのは大根で、まっすぐに大きく育てようと思えば、それだけ深く畑を掘り返し、柔らかくしておいてあげなければならない。

 で、全身汗だくになりながら、炎天下1時間半ほど掘り返して作業終了。まだまだ掘り返し足りないが、次はここに苦土石灰や堆肥、腐葉土などを鋤き入れる。その時に改めて丁寧に耕すことにする。

 というわけで、まだ始まったばかりだが、秋のための畑の準備に手をつけた。体力づくりもでき、おまけに美味しくて安心な食材を得ることができる。一挙両得とはこういうことを言うのだろう。
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説明はいつするの

2023-08-25 09:53:55 | 福島
 昨日、8月24日、ついに福島原発で汚染された水の海洋放出が始まった。なぜか政府もマスコミも、原発事故により発生した汚染された水のことを「処理水」と言い、絶対に「汚染水」とは呼ばない。実際には、汚染された水をなんとか薄め、それを流すだけのことで、汚染をすっかり除去し、キレイにしてから流すわけではない。

 こういう言葉のすり替えは、「敗戦」を「終戦」、「占領軍」を「進駐軍」、「犬死」を「玉砕」と言い換えてきたことと同じである。

 岸田さんは、「処理水を放出においては、丁寧に説明する」と言い続けてきた。関係者と協議を行い、決して了解を取れないうちは実施しないとも言っていた。が、ここでもごまかしがあり、「関係者」というのが漁業関係者でも原発周辺住む住民でもなく、一体誰を関係者と呼んでいるのかわからないままに、「関係者にある程度の了解は得た」と説明する。

 不思議なのは、なぜ「丁寧な説明をする」と言いながら、一度も福島のテレビで1時間でいいから出演して話をしないのだろうか。NHKでも民放でも、福島にだってテレビ局はある。全国放送を使って発言しても、福島県民には遠くから話をしているようにしか見えないのである。経産省の西村さんも時々福島には来ているようだが、決して福島のテレビに出演して、直接県民に説明することはしない。これだけのことでも、県民からするとずいぶん誠実さを感じると思うが、今のところそういう姿勢は見えない。そのことでかえって、説明から逃げ回っているように感じてしまうのである。

 「処理水放出」と同時に、中国は日本の水産物の輸入を全面禁止した。岸田さんは断固として抗議すると訴えている。が、中国がこういう対応をしないように、話し合いを続けては来なかったのだろうかと疑問が湧く。前々から中国はことあるごとに「汚染水の放出反対」を言い続けていたではないか。日本政府としては、なんとか中国を説得した上で放出すべきだったのではないか。話し合いの時間は、たっぷりあったのではないかと思うが、中国の対応もそれに対する日本の対応も、まるっきり話し合いはなされなかったことを証明している。

 NHKの「映像の世紀」を見ていたら、第二次対戦中、アメリカは日本が敗戦する3年も前から、日本に勝った場合に天皇制をどうするかの検討を始めていたという。そういう話を聞くと、じゃあ日本政府は、第二次大戦でアメリカや中国に勝った時には、相手国をどうしようとしていたのか、ビジョンはあったのだろうかと疑問が湧く。

 処理水放出という行為がどういう影響を生むか、どうするつもりでいるのか。その場しのぎで何とかやり過ごし、後のことは未来の人たちにおまかせするつもりでいるのだろうか。
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闇の組織

2023-08-24 10:53:25 | 日記
 ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創始者、プリゴジン氏が搭乗していたと思われる飛行機が墜落し、乗員乗客全員が死亡したと伝えられている。ロケットによって撃ち落とされたのか、あるいはドローンにより攻撃されたのか、はたまた爆弾でも仕掛けられて爆破されたのか、原因はいまだに発表されていない。

 果たしてロシアによる裏切り者への粛清か、ウクライナによる攻撃なのか、アメリカによる策略なのか、何にしろまるで映画みたいなことが実際に起きた。アメリカ大統領バイデンさんは「驚きではない」と、起こって当然の口調である。

 この夏、トム・クルーズ主演の「ミッション・イン・ポッシブル」の最新作を劇場で見た。その後、これまでの作品もネットでまとめて観直してみた。世界各国の諜報部員が暗躍するという、昔ながらのスパイ映画だが、今回のようなことが起こると、僕らが知ることのできないような裏の組織みたいなものが暗躍し、いとも平然と事件を起こしているのではないかと思わせるのである。映画の中だけの話なんて言っていると、世界の動きについていけなくなりそうだ。

 と、書きながら、今日本のテレビで堺雅人主演の「VIVANT」というのをやっていて、自衛隊組織の別班とと、警察組織の公安が出てきて、世界のテロリストと戦うという壮大なドラマを放映している。毎回どうなるんだろうと思って観ているが、ドラマ自体への期待というのはあまりない。というのも、今までの日本のドラマになかったスケールのドラマなのだが、あまりに壮大すぎて嘘っぽく見えてしまうからだ。

 プリゴジン氏暗殺みたいな話はリアリティがあるが、日本の自衛隊や警察組織がテロと戦うというのは、どうにもリアリティに欠ける。

 その差は何なんだろうと考えると、マイナンバーカードひとつ満足に作れない国家、コロナ対策として開発されたココアというソフトのどうしようもないグダグダさ加減を見ていると、そんなものしか作れない国にテロと戦う闇組織があるなんて想像できないからである。

 
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都市に暮らすということ

2023-08-23 12:03:19 | 日記
 毎朝、散歩の途中で野菜を収穫する。たまたま出かける前にテレビで、この暑さで野菜が高騰しているというニュースを見ていたので、毎日食べきれないほど野菜が採れていることに感謝する。もっとも、野菜が採れているといっても、野菜の苗を買ったり畑に堆肥や腐葉土を入れたり、苗が倒れないように支柱を立てたり、畑の畝にマルチをしたりと、それなりにお金がかかっているわけだが、それでも野菜の値上がりに一喜一憂しなくて済むというのはありがたい。



 そう思うと、自分で畑を作れないような都市生活を送るというのは、考えてみればお金がなければ何にもできないんだなあ、と今更ながらビックリする。野菜だろうが肉だろうが、とにかく食べるものはすべてお金を出して購入する。調理するにも電気やガスを使用するのにお金がかかる。料理をやめて外食するにしても、お金がなければ何ひとつ口にすることはできない。

 それだけではない。車で出かけても駐車料金がいる。電車賃やバス代もいる。出かけた先のレジャー施設でも劇場でもお金がいる。とにかく食べるだけでなく、生きていくことすべてにお金がかかってしまうのである。

 大阪で10年、東京で10年暮らしたが、アパート住まいでは大工仕事や楽器の練習でさえ満足にできなかった。そうしたことをするために場所を借りるとなると、結構な金額を取られる。友人とテニスをしようとしたら、1時間数千円のお金が取られる。ここまでお金がかかってしまうと、「この世で一番大切なものはお金だ」「お金さえあればできないことはない」と考えるようになっても不思議ではない。都市に暮らせば、お金をたくさん持っているかどうかで、人間の順列でさえ決まってしまうのである。



 が、田舎で暮らすようになると、そこまでお金お金と考えなくなる。最も田舎でも都市生活を送ろうと思えばお金がなければ何もできないが、ポツンと一軒家で生活するならば、料理や暖房でも薪で済むだろう。野菜を育て、魚を釣り、自分で調理すれば、お金はそれほど必要ではない。そもそも大金を持っていても、日常で使う場所というのが極めて限られてしまうのである。



 そんなことを考えるなら、都市で暮らすというのは、ただひたすら人間を相手にしなければならないということに気づく。そのストレスはかなりのものになるために、人々はなるべく人と接しないで済むようなシステムを好むようになるのだろう。将来、都市生活者の日常というのは、すべて他人が用意したものに頼るようになりながら、極力人と接触しないという生活になっていくのだろう。人間は本当にそんな未来を望んでいるのだろうか。
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猛暑を楽しむ

2023-08-22 11:33:31 | 福島
 猛暑になる予報なので、ランニングに出るかどうか迷うところだが、明日になれば涼しくなるというわけでもないので、暑いなら暑いで楽しんでやれ、とランニングに出ることにした。

 天気予報ではお昼には猛暑になる予定だ。というものの、猛暑の測定は日陰で行われているため、炎天下の気温はもっと高い。直射日光の当たるアスファルトやコンクリートの上だと、40度、50度になるかもしれないのである。

 ほとんど自虐的な気分で出発したランニングだったが、出発してすぐに空を雲が覆い、空模様が怪しくなってきた。猛暑の予定だったが、大気が不安定なだけに雨が降りそうな感じになってきた。いっそのこと雨が降ってくれたほうが、よほど走りやすいのである。

 が、一向に雨が降らないまま、30分ほど走る。川沿いの小さな公園でひと息入れることにする。





 リュックから半分だけ凍らせて水を入れたペットボトルを取り出し、冷たい水で顔を洗う。あー、さっぱりする〜。

 さて、これからどうするか。もう少し走ってから帰るか、このままここを折り返し地点にして帰るか。元気なことは元気なので、もう少し先まで走ってみるか。



 阿武隈川のサイクリングロードを走ると、次第に両側の雑草が道路にはみ出してきて、道幅が狭くなる。国交相がせっせと草刈りをしてくれているが、ひと月もすればあっという間にサイクリングロードは雑草に占拠される。



 背丈の伸びた雑草の間を走っていると、風通しは悪いし、足元のアスファルトの熱が逃げずにこもっているしで、サウナ風呂の中でランニングをしているようだ。



 頭のてっぺんから滝のような汗が流れているので、この辺で引き返すことにした。これだけ汗をかけば、家に帰ってシャワーを浴びれば、あとは涼しく過ごせるのである。ちょうど海水浴でたっぷり泳いだあと、海の家で休憩すれば涼しく過ごせるのと同じ原理だ。暑ければ暑いで、それなりの楽しみ方というのがある。
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