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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

「青い犬」秋の臨時休業

2014-09-30 12:08:08 | 福島

 今年はオヤジの13回忌にあたる。そういうわけで、今年の秋に13回忌を九州ですることにした。死んだのは冬だが、それだと車の移動が雪でどうなるかわからない。車で移動しても快適な時期と言えば春か秋だ。というわけで、10月に13回忌を行うことにした。と言っても、坊さんにお経を読んでもらうくらいで、お墓もないから納骨堂で線香をあげたらおしまい。

 ということもあって、10月6日(月)~10月20日(月)の2週間は、カフェのほうを臨時休業することにした。1年のうちでも一番気持ちのいい季節にカフェを閉めるというのはもったいない話だが、毎年というわけではないのでご了承いただきたい。この時期に訪問しようと計画していた人はご注意くださいませ。

 ところで、昨日安達太良山でばったり熊と鉢合わせになった興奮はいまだ覚めやらず、「かわいかったなあ~」と会う人会う人に自慢している。が、今朝犬の散歩をしていて、道端の草むらからガサッと音がした瞬間、思わずヒャーッと飛び上がった。知らないうちにトラウマになっているんだろうか。しばらくは、山に入るときはへっぴり腰になるだろう。

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安達太良山で熊にバッタリ

2014-09-29 13:53:37 | トレッキング

 最近トトが運動不足気味みたいなので、休日の今日はトトだけ連れてトレッキングに出かけることにした。安達太良のスキー場からの登り口は人気が高いので人でいっぱいだろうと、県民の森の表登山口から出発することにした。こちらは距離が長いので、まったく人気がない。到着すると案の定、車を駐車しているのは僕ひとり。目指すは人気登山道と合流寸前の仙女平だ。

 運動不足解消に出かけて来たので、登りはトトと休憩なしでせっせと登る。結果、仙女平には1時間で到着した。途中はほとんど紅葉していなかったが、さすがに頂上が近くなるとかなり紅葉が進んでいる。仙女平の正面に居座る和尚山の斜面も紅葉が進み、安達太良頂上の乳首山付近も赤く染まっている。あと2週間もすれば見頃だろう。

 30分ほど休憩し、帰りは野鳥や紅葉の写真を撮ろうとノンビリ歩く。

 と、途中両側にクマザサが生い茂る登山道を下っていると、突然目の前にクマザサをかきわけて真っ黒い獣がノソノソと出て来た。うわっ、熊だと瞬時にして判断したが、不思議と恐怖心はない。それどころか、大きなまん丸い頭と耳を間近で見ると、ゆるキャラみたいで、もしかしたら「ドッキリ」じゃないかとも想像する。

 熊は熊で、自分の背丈ほどもある薮をかき分け、やっと登山道に出たと思ったら、目の前に犬を連れた人間がいるではないか。「うわっ」と声をあげると(実際そんな顔をした)、もと来た薮に、プールにでも飛び込むように逃げこんだ。

 距離にしてわずか5メートル。ガサガサと揺れるクマザサを前にして、そのとき始めて恐怖心が湧いてくる。この時期の熊は、子熊に狩りを教えるために、子熊の目の前で獣や人間を襲うことがあるという。もしかしたら、薮の中をこちらに進んで来ているのかもしれないと思い、咄嗟に10メートルほど登山道を登り返す。

 と、すでに辺りはしんと静まり返っている。トトはというと、耳をそばだて鼻をクンクンと鳴らしているが、吠えるようなことはしない。熊にすれば、あまりの突然の出来事に、避難することを最優先したのだろう。

 それにしても、バッタリ遭った瞬間、間違いなく熊と目と目が合い、熊は僕の存在にビックリして逃げて行った。たとえ動物園で熊を見たとしても、熊のほうで僕を意識するなんてことはないだろう。とすると、こんな経験は一生の間に、1度できるかできないかというような経験に違いない。

 そう思うと、なんだかワクワクしてきた。それに、バッタリ出くわした瞬間、驚くと同時に「かわいい!」と感激したのも事実である。

 とは言うものの、再び出て来られると怖いので、近くにあった棒切れを拾うと、しばらくは両脇の薮をバンバン叩きながら下山した。熊の写真は、残念ながら撮る暇はなかった。

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はさがけ、ぼうかけ

2014-09-28 11:57:59 | 福島

 用事があって福島県の県南に車を走らせると、途中の丘陵地帯の田んぼはすでに黄金色一色に輝いていた。広い田圃もあれば、細い階段状の棚田もある。柿の実も赤く色づき始め、木々も葉っぱも紅葉を始めている。東北はどこもかしこも秋色だ。

 早いところでは稲刈りも終わり、竹で組んだ稲木に布団を干すように稲を天日干ししている。九州でも山間部の小さな田んぼでは今でも稲を天日干しにしているが、ほとんどの田んぼは大型のコンバインで刈り取ってしまうので、天日干しの光景も珍しいものになってしまった。その点福島では、天日干しはまだまだメジャーだ。

 学生のとき、友人が東北をひとりで旅行して来たことがあり、そのとき旅行の写真をたくさん見せてくれた。リンゴの実のなる頃を見計らっての旅行だったので、季節は秋だったのだろう。そんな写真の中で、印象的な1枚があった。それは田んぼにまるで兵隊のように直立不動で整列した不思議な物体だった。尋ねると、稲を天日干ししているところという。それまで、稲木を渡したところに布団を干すように稲を掛けたものしか見たことがなかったので、不思議な光景に異国情緒を感じた。同じ日本でも、場所が違えば稲を干すやり方も違うのだ。

 そして現在、福島にいる僕はみの虫型に串刺しにされた稲架けは当たり前のように目にしている。それを棒掛けというらしい。ちなみに布団を干すタイプは稲架掛け(はさがけ)、みの虫みたいにするタイプは棒掛けというんだそうだ。そういうことを考えていると、なんだか感慨深くなる。

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キンモクセイ

2014-09-26 15:51:18 | 福島

 風のない爽やかな秋空の下を歩くと、庭木として植えられたキンモクセイがオレンジ色の花を咲かせているのが目につく。正確には甘い匂いに誘われるように、匂いのする方向に鼻を向けると、そこにはキンモクセイの木がある。

 庭木として植えられることが多いキンモクセイだが、この時期にならないとまったく目につかないような特徴のない木だ。それが花が咲き始めた途端、プンプンと物凄い自己主張を始める。桜の木が春先に絢爛豪華な花を咲かせることで自己主張するなら、キンモクセイは秋の初めに匂いによって自己主張する。

 それにしても、どの家の庭にも必ずといっていいくらいキンモクセイが植えられている。こんなに植わっていたのかとビックリする。

 調べてみると、キンモクセイはイチョウなどと同じく雌雄異株だという。日本には雄株しかないので(原産国は中国らしい)実はつけないらしい。中国料理では花を白ワインに漬けて桂花陳酒にしたり、お茶にまぜて桂花茶としたりとなかなか風流だ。お正月用のお菓子にも花の砂糖漬けを飾りつけたりもするらしい。それに引き替え日本では、かつては汲取式便所だったので、その匂い消しとして便所の近くに植えられたという。そういうこともあって、トイレの芳香剤にキンモクセイの香りが採用されたりしたので、今の子供たちはキンモクセイの香りを嗅いでも、トイレしか想像できなくなっている。まったく趣がないのである。

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退屈という名の悪魔

2014-09-25 15:47:21 | 福島

 かつて、犯罪は社会環境のせいだ、貧困さえなくなれば犯罪はなくなるはずだと夢を抱いていた時代があった。社会主義はその実現のため、国民の富を一度国家が集約し、それぞれに応じて分配するという仕組みを作った。が、結果は平等に分配されるどころか、賄賂と横領、富の再分配という人間のやる気を削ぐやり方で、すっかり腐ってしまった。今でも社会主義は、理論としては正しいという人もいるが、人間は理屈通りには生きられないということを証明したに過ぎないのである。

 そもそも、貧困がなくなれば犯罪もなくなるだろうという前提が間違っているのだ。喰うためにこそ泥をするというようなことはなくなるかもしれないが、ローマ皇帝ネロや、中国の楊貴妃のように、権力の頂点にあり、贅沢の限りを尽くしても残虐であり続けることができるのだ。

 人が間違いを犯す最も大きな要素は、「退屈」である。人は退屈すると何をやり出すかしれたものじゃない。「お金がほしい」、「金があれば何でもできる」という人は、「お金があれば退屈を紛らわせることができる」と言っているに過ぎない。

 神戸で、幼い女児が生活保護をもらって生活するオッサンに殺されるという事件が起った。逮捕された容疑者は黙秘を続けているというが、その生活ぶりに関しては「退屈だった」と言ったという報道もある。おそらくそれは事実だろう。仕事もせず生活保護をもらい、酒を飲んでパチンコをするくらいしかない毎日は、絶望的なほど退屈だったに違いなく、当人も友達が欲しいからと交流サイトや婚活サイトに登録していたという。

 人権派の人たちは口を開けば弱者救済を言うが、働ける人には仕事を、孤独な人間にはサークル活動をといった、生活保護費を渡す前にやるべき大事なことがたくさんあるように思う。

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動物たちの自意識

2014-09-24 17:34:44 | 福島

 本屋でカレル・チャペックさんの「イギリスだより」と、動物学者である日高敏隆さんの「セミたちと温暖化」を買ってくる。「イギリスだより」は、前に買ったチャペックさんの「北欧の旅」を読み終えてないが、本屋で見かけたので買っておく。次に買いに行ったらなくなってた、ということもあるので、目にしたときにはなるべく買っておきたい。

 日高さんの本も、目についたらなるべく買うようにしている。動物に関して僕らが見ているのとは違った視点から生物についてわかりやすく書いてくれるので、自然への理解ということに関して実に有意義なのである。で、早速ページをめくると、最初の話題は動物の自意識についてだ。自意識というと難しいが、動物も嘘をつくことがあるだろうか、ということを話題にしている。

 例に挙げているのはサルの実験で、ふたつの箱のどちらかに食べ物が入っていて、おサルさんはどっちに入っているか知っている。そこに良い飼育員さんが現れると、おサルさんは食べ物の入っているほうの箱の蓋を開ける。良い飼育員さんはその食べ物をおサルさんにくれる。次に悪い飼育員さんが来て、やはり箱の蓋をおサルさんに開けてもらうのだが、さすがに悪い飼育員さんだけあって、食べ物が入っていたらおサルさんにはくれずに飼育員さんが食べてしまう。

 するとおサルさんは、良い飼育員さんが来た時には食べ物の入っているほうの蓋を開け、悪い飼育員さんが来た時には空っぽの箱のほうの蓋を開けるようになる。おサルさんも面白いが、真面目にこんな実験をやっている学者さんも面白い。

 こんな実験なんかしなくったって、僕はトトが嘘をつくのを目撃したことがある。というのも、トトがまだ子犬だった頃、半年ほど家の中で飼っていたのだが、そのとき仕事で弁当が必要だったのでおかずを作って食卓の上に置いておくと、いつの間にかおかずがなくなっていることがあった。犯人はトト以外には考えられないが、食卓を離れる時には部屋の隅に丸くなって熟睡している。用事を済ませ帰って来ても、トトは微動だにせず熟睡を続けている。が、おかずはしっかりなくなっている。トトは人間がいなくなるのを待って狸寝入りをしていたのだ。そして、人間がいなくなると、さっさと椅子の上に上がり、食卓の上のおかずを平らげ、何事もなかったかのように元の場所で元の姿勢で寝たフリをしていた。

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秋と犬2匹

2014-09-22 16:53:19 | 福島

 午後、キンモクセイの甘い香りの中、犬2匹を連れて散歩に出た。普段は夕暮れ時に出るのだが、今日はお休みと察してか、早々とトトが散歩に行こうと誘う。散歩に特別興味のないドリも、今日はなぜか積極的だ。一日家の中で昼寝していて飽きたか。

 三春の里は、日に日に黄金色に染まっていく。

 乾いた秋風が吹くと、頭を垂れた稲穂が波を打って揺れる。枯れた色が目立ち始めた野や雑木林も、カサカサと乾いた音を立てる。

 足元ではバッタがバッタをおんぶしていた。1匹は枯れ草の中に、もう1匹は青い草むらにでもいたのだろうか。

 それにしても、秋の野は静けさに満ちている。野鳥の写真でも撮れるかなと期待していたが、草むらの虫たちの声くらいしか聞かれない。生物と言えば、シオカラトンボと畑帰りの婆さんくらいなものか。

 

 ちなみに、散歩中はドリとトトのリードを左手で握り、右手は一眼レフを抱えている。結構大変。

 こうして僕の休日は過ぎていく。

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草刈りの朝

2014-09-21 16:41:27 | 福島

 今日は地区の清掃日ということで、朝からみんなで草刈りだ。6時半からですというので、朝の散歩は最低でも5時半には出たい。となると、起きるのは午前5時ということになる。早起きしなきゃならないなと思いながらも、読みかけだった山岳小説を前夜12時過ぎまでかかって読破する。

 草刈りの場所は住宅地なのでほとんどないのだが、分譲住宅地の空き地のところが、雑草伸び放題になっている。不動産屋の看板が立っていたりして、本当は不法侵入になってしまうが、草を刈ってくれないのだから仕方がない。

 クズやアレチウリ、ヤブガラシといった繁殖力の強い植物たちが、我が世の春とばかりにはびこっているのを、片っ端からバリバリ刈り取っていく。これはこれで結構楽しい。少なくともストレス解消になるのだ。

 朝からひと仕事終え、朝飯を食っていると、突然鼻血が出た。最近漫画の「美味しんぼ」で、福島の人間が放射線の影響で鼻血を出しているという回があり、大騒動になっていたが、もしかしたら僕の鼻血も放射線のせいなのかもしれない。だとしたら、僕もいよいよ福島県民の一員に加わったということなのだろうか。

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白菜、大根

2014-09-20 09:33:03 | 福島

 朝、散歩がてら我が家の畑に寄ってみる。ミニトマトとナスの収穫、そして冬に向けて種を蒔いたり苗を植えたりした大根、春菊、白菜、ブロッコリー、カラシ菜の様子を見るためだ。

 田んぼの稲穂もずいぶんと頭を垂れ、早いところは黄金色になっているなと思ったら、すでに稲刈りを終えている田んぼもあった。九州だったらこんな時期に稲刈りが終わっているとしたら、それは早場米だ。やはり東北とでは秋の訪れが全然違うのである。

 夏の間は、畑なのか雑草が植わっているのかよくわからないということになっていた我が家の家庭菜園は、この前草刈したばかりなので立派に畑として存在していた。畑の隅では彼岸花が咲いている。もうすぐお彼岸。

 大根も白菜もすくすくと元気に育っている。

 大根はそろそろ間引きをしないといけないかな。白菜も虫に喰われることもなく、順調だ。このまま行けば、今年の冬は鍋三昧だな。一番注意しなければならないのは、野菜が大好きなドリが掘り返して喰ってしまうことだろう。あいつはいつだって、隙さえあればと虎視眈々狙っているのだ。

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秋の日の読書

2014-09-19 15:52:02 | 福島

 女心と秋の空と言うくらい、天気が猫の目のように変わる。抜けるような青空だと思っていると、ざざあっと強い風が吹き、たちまち辺りは暗くなる。ひと雨来るかなと思っていると、再び秋の強い陽射しが降り注ぐ。

 窓辺に陣取り、買ってきた本の続きを読む。昨日「還るべき場所」の主人公のイメージは、登山家の山野井さんなのかななんて思っていたら、本文の中で山野井さんのことが書かれてあった。「チョー・オユー南西壁、K2南南東リブなどの単独初登で気を吐いた日本の山野井泰史もそうした新時代の先鋭的クライマーの一人だ」。それは、まだクライマーとして駆け出しの主人公にとっての憧れの存在だった。

 生きているうちに、小説の中の登場人物たちに憧れの存在として描かれるなんて、なんだか凄いなあ。存在自体が伝説となっているじゃないか。

 そんなことを思いながら、8000メートルを超えるヒマラヤ山脈を舞台とした小説を読み続ける。そこにあるのは氷と雪。ときおり本から視線を窓の外に移すと、抜けるような秋の空と、ザワザワと音を立てて騒ぐ雑木林が目に飛び込んでくる。

 キチキチと甲高い声で鳴く鳥が電線に止まる。近頃頻繁に姿を見せるようになったモズだ。ジュクジュクと騒々しいのがシジュウカラ。 

 

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